生徒自治委員会-2

 くだらない会話をしている間に、あっけなくフロンクロスが到着した。

 寒空の下、まさかのハーフパンツだ。


 俺達の前で止まる寸前、フロンクロスのシューズがカチャンと音を立てた。


「何今の! 何今の!?」


 一番食いついたのは嗣乃だった。

 俺はペダルにシューズを固定出来るビンディングシューズを知っていたので、群がるふりをしてフロンクロスのジャージ姿を鑑賞していた。

 金髪にジャージなんて見られる日が来るとは思っても見なかった。

 神に感謝したい。


「金髪ジャージを現実に見られるなんて神に感謝したい!」


 嗣乃と思考がシンクロした。

 恥ずかしい。


「アタシ瀬野川仁那っていうのよろしくね!うわ! うわ! 足ムッキムキ! ヒラメ筋だっけこれ? すごくない!?」


 瀬野川はもう少し自重出来ないのか?

 目を見開いたフロンクロスの口がパクパク動いていたが、声が出ていなかった。


 俺は俺で声をかけられずにいた。

 ブサメンの挨拶は被害届を出されてしまいかねない。そもそも挙動不審になるくらいなら何もしない方が良い。

 フロンクロスは俺の姿を見つけると、自転車ごと近寄ってきた。


「あ、あの、ありがとう、ございます」

「え? あ、はい」


 コミュ障らしい主語のない感謝に少し安心してしまった。

 多分メールを転送したことを感謝してくれたんだろう。


 フロンクロスは群がる俺達をぞろぞろ引き連れ、自転車を駐輪場に太いチェーンロックで固定した。


「あ……あれ」

「え? そう、俺達のチャリ」


 フロンクロスが指さしたのは俺達三人の自転車だった。

 心なしか、フロンクロスは自転車自体よりもやや下を指差していた。


「これ、ソラ」


 何を言っているのかと思ったら、俺の自転車の後輪側にある変速機には『SORA』と書かれていた。


「あ、あぁ、昨日言ってた?」



 主語も何もあったもんじゃない典型的なコミュ障の話題の振り方だ。

 フロンクロスに親近感が湧いてしまう。


「これは、フラットバーロードバイク、だと思う」

「へ? 今なんて?」

「あの、ドロップハンドルじゃないロードバイクで」


 色々とまくし立てるフロンクロスの話を要約すると、自転車の変速機には値段や性能のレベルがあるらしい。

『SORA』は本来ロードバイクに搭載するレベルの物なんだそうだ。

 つまり俺達の自転車は軽快車よりも少し速いクロスバイクというジャンルではなく、ハンドルは真っ直ぐだけどロードバイクなんだそうだ。


「ほ、本当に……? これ、ロードバイク……?」


 オタクってのはひどく単純な生き物だ。

 自分の持ち物が実は思った以上に凄い物と知ると、途端に機嫌が良くなってしまう。

 やや不本意な気分で購入した自転車が良い物だと知ってテンションは最高潮だ。


「ど、どうしたの?」


 フロンクロスの自転車チェックはまだ終わっていなかったようで、いぶかしげに俺達のチャリと俺達を見比べていた。


「サドル……低いかも」


 そこからはフロンクロスによるライディングポジション講座が始まった。

 フロンクロスは折りたたみ式の六角レンチを引っ張り出してサドルの高さを変え始めた。

 レバーでサドルの高さを調整できないのも上位機種の証しらしい。


 フロンクロスの積極的な態度に気圧され、俺達三人は何度も乗っては降りるを繰り返さざるを得なかった。


 そしてサドルの高さ調整が完了した時、俺のテンションはどん底まで落ちた。


 俺と嗣乃は三つある自転車のフレームサイズで一番小さい同じサイズに乗っている。

 俺と嗣乃の身長はほぼ一緒だが、嗣乃の方が1、2センチは低かったはずだ。


「おっかしいなー? つっきのよりあたしの方がサドルがほーんのちょっと高いなー? なんでかなー?」


「言いてぇことがあるならはっきり言えゴラァ!」


 サドルの高さは座った状態で足をピンと伸ばし、ペダルに踵がしっかり乗る位置が基本だそうだ。


「うわー凄い! 漕ぎやすいよ! 凄い!」


 陽太郎は興奮気味に校門の外をぐるぐる漕ぎ回っていた。

 一番大きいフレームサイズに乗っているのに、足が長すぎてガニ股状態で漕いでいたのだ。

 サドルの高さを上げるだけでイケメンライダー度が天元突破するとは。

 フロンクロスは無い声量を振り絞って、膝を外に向けないでと指導していた。

 あーあ、金髪ヒロインのシナリオが追加されちまったじゃないか。


「つっきー、ほれほれぇ」


 フロンクロスのサドルというか、サドルの上にかぶせてあるクッションに多江が頬をくっつけていた。


「多江、人間やめるなよ」

「ふん! 金髪美少女のサドルのためなら禁断の果実だってベルトにはめてやるさ! あ、日焼け止めついちった」

「だ、だからやめろっつってんのに」


 あぁ、俺は本当になんなんだろう。

 多江がちゃんと女子らしくしていると、何故かドキッとしてしまう。

 誰だって日焼け止めくらい塗るだろうが。


「ねぇねぇあの外人さん誰ぞぉ?」


 どうも我が身内は挨拶という最低限の礼義に欠ける。


「挨拶はどうした?」

「えー? 月人も挨拶してくれないのにぃ?」


 それもそうだな。でもただで挨拶するのも悔しい。

 御宿直杜太おとのいとうたのしゃべり方はのんびりしているが、垂れ気味の目にシャープな顔付きのイケメンだ。

 同じ学校に通うのは高校が初めてだが、付き合いはこの中では陽太郎と嗣乃を除いて一番長い。

 俺達の母親三人と杜太の母が親友同士で知り合ったのが縁だ。


「おはよう多江ちゃん!」

「お、とーくんおはよう!」

「俺へのおはようはないのかよ?」

「今ので売り切れですぅ!」


 杜太の視線はフロンクロスに戻った。


「んでぇ、あの子誰ぞぉ?」


 相変わらず間延びしたしゃべり口調だ。


「気になるなら自分で話しかけろよ」


 フロンクロスの方にぐっと杜太を押し出す。


「むむむ無理ぃ! あ、あぁ!」

「うお!?」


 突然声をあげるのは勘弁してくれ。


「なんだよいきなり」

「つ、嗣乃が言ってた金髪の可愛い子ぉ!?」

「「おそっ!」」


 思わず多江とハモった。

 杜太は点と線を結ぶのが致命的に遅いんだよなぁ。


「か……か……ゲホ!」


 声の音量を自重しろ。フロンクロスがび驚いて咳込んでいるだろうが。


「羨ましいなぁ。多江ちゃんと同じクラスになれたけどさぁ、寂しいから来ちゃった」

「いやぁ寂しいってどういうことよぉ? もうクラスのアイドルなのにさ」


 身長は並だが、シャープな顔つきのイケメン顔は陽太郎に優るとも劣らない。

 しかし頭の回転が若干スローで会話のペースに若干の問題があるせいか、小中学時代は壮絶な虐めに遭っていた。


「あれぇ? プレハブの中から音するよぉ?」

「へ?」


 生徒自治会のプレハブの扉がべりべりというゴム製のパッキンが擦れる音とともに開いた。


「おはようさん!」


 かの条辺先輩が顔を出した。

 近くで見るのは初めてだが、不敵な笑みが似合う人だ。


「すみません、生徒自治会入会希望者はお集りください」


 旗沼先輩もそこにいた。


「お集りいただいたにも関わらずこちらが遅刻してしまい、申し訳ございません」


 明瞭な声で旗沼先輩が謝罪した。

 既にいたのに遅刻というのもなんだかな。


「本日皆さんには」

「殺し合いをしてもらいます」


 条辺先輩が定番のネタで邪魔をする。


「側溝の掃除をしていただきます」


 旗沼先輩はしっかり条辺先輩を無視して話を進めてくれた。


「本日皆さんは一、二時間目がロングホームルームですので、その時間もこちらに参加していただきます」


 うわぁ、きつそうだな。

 旗沼先輩の説明の後、俺達は汚れきったツナギを着させられた。

 髪の毛は手ぬぐいで覆い、丸い防塵マスクに安全メガネ。足元は冬用のゴム長に、手も分厚い作業手袋で完全武装だ。

 しかも、一人一人クラスと名前を書いた布を背中に安全ピンで留められてしまった。まるでこいつは刑罰を受けていますとアピールしているみたいだ。


 本日の作業場所は正門前の側溝だった。

 先輩方がコンクリート製のフタを専用の棒で何枚も外していく。

 その溝の中のヘドロをスコップですくい上げ、土のう袋へ流し込むのが俺達の仕事だ。

 俺がスコップを持ち、フロンクロスが土のう袋を広げる役を買って出てくれた。フロンクロスに泥水を飛ばさないように注意しながらヘドロをすくっては袋へ流し込む。


「う……うぐぇ」


 くせぇ。掬った泥の中に固形物が混じるのも怖い。


「うええええ! ひいい!」


 知覚で瀬野川も泥を掬うたびに悲鳴を上げていた。

 しかし、手は止まっていないのでなかなかの根性だ。そのヘドロを袋で受け止める白馬の方がよほどオドオドしていた。


「はいっ! はいっ!」


 嗣乃は余裕しゃくしゃくでヘドロをすくっては陽太郎が持っているゴミ袋へと放り込んでいく。

 陽太郎が着ているツナギに悪臭を放つ汁が飛びまくってもお構いなしだ。


「つっきー、あっちで蓋開け手伝えだってさ。条辺先輩直々のご指名だよ」


 作業服が独りでに歩いてると思ったら多江だった。ブカブカっぷりならフロンクロスも負けてはいないが。


「は? 俺?」

「あのちんちくりんの男の子ってゆーからつっきーかなぁって」


 ひどいご指名。


「凹むなよ。カワイ子ちゃんはあたしに任せな! いっひっひっひ!」


 後ろでフロンクロスがマスク越しでも分かるほどドン引いているのが分かった。

 仲良くして欲しいからお手柔らかに頼むよ多江さん。


「ほい、これ使え」


 条辺先輩に渡されたのは先端がフックになった棒だった。


「安佐手君、蓋の穴にフックを入れて横に向けたら持ち上がるから。足は大股に開いて。蓋が落ちても当たらないようにね」


 旗沼先輩と蓋の両端にフックをかけて上げる作業が始まった。

 蓋をどければどけるほど強烈な臭気が立ち込め、登校する生徒に嫌な顔をされた。

 クラスで汚物扱いされないか心配になってきたぞ。


「おーいちんちくりん君、君の名字なんて読むの?」


 ヘドロ袋満載のリアカーを用務員さんらしき人に託しながら、条辺先輩が人をちんちくりん呼ばわりする。


「あ、あさでつきひとです」


 コミュ障は時々余計な情報まで話してしまう。下の名前なんて聞かれてないのに。


「へーそれでつっきーなんだ。アタシもつっきーって呼ぶわ」


 この時俺は何かがおかしかった。

 ちんちくりんという言葉の意味はいまいちよくわからないが、語感からしてネガティブな表現をされたと思ったのは確かだ。


「先輩のことはなんて呼べばいいんですか?」

「お! いいカウンター打つねぇ。見所あるぅ!」

「あ、いや、すいません!」


 なんてことを言ったんだおれは。早速先輩に楯突くとかアホか。


「アタシは名前の塔子を文字ってダメ子って呼ばれてるの。そう呼んでよ」

「呼べませんよ!」


 それ以前に塔子転じてダメ子は無理やり過ぎる。絶対嘘だろ。


「おほーツッコミ属性だねえ!」


 属性?

 この人も若干こっち側の人なのか?


「安佐手君、条辺さんを相手にするといくら時間があっても足りなくなるからね」


 旗沼先輩も辛辣だな。声は優しいんだが。


「ん? 疲れた?」

「だ、大丈夫です!」


 しまった、手を止めていた。

 正直コンクリートの蓋を何枚も開けるのはかなりきつかった。

 しかし悲しいかな、反射的に大丈夫と答えてしまうのがコミュ障だ。


「僕はちょっときついから休んでもいいかな?」


 明らかに余裕があるのに何このイケメン……。

 お嬢様学校に彼女がいるってのも頷ける。

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