第二十一話 卑屈少年と熱血不良教師

卑屈少年と熱血不良教師-1

 通話中か。


 携帯のチャットアプリを開き、目的の名前『交野 依子』の横には通話中ステータスが出ていた。

 チャットは送っておいたから、そのうち連絡をくれるだろう。


 桐花のことを嗣乃から頼まれたんだ。

 できることはなんでもしてやる。

 そんな意気込みで担任の先生と話そうとしたのに。


「うおうっ!」


 すぐに携帯が着信を知らせた。


『やぁやぁつっきー君久しぶり!』


 え? なんで?

 なんで交野さん?


『いやー依子がつっきーくんからチャット飛んできたっていうからさー。先に始めとこうと思ってさー』


 えぇ……旦那氏と話してもなぁ。


「お、お久しぶりです。えと、依子先生とお話したくて」

『湊ちゃんと長電話してるからちょっと待ってねぇ』


 電話の相手は山丹先輩か。


『なーんかなだめるの大変そうよ? なんかあったの? おじさん興味津々なんだけどぉ!』

「後で先生に聞いてくださいよ」


 この人と話すのは楽しいだろうな。

 でも、今ではない。


『釣れないなー。おっさんとも話してよぉ。そういえばさー、この前サイゼ行こうって話結構マジだからね? あ、里味さとみでもいいけどさぁ』

「え? は、はい、是非」

『あ! そうそう例の新作エロゲやった? やってないなら貸すよ? あれハンパな』


 通話越しにゴンという鈍い打撃音がした。


『教え子と18禁貸そうとしてんじゃねぇ!』


 確かにいけませんよね。

 でも借りたい。是非借りたい。


「せ、先生、こんばんは……い、今の音なんですか?」

『おぅつっきー。依ちゃんと呼べよ親しみを込めて! なんか老け込んだ気分になるんだよ先生なんて呼ばれんの』


 紛いなりにも先生なんだから慣れてよ。


「山丹先輩と交流会の話をしてたんですか?」

『あぁ、まーね。アタシの領分じゃねーことだけどさ』


 交流会に参加する生徒を率いるのは例の稲田徹ボイスの教頭先生だ。

 だからといって自治会顧問の依子先生に監督責任がないということにはならないんだが。


『で、何の相談よ? なんかの嘆願か?』

「えぇと……嘆願ってほどのもんでもないんですけど」

『おー言ってみ? 今までの功績考えたら考えてやらんでもねーわ』


 じゅるじゅると何かをすする音がした。

 缶ビールでも飲んでいるんだろうか。


「いや、その、今日何があったんですか?」

『え? やっぱ気になる? 気になっちゃう? そうだよねぇ!』


 話したくてうずうずしてるのは助かる。

 きっと山丹先輩から議事録に書かれていない話を聞いたはずだ。


『あれ? アタシよたろーになんかあったら必ずつっきーに報告しとけって言ったんたけどな? なんも聞いてねーの?』

「さわり程度は聞きましたけど……ってなんで僕に報告する必要があるんですか?」

『そりゃアンタが……あーこれ秘密だったわー! 理由については秘密だったから言えないわー! なんでつっきーに話しとけって言ったのかは秘密だったわー!』


 くそぅ。

 顔のパーツが真ん中に寄りまくってそうなしゃべり方をしやがって。


「なんですかその秘密って」

『秘密は秘密だから言えねーよ。問題はそれだけじゃねーんだよ』


 どうせろくな秘密でもないから放っておこう。


「その、色々と問題ってなんですか?」

『いやぁ、今しがた色々聞いたけどよぅ、交流会もでかい山は過ぎたけど、他校の連中が結構チャラくてさ。ただでさえ宿題にしたアイディア出しやってこねぇわナンパはするわで』

「それは聴いてますけど、まだ遅れてるんですか?」


 また缶から内容物を啜る音がした。

 ここまではある程度聞いていた内容だ。

 でも頭からちゃんと聞くべきだろう。


『そ。ヤバイ状態。こちとら湊と沼っちが腕によりをかけて作った冊子配ってんのにさー、まるでそんなもの存在しないかみたいに混ぜっ返すからズタボロよ。合同企画だけ決められたのは不幸中の幸いってとこだわ』


 口調は軽いが、依子先生の悩みは深そうだ。

 生徒が決めなくてはならない部分については手出しができないからだ。


『しっかもよー! 湊がいちいち桐花にこだわるから使い物になんねーんだよ! 交流会は湊がすべての中心なのによぅ! へっへっへ!」

「な、なんで笑ってるんですか?」


 深刻な話なのに。


『いい面もあるからさ。これでお前らも湊に依存しすぎてるって自覚しただろ。つっきーはもう気づいているだろうけどさ』


 これだ。

 俺達の最大の弱点、山丹湊依存型の組織体制。

 山丹湊、旗沼陸、条辺塔子という有名な三名の二年生が発揮する妙なカリスマ性がなければ、誰も生徒自治委員会の言うことなんて聞きはしない。


 その三人のカリスマの筆頭である山丹先輩が、桐花を構い過ぎて本来の力を発揮できずにいるのだ。


「あ、あの、それはもう山丹先輩本人に注意してるんですか?」

『ったりめーよ。でも本人にその自覚がなかったら意味ねーだろが。いやーこりゃ困ったねー! ははっ!』


 なんでこの緊急事態に先生は嬉しそうなんだか。

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