脱走少年と過保護少女-6

 残った煮付けをタッパーに移してから、皿に残った煮汁をすする。

 はぁ、美味い。

 身もちゃんと賞味したかった。


「高血圧で死にたいの?」


 嗣乃もオカンっぽくなってきたな。


「お前の美味い料理で死ねたら本望だろ。よーもそう思うだろ?」

「え!? あ、そ、そうだね」

「な、何よ、急に!」


 けしかけているんだよ。分かれ。


「本当に向井とは何もないの? なんにも?」

「それよりも大事なことがあるだろ! 今日の交流会はどうだったんだよ?」


 我ながら下手な話題逸らしだ。


「あぁ、それなら言われたとおりちゃんと決めたんだから。向井が考えた提案が通ったんだよ。満場一致で。そこはちゃんと褒めてあげてよ」

「そ、それは、まぁ……うん」

「……素直じゃない奴」


 嗣乃はいちいちうるさいな。


「桐花もだけど、よーのことも褒めてよ」

「嗣乃もね」


 珍しくお互い褒め合っているな。

 でも、今後の交流会の進行が心配になってきた。


 今回はすんなりとまとまったが、次回はモメる可能性がある。

 なんせ生徒会選挙のない学校の一年坊主が会議を乗っ取ってまとめ上げてしまったんだ。

 もう一人の一年生はちゃんと名前も名乗らず、ダンマリを決め込むという失態を演じてしまった。

 軋轢が生まれる恐れは十分ある。


 どのクラスにも一人はいる自称優秀な連中は対処に困る。

 自分より下だと思い込んだ人間に対して容赦がない。

 格下の相手の意見など聞こうともしないのだ。

 そして自分が勝てないと悟ると、勝負を避ける傾向すらある。

 そういう連中は、自分の方が優秀だと見せつけられるようになるまで議論を空転させることも厭わない。


 次の交流会は二つの展開が考えられる。

 会議を乗っ取った陽太郎をねじ伏せようとするか、ダンマリの桐花を槍玉に挙げるかだ。

 この悪循環、どうにかして避けられないものかな。


「何考え込んでんのよ?」


 うおっと。

 思考の海に沈んでいた。


「いや、もし今後滞るなら、俺が混ぜっ返してもいいかなって」


 憎まれ役なんて結構格好良いと思う。

 若干辛いけど。


「そんなこと絶対させない!」


 やべ、思いつきで余計なことを言ってしまった。

 陽太郎さんがお怒りだ。


「どっちかといえばつっきが俺に悪者になれって命令する立場……いや、なんでもない」

「何がなんでもないだ! ラノベっぽいこと言いやがって!」

「茶化さないでよ」


 茶化さずにいられるかこのクソイケメンが!


「そろそろ向井とどんな話したかちゃんと聞かせてよ」

「駄目に決まってんだろ! ……あ、あれ?」


 陽太郎と嗣乃が顔を見合わせ、こちらへ向き直った。

 落ちた。俺、語るに落ちた。隠し事してるのばらしちゃったね。


「……ど、どうしたの……? 雰囲気硬い? 向井ちゃんのことぉ?」


 助かった。

 ソファで寝ていた杜太が目を覚ましてくれた。


「硬くねーよ。交流会の話をしてただけだし。それよりもお前はどうなんだよ? 多江との仲は進んだか?」


 案の定、陽太郎も嗣乃も目を逸らしてくれた。

 ふん。これで桐花については追求できまい。


 これが俺の編み出した自分自身を腫れ物にして話しを終わらせる究極技だ。

 自爆呪文メ○ンテとも言うがな。


「い、急ぐなって言ったの月人なのにぃ?」

「そんなこと言ったっけ?」


 多分俺が言ったんだろうな。

 杜太が忘れるはずないし。


「うーん……クラスのみんなにも、モタモタするなって言われるしぃ……」


 良いことじゃないか。

 俺が得られなかった公認ってやつだ。

 二人で歩いている姿見られただけで疑問を呈された俺とは大違い。


「つ、月人は、向井ちゃんのこと、その、あれじゃないのー?」


 ぐぬぬ、桐花に話題が戻ってしまった。


「そ、そういうつもりはねぇよ」


 そういうつもりはない。本当だ。

 だけど、誰にも言えない秘密を知ってしまった。

 本当は皆に知ってもらって味方についてもらった方が良いのは分かっている。

 だけど、言わないと約束してしまった。


「ねぇつっき、桐花とどんな話をしたの? お願いだから教えてよ。あんたにも桐花にも怒ったりしないから」


 嗣乃に心配そうな目を向けられると、何もかもぶちまけて甘えたくなってしまう。

 だけど。


「……ごめん。どうしても言えない。さっき本人に聞けとか言っちゃったけど、桐花にも聞かないでくれ」

「はぁ。最初からそう言えばいいの! 桐花のこと、頼んだからね」


 馬鹿だな、俺は。

 最初から素直に言えば良かったのに。

 どうして大事な家族すら、煙に巻いてはぐらかそうとしてしまったんだ。

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