第十四話 過保護少年と脱走少女
過保護少年と脱走少女-1
例祭当日は今年一番の猛暑という予報が出ていた。
何人か生贄にしてやろうという神様の粋な計らいだろうか。
「学生、休憩!」
猛暑の中、大量の荷物をバケツリレー方式で石段の上へと上げていく作業は死者が出かねなかった。
丘の上の神社へ続く道は乗用車がやっと通れる程度の坂道しかなく、手で持てる範囲の荷物は人力運搬が毎年恒例なんだそうだ。
やっとその運搬作業が一段落したというのに、学生達は本尊の軒下の日陰しか休憩所として与えてもらえなかった。
「なんか、いい匂いがするね」
陽太郎の言うとおり、木の香りが立ちこめていた。
真新しい木材で
否が応にも祭が始まるという気持ちが高ぶってくる光景だった。
「はぁーあ」
杜太が間抜けなため息を吐いた。
「どうしたの御宿直君?」
「だってさぁ……始まる前から浴衣イベントフラグがへし折られるなんてさぁ」
羨ましいくらいに素直だな。
「有光はどーせ瀬野川ちゃんと予定あるんしょー?」
「え? カラオケくらいしか行かないよ?」
二人がよく連んでるのは知っていたのか。
デートとは表現できない不可解な逢い引きなのが辛いところだ。
「よーは楽しそうだな」
陽太郎の笑顔が普段より柔らかい気がした。
「そりゃそうだよ。お祭りにこんな風に関われるなんて始めてだしさ」
なるほどな。
祭りに関わるなんて想像したこともなかった。
「そういやさ、ここで外人の子なんて見たことない?」
ふと、頭をよぎった疑問を口にしてしまった。
「え? 外人さんはいたけど、向井っぽい子は見たことないかなあ?」
ないか。
ラノベにありがちな小さい頃に運命的な出会いをしていた系の話はそうそう生まれないよな。現実つまんねぇ。
「嗣乃に聞いてみたら? 案外小さい頃一緒に遊んでたかもよ?」
「うーん、あいつの金髪好きは後天的だからなぁ」
「そうじゃなくて。嗣乃って不思議な子がいたらすぐに話しかけようとするだろ?」
確かにそうだ。
嗣乃はむしろ珍しければ珍しいほどホイホイ近づいていく。
「うーん。記憶にないかなー?」
気が付けば、嗣乃達が戻ってきていた。
女子チームは電気工事屋さんの提灯設置を手伝っていたんだっけ。
「その頃に出会ってたら桐花エンドまっしぐらだと思うし!」
「エンド……?」
嗣乃の妙な発言を警戒する桐花が面白い。
「きりきりとつぐがゆりゆりエンドを迎えるってことだよ!」
「多江!」
陽太郎、咎めても無駄だ。
桐花が多江と仲良くし続けるには免疫を付けてもらうしかないんだよ。
「ゆ、ゆり?」
「女の子同士で愛し合ってエロいこといっぱいするって意味だよ? 教えてなかったっけ?」
「瀬野川ァ!」
思わず声を荒らげてしまった。
なんで俺が我慢できなくなるんだか。
「おお? つっきー久々に過保護回路トレースオンしてんの? ほーう!」
瀬野川め、いつの間に型月に手を出しやがったんだ!
じゃなくて、ストレートに教えるんじゃねぇ。もっとやんわり伝えてくれ。
「こら一年! 真面目に仕事するか私も話に混ぜるかどっちかにしなさい!」
山丹先輩が笑いながら近づいてきた。
麦わら帽子を被っているとまるきり少女だな。
でも、でかっ!
「あーー! いいなぁ!」
嗣乃は少し遠慮を覚えて欲しい。
「ふふ、私の愛馬は凶暴よ」
旗沼先輩に肩車された山丹先輩は、殊更少女感が増していた。
「山丹さん、重いから要件を早く済ませてくれないかな?」
「んー? 松風がしゃべった気がする。おっかしいなぁ?」
旗沼先輩はモビルドールなのか戦国を駆ける名馬なのか分からなくなってしまった。
とにかく、山丹先輩は愛馬にまたがって桐花を通訳案内の会議に呼びに来たのだ。
体の弱い山丹先輩が炎天下に出て来ること自体、珍しいことだった。
多江よりも小さく、激しい運動もできない。
だがそれにかまけず、自治会の事務と管理を全うしている。
タイピングは恐ろしく速いし、作成している全ての書類は分かりやすくまとめてあった。
桐花と俺が楽に電子化を進められるのは山丹先輩の紙資料あってのことだ。
そんな山丹先輩が側にいるんだから、桐花も安心して良いだろう。
はぁ、久しぶりに人心地付いた。
心が落ち着いているからか、多江が近くにいても気にならなかった。
「安佐手君、なんか機嫌良さそうだね? そんなにお祭り好きだったっけ?」
「あぁ、うん。今年から好きになれそうかも」
「じゃあ今度大きいお祭り行ってみない? 一度行ってみたくて」
見られている。
腐った瞳がこっちを見ていやがる。
「誘う相手を間違うな!」
白馬はどうも見ていて危なっかしいな。
瀬野川も見事に謎だ。
「なっちゃんの浴衣とか似合いそうですわね、お仁那さん」
「なっちの浴衣……よだれが出そうですわお多江さん」
ブレねぇなぁ。
「若い衆! お仕事お疲れ!」
「若くねー先生お疲れ様」
やっと先生の扱い方を覚えてきたよ、俺。
紙束を持った条辺先輩も一緒だった。
「はっはっは! 力仕事をするくらいなら若くなくてもよいわ!」
相変わらずクソみたいな先生だ。
大好きだ。
「アンタ達裏の駐車場にゴミ運んだら四時に再集合な! 暑いからしっかり仮眠取って来いよ!」
「「はーい」」
仮眠を取る場所は既に決まっていた。
フロンクロス家の巨大な居間だ。
生徒自治会の仮眠所として、桐花のご両親が快く提供してくれたのだ。
ご両親は気遣い無用とは言っていたが、先日感謝の意味を込めての庭と縁側の掃除や草むしりは済ませてある。
「さ、月人君、桐花ちゃん! 社務所行くよ! はいよーシルバー!」
山丹先輩がベシベシと旗沼先輩の頭を叩く。
「山丹さん! 叩かないで!」
サイズはちょっと合わないが、息の合ったカップルだ。
本当の意味でカップルではないのは、ちょっと残念なところだが。
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