2-9 一日軍人体験記
営庭に112中隊が集まる。
「総員15。事故1。現在14。集合オワリ」
軽く笑いが起こる。
伍長がいないせいだ。
昨日からグノーシャの指示の元、地獄こと特別な訓練をしていることだろう。
笑いが収まる頃合いに、前に立つ大尉が口を開いた。
「おはよう。今日から地上散兵訓練を行う。本日の課業は、第5演習所にて、中隊咄嗟戦闘訓練。兵装は各自自由。背嚢はなし。以上ワカレ」
朝の点呼後、大尉に声をかけられた。
「グノーシャ大佐よりご伝言があります。せっかくだから鍛え直してみたらどうだ、と」
「は?」
「どうしてこんなことに……」
シアが暗澹たる気分に陥っている。
「なんで今更あたしが、訓練なんてやるんだよ……しかもタダ働き」
リリアは面倒そうだ。
対して、ゾフィーは前向きだ。
「ご主人様、リリア。今後のためになるかもしれませんし、頑張りましょう」
少し好奇心があるみたいだ。未知に対する好意的解釈。
ということで、なぜか訓練に参加することになってしまった。
他国の冒険者を加えて大丈夫なのだろうか。
兵装自由ということだから、汚れてもいい姿になる。
シアとゾフィーは先日購入した黒に赤縁の戦闘服。シアは長ズボンで、ゾフィーはスカートだ。リリアは自前の上下真っ黒な野戦服。
「お似合いですよ」
仮称シンシア小隊付きの軍曹は、軍服を着こむ彼女たちを見て、驚きながらも、律儀にコメントをした。
必要な物資は全員、空間保存法により、身軽にしている。
軍曹にそれを説明すると、さっき以上に驚かれた。そんなに珍しいのか。
もともと道中で必要な大部分のものは、俺とシアのポケットに収納している。
しかし、背嚢がある以上は、使える人間は限られているのだろう。
朝食を済ませ、始業時間5分前に営庭に集まる。
大尉が14人集まったところで、号令をかける。
「全員いるようだな。第5演習場まで走る。既に113中隊は向かっているぞ」
「ちょ、っと、遠く、ない、です、か?」
もともと走り慣れていないゾフィー。
演習場に着いた頃にはへたへたになっていた。
さっきの意気も消沈してしまったようだ。
シアも身体強化を行っていないので、膝をつかないぐらいには息が荒い。
体力というのは魔力の消費だけではないのだろう。
行動自体に支障はなさそうだが。
「この第5演習場は郊外にあり、丘陵と森林が多くあります」
軍曹が説明する。
それなりに高めの丘や、低い丘、所々に森が繁っているのがここから見える。
「本日は中隊同士で、判定戦を行います。生命量と魔力どちらかが、3分の2を下回った時点で戦死判定となります。戦闘力を失った隊が負けです」
既に113中隊も集まっており、赤い布を腰に引っ掛けていた。
後から颯爽とグノーシャが、参謀紐帯を提げる少佐を伴い竜に乗って現れた。
演習を計画したのは彼女だろう。
相手は士官を含む16人。
こちらは、俺たちが3人が加わり、先日の伍長が抜けた結果、18人になるが、おまけみたいなものらしいので気にされていない。
「赤、青、両中隊は想定戦闘域に進出。遭遇次第、殲滅と情報の持ち帰りを目的とする。なお赤軍はのちに指定する位置に着くこと。青軍は一刻待機。かかれ」
グノーシャは、赤側の第113中隊だけに聞こえるよう位置を教えた。
「軍曹、私たちは移動しないんですか?」
「移動しませんね。つまり、こちらは、相手の位置を知らない状態、相手は、こちらの位置を暴露した状態で始めるかもしれません。そのため、向こうはより優位な状況で攻撃を行うことを狙うでしょう」
移動した彼らは千里眼の範囲を抜け、遠くに移動する。
魔力を流すことで時刻を確かめる刻時機を掌に収め、中隊長である大尉が全員に目配せをした。
定刻。動く時間だ。
全員、片手剣を腰に提げ、騎乗時と同じで身軽な格好だ。
竜騎兵専用の後ろに深い切り込みがある長外套がはためく。
「総員、樹木に沿って前進」
おそらく先に動く有利を与えられた赤側は、最も見渡せる丘から敵の動きを掴むつもりだろう。
ナイネーペンもしたことだが、歩兵はとにかく丘に拠点をつくりたがるものだ。戦理にも適う。
それに対して、こちらは樹木で隠蔽しながら進むことになる。
森は薄っすらと日が差し込む木々の間を、14人は地面を踏み抜くように走る。
「大尉、魔力波を傍受。おそらく通信魔術。反射がひどく、内容は取れません」
俺にも針のような尖った魔力波が感じられた。
伝えた曹長は、場合によっては魔力波の内容もわかるようだ。
「方位と距離は?」
「真方位120から150。距離不明」
右前方に二つの丘が見える。
敵は、どちらかの丘で監視しているのだろう。
「曹長、良くやった」
「ありがとうございます」
曹長はむしろ距離が測れなかったことに憮然としている。
大尉が振り返った。
「総員! 敵はこの近辺で捜索していると考えられる。周囲を警戒し、森林内に気をつけろ」
こっちの方に通信魔術がきたということは、近くにそれを受け取った敵がいることになる。
丘から見下ろして、一人も見つからないのなら、森林を進むか他の丘の稜線に沿うしかない。
森にいることが予想されうることだ。
「森林と丘の境界に先鉾を出す。そうだな。シンシアさん。お願いできますか?」
なぜかお鉢が回ってきた。
『またもや私が……どうして?』
『息も合わない味方は遠ざけたい。かな?』
『むー。否定できない事実ね。それは穿ち過ぎだけど』
『好意的に見るなら、お手並み拝見、といったところか』
『なら頑張らなくちゃね』
『ほどほどに、な』
実際はどうか知らないが、サイラスからの客扱いである俺たちは実力があるように思われているようだ。
「はい。私の小隊は直ちに捜索に当たります」
「よし。通信魔術を心得ている者はいますか?」
「いません。ですが、戦闘ともなれば、魔力が飛びます。優秀な方がいるようですので、それで良いでしょうか?」
「わかりました。接敵した場合、即時戦闘を許可します。困ったことがあれば、軍曹を頼ってください」
「了解しました」
リリアと軍曹が数メートル前をいく。
シアとゾフィーは接敵次第すぐに加入できるように位置を取りながら、武器を手にする。
シアは魔刃。ゾフィーは気紛らわせ程度の短剣。
魔刃は世間では珍しいが、だからといって地味なので注目されるものでもないし、ないと困るしで、もう常用してしまっている。
対してゾフィーは、大鎌が目立つためだ。
魔力小銃は使うつもりはない。ある程度強い相手には、効果が薄い。
軍曹がさっと手を挙げ、しゃがむ。
リリアもそれに従う。
それを見たシアとゾフィーは木陰に身を隠し、二人を視野に収める。
じっとしていると、微かに小枝を踏んだ音がした。
軍曹がシアを見た。
シアは頷き、手を軽く前へ振り下ろした。
剣を手に軍曹が走る。リリアも続く。
後続のシアは、揺れる赤色の布を見た。
軍曹が斬りかかっている。
『一人なのかな?』
『他にいてもおかしくはないけど』
いつ出てきてもいいように、周りに気を配る。
不意をつかれたはずの敵兵は、難なく軍曹の剣を避けた。
「お手合わせ願います」
「アランか。また厄介な奴に当たったな」
113中隊一等兵アランが構えた。
瞬く間にアランの連撃が軍曹に打ち込まれる。
風が剣の線を誘導している。
流れるような攻撃に軍曹は切り返せない。
が、彼は気づいていなかった。
「あたしを忘れないでってね」
リリアが音もなく、近づき、アランの剣をかち上げた。
「いつの間に!?」
「よく見てないからだ、よっ」
リリアが膝を蹴り上げ、アランの腹部に沈ませる。
とっさに下がりながら魔法を唱えるアランだが、リリアは楽々と追従。
両手の短剣が踊るように舞った。
「はい上がり。戦死1名」
あっという間に生命量が3分の1が削られ、戦死判定となった。
リリアには容易い相手だったようだ。
「君、何者なんだ?」
軍曹もアランも驚きが隠せないようだ。
「ただの奴隷だよ」
「仮にも精鋭竜騎兵が、小さな娘にやられるのか……」
べた褒めに近い二人だが、リリアはあまり嬉しくないようだ。
「別にすごかないよ」
ポリポリと頭を掻いて小さくぼやいた。
恥ずかしがり屋か。
アランは腰の布を取り、集合地点に戻っていった。
結局、他にはいないようだ。
シアなりに、現状を意見してみる。
「単独行動していたのは、捜索ではなく、囮だと思います。捜索なら他の兵は魔力波を感知次第、ここに集まるはず。私たちを避けて後方に回るつもりでは? いかがでしょうか軍曹」
残りは15名。
軍曹がそれに同意し、頷いた。
「実戦ではあまり褒められた方法ではないが……がっ!?」
言い終わる前に目の前の軍曹が吹き飛ばされた。
残光のように魔力波が後から通り過ぎていく。
いつの間にか、目の前には、少しキザな青年将校が立っていた。
「アラン坊ももう少し粘ってくれればよかったんだけどね。先行は話に聞く客人か。まぁ演習の範囲内では容赦しないよ」
赤い布を腰につけた大尉が、顎に手を当てる。
彼の名はギルバートだ。
「どこから来たのよ」
「そこの丘から。いや、木が邪魔でなかなか直線で入る合間を見つけられなくてね。アラン坊には申し訳ないことをした」
横目で見た丘は、魔力波が発信されたと思われる丘だ。
「指揮官殿自らお出ましか。隊はいいのか?」
「軍曹。しぶといね」
起き上がった軍曹はギリギリ戦死判定を逃れているが、悠長に会話する余裕はないのではと思った矢先、ギルバート大尉が左手を軍曹に向けると光が走った。
雷魔法だ。
「戦死判定だ。速やかにここから退去したまえ」
「さて、さっきのアラン坊の魔力波では心元とない。せいぜい騒ぐとしよう。ねぇ可愛い冒険者」
空気中に魔力が走る。
三人が飛び込むように下がる。
雷光が三人がいた場所に矢のように飛んだ。
「さぁ、サイラス閣下自らが、客人指定するくらいだ。お手並み拝見といこうか」
風が吹くとギルバート大尉が、軽々と動いた。
彼の抜いたレイピアがリリアを狙う。
金属がぶつかり、擦れる音を上げ、リリアから突剣が小さく逸れる。
顔をしかめるリリア。
「痛ってぇー」
パリパリとリリアに腕から電気が放電される。
同様に放電している大尉のレイピア。
彼の魔法により剣が帯電している。
「すまないね。これがわたしの攻撃方法だから我慢してほしい」
「チッ、動かねぇ」
剣を受けた右手がうまく動かないようだ。
重心がずれた身体の動きが鈍る。
ギルバート大尉の攻撃を危うく避けるだけで精一杯だ。
彼はなかなか自分に自信があるようだ。当然、実力も伴っている。
『どうする? このまま負けちゃってもいい気がするけど』
『それもそうだなぁ。でも……』
『あまりいい気がしない?』
『死なないが、痛みは伴う。ゾフィーとリリアにそれを強要するのは嫌だな』
『じゃ、頑張っちゃうかな』
『すまんな。できるだけ援護する』
「二人は下がって! 私が相手をする」
ゾフィーは慣れてはいない短剣。リリアも既に右手を封じられている。
声を発すると、雷が飛んできた。
防殻が弾く。
なかなかの練度だ。速さ、威力共に申し分ない。
「魔力の壁。それも硬い。結構厄介だね。幼いながらも二人の主人というだけはあるか」
ギルバート大尉はわざと、剣を打ち合うように、斬り込んできた。
魔刃を伝って、電気が流れようとするが、防殻で手元を覆い絶縁する。
「これはどうかな」
左手から、光が走る。
ゼロ距離からの攻撃に防殻がかち合う。
「まだ保つか。魔力の減りも少ないようだ」
こちらの掲示を見て言っているのだろう。
判定条件として、魔力の消費もあるからな。
あれだけのやり取りのなか、魔刃と防殻で2000もの魔力が減る。
人から見れば、数十分一の魔力消費だから、なんとないように見えるけど、やっぱ浪費してるなぁ。
シアが足を払うように、魔刃を振る。
風魔法で鋭角的に移動し、背後から突く大尉。
低い姿勢のまま前に飛び避け、連続して放たれる雷を二転して避ける。
「背中に目があるようだな」
千里眼で視野を共有して、俺が警戒しているから、隙は可能な限り消している。
不意をつかれるのが一番怖いからな。
魔法を連発し過ぎたのか、さすがにギルバート大尉も疲れているようだ。
彼の魔力も1/4以上は減っている。
相手も苦労しているが、こっちも当てるのが面倒だ。
リリアもそうだったが、彼も回避能力が高い。
『いくよ』
シアが攻めに出た。
相手の動く範囲内を包むように魔刃を横に薙ぐ。
相手は防殻をレイピアで削りながら、後方へ宙に飛んだ。
もう一本。片手に魔刃を練成。
身体強化と自らを押し出すように、足元へ魔力を放つ。
「届けぇ!」
宙で風に乗り後退する大尉よりも速く、己ごと魔刃を突き込む。
一気に彼の生命量が半分になる。
生命量はあまりないようだ。
痛みに額を歪めながら、ギルバート大尉は健闘を讃えた。
「かなりやるようだね。昨今の冒険者は腑抜けが多いと聞くけど、いや君は余程だよ」
「あなたもまぁまぁよ」
褒められて嬉しいのか、露骨に褒め返すシア。
「それは光栄。魔法の発動速度には自信があったんだ。でも、君は難しいと言われる魔力の物理練成を難なく、速度を上回り、多数展開してくれる。結構なものだ。よくオルドアはこんな逸材をほっといているな」
饒舌にほめるギルバート大尉。
「それは私がそのつもりもないもの」
「そうか。自由であるのは冒険者の特権だったな。いや、惚れるところだったよ」
「それは遠慮させてもらうわ」
「残念。が、自分としても、もう少し年月を待ちたいところだよ」
貴族らしい若者だな。キザな部分と礼節が上手い具合に合っている。
「それでは退場させてもらう」
彼は言いたいことを言うと、布を取り、ひらひらとさせた。
「ああ、君が悪いわけではないが、結果は上々だよ。痛み分けというところか」
去り際に一言。よくわからないが、大尉は颯爽と去っていった。
「ゾフィー、リリア、大丈夫?」
「わたくしは問題ありません。リリアももう腕は動きます」
「すまないね、あたしとしたことが、遅れを取っちまった」
謀られるのは嫌いなのか、自分の迂闊さに納得がいかないリリア。
「無事ならいいのよ」
「でも、さすがご主人だな。余裕で相手して、無敵って感じ」
魔力にものを言わせたごり押しとも言うけど。
物量と火力が勝った者が、強いというのは常道ではあるか。
「それほどでも無いわよ?」
シアは少し鼻が高そうだった。
あまりシアが活躍する機会もなかったな。そういえば。
ゾフィーは、冷静に周りを見ていたのだろう。
「ご主人様。先程、後方で魔力波を感知しました。魔法の余波かと。現在は沈黙しています」
後方で戦闘があったのか。
大尉との戦闘中は、さすがに渦中の魔力が邪魔で、遠方の魔力波はわからない。
「とにかく戻りましょう」
シアがそう言った時だった。
「既に、君たち以外の中隊は壊滅している」
周りに6人が囲んでいる。
目を凝らすと、狙うように、後方で構えている者もいる。
「あらま」
大尉と盛大に魔力波を撒いているのを察知した青側の112中隊は、敵主力に当たったと思い、急行しようとしたらしい。
しかし、敵の主力はシアたちと本隊の間を陣取るように埋伏。
難なく奇襲して、殲滅した。
中隊指揮官が戦死したのであれば、生き残った少尉相当官のシアに指揮権が移譲されるが、たまたま居合わせた冒険者が中隊指揮権を握るのも変な話だ。
これで勝っても、なんの成果でもない。
大尉が言った結果とはこのことだったのだろう。
肉を切らせて骨を断つといったところか。
三人は素直に青い布を掲げ、降伏した。
○
「さて、講評を行う」
演習に参加した全員がグノーシャの前に整列している。
「今回の演習は、竜騎兵より降下する竜挺兵科の導入にあたり、行われた試験的なものだ。竜では見えない森林地帯が主戦場となることは想定できていた」
グノーシャはそこで一区切り置いた。
「しかし! この結果は散々だな。方や一回の奇襲で、壊滅。生き残ったのは、臨時小隊のみ。方や指揮官が冒険者に挑み、戦死する。演習だからこそいいが、早々に指揮官を失ってどうする!」
勝敗判定は赤側の勝利だが、それぞれ大いに問題点を指摘される。
「ギルバート大尉は戦闘能力も指揮能力も十分だ。しかし、判断が不足していたがために戦死判定となった。ゆめゆめ相手を侮らないことを忘れるな」
なんだか、教訓を教えるための叩き台になった気分だ。
隊舎に戻り、夕食を食べる頃には、隊員が代わる代わる話しかけてきた。
112中隊の面々は逆に足手まといになったことに詫び、シアの強さに感服していた。
113中隊すら、集まって、たまにはあの大尉殿も反省があってもいいと、小声ながら、頷きあっていた。
三人は湯船に浸かりながら、それぞれ、脱力の声を出している。
「今日は疲れたわね。いえ、最近疲れっぱなしね」
「たまには休みたいものですね」
「ホント。いい勤労だよ。全く、やめてほしいよ」
『……明日はないといいな』
『そうね……』
そう言っているうちはなくならないというのが、お約束だが、どうだろうか。
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