2-8 隊舎での一日

 諸事情につき、トラシント公国、ゼイフリッド竜騎兵団の預かり者となったシアたち三人。

 与えられた部屋は、竜騎兵団司令部に併設された第111中隊と第112中隊、第113中隊が住む隊舎の一室だ。


 辺りを見る限り、隊舎は8つ。

 竜騎兵は12騎を中隊定員として、この隊舎には36人が住んでいる。

 戦時には隊舎ごとに大隊に編成し運用するのだろう。


 士官を含めると、300名ほどが兵団の戦力を構成しているようだ。

 また、戦力維持のための人員を含めれば、数は倍以上にもなる。

 おまけに、竜にしても、ずいぶんと手間も金も掛かりそうだ。

 竜から降りた時の作業員や、竜の調教や世話、装具の調達点検を行う人員は、別の隊舎や発着場に併設されている家屋に住んでいる。

 この辺はそうそう外注できるものでもない。


 しかしこの練度に、馬よりも一回り大きい竜だ。

 歩兵だろうが騎兵だろうが、空から襲われたらたまらないだろう。

 それは魔物でも変わらない。

 逃げることもできずに一方的に手の届かないところからやられるだけ。

 この世界の軍隊は相手にもならないように思えてしまう。

 それだけ竜と竜士が頼もしく見えた。



 その日の夕食は肉重視でなかなかにおいしそうだった。

 もともと食が細いゾフィーは油濃かったようで、リリアに少し譲っていた。

 竜士は結構体力を使うのだろう。

 肉は生命量が結構回復する。


  ●


 翌朝、起床ラッパとともに、部屋にグノーシャが入ってきた。

 シアら三人がぼやぼやと起き上がる。

「おはよう諸君。すまないが四日間はここにいてもらうことになった。でだ。隊にいる限りは、隊のルールに従ってもらいたい。急ぎ着替え、営庭に出てくれ」

 単なるお客として、放っておけばいいのに、シアたちにも規律を適用された。

 グノーシャのらしさといったところか。

 何事にも手を抜かない。


 シアやゾフィーもリリアも目が醒めきらぬうちに、服に袖を通し部屋を出る。

「急げと言っている!」

 グノーシャが促す。

「はい!」

 シアが飛び上がったように走り出す。

「廊下は走るな!」

『急げと言ったり、走るなと言ったり、何よ全く』

 うーん。正しいけど、不条理だよね。

 よかった、俺は裏に徹する。

『任せたぞ、シア』

『なんで私が軍人の真似事なんか……』

 シアの姿で見られた以上、しょうがない。

 割りと損な役回りのシアだった。



「グノーシャ大佐に傾注!」

 112中隊大尉が、中隊12人に号令をかけた。

「今日から諸君の中隊にこっちの3人の面倒を見てもらいたい。右からシンシア、ゾフィー、リリアだ。シンシアは少尉相当官。ゾフィー、リリアは一等兵相当兵でシンシアの指揮下に置く。あとは任せた。以上。ワカレ」

 一息で言い終えると、早歩きでいなくなった。


 大尉は事前に話を聞いていたのだろう。

 彼は手近な伍長を呼ぶと、まだ20代前半ぐらいの伍長がシアたち3人に説明を始めた。


 彼の口調は丁寧だった。

「基本的には、朝と夜の点呼には必ず出てもらいます。それに食堂を開放している時間には限りがあります。また、大浴場もあり、人数の少ない女性は開放している時間が短いです。気をつけてください」

 お、浴場があるのか。さすがだな。

『やったね』

 シアも久々なんだろう。嬉しそうな気分が伝わってくる。


「わかりました。外出とか勝手に動いていいの?」

「基地を離れる際は必ず出先の場所と帰宅時間を聴取します。基地内でしたら、限られた場所を除き、ご自由に見て構いません」

『お風呂は嬉しいけど、不便そうねぇ。これからどうなるのかしらん』

『四日間と言っていたな。それからは宿に泊まっていいんだろう。それまでの辛抱だ』

『結局、扱いかねるからとりあえず手元に置いているってことよねぇ』


 今日一日は暫定シンシア小隊付けとなった伍長から話を聞くことにした。

「普段は何をしているんですか?」

 殺風景な部屋には、二段ベットが4つあるが、ここは元々空き部屋らしい。

 ベットを置いた残りのスペースに談話用の椅子が4つあり、それぞれ座った。

 もちろん伍長の起居は別室ですることになる。

 若い娘三人に囲まれ、上機嫌な伍長は、気さくに答えてくれた。


 彼は色々な話をしてくれた。

 中隊ごとに持ち回りで、周囲の偵察と訓練と休養をしていること。

 ここの中隊には女っ気がないこと。

 休みの日は、意中の女性を食事に誘っては断られるのが楽しみということ。

 いや、断られるのは楽しみとは言っていないが、彼の表情がそれさえも楽しいやりとりだと物語っていた。


 グノーシャ大佐は兵に優しく、兵団の人気者だということ。

 大佐でありながら、武闘派で二月に一回は大規模演習を計画し指揮を執る。

 偵察にも自ら出ることが多い。さすがに指揮系統を乱すことはなく、中隊を率いる大尉に基本は任せているようだ。

 実は少女趣味で、それは公然の秘密であること。

 言及した者は、特訓の名の下に地獄を見ることができるらしい。


「魔法は何を使うんですか?」

 軍隊なのだから、魔法書があると思い、シアが聞いてみた。

「竜騎兵だからね。まず風が第一だ。空を自由かつ快適に飛ぶためには必須だよ。連携のための連絡魔法も使えるとなおいい」

 すっかりくだけた様子の伍長。

「加速に減速、上昇に下降、防風。操竜が基礎だけど、風を操れなきゃ一人前とは言えないよ」


 竜と一体となり、空を支配せん。

 兵団の訓戒だと、伍長は言った。


「火や雷の攻撃魔法も重要だけど、空を駆けられなければ、何もできない。だいたい2000刻飛んで、戦力になるってんだから、大変だよ」

 俺はまだまだ半人前さ、と伍長は謙遜した。


「グノーシャ大佐はどうなんさ?」

 リリアが伸びをしながら、尋ねた。

「リリア、もう少しお淑やかにできませんの?」

 ゾフィーが注意する。

「えー、別にいいじゃーん。楽だし」

「そうやって楽ばかりに逃げていると、後々後悔しますわよ」

「必要な時に必要な態度ができればいいよ」

「あー言えばこー言う。まったく、ご主人様の奴隷として……」

 この光景はよく見かける。

 妹をたしなめる姉に見えなくもない。

 リリアのひねくれ具合も、子供っぽいと思わせる面もある。

 ゾフィーは奴隷の姉貴分として注意しているのだろう。

 見た目は年齢相応な感じだ。

 シアも俺も微笑ましく思う。


「構わないよ。隊の客人だからね。楽にしていいよ」

「ありがとうございます」

 そういうところだけ礼儀正しく言うリリア。

 鼻を明かすようにゾフィーをチラッと見る。

 額を押さえながら、首を振るゾフィーだった。


「ええと、グノーシャ大佐の技量だったね」

 伍長が場の流れを変えようと、話を戻した。

「そうそう。やっぱ達人並み?」

「そりゃな、すげぇよ。間近に見るとなおさらよくわかるけど。生まれて子供の頃から竜に乗ってるって話。自由自在に竜と風を操り、戦場では辺り一面を焼き払う火術の使い手さ。おまけに剣術も得意と来てる。公国最強の一角と言われるだけはあるよ。それで、フリフリのスカートとか、可愛い動物が好きな乙女っぽさもある、その差がたまんないんだ……よ……」

 楽しげに饒舌に話す伍長の声が尻すぼみした。


 シアたちを見ていた強張った伍長の顔が視線についていくように背後の入り口に向いた。

「少しお喋りが過ぎたようだな。なぁ伍長?」

 半開きの扉の先には、グノーシャが目尻をピクピクさせていた。


「君の飛行時間は900刻程度だったな。いいだろう。今日から一気に1000刻の大台に乗せてやる」

「い、いえっ。それでは竜が疲れてしまいます!」

「案ずるな。複騎連続出撃任務想定。昼夜敢行だ。替えはある」

「すみません! これはちょっとした出来心で!」

「御託はいい。さっさと第3種兵装で、巣まで来い。竜騎兵であるのなら、答えは決まっているな?」

「はっ! 了解です、大佐!!」

 伍長は可能な限り速い歩きで、部屋から出て行った。


「さて、君たち。彼とは何を話したかな?」

 にんまりした口に笑ってない目。

 えもしれぬ圧力に三人とも首を横に振った。

「よろしい。君たちは何も聞いていない。そうだな?」

 今度は首を縦に振る三人。

「そうか。そろそろ夕食だ。行ってくるといい」


 グノーシャがいなくなるとみんな肩の力が抜けたように脱力した。

 気楽に構えたがるリリアも、迫力に当てられ、ほっと息をついた。

 実力と気迫と美貌が伴うととても怖いことを知った。確かに怒らせたら地獄を見るな。


『私たちは大丈夫よね?』

 色々と背負った伍長が全速力で駆けていくのを、窓から眺めながら、シアが不安を覚えた。

『俺たちは被害者だ。それに少女趣味とかなんて何も聞いてはいない』

『しっかり聞いちゃってるし、それを聞かれちゃってるしなぁ』

 三人は気もそぞろに食堂に向かった。



 あとの話になるが、俺たちが滞在している間、伍長を見ることはなかった。

 代わりに、武骨な軍曹が小隊付きとなったが、口は固く閉じられていた。

 曰く、彼も地獄を見たことがあるらしい。



 夕食後、大浴場でさっぱりして、夕涼みがてら、基地内の売店を見て回る。

 大浴場では、女性が思っているよりも多いことにびっくりした。

 心中で、シアに小突かれたのはしょうがない。本当にしょうがない。

 ただ、うちの二人が粒ぞろいなので、なんとか耐えられた。

 とにかく、役得とはこのことなんだろう。


「なぁ、シンシア。トラシント首都を目指すんじゃなかったのか?」

 リリアが、携帯食を物色しながら聞いてきた。


「まぁ急ぎでもないし、のんびりしていいよ」

「主人よ、そんなんでいいのかい?」

「それはご主人様が決めることです。このまま流されるのも、動くのも」

 シアに逐一聞きながら、天然油脂から精製した石鹸や羊毛ブラシを抱えているゾフィーが当然だと言う風に答えた。

「まぁ、それはそうだけど。ちょっと息苦しいんだよね。軍隊って」

「それはわかる。規律がしっかりあるわよね」

 シアとリリアは、緩めな生活を好む点では共通している。

「あたしは、軍隊でも例外な方だったから、よかったけど」

 彼女はトラシント公国軍情報部ということだから、つまりは諜報機関だろう。

「少しの間ですから、その後はどうしましょうか。ご主人様」

「せっかく大きい街なんだし、宿をとってのんびりしない? お金はあるし、急ぐこともないし」

「退屈じゃなければ」

「そうね。じゃ、退屈になったら、出ましょう」

 退屈こそ大敵。そんな考えがまさにシアとリリアが似ている点だった。


 二人が欲しがったものに加えて、二人の服を買い足す。

 汚れてもいいようなシンプルなツーピースの替えがきくシャツにスカート。

 あと、士官が自弁した戦闘服の中古品が並んでいたため、趣味と実用を兼ねてズボンタイプとスカートタイプをそれぞれ2着購入。当然記章等は外されている。


 外部の人間が軍服を買えるのか、気になったが、問題なかった。

 むしろ売上が増えてよかったと言うような店員の反応だった。

 がある以上は、誤魔化せないからか。


 買い物も終わると、隊舎に戻り、ランプに明かりを灯すこともなく、早くもベッドに寝転んだ。明日も早い。


 一番にリリアの寝息が聞こえはじめたところで、もそもそと、毛布を被ったゾフィーがベッドに入ってきた。

「ご主人様。一緒に寝ていいですか?」

 普段のきっちりした口調ではなく、甘えるような声だ。

「う、うん。いいよ。おいで、ゾフィー」

 断りきれないシア。いや、断る理由もないか。

「ありがとうございます。では」

 シアの胸元に潜り込むように、入ってくる。シアの顔の目の前にゾフィーが顔を出した。

「えへへ」

 とても嬉しそうなゾフィー。

 尻尾があれば、確実にブンブン振っているだろう。

「しょうがないなぁ」

 シアが軽く肩を寄せた。

 やっぱり、まんざらでもないシアだった。



 すやすやと、肩を寄せながら眠るシアとゾフィーを千里眼で眺めながら、思い返す。

 考えてみれば、この世界に来てからまだ2ヶ月程度だ。

 季節は春から、少しずつ夏へと向かっている。

 正直言ってしまえば、まだ慣れていない。

 今だって流されるだけ流され、いざとなったときに、対処しているだけだ。


 わからないことだらけだが、最も重要な事は、この世界では魔力が全ての動力となっていることだ。

 植物を始め、動物、諸現象が魔力を原動としている。

 そして、魔力を持つ存在には掲示を通じて名前がある。

 掲示。

 それはものを特定し、自らの能力を明確にする共通の力。

 人が道に迷わぬように、神が掲示したもう。

 そう言い伝えられている。



 軍隊の内側で、見て、話を聞いたところ、あやふやだった軍隊の様子がわかってきた。

 魔力を大前提とした世界では、魔物や異種族、敵対する国という存在から、武装の必要性が高く、個人も武装し、大小の各領主が軍隊を持つ。


 軍隊は、魔力波を用いた通信技術があるからなのか、魔法という便利な攻撃力があるからなのか、指揮系統が細分化している。

 戦闘単位を指揮する尉官から、戦術単位を指揮する佐官、軍を統帥する将軍。

 各々が、独立し、戦闘正面に対応できるようになっている。

 おそらく、戦列を並べて行う大規模会戦は頻発しないと思う。


 銃火器は、この世界を席巻するほど、生産されていない。

 単純に、銃弾一発の殺傷力がこの世界では勝手が違う。

 魔力による砲はあるらしい。が、大型の魔物や城壁への直射に使うようだ。

 単に面制圧のために必要な魔力が多すぎるのか。

 むしろ火砲の利用より、魔法を用いる方がことが早いからか。

 俺の知っているどの時代の戦争の形相とは異なるだろう。


 人は生命量さえ確保すれば簡単には死なない。

 銃の一発でも、剣撃でも、火に包まれても、なお生きている。


 威力とはつまり、武器や魔法とそれらに対応した技能。

 それが高ければ高いほど、強さが増す。


 ゆえに、お手軽に殺傷できる兵器なはずの銃がない。

 銃は、誰が持っても誰かを殺せるのが売りのものだった。

 けど、ここでは違う。


 魔法や竜を利用する戦争。

 魔法は個人に依存するとはいえ、初級火球であれ、数を集め、集中させれば、火力になる。

 熟達者が、上級魔法を用いれば、たった一人で、数百人、数千人分の戦果を得るだろう。


 英雄と剣と魔法の世界。

 俺が知っているとすれば、それはおとぎ話の世界だ。

 できれば、戦争なんぞ見ることがなければいいが。



 それに、最初から続く疑問がある。


 どうして俺がここにいるのか。

 シアはどうして俺を呼んだのか。

 降人術。

 異世界より人を呼ぶ術。

 それは何のために?

 世界を救って、とでも言われるのだろうか。


『シア、何か隠し事をしてるんだろ?』

 寝ていると思う彼女に聞く。

『すやすや』

 起きているらしい。口で寝息の擬音を立てられても……


『言いたくないならそれでいい。けど、俺はどうして知らない? シアの記憶を見たはずなのに』

『うーん。神子のみに与えられる使命ってのがあるの。今は読めないようになってる。落ち着いたら、かつ必要なら教えるわ』

 勿体ぶられてしまった。

 眠いのは本当なのか、早口だ。


『必要かはまだわからないし、知らない方が気楽だよ。じゃおやすみ』

 シアなりの気遣いなのだろう。

 そう言うのなら、それに甘えることにする。

『ああ。おやすみ、シア』

 俺も少しだけ休むことにする。

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