2-7 竜騎兵団
「ゼイフリッド竜騎兵団副団長、グノーシャだ。双方は何をしている?」
シアとナイネーペンを見やる、赤と黒の軍人。背後には、静かに待つ竜。
掲示は彼女本人が言う通りのことを示している。
氏名:グノーシャ・カリウス
種族:人類
所属:トラシント公国
位階:ゼイフリット領竜騎兵団大佐
「貴様が指揮官か。何をしている?」
ナイネーペンは沈黙を守り続けるというよりも、見るからに慌てていた。
声を発するのも忘れてしまったかのように。
「では、冒険者、まず剣を収めろ。こちらのナイネーペンに剣を向けていたな。どういうことか教えてほしい」
高圧的というよりも、命令に近い。
精鋭である竜騎兵13騎。
反抗は得策とは思えない。
シアはゾフィーとリリアに目線を送り、武器を収めさせる。
シアも魔刃を戻すが、何かあれば、俺が練成できるようにする。
「この人たちが襲ってきたのよ。四方から囲むようにね。だから、こうして逆襲したの」
あくまで本当のことだ。
「この丘を中心に包囲網がつくられつつあることは空で見ている。だから、頭を崩しに来た。言い分として正しい」
「ええ。そうでしょ。グノーシャ大佐」
「そうだ。オムイナ領二個騎兵中隊、加えて火術中隊。混成大隊が、どうしてたった3人の少女を狙ったのかわからないが、対処は原則的行動だ」
グノーシャは、腕を振った。
一騎、竜が降下した。
「大尉。麓に集まる騎兵を止めろ。無駄な勘違いをさせるな」
「はい。大佐殿」
肘から先をまっすぐに伸ばし、手を胸元に当てる独特の敬礼をした大尉がまた上空に飛び立った。
「ナイネーペン、もう一度聞く。答えなければ、ゼイフリッド侯爵の名の下に、国を守護すべき領軍をいたずらに用いた貴様を処断する」
腰にある剣の柄に手をかけて、宣言した。
さすがにゼイフリッド侯爵の名を出し、死をほのめかされたナイネーペンは観念したように口を開いた。
「わたしはただオムイナ男爵の命に従ったまでだ」
「命とは?」
「聖櫃の鍵を持つ少女を捕らえろ、と」
ナイネーペンがゾフィーを見ていった。
「こいつも、その協力者の一人だ」
そして顎でリリアを指す。
「公国の懐刀、情報部が寄越した人間だ」
「ふん。ではなぜ冒険者の奴隷になっているんだ?」
グノーシャにそう言われて、慌てて掲示を確認するナイネーペン。
「悪いね、ナイネーペン。あたしゃ乗るべき風を変えたんだ」
どうでもない風に言うリリア。
グノーシャの前でそんなことを言って大丈夫なんだろうか。
まだ掲示を見てなかったらしく、青ざめるナイネーペン。
大方、リリアをダシに公国軍情報部に責任をなすりつけようとしたのだろう。
軽く咳払いをするグノーシャ。
「情報部が何を考えてるかはわたしの範疇外だ。しかし、オムイナ男爵に手段について問うべきことはある。もちろん、彼女の鞍替えも報告する。あいつらは何を考えてるかわからん」
まぁそうなるだろうな。
リリアは気にする様子もないが。
ここでひっ捕えられないだけでも、マシか。
「グノーシャ殿、どうかご容赦を。我々は公国軍情報部の命令に従ったまでなのです」
縋るように頼み込むナイネーペン。
グノーシャが偉いのか、ゼイフリッドの麾下であるからなのか。
『どっちもじゃない?竜騎兵を率いる人だもの。ほら、竜騎兵団副団長ってかなり聞こえがいいし』
聞こえがいいって。
まぁ確かに他とは一線を画すものであることはわかる。
ギロリと睨みつけるグノーシャ。
「御託はいい。そもそも、情報部は領主に強制させる権限はないはずだ。元をたどれば、ただの地理調査機関だろう」
下手を踏んだナイネーペン。
不味いと思ったらしく、言い訳はやめ、静かになった。
「正式な召喚は追って通達する。観念して、ゼイフリッド様の御前に頭を垂れろ。隊を解散させ、領都に戻れ。以上だ」
話はもう終わったというように、グノーシャはナイネーペンから視線を外し、上空に三度手を振り、腕を回した。
すぐに竜騎兵3騎が反応し、天幕を吹き飛ばさないように、ゆっくり降下した。
「君たちには、侯都まで来てもらう。わたしの手を煩わせた責任だ」
『俺たちは何もしてないんだけどなぁ』
『そうだけど、なんか乗せてくれそうだしいいんじゃない?』
「答える必要はない。これは安全の保障も兼ねている。各個竜士の誘導に従い騎乗しろ」
有無を言わさない態度は外見の優雅さよりも鋼鉄の軍人を際立たせている。
オムイナ男爵や公国情報部とやらの介入を避けたいのもあるのだろう。
シアはゾフィーとリリアを見やり、それぞれ竜に跨った。
●
ゼイフリッド領侯都までは、休憩をはさみつつ、一日半で着いた。
距離にして400セグを移動したことになる。
13匹の竜たちは高度を下げつつ、候都上空で周回に入る。
今までに見た街よりも大きな都が眼下に広がっている。
いや便利なものだな。
『でもお尻が痛いー』
『頑張れ』
しかし、空を飛ぶため、安定性がない。
二人乗り用の鞍に固定具があるため、落下することはないが、羽ばたくと強烈に揺れるし、それを吸収するサスペンションもない。
竜士はまるでそれが当然のように、竜を操っている。
もちろん固定具など付けていない。いざとなったら邪魔だからだろう。
命綱だけベルトに括り付け、両手で手綱を握っている。
長槍は翼に当たらないように、筒に収められていた。
俺は空の情景を楽しみつつ、ケツの痛みはシアに任せていた。
『卑怯者ー』
どこからかヤジが聞こえたが、聞こえないことにした。
それももう終わりのようだ。
<総員、降下準備>
<ヤー、アズライト1、2、3降下姿勢始め>
通信技術なのだろう。竜士が耳に手を当て、応答をしている。
候都上空に入ると、旋回し、やがて候都内の広い草っ原に降下した。
竜が賢いのか、よく調教されているのか着地はスムーズだ。
限界まで、低空に下がりながら、脚を深く沈めて着地時の衝撃を消している。
降りると、併設された家屋から整備士と言うべき人々が駆けてきた。
竜と竜士を労い、竜を連れて行く。
それに続くように、士官がグノーシャに声をかけた。
「お疲れ様です! 副団長。こちら三名のことで、団長より兵団司令部まで来るように仰せつかっております。こちらの方々も同様です」
「了解した」
薄手のグローブを脱ぎながら、グノーシャが頷いた。
既に先行した士官が伝えたのだろう。
「疲れているかもしれないが、お付き合い願おうか」
「わかったわ。あーお尻痛い」
シアの足取りが遅いし、へっぴり腰になっている。リリアも同様だ。
ゾフィーはプライドからなのか、歩みは遅いものの、腰は引っ込めている。
「兵なら軟弱者というところだが、初めて乗るならしょうがない。我慢しろ」
●
「――以上です。サイラス閣下」
「よろしい。やるべきことをしたな、グノーシャ」
サイラス竜騎兵団団長が、巌のような顔に柔和な笑みを浮かべ、頷いた。
グノーシャが報告を済ましている間、俺たちは入り口の脇に並んで立っていた。
部屋はシンプルな内装で、過度な装飾もない。
目立つものは、ゼイフリッド領内とその周辺の地図と、壁に掲げられた三本の旗だ。
竜が槍と剣を掲げた意匠の竜騎兵団団旗と、ゼイフリッド侯爵の紋章であろう青地に大盾と竜をあしらった旗。そして中央には、黒地に白の十字を描いたトラシント国旗。
「さて、シンシア君に、ゾフィー君、そしてリリア君。それぞれ二、三質問するが、答えてくれるかね?」
「はい。主人であるシンシアが代表しまして、お答えすることを約束いたします」
珍しくかしこまったシア。
さすがに場の雰囲気から、くだけた態度は取れないか。
「わかった。ではまず君からだ。シンシア君はオルドア領の冒険者なのだな」
「はい」
「トラシントに入ったのも冒険者としての活動か?」
「はい」
ベーレンに依頼というか強制されていることは隠した方がいいだろう。
「そちらのゾフィー君とはどう知り合ったのかね?」
「知り合ったオードラント公爵領少佐殿から、身を引き受けました」
リリアが知っていたことから、嘘をついてやぶ蛇を突く訳にもいかないな。
「そうか……では、リリア君とは?」
「えーと、リリアは私たちを襲ったけど、必要性と流れで一緒に……」
「そうか……」
歯切れの悪い回答に、考え込むように黙るサイラス。
「まあいいか」
割と適当な団長だった。
「では、ゾフィー君。君は意思に反して、奴隷となっているわけではないのか?」
「いいえ。わたくしはわたくしが奴隷であり、ご主人様に捧げることが本望です」
なんて従順なんだろう。泣けてくる。
「いい主のようだな。さて、君は鍵の持ち主と報告がある。確認しても?」
それはちょっと不味いんじゃないかな。
ここで敵をまたつくっても、困る。
ゾフィーがシアをチラチラと窺う。
シアが答えあぐねていると、
「いや、見せたくないのならいい。実際、それは問題ではない。我々にとって」
シアがほっと小さく息をついた。
この様子ではゼイフリッド侯爵は全く無関係のようだ。
彼女の生い立ちも知らないようだし。
いくら元小国の姫であっても、姓名を把握されているわけではないみたいだ。
「最後にリリア君。君は公国軍情報部所属と聞いている。元、が付くようだが」
「はい。自分は現在、互いの了解で以って、シンシアと主従の契約を交わしております」
ぴしっと気をつけをして、ハキハキと答えるリリア。さすが元軍人だ。
「まだ抜けきってないようだな。それはいいが、君はなぜ彼女たちを襲ったのだ?」
「自分はただ鍵の持ち主であるゾフィーを連れてこいとだけ」
「そうか……」
また考え込むように押し黙るサイラス。
「ああ、すまない。この頃、厄介な悩みがあってね。協力ありがとう。今日明日は隊舎に泊まってほしい。以上だ」
俺たちはいつの間にか扉の外で待機していた従兵の案内で、隊舎の一室が与えられた。
それまで休めの姿勢だったグノーシャが、サイラスに話しかけた。
「オムイナ男爵以下従事した者の扱いについてはどうされますか?」
「グノーシャ。すまないがこのことは不問だ」
「ですが……」
「必要以上に“彼ら”を刺激したくない。それにオムイナ男爵らは知らないだろう。目の前の餌に釣られたにすぎん。いや、君が行ったことは間違っていない」
「了解です」
「急いだ方がいいかもしれない。ゼイフリッド様のお耳に入れねばならんな。もしかしたら、侯爵殿下自らが話したがるかもしれない」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます