2-6 観測拠点強襲

 農村の無邪気な子供に手を振りながら、先を行く。

 特に寄るつもりはない。

 向こうに人を迎える余裕がないかもしれないし、招かれてもいないのに客になるつもりはない。


 どこかに寄らずとも、ゾフィー、リリアの二人とも幸いなことに健脚だ。

 適切に休憩さえ取れば、ペースも落ちることはない。


 ゼイフリッド領に向かっている途中、クマのような魔物が林から現れた。

「全然効いてなさそう」

 少しシアが使い慣れた魔力小銃でも、魔物は怯む様子が無かった。

 生命量もあまり減っていない。


「じゃ、あたしがいくよっと」

 リリアが飛び込み、思ったよりもすばしこい爪を避けながら、斬りつける。

 すぐに反撃をしようとする魔物から、飛び退き、距離をおく。

「あんまし、だな」

 魔物の頑丈な身体は、短剣の攻撃では致命打が得られなかった。


 効かない小銃よりも、リリアの方が襲うべき対象と判断したんだろう。

 魔物がリリアに突撃する。

「リリアっ! しゃがんでください!」

 結局、翼で加速したゾフィーが大鎌で一刀両断した。


 倒したところで、戦うメンバーが三人になったことを自覚した。

 ただ闇雲に攻めるのはよくない。



 せっかくなので、戦闘時の役割決めを決めた。


 基本はリリアが前衛。

 俺とシアが中衛。

 ゾフィーが後衛とした。


 といっても、先制は魔力小銃で俺たちが行う。

 それで、効果を認められず、止まらない場合はリリアが強襲。

 その間にゾフィーが魔法を発現。

 攻撃を行ったのち、リリアが接敵するようにする。


 リリアは前線を張るというというよりも、ヒットアンドアウェイを繰り返してもらう。

 実質の前衛は俺たちが行い、隙があれば、ゾフィーが一撃のもと斬り伏せる。


 小銃が効かない程度の脅威判定される場合は、相手の行動がわからなければ、慎重に対処する。

 それほど強くない大勢の場合は、近い距離で、各個が前に出ればいい。

 今のところ、三人とも前に出れることが強みだ。

 危険な場合は、リリアはその動きで、ゾフィーは翼で、回避し、俺たちが防殻で守っているところを、二人が遊撃する。


 ただそれは基本方針に過ぎない。

 相手によって対策がある場合は、専用の対処が必要になり、地形や状況で制限されることもある。

 だから、あくまで混乱時に従うべき原則だと二人には教えた。


 距離が遠くなった際、集合する時には一定の間隔の魔力を二度放出することにした。

 感知ができ次第、すぐに集合するようにと厳命した。


 遠隔地で会話ができればいいけど、する方法がわからない。

 魔力操作と魔力感知の熟練により、魔力波を音声に変換できるかもしれないが、手っ取り早く魔法で済ませられたらいい。


 ●


『そろそろ、ゼイフリッド領ね』

『街道傍に印がある程度だけどな』

 それぞれの所領を区分するにしても、明文された法があるようでも、人口の流入出管理をしてるわけでもない。

『何か起こったときの責任の所在の押し付け合いには使われそうだな』

 俺たちは何かと巻き込まれそうなものを抱えているし。

『街道を避けているわけだし、私たちは大丈夫でしょ』


 オムイナ領内で、リリアたちの襲撃から、以降は何もない。

 しかし、ゼイフリッド侯爵も聖遺物の取得と鍵を持つ者の収集について関係していたとしてもおかしくはない。目下それが問題か。

 オムイナに動きはもうない……のか?

 それは本当だろうか。

『貴族だもんね。オムイナ男爵も野心はあるし、好機は逃したくないと思う』

 シアの言うとおり、得るものが大きいなら、諦めるはずがない。


『何もないのがいいんだけどね』

『そうだな。平和に見てまわりたいもんだ』



 そううまくは、行ってくれない。

 街道を間に挟んだ向こう側に、小高い丘が見えた。

 その丘の頂点から、チカチカと強い光が三回点灯した。

 そしてうねりながら、光が一筋打ち上げられ飛来する。

 それは魔力波を伴うものだった。


 そして、打ち上げられた光が俺たちの周囲100メートル以内に落下した。

 直接の被害は無いが……


「まずいな。シンシア、白昼堂々と襲うつもりだぞ」

 リリアが、前方に目を凝らしながら、注意した。

 千里眼の範囲にはまだ映らないが、見通しの良い平原には、ポツポツと陽光を跳ね返す何かが見える。


 さすがに諦めてくれることはないか。

 でも、相手が街中での男たち程度なら、容易に逃げられるが。


「ご主人様。後ろにも姿が」

 点々と陽光を跳ね返すのは、馬上の甲冑だった。

 相互に見える程度にギリギリの距離をおき、散開している。

 前後に包囲網形成されつつあり、街道の向こう側の丘は、おそらく監視哨。


「リリア、前方の敵を撃破して逃げ切れるかな?」

 シアがリリアに聞いた。

 こういった状況でも、経験が効かせられるリリアは頼りになりそうだ。

「難しいねぇ。さすがに、相手は騎馬だ。それに、数が多い。見積もって、百は居るよ」

「多いわね。同時に相手するのは、厳しそう。まとまっている訳でもないし」

 まとまっていれば、囲まれもしないし、そこから離れるように移動して逃げられる。

 でも、騎兵は散開している。


 通常、連絡手段が確立されてない状況で、指揮官が統率の取れた行動を企図するためには、密集して行動すべきだ。

 騎馬突撃という衝撃力を活かすべき騎兵ならなおさら。


 しかし、密集している場合、捜索に向かない上に、対応力も下がる。


 彼らは統率の取れた散兵線を築きながら、包囲を行っている。

 おそらく丘の監視哨で、光の信号を使い、指揮をしているのだろう。


 個別の能力はともかく、集団としては厄介だ。

 何戦も消耗を強いられるのは、リスクが生まれる上にスマートじゃない。

 このまま全周を囲まれるくらいなら、動くべきだ。

 まだ、敵は千里眼に入らない。1.5セグ先にいる。


 動くとして、前後どちらに向かうにも、おそらく囲まれるだろう。

 なら。

『シア。丘を黙らせよう』

『あー。間に合うかなぁ』

『ちょっと二人には急いでもらうけど、大丈夫だ。指揮官を止めれば、包囲に穴が空く。騎兵は丘の登攀とうはんに時間がかかる。乱すだけ乱して、丘の影から脱出しよう』

『安全ではあるね。丘の上を占めれば、騎馬の突撃も怖くないね』

 情勢が不利なら、その元を断ってしまえ、ということだ。

『よし。急行するぞ』


「ゾフィー。リリアちゃん。あの丘目指して走るよ! 私の後ろについてきて。ゾフィーは翼を使用していいよ」

「アイサー、マスター」

「承知しました、ご主人様」


 それぞれの応答を聞きながら、シアが身体を強化する。

 身体に魔力が満ちていく。


 腰を下げ、風のように疾走を始める。

 リリアはなんとかついてきている。

 ゾフィーは低空を滑るように翼を羽ばたかせている。

 騎馬に鞭打つ彼らよりも、瞬間的な速度はある。

 二人には申し訳ないけど、この速さのまま頑張ってもらうしかない。


 丘正面は傾斜がきついが、左側面から後ろにかけては、なだらかな斜面を形成している。

 千里眼が範囲内に収めると、上空から丘の様子がよくわかる。

『シア、正面だ。きついが、登るのは可能だ』

『どうして? 緩い坂の方がよくない?』

『仮にも指揮所だ。防備はある。ほら騎兵がいる』

 左側斜面の頂上には、兵が馬を降りて、待機している。

 逆落としをされて、呑み込まれたらたまらん。


「リリア!」

 突然、ゾフィーが叫んだ。


「どうしたの――」

 シアが振り向きかけたが、それを止める。

『俺が見てる。シアは前だけ見てて』

『うん』

『大丈夫だ。ゾフィーがフォローしている』

『わかった』


 リリアは躓き、転びそうだったが、ゾフィーが、腋に手を入れ、リリアを抱えていた。

 そのまま、滑空姿勢を維持する。

「すまないね。ゾフィー」

「いちおう。ご主人様のものですから。それにわたくしは先輩格ですので」

 ゾフィーも素直じゃないな。俺たちに対してはあんなにも直球なのに。

「そうだな。ゾフィー、よろしく頼む」

「ええ。もちろんです」


 リリアはそっとゾフィーの抱える手に添えると、一足跳び、ゾフィーに並走する。

『二人もなんだかんだ、よくやっている』

『よかった。我が家は安泰ね』


 散開した騎兵は俺たちと丘を包み込むように集まってきている。

「二人とも、行くよ! 敵の攻撃に注意して!」

 俺たちは、丘正面に取り掛かる。

 傾斜した地面に足をめり込ませるように、突っかけて、蹴り上がる。


 半分以上登ったところで、敵兵が、見下ろしてきた。

「火術隊、前へ!」

 杖を持った軽装の男たちが、火球を飛ばす。

 火球は先頭のシアに集中する。


「そんな軽い魔力じゃ効かないわよ」

 防殻で弾きながら、前進する。

 何事もないように、消える火球。

 兵が、戸惑うように、攻撃が止まる。

「何をしてる。次弾詠唱急げ! 目標を後方に変更」


 俺は、敵兵の行動を見ながら、指示を出す。

『魔力小銃の射程圏内に収めたら、斜面に伏せて射撃開始』

 シアが持った短剣に、俺が魔力を流し、小銃の形をつくり、弾を込める。


『あともう少しっ』

 岩を蹴って、敵をにらみながら、着地。


 シアは地面に膝をついて、張りつくように斜面にふせ、魔力小銃を構える。

 俺が、防殻、魔力操作と指示、成果確認。

 シアには射撃に集中してもらう。

『左から標準次第、射撃始め』

『撃つよ』

 シアが魔力の弾丸を放つ。

 一人が杖を取り落とし、腹を押さえながら伏せる。


「次っ!」

 次弾練成。発射魔力充填。

『射撃準備よし』

『うん』

 返事を返し、即座に発砲。

 続けて二人目が杖を弾かれ、尻餅をついた。


 敵が一歩下がった。

「どうした! 応戦せんか!」

 叱咤する士官の努力も及ばず、火球の攻撃が減る。

 押し切れるな。


『次発後、リリアと同時に切り込む』

『りょーかい、シン』


「ゾフィー、私とリリアちゃんが突っ込んだら、空から魔法を使って。迎撃がないなら、騎兵をお願い」

 まだ、丘周辺の騎兵100騎は、俺たちが丘を登り始めたことに対応しきれていない。歩調を合わせ、周囲を包囲に向かっているが。

 ならば、このまま拠点を制圧する。


 左側斜面に騎兵が15騎居ることは、千里眼圏内に入った直後に確認している。

 後は、火術隊に、天幕の前に立つ指揮官らしき男と取り巻きの兵士のみだ。


 発射後、一気に残りの斜面を駆け上る。

 隣にはリリアがいる。



「来たぞぉ!」

「何なんだよこいつら!」

 慌てふためく敵兵。

 勇気ある兵は至近で、螺旋状の炎槍を打ち込んできた。


 攻撃を防ぎ、魔刃で、杖を刻んでいく。

 リリアも、最小限の動きで、相手を仕留めていく。

 彼女は相手の命を取ることに躊躇しない。

 といっても、相手だってそれなりに生命量はある。

 即死はしないだろう。


 既に火術隊の攻撃線は崩壊している。

 もとより、主に使われる魔法が、直線を飛ぶ火球だ。

 列を組んで、一斉に放つのでなければ、効果は薄い。


「リリアちゃん。ここは任せるよ。私は天幕の方に」

「任せな。すぐ終わらせて、ゾフィーを援護するよ」

 ゾフィーは既に左側斜面に向かっている。



 騎兵の士官が、斜面途上にて戦闘が行われている頂上を指し、鼓舞をする。

「この程度の坂なら問題ない。反転し、蹂躙するぞ」

 騎兵が丘の左から転換し、急斜面を登りきったシアに向けて突撃隊列を組み直していた。


 ゾフィーは斜面と水平に飛び速力を上げ、空中に舞い上がった。

「アイシクルグラベル!」

 静かに紡がれる歌と共に、小氷柱を浴びせた。

 礫のような氷に耐え切れず、暴れる馬。

 数頭は急所に当たり、どうと倒れた。


 それが伝播するように、他の馬も言うことを聞かなくなっている。

 ゾフィーは魔人だ。

 掲示内容のうち種族項が隠されているが、馬は感じ取ったのかもしれない。


「くそ、馬が言うことを聞かない」

「あの女、鳥人か? もしかして半竜種か?」

「なんでもいい。対空防御! 魔法を撃てる者はさっさと始めろ!」


 士官の怒声が響く。

 しかし、彼らが馬を降り、魔法を詠唱する時にはゾフィーの大鎌が血飛沫とともに円弧を描いた。


 一撃のもと、味方が斬り伏せられる情景は、兵の戦意を失う。

 兵は敵兵を相手にするための訓練を受けるのであって、一人の精鋭を相手にする訓練を受けていない。


「降りたぞ。総員抜剣! 突撃だ!」

 士官は興奮と冷静の間で、地上に舞い降りた大翼に好機を見出した。

 しかし、従う者はいない。


 士気が崩れた。

 仕方がなく士官は自ら動こうとするが、間を縫うように影が走った。

 咄嗟に剣を構えた。

「そこか!」

 弧を描くように両刃の剣を振るう。

 手応えはない。

 次の瞬間、士官は鈍い痛みがあり、視界が落ちていった。

 リリアが短剣についた血を払いながら、振り返り、丘から地上を見渡す。

「さ、後はシンシアか。ゾフィー。騎兵が登攀とうはん準備をしてる。急がないと」


 天幕の前で、赤色の光が打ち上がった。

 何かの合図か。


 光魔法を使う指揮官らしき男は、騎士らしき護衛二人に守られ、対峙した。

「既にここは包囲されている。諦めた方がいいと思うが」

 指揮官が俺たちに向けて喋る。

 逃げられる余地は充分にある。

『まだ間隙がある。ただの脅しだ』

『それだけ切羽詰まってるってことかな』


「なら早くしないとね」

 シアが、間合いを一気に詰め、鎧で固められた騎士に斬りかかる。

 鉄板を叩き割り、返しで胴を薙ぐ。

 低い姿勢のまま、もう一人からの大剣をかわす。

 大剣をくぐるように騎士を抜けた先、指揮官との間には何もない。

「焼けろ、小娘」

 指揮棒を差し向け、男がうねる火の槍を放つ。


 空間を移動するが、移動した直後、先読みされ、火球がすぐに迫った。

「おっとと」

 紙一重で避けながら、指揮棒を弾き飛ばし、指揮官に魔刃を向ける。

「降参した方がいいわよ」

 まだ動ける護衛が飛びかかろうとする。

「動かないで! 彼の首が飛ぶわよ」

 シアの一声で、護衛の動きが止まる。

「さぁどうするの?」


 時が止まったように膠着する。

 指揮官が応えあぐねているうちに、ゾフィーとリリアが合流する。

「ご主人様。火術隊と騎兵は戦闘を放棄しました。残りはそちらの男、ナイネーペンのみです」

 ナイネーペンというのは指揮官の名前だ。



氏名:ナイネーペン・ウースデット

種族:人類

所属:トラシント公国

位階:オムイナ領士爵小佐



 これで、オムイナ領主の差し金であることは決まったようなものだ。

 よくもまぁ領軍をこんなことに使えたもんだ。

 国境手前で、動かしていることからゼーフリット侯爵には知られたくないと考えられる。


「…………」

「何か言ったら?」

 ナイネーペンが沈黙して答えないのは、時間稼ぎかもしれない。


『シア。こいつを気絶なりさせて、逃げよう……ん?』

『なに? あれ?』

 千里眼の視界で急降下する何かが映る。

 他の兵も見つけたようで騒いでいる。


 俺たちに急速に近づいてくる。

 シアが空を見上げると、それは人が騎乗した13匹の竜だった。

『あれ、やばくない? 竜騎兵ってやつよね?』

 人が竜の背に鞍をつけて、長槍を携えている。

 増援なら厄介な他ないな。


 俺たちは逃げる間もなく、先頭の竜騎兵が降り立った。

 黒衣に赤の模様を描いた戦闘服を着た竜騎兵。

 燃えるような赤い長髪が風に揺れる女性だった。

「ゼイフリット竜騎兵団副団長、グノーシャだ。双方は何をしている?」


 ものすごく厄介そうだ。

 だが、増援というわけではなさそうだ。

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