2-5 眼福

 トラシント王都は北西に向かって直線1000セグほどで着く。

 およそ、一日徒歩で20セグ歩くとして五十日間で到着する。

 トラシントは南国境も含め、西南に山岳地帯があり、山から幾つもの河川が伸び、オルドアを過ぎる川や湖畔に注がれる川がある。


 その一つに大湖畔カーライトがあり、囲むようにある大森林地帯を切り開いて、公都が存在する。

 入り口はカーライト湖上を渡るか、森林の街道を抜けるしかない。

 それまでは平坦な平野部が占める。

 今の季節は春のようで、気温も心地よい。


『でも、馬ぐらいは欲しいわね』

『だなぁ。二人の消耗を考えると、寒暖が厳しい時は馬車でもあるといいな』

 見る限り、魔力を動力とした機関は存在しないようだ。


『他に移動手段としたら、調教された竜種や動物かな。後者はともかく、前者は軍の竜騎兵や一部の王族や貴族しか使えないと思う』

 やはり馬か。

 どうしても食料である飼葉がかさみ、消耗もするが、仕方がない。

 このまま公都に向かえば、公国内でトラシント公領地に次ぐ第二の面積を持つ広大なゼイフリッド侯爵領に入る。

 そこから先は公国直轄地だ。

 ゼイフリッド領内で馬を買えればよいが。


『そうね。でもね、シン』

『言わなくていい』

『うん。でも落ち着こう』

『ああ。わかっているとも』

『ほんとかなぁー』

 実は少しだけ心中が穏やかでない。

 いや、悪い意味ではない。むしろ興奮しているといっても、問題ない。


 今は水浴び中である。

 シアが大桶に水を溜め始めたら、面倒だから三人一緒で良いとなり……

 ちょっと狭いのではと、シアが言ったが、浴びるだけだし、立てば三人桶に入ることもできるとリリアが言ったので、まぁいいかということになった。


 結果三人の娘の裸体が、一度に、惜しげなく、朝日の元にさらけ出された。


 眼福。

 至福の眼福である。


 若々しい肌が水を弾く。


 白銀の髪から垂れる水が、白く清楚な肌を伝っていく。

 ゾフィーが髪の水を振り飛ばすと、胸も揺れる。

 目測バストサイズは、アンダー60のD~Eと推測。

 小振りに見えるが、それは彼女自体が小さく、肩幅も狭いからだ。

 トランジスタグラマーという言葉がふさわしい。


 対して……シアよりも細身だが、それでもしなやかな身体つきは、人を魅せる踊り子にうってつけに思える。

 リリアが肌の汚れを落とす姿を見ると一見、子供にしか見えない。

 しかし、意外と腰のくびれがあり、踊り子特有の柔軟さで、腰から臀部にかけてうごめいた。

 それは未発達な身体が持つ腰つきではない。

 いけない魅力が、俺を刺激する。


 シアは、健康的だな。


『これが、差別というやつね』

『いや、俺は見られるシアの気持ちを慮って、最大限配慮したのだよ。だろう?』

『だろう? じゃないわよ。見ないという選択肢はないの?』

『ない』

 見れば欲求は溜まるばかりだ。しかし、見ない選択肢など断じてない。

『はいはい……』


 そんな俺とシアの会話とは別に、リリアとゾフィーが話している。

「ちょっと、リリア。そっち場所取りすぎじゃありません?」

「そんなことねぇよ。……いやぁ腰まで浸かると、気持ちいいわな」


 小さい桶から水を掬って浴びていたが、リリアがしゃがんで浸かった。

「あっ、ズルいです。さ、ご主人様もそうしましょう」

「え、え、うん」


 三人揃って、腰を落とすと、さすがにぎゅうぎゅう詰めになる。

「ああ、じゃあこうしましょう」

 ゾフィーがぴたりとシアに跨る。

 なぜか対面である。


「お背中をお流ししますね。ご主人様」

 抱きしめるように背中を手で擦るゾフィー。

 ごしごし。


「仲いいねぇ。二人。それとも、そういう趣味?」

 スペースが空いて楽になったリリアが脚を組み直した。

「リリアちゃん。そんなことは、ない……と思う」

 ゾフィーの甘えたような表情を見た瞬間、否定が弱くなった。

「ご主人様ですから、当然のことをしているのですよ」

 ゾフィーは目を瞑り、シアの肩に頬擦りをしている。

「ありがとうね、ゾフィー。そろそろ大丈夫だよ」


 若干、人肌の心地良さに負けかけていたシアだが、立ち上がって、身体を拭こうとした。

「いつでも致します。あ、ご主人様、お拭きします」

 拭い布をさっと取られ、隅々まで拭かれるシア。

 隅々まで。

 自分で拭くのとは違う感覚に、なんとも言えない感覚なシアだった。


「悪いな。あたしは席を外した方が良かったみたいだ」

「リリアちゃん、そういうのではないの。……ないと思う」

 腰周りを拭きながら見上げるゾフィーを見たシアは、弱々しく言い直した。


 シアは色々と思うところがあるようだが、俺にはただただ眼福であった。



 着替えた後、リリアは踊り子の衣装から、動きやすそうな服になっていた。

 腿の外側に深く切れ込みが入ったスカートに、ぴったりとしたシャツを着る。


「暑い日にはいいけど、今はちょいとね。踊り子の衣装は目立つし」

 そう言って、両脇に提げたホルダーに短剣を差した。

 短剣はミスリル製だ。

「これは母の形見さ。素材も作りもいいんで、愛用させてもらってる」



 平原の遠くには、街が見える。

 出入りする商人や耕作物を運ぶ農民が見えるが、今のところ追っ手はいなさそうだ。

 捜索されているとしても、この平原だ。すぐに気づく。


 キャンプ道具を片付けて、街道から少し離れ、平行して歩く。

 草原だから、苦ではない。


 ちらほらと魔物がいるので、シアが魔力小銃で仕留めていく。

「またおかしな物を使うね。似たようなものを見たことはあるけど」

 リリアは銃を知っているようだ。

「ええ、ちょっと慣れないけどね。それはどこで見たの?」

「覚えてない。なんかの資料じゃないか」


 外れることもあるが、基本、魔物がこちらに向かう前に倒される。

 照門と照星があるべき場所を辿って延びる魔力導線で標準を合わせ、魔物が動かないところで撃てばいい。

 偏差射撃はできなくても問題ないし、10、20メートルでは余程の風で無ければ、弾道計算も必要ない。

 シアが撃つ瞬間に二発目を俺が装填すれば、連射できる。


 女三人が平野を行く。

 他から見れば、呑気な女の子たちに見えるだろう。

 でも、誰もがそれなりに強い。

 特にゾフィーを怒らすと闇の空間に永遠に葬り去られる。

 よくもまぁ心強い仲間が集まったものだ。


『旅をする上ではほんと助かりそうよね』

『このまま冒険者とか賞金稼ぎをやればいいかと思うよ』

『お金に困ればね』


 魔人クライスを倒した褒賞金のトラシント金貨3枚がまだある。

 それにヴェッセル領北の森で討伐した魔物の核もある。


 予定通りの旅とは確実に行かないだろうけど、危険は避けたいものだ。

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