2-4 災難の予感
「さぁ、夜は長いぞ。何が聞きたいんだ?」
リリアは掌を返したように、なんでも言うといった姿勢だ。
切り替えが早いのか、気まぐれなんだか。
元の雇い先には未練もないのだろうか。
「今更なんだけど、未練はないの?」
握手の際に顔を見せた後、そのまま表に出ているシアが聞いた。
「こっちの方が面白そうじゃん。飯が食えて、まともな扱いなら充分だ。それに、最初はこうなるとは思ってなかったからさ」
聞いてみれば、わかりやすい答えだ。これがリリアの“らしさ”なのだろう。
「あんたらには、むしろ損を買って出たと思ってる。いらんものまで、釣ってくるよ、今後」
「ご主人様は、お優しいので」
ゾフィーがリリアの忠告に、それとなく返す。
いや、優しいからといって、あらゆるリスクを受けるわけでもない。
そのはずだよな。
『冒険者は危険を犯して、利を得る職ではあるけどね』
さて、どんな利なんでしょうか。
『幼い女の子かな?』
『そんなことはない、よ?』
まるで人攫いのようじゃないか。
「リリアちゃん。じゃ、あなたの掲示を見せてもらえるかしら」
「ん、はいよ」
リリアが掲示すると共に、シアも掲示を見せる。
氏名:シンシア
種族:人類
所属:オルドア王国
位階:三等冒険者
生命量:4000
魔力:105500
固有特性:共同体 聖杯 魔力具現化
特性:千里眼 身体強化
基本技能:生存技能220
生活技能13
学術技能43
魔術技能24
戦闘技能18
突出技術:魔力貯蓄
魔力操作-多重操作
算術
氏名:リリア
種族:人類
所属:トラシント公国
位階:国軍少尉
生命量:4500
魔力:1200
固有特性:
後天特性:欺瞞 踊り子
基本技能:生存技能25
生活技能15
学術技能8
魔術技能8
戦闘技能44
突出技術:戦闘機動
短刀二刀流
魔導妨害
「軍人じゃないの」
最初に見た時は、四等国民だったはずだ。
特性の欺瞞によって、位階自体が偽装されていたようだ。
「正直、少尉相当の課員だよ。やることは要人誘拐に暗殺、戦時は指揮官の首を狩る仕事さ」
本当に血まみれな仕事をしていた。
しかし、それを行うための能力を持ち合わせている。
魔法はからきしのようだけど、半月の短剣を両手に縦横無尽に動いていた姿は、強烈だった。
こんな少女が持つ剣技と気迫には到底思えない。振る舞いも、身分も含めて。
「魔導妨害というのは、魔法の発動を邪魔するものなの?」
先も、空間移動が阻害されたが、やはりそれもリリアがしたことのようだ。
「ああ、魔力経路を辿って発現する魔法に対して、その導路に魔力で以って妨害をする。確か、軍事技術としてはオルドアはあまり注目していなかったな」
この世界ではすでに電波戦に相当する戦闘も考えられているのか。
傍受技術がある以上、ありえない話でもないか。
「ま、あたしは近距離の空間経路の魔法しか妨害できないけどな」
発現に至る経路によって妨害難度があるようだ。
空間に直接干渉する空間魔法が最も脆弱性が高く、歌や詠唱などの代替物によって行う表現経路はそれなりに耐性がある。
歌への妨害なんて、単純なもんで、より雑音を出せばいい。
練習を重ねた歌い手なら、邪魔は難しいかもしれないが。
また、魔力の変化先によっても耐性が変わるらしい。
空間魔法は経路の性質上弱く、火や水などの現象は強い。
例外としては、俺たちが使うような、魔力武装は、経路がないため、妨害しようもない。
試しに空間魔法の経路を編んでいく。
途中で指向性のある強めの魔力波を浴びせると、経路が壊れて消えていった。
「早っ! シンシアって、掲示でもそうだけど、魔力の扱いと量がおかしいな」
「それはリリアちゃん、たまたまよ」
「たまたまって……」
いい加減だな。
二人の会話を聞きながら、さらに試す。
空間移動魔法を今度は1メートル間隔で10個形成する。
距離が短く、移動そのものは行わないため、魔力の減りは少ない。
途中で、魔力波を出すと、5個まで削れて、残りの5個は発現して空間が揺らいだ。
発現後は、妨害できないようだ。
一つ移動先を残したまま、また空間魔法を練る。
移動先から魔力波を飛ばし、すぐに戻り、魔導経路を壊さないように防殻でカバーする。
防殻にぶつかり魔力波は掻き消え、魔法は発現した。
つまり、妨害に対し、対抗はできる。
魔導経路全体を覆えるか、魔力波の出元をピンポイントで予想できるなら、防殻でふせぐことができそうだ。
もちろん、魔導妨害の熟練によっては、予測も対抗もできないだろう。
「しかも、公立魔導研究所並の検証してるし。どんだけ、魔力に余裕あんだよ」
「ご主人様ですので」
呆れたようなリリアと、自慢気なゾフィー。
俺を万能のように思っても、そんなことはないからな、ゾフィー。
「あたしだって、それなりに対人戦闘には自信があったんだ。そもそも魔力の塊を贅沢に実体化させて、器用に武器にしたり、防御したりすること、見たことないぞ」
「私ですから」
加えて、自画自賛のシア。お調子者め。
『さて、シア。本題に入ってくれ』
『そうね』
一息ついたところで、一番聞きたいことを聞く。
彼女は軍人相当と言ったが、つまり仕事というのは公務だ。
俺たちへの襲撃も含めて。
「リリアちゃん。私たちを襲ったのは、何が目的?」
居住まいを正すシアに対して、リリアはあまり真剣さを表さない。
依然として楽な姿勢でいる。
「<固有特性:鍵>を持つ者の誘拐だ。そのために、オムイナ領主に図って、街におびき寄せ、オムイナの手下と、騙し通していたあたしの二段構えで、主人であるあんたを殺して、ゾフィーをさらうつもりだった」
さらっと言われた言葉にゾフィーが青ざめる。
亡国の姫とゾフィーを形容したリリアだ。
ゾフィーの出自を知っていたことになる。
魔族化していたとは思っていなかったようだが、鍵を持つことは知っていたということだ。
「またわたくしのせいで、ご主人様が危険な目に――」
自分のせいで他人を巻き込むことにひどく自分を攻めてしまうゾフィー。
ふさぎ込みそうになる彼女。
「はいはい。大丈夫大丈夫」
自罰に陥りそうなゾフィーを抱き寄せてなだめすかすシア。
「言ったじゃない。何があっても私たちがなんとかするって」
「ありがとうございます。ご主人様ぁ~」
ぐりぐりとシアのお腹に顔を押しつけるゾフィー。
羨ましい。
疲れてしまったのだろう。
気付いたら、ゾフィーが、シアの膝で寝息を立て始めた。
ゾフィーの髪を優しく梳きながら、シアが微笑を浮かべる。
「なんだろうね。本当に魔人か疑わしくなるな」
「そういうことは関係ないのよ。きっと」
「そっか。そうだよな」
「そうよ。最近はそれを知るために、旅に出たように思うときがあるの」
感慨に耽るシア。
しかし、ゾフィーが狙いで、国軍の一部が差し向けられたということは、なかなかに一大事だな。
「首謀者は誰なの?」
「公国の情報部に仕事が回ってきて、あたしが動員されたってことぐらいしかわからない。それが国ぐるみの計画なのか、一部の貴族の策謀なのかもわからないんだ。悪いな」
もともとあまり知らないと言ったことに偽りはないようだ。
「でも、国軍情報部に手が回せるんだ。軍関係者や、結構な有力者である必要はあるな」
そして、狙いはゾフィーの持つ固有特性である鍵。
つまり、最終目的は彼女の出自に裏打ちされた財宝。
ゾフィーの話によると、鍵は聖アルネリア教国の中心部で封印された聖遺物を得るために必要だという。
「聖アルネリアはトラシントの西北にあったわよね。知ってる?」
シアの故国だ。
少し、彼女の心が揺れた。
「あっちは、魔族との係争地になってるよ。国内各地、特にアルネリアから生きて逃げた人で復興を唱える神官もいるけど、今の所、国は積極的でないな」
つまりまだ、封印した場所は確保していないようだ。
積極的でないということは、国王は、鍵持ちの誘拐とは無関係かもしれない。
「ゾフィーのことはいつから知っていたの?」
「仕事を持ち込まれた段階じゃ、オルドア国のオードラント公爵軍にゾフィーは確保されてるって話。さすがに監視が厳しくて、国家間の問題にするわけにもいかない。様子を見ていたよ」
早い段階で、目は付けられていたのか。
監視が厳しかったというのは、ベーレン少佐によるものなのだろう。
あの皮肉屋はいつからこうなることを予測したのか。
「それで?」
シアが話を促す。
「ああ。すると、若い男か女か判別がつきにくい冒険者が主人となって旅に出たって。オムイナ領主と共謀してくれという上意の元、領主街まで誘導したのさ。あとは知っている通りだよ」
オムイナ領主も共謀者の一員なのだろうか。
それとも、何かのエサに利用されているだけか。
「さて、あたしが教えられるのはそんなもんだ」
「ありがとう。助かるわ」
「そういや、あたしは位階を誤魔化せるけど奴隷になっても都合良さそうだな」
さすがに軍人が、冒険者とうろうろするわけにもいかないが。
「望んで奴隷になる人も珍しいわね」
つまり、シアの膝で眠る彼女も珍しい人だが。
「あんたたちなら、良識者っぽいし、奴隷ってのは一切の責任を主にぶん投げられるからな」
なんて言い分だ。身も蓋もねぇ。
「じゃあ、奴隷身分に偽装すればいいじゃない」
「あたしの能力は、一度なった身分と所属にしかなれないんだ。幸運なことに、奴隷にはなったことがなくてね」
なんでも好きに偽装できるわけじゃないのか。
「じゃあいいわ。奴隷契約を結びましょう」
「あいよ」
なんというか、軽いな。
いいのか、それで奴隷になって。
そんな疑問も差し置いて、奴隷になったリリア。
高等奴隷だが、ゾフィーの格下となる。
特に何もしなければ、そうなるようだ。
夜も更けて、深夜半ばだ。
彼女はそろそろ休むべきだろう。
「さて、どうするんだ? 今度は」
伸びをしながらリリアがこれからのことを聞く。
「公都を目指すわ。ちょっとしたお使いを頼まれているもんだから」
何も買ってこいとは言われてないが、脅されている。
俺たちはともかく、ルイナさんについて言質を与えてしまっている。
トンズラはできない。
行ったことを証明できそうなものを手に入れて、渡せばいいだろう。
「虎穴に行くようなものだな。まぁ、いいか」
リリアは唯一使える魔法、空間保存法から厚地の布を出し、寝っころがる。
リリアの言う通り、陰謀の渦中に行くに等しい。
何かに巻き込まれるのは確実だろう。
ベーレン少佐に言われてなければ、戻りたいと思うが。
そもそもベーレン少佐は、こうなることを期待していたのではないだろうか。
依然として彼の掌から洩れることはないようだ。
『全く、彼がニヤついている姿が目に浮かぶようね』
『そうだな』
そう。最初っから、陰謀には巻き込まれていたということだ。
聖宝のためゾフィーを狙う陰謀。あえて危険に晒したベーレンの目論見。
きっと本当の陰謀の季節が、これから到来するだろう。
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