2-2 狭隘の十字路
今まで見た二つの街と比べ、オムイナは小さな街だった。
『今までが大きい街だったのよ。国境に接する最前線でもあるオードラント候爵領の街。同じく国境に接するヴェッセル伯爵領都。どちらも他国へ警戒と誇示、交流と監視。それに比べたら、ここは道中の宿場町で、領主は小役人みたいなものかな』
『いちおう男爵なんだろ、その少女性愛な領主』
『私はそんなに権威に対して敬う気持ちを持ち合わせてないの』
領主がその権力を利用して変態的な遊戯に耽るというのは、まぁ想像できなくもない。
主街道から逸れるように枝分かれして、北に向かった先にオムイナがある。
南にのみ門があり、衛兵は俺たちを脇見して犯罪者でないことを確認すると、何も言わなかった。
ゾフィーの種族を隠していることは特に問題にならないらしい。
余程熱心でなければ、奴隷身分に気を配らないのだろう。
リリアについても衛兵が知らせを受けていることもなく、あっさり入れた。
街はすぐ目の前に広場があり、道が二つに別れている。
楕円を縦に並べたような二線の馬車道が500メートルほどある。
左右の通りでは、若干生活の質が変わるんだろうか。
「リリアさん、君の宿はどこにあるのかな」
「ええっと、左の通りからちょっと小道に入ったところです」
目立たないようにしているけど、彼女の服装だと、どうしても人目につく。
それに人前に出る仕事だ。覚えられていてもおかしくない。
何か悶着があっても困るな。
でも、窺うような視線はあるにしても、特に声もかけられない。
リリアの商売が振るわなかったのだろうか。
どちらにせよ、そこまで気にされていないのかもしれない。
取り越し苦労で何事もないなら、それでいい。
細く入り組んだ道の先に、オンボロな平家群が見えた。
「あそこですっ!」
ぴょんと跳び上がり、小走りで向かい、姿を消してしまう。
それを追おうとしたが――
『変ね。武装した人が集まっている』
『ああ。領主とやらはずいぶんご執心みたいだな』
千里眼では、道を縫っていくように方々から集まってきている。
道々で窺っていた人たちも数人含まれている。
まんまと、ひと気のない場所までおびき寄せられたわけだ。
中心は俺たちだ。
ん? 俺たち?
リリアの前に俺とゾフィーを狙うつもりか。
「ゾフィー。敵だ。囲むように集まってきている」
「どういたしますか?」
ゾフィーは、驚くこともなく、冷静に鎌を手にした。
「リリアさんを待つ。西南の道を押さえてくれ。それと、できれば街中では死者は出したくない」
リリア探しに行って、見つからないよりは待ったほうがいい。
殺人の罪で捕まるつもりも毛頭ない。可能な限りそれは避けたい。
といっても、治安機構がしっかりしている世界でもない。
掲示に犯罪者の烙印を押されない限りは、問題はなさそうだ。
いや、その限りでどんな罪を犯してもいいというものでもないが。
「承知しました。ご主人様」
大鎌を引っさげ、駆けていくゾフィー。
千里眼で見下ろす限りでは、ここから四本の道がある。
北に向かう道。
リリアが向かった西の平屋群に続く道。
馬車道に出る東の道。
入り口の門に直接出る東南に道。
少し歪んだ十字路になっている。
どれも二人やっと並べる程度の小道で、左右は石造りの家に囲まれている。
リリアが揃えば空間を移動するつもりだが、東か東南の経路を押さえておけば、保険になる。
リリアが戻ってきたらさっさと逃走だ。
『俺たちは彼女を待つぞ』
『了解!』
十字路で敵を待つ。
まだ見通しが利く北通りに人影が見えた。
先制をすべきか迷う。
いや、抜剣して、こっちに向かっている彼らの目的は明らかだ。
『北方面に男一人。有効距離に入り次第、攻撃する』
『あいあい。サポートしまっせ』
短剣に刻んだ魔力小銃を展開。
魔導線で標定を行う。
先頭が50メートルを切る。
発砲。命中を確認。
男の肩に当たり、よろけるが、歩みは止まらない。
次弾を急ぎ、装填。発砲。腰辺りに命中。うずくまり、動かなくなる。
この距離では掲示が見れないが、死んではいないだろう。
殺さない程度に制圧する武器としては使いやすそうだ。
『東近いよ』
東を行ったすぐ先の曲がり角から、3人の男が現れる。
一人が杖で火球を飛ばす。
防殻で防ぎながら、前衛の長剣を持った男を左手の魔刃で切り下げる。
致命傷を避けた長剣の男が、下がりながら声を荒げた。
「おい、結構できるぞ、このガキ。他が集まるまで、攻めに出るな」
指示を出しながら、曲がり角手前に下がり、防戦に回る。
その隙に北方面に発砲。
狙いが甘く、当たらない。
千里眼では、北より、3人。東3人。東南4人。合わせて10人。
視点移動が遅いため、小さく映る敵が持つ武装は目視できない。
増援がないため、コントロールはシアに任せ、現地点に視点を近づけていく。
東南の通りでは、狭い路地で大鎌の取り回しは難しく、ゾフィーは苦労しているようだ。
それに大鎌は一撃必殺の側面があり、どうしても不殺の場合は、刃のない頭か石突部分での攻撃となる。
氷魔法で1人打ち倒しているが、魔法の回転率から、後退せざるを得ない。
ゾフィーに被害はないが、あまり旗色はよろしくない。
二度、ゾフィーのいる方角に向けて魔力を発散させる。
合流合図だ。
「大丈夫か?」
「ええ。ごめんなさい、うまくできなくて」
「気にするな。必要なら、俺がやるまでだ」
きっと殺せと命じれば、見事に血祭りにあげるだろう。
ゾフィーは、基本的には非情だ。
十字路で4方面を相手取るのは、避けたい。
後退すべきか、活路を切り開くか。
リリアはまだなのか。
若干焦りに似たものを感じた。
そんな時だった。
「シンシアさーん。お待たせしましたー」
後の方から、リリアの声がした。
なら、後退する必要もない。
「ゾフィー。東南に攻撃」
詠唱しているゾフィーが、頷く。
「リリアさん、早く!」
土魔法の隆起法を唱える。
東南を除いた各方面に土壁を作る。
石畳が崩れてしまうが、仕方がない。
「ひっ!」
今、自分の状況に気づいたリリアが、全速力で駆ける。
「アイシクルグラベル!」
いくつもの氷柱が壁を削りながら、男たちを襲う。
3人の男が、狭い路地で伏せて、氷柱をかわす。被害を最小限に留めている。
動きが止まっている隙に、魔力小銃を撃つ。
正確に鉄鋼に覆われた胴体を狙い、衝撃を与える。
鋼板が叩き割れ、後方によろけて倒れる。
もう一射。
残り1人をゾフィーが飛びかかる。
湾曲した刃が、男の下から掬うように、現れる。
「ぎゃああ!」
男の手首を切断した。
致命傷ではないが、武器ごとごっそり跳ねられている。
ゾフィーは、男を蹴り飛ばし、振り返った。
「ご主人様! 道が開けました。行きましょう」
「ああ」
ゾフィーは忘れているが、俺たちは空間を移動するつもりだった。
しかし、発動しなかった。
空間に魔力を練った直後、強力な魔力波で掻き消えてしまった。
なぜなのか?
不安が残るが、確保した経路から逃げよう。
走ってきたリリアが、怖さのあまり飛びつこうとする。
持ちあげた方が早いだろうと思い、迎えようとする。
『シン! 避けて!』
シアの声に、咄嗟に避けてしまった。
リリアが、転んでしまうかと思ったが、受け身をしながら、俺を睨みつけた。
その右手には、半月状の短剣が握られていた。
『危なかった。千里眼で、手が剣に掛けられていたのを見たの』
「ずいぶん勘がいいじゃん」
これまでのリリアと違い、声が低く、悪意が込められている。
「どういうことだ?」
リリアも襲ってきた一味の一員なら、リリアが狙われるはずがない。
狙いは俺たちなのか?
「さあね」
狭い道で踊るように、短剣を振るうリリア。
避けた瞬間、もう片手から短剣が、喉元を狙う。
「おっと」
ゾフィーが鎌を突き込み、リリアが避けるために一歩下がる。
「対象はおとなしくしてな」
「くっ!」
引きが甘い大鎌を掴み、ゾフィーごと捻り倒す。
強い。
小さな体躯で、やすやすと力を受け流し、狭い場所で全力とは言えないが、ゾフィーを軽くあしらった。
もしかしたら、空間移動を妨害したのも彼女か。
50センチ程度の魔刃を両手に発現。
二段構えにして、叩き込む。
それをリリアは曲芸のように、俺を越えて、避ける。
おまけに、着地間際、背中も撫でるように斬りつけられる。
一割も生命量は減少しないが、何度もやられたら危険なことは変わりない。
ああ、服が。
お互いの剣が乱舞する。
それぞれの、剣が打ち合い、いなされ、手数で押し負ける。
この狭い場所じゃ満足に動けない。
その上、どこを攻撃されるかわかったもんじゃない。
防殻が間に合わない。
仕方がないか。
『シア、出てきてもいい。俺が囮だ。あいつを確実に止めてくれ』
『任せて!』
リリアが、軽業師のように俺の前後に移動し、狭い路地とは思えないような奔放な斬撃が飛ぶ。
振り向き様に一歩下がり避ける。
追撃に、身体を横に開いて、真っ直ぐ刺突するリリア。
いける。
突きをかわしながら、相手へ踏み込む。
左手の魔刃で斬りかかると、軽くいなされる。開いた懐にリリアがかいくぐっていく。俺の心臓を狙う半月刀がきらめいた。
まだだ。
左手に続くように右の魔刃をリリアに降り下ろす。
「ちっ!」
しゃがんだ姿勢のリリアが短剣をクロスして受け止める。
「甘く見ないでほしいね。冒険者」
リリアはそのまま短剣を引きながら、滑り込もうとする。
「――それはこっちの台詞ね。リリアちゃん」
俺の胸元からシアが、両手をふさがれているリリアにサクリと魔刃を突き刺した。
核があるだろう心臓部のすぐ隣を。
不意を突くのなら、それは必殺に近ければならない。
これは殺されそうな人間が殺そうとする人間へ向ける慈悲の限界だった。
「なに……これ」
突然のことに、リリアの眼球が、シアと刺さる魔刃を往復している。
見る間に、リリアの生命量が減少していく。
リリアは、ただ呟く。
「死ぬの? あたしは死ぬ?」
短剣を離して引くわけにもいかず、短剣を持っていると、俺の魔刃に押さえつけられる。
彼女の瞳から色が消えていく。
「……いいや。違う」
小さなそのつぶやきは、風前の灯火ではなく、闘志の種火だった。
「あたし、は、死ぬわけには、いかないっ!」
突然、衝撃を感じる。
リリアが短剣を引きながら、俺をシア諸共蹴り飛ばした。
刺さった魔刃が抜ける。
リリアはゴロゴロと後転しながら、血の筋を残していく。
そして立ったと思った瞬間、姿が消える。
血が落ちてきた。
真上から。
リリアは上空より旋回しながら、全てを賭けた一撃を放つ。
防殻が魔力光を散らす。
割れる。
が、シアが防殻を重ねている。
まだ届きはしない。
「まだだ!」
血走ったリリアが、もう一刀を叩きつける。
喀血しながら、迫る姿は鬼神のようだが――
彼女には美しく響く歌声が聞こえなかった。
「ご主人様! アイシクルグラベル!」
リリアの背を小氷柱が襲う。
俺にも当たるが構うものか。
シアよりも細く小さな身体が、力なく崩れた。
ゾフィーが、俺に当たった氷柱の跡を払い、謝る。
むしろ助かったと俺はゾフィーを労った。
ゾフィーが冷ややかに、倒れているリリアを見下した。
「死にましたか?」
「いや、まだ生きている」
微量だが、まだ残っている。
しかし、まだ減りつつある。
時間の問題だろう。
「おい! まだいるぞ。急げ!」
土壁の向こうで怒声が響いた。
土壁を破る者と回りこむ者がいる。
急がないと、また囲まれてしまう。
「ゾフィー、おいで」
「はい」
リリアを抱えながら、空間移動法を練成。
先ほどと異なり、今回は発現した。
千里眼ギリギリの街郊外まで移動する。
リリアを降ろす。
「どうされるのですか」
ゾフィーは、未だ冷めた目線でリリアを見やる。
彼女にとっては、裏切りの上、俺を殺しかけた敵だ。
大鎌は、今すぐにでも、そっ首を跳ね飛ばす準備ができている。
「鎌を下げて。会話が可能になるまで回復させる」
「承知しました」
ゾフィーは鎌を収めた。
リリアの傍にしゃがみ込み、回復薬を投与する。
といっても、口に流し込むだけだ。
すると、やや回復するが、依然流血は止まらない。
次に、傷口を洗うように流す。
傷に反応するように、緑色の光が反応する。
回復には魔力も関係しているのだろうか。
そっと手を当て、魔力を送る。
すると生命量が回復するわけではないが、流血が止まる。
相手にとって受け入れ易い魔力の量があり、細かい調節が必要だ。
彼女の魔力核が許容できる量で、再生に必要な量。
足りなければ、効果を及ぼさず、多過ぎれば、過負荷を起こす。
慎重に魔力を送っていく。
少し時間がかかりながらも、傷口をふさぎ、流血は防いだ。
生命量は少なくとも、もう減ってはいない。
『よかった』
『そうね。瀕死に追いやった張本人がそう思うのも変だけど』
『まぁな。でも、こんな女の子を殺すのも気がひけるのは確かだ』
結局、自分の死を避けられるなら、殺すのが人間だが。
『そう言いなさんな』
『それもそうか。殺すのに躊躇いがないわけでもないし』
『とにかく話を聞いてみないとね』
『そうだな』
結局、何が目的なのか。
追手がいた場合を考えて魔力を惜しまず、3度ほど空間移動を使う。
距離と人数が増えるに従い、思った以上に魔力を消費する。
やっぱり、多用はしたくないな。
夕日を背景に野営の準備を進め、彼女が起きるのを待つ。
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