第2章 陰謀の季節

2-1 踊り子リリア

 電気を最も伝導し易いのは銅だ。

 そして、電力を他の何かに変えるためには、エンジンや半導体を用いて、動力や信号にした。

 また、加えた力を電圧に変換するのに適しているのは、ロッシェル塩やセラミック等の結晶体であった。

 神経の情報伝達も電気信号らしい。


 つまりは、魔力は電力に近い汎用性と性質があるように思える。

 といっても、電気工学は専門外だ。あまり理解しているわけではない。


 魔力において、伝達効率は個々の魔力が均一でないため、自分の人体が最も伝導しやすく、他は劣る。

 一部の鉱物や精製された刀剣類は伝導し易いものがあるようだ。

 なお、空気中では魔力波となって、拡散し、減衰しながら、魔力を持つ個体にぶつかると、跳ね返ってくる。


 一方、魔力をあるものに変換する場合、鍵となるのは、エンジンや半導体といった機関や回路ではなく、使用者の熟練度だ。

 俺たちの場合、魔力でなんらかの現象を引き起こすよりも、魔力を伝導させ、硬度を増す、物を破壊するといった芸当が向いているようだ。

 ひねくれた言い方をすれば、汎用の魔力を、意味をもたせた魔力に変換しているのだろう。


 逆に、魔力以外の力が加えられた場合、それを魔力に変換することはあまり意識することはないように思える。では魔力の源泉は何なのか。

 また、空間魔法はどうして、ないはずの空間に保存ができるのか。

 物品を保存する際、物品は固有の周波数を持った魔力に変換されていると考えることができる。見えない空間は魔力のみ満たされる。形而上の空間。

 掲示を持つ条件は魔力の保有だ。

 だから、それぞれ固有の魔力を通じて、抽象的にものを扱うことができる。

 発現した空間は、物体を識別できる魔力に変えるゲートなのだ。

 と、根拠もないのだけれども。そんな風にも想像できる。



 色々と思考を重ねたのは、余りある魔力と、その操作に長けていることについてどうしたものかと思ったからだ。


 数度の戦闘を経て、実感したのは、中距離から遠距離の攻撃手段が自作の魔力で杭を飛ばすことぐらいだ。

 それなりに威力はあるが、浪費も激しく、時間もかかる。

 数や密度によるが、10秒から60秒を要し、魔力は5000から20000を消費する。

 しかも、攻撃力となる魔力は、四分の一以下だ。効率は良くない。


 だから、威力がある何かを媒体に魔力を通し、射出する方法が欲しい。

 魔刃は大きくすれば、先端は弱くなるし、大きい武器の利点である重量が存在しない魔刃は旨味が少ない。

 自分から離れれば、魔力の形は減衰する。


 魔力を遠距離武装として扱うなら、何かを媒介にするしかない。


 試しに銅、銀、金の貨幣に魔力を通すと、銀貨が一番伝導した。

 銀貨を媒体として刃物の形の魔力を固定化し、岩に投げると、魔刃部分が簡単に刺さる。が、当然流動しない魔力のため、すぐに減衰が起こる。

 一応、魔力伝導率が高いものを使えば、投擲に使える。

 しかし、結局投げて使うだけで、遠距離は届かない。

 射出する方法を考えなければならない。


 方法としては、


1、投げた武器を空間魔法で勢いを残したまま転移させる。

2、風魔法で推力を持たせる。

3、爆裂術で、鉄砲のように撃ち出す。

4、思いっきり投擲する。


 以上を思いついた。


 1は可能な状態だが、わざわざスローイングが必要で、魔力感知されれば位置を暴露してしまう。

 2は本末転倒だと思う。それで威力を持たせられるなら、風魔法を使う。

 3は有効だと思う。構造体を用意すれば、小規模な爆轟で飛ばせるため、要求されると技能も高くないはず。

 しかし、爆裂術も使えないし、それを可能とする発射筒が必要になる。

 一応魔力で筒も作って、魔力濃度を一気に薄くすることで、反発力を得られるが、手間が増える。その上減衰して、連続では使えない。

 4は脳筋仕様。俺に怪力と正確さがあれば可能だ。


 結局3案が比較的まともだと思われる。

 とりあえず魔力で発射筒を作ってみる。


 手持ちの鋼の短剣を取り出す。

 魔力伝導率は体内を100%とすると、25%ぐらいか。

 銀貨幣が75%ぐらいなら、鉄はそんなもんか。

 短剣を媒介して、発射筒を生成する。

 刃を上向きにして掌で握り込み、銃床を肩に当てるライフル風に。

 空中に実体を伴う魔力筒が発光する緑色の線で形成される。

 魔力杭の要領で魔弾、カートリッジ代わりの高濃度魔力、尾栓を形成、高濃度体を希薄化させれば、発射できる。減衰を避けるため、内部の流動に気を使う。


 千里眼で確認しながら、標的を適当な岩に定める。

 当たる気がしないので、筒上端、照門と照星があるべきところに沿って細い魔力導線を伸ばし、そこを目安に魔力を飛ばす。

 導線の先端から返ってくる魔力を、魔力感知で、目標物が直線上であることを確認して、発砲。音はないが、銃後方に魔力の淡い緑色が飛散する。

 約200メートル先の岩をやや直線上の左下方に命中。岩に穴が空いた。


 精度にも問題があるが、慣性の影響もあるようだ。

 筒が耐えられなかったのか、崩壊してしまう。


 試行を繰り返して、10発まで耐え、最大飛距離50メートルに調整する。

 それを魔法書の発現に倣って、魔導を短剣に刻む。

 以後は、魔力1000ほどで魔力筒を生成、さらに魔力200注ぎ、5秒で発射前まで形成できる。


『なぁんか地味よねぇ。こう、広範囲を爆破したり、燃やし尽くすとかできないかなぁ』

『無理言うなよ。それに場所選ぶし、燃費悪そうだし』

『格好良さ重視でお願いします』

 どうやらシアの格好良さは、ハリウッド映画に近いようだ。とにかく爆発でオチをつけたがるタイプだ。



「ご主人様、お食事の準備ができました」

「今行くー」

 夕食の準備はゾフィーに任せて、魔力検証をしていた。


 献立は、サーベルラビットの香草焼きに、森に群生していた食すことができる野草だ。

 米が食べたくなるが、この辺では麦作が中心だ。

 パンをとにかく空間に保存している。


「うまいぞ、ゾフィー」

「ありがとうございます。ご主人様」

 シンプルだが、美味しい。サーベルラビットの臭みが香草で消されてて、いい塩梅になっている。

 ゾフィーはあまり料理の経験はないようだが、頑張ってくれている。

 俺の技能で生活技能が低いことから、張り切っている。

 変なオリジナルメニューを開発せず、基礎に従う姿勢は素晴らしい。



 深夜、魔力波を飛ばしていると、平原に点在する魔物と、街道上を進む人間らしき反応が、1つあった。

 昼間起きていたシアが寝ぼけ半分で聞く。

『さすがに盗賊の類じゃないよね』

 小屋で襲われたことが思い出される。

『よほど意識しなければ、場所を特定するだけでも面倒だよ』

『じゃあ大丈夫かな』

『そうだな。何かあれば起こすよ』


 正測する限り、それなりに距離はある。

 向こうが休むなら明日に街道上で遭遇するだろう。休まないなら、俺たちを通り過ぎるだろう。


 街道すぐ近くは避け、木の影で野営をしているし、警戒も怠りない。

 面白いことに、木に魔力を流し込むと、木の枝がよく魔力波を拾ってくれる。

 それぞれの枝の強弱で方位も特定できるし、便利だ。

 魔物も夜は寝静まっている。


 すぐ傍で眠るゾフィーの寝顔を眺めながら、夜を過ごす。


  ●


『あ、まだ深夜にいた人、まだ居るみたいね』

 朝、再度魔力を飛ばすと、街道上に反応があった。


『じゃ、接触の際は任せたぞ』

 夜は暇だし、練習と称して魔力の無駄使いもできない。少し気怠い。


『そう言いながら、ただ人と喋るのが面倒なんじゃない?』

『否定はしない』

 元日本人はシャイなんだ。

『はいはい。頼まれました』


「ちょっと歩いた先に人がいるから、一応警戒しといて」

「承知しました。ご主人様」

 一応と言ったのに、大鎌を出して、早くも戦闘準備だ。

 用心に越したこともないのだろうけど大鎌を持った少女とか物騒過ぎる。



 千里眼の範囲内に収めると、それは小さい女の子だった。

 外見から、女の子は踊り子のように見える。

 小さい布地で胸を覆い、ビキニの面積を減らして、下腹部のギリギリが隠れるような服を履いて、前と後ろに薄紅色の透ける垂れがついている。


 同色のベールを肩に纏っているのが、いかにも踊り子らしい。


 両足には、半月の短剣を二本が括ってある。

 他に持ち物は斜めにかけた小鞄くらいで、旅をしているようには見えない。

 心なしか、足運びが遅い。


『ちょっと見過ぎじゃない』

『踊り子は人に見てもらうためにいるのだ』

『今更代われとか言っても無駄だからね』

『えー』

『えー、じゃない。全く、どうして男ってとりあえず好色なのかしら』

 たぶんそういう生き物なんです。


 結局代わってもらった俺だった。眠気より色気。

「ご主人様、入れ替わったんですね」

 純粋な眼差しのゾフィー。

「ああ、ちょっとね……」


 少し歩くと実際に見えてきた。

 向こうがこっちを確認すると、真剣な顔つきで小走りになる。

 やっぱり肉眼は違うな、うん。


「なんて扇情的な……ああ、そういうことでしたの」

 若干冷ややかな声色だった気がするが、気のせいだろう。

「別に違うからな、ゾフィー」

「はい?何のことでしょう」

 その満面の笑みが怖いのです。


『さて、少しは反省の余地はあるようね。シン?』

『そうだな。もう少し場をわきまえるべきだった』

『それでいいような、だめなような……』


 場をわきまえたとしても、隠れて何かをするのはよそう。後が怖い。

『まぁ私から隠れて何かするなんて無理じゃない』

 シアはいいとして、ゾフィーだな。

『ひどいー』


 そんなこと話しているうちに、女の子との距離はすぐ近くまでになる。

 息を切らせて、白い肌から玉の汗を流すのはこう刺激されるものがある。

『小さい子から大人のお姉さんまで、ずいぶん節操ないわね』

 多様な趣味嗜好といって欲しい。

 それに俺は小さい子を愛でるだけで、欲情はせん。

『そのよくわからない挟持はなんなの……』

 なんだか呆れたようなシア。


「助けてくださいっ!」

 いきなり俺に飛びついてくる女の子。

 上気した柔肌が目に前に。

 いかん、隣が恐ろしい顔をしている、ように思えた。


 断腸の思いで、女の子を離す。

「どうしたの、母親とでもはぐれたの?」

 あっ。

 すかさずゾフィーが間に入った。

 声をかける彼女はあくまでも笑みを浮かべているが、なぜか言葉に棘がある。


「いえ、母親は知りません。生まれたときから……」

 あっ。

 いけないところを突いてしまったようだ。


「そう。じゃ、どうしたのかしら」

 見事に長くなりそうな話の腰を折り、進める。非情である。

 ふぅ。

「は、はい。リリアは商隊と一緒について、踊り子として働いていました」

 ジプシーは、一座で旅をするものだったな。

 この場合、フリーの踊り子といったところか。



氏名:リリア

種族:人類

所属:トラシント公国

位階:四等国民



 見た所普通の人のようだ。

 国民としても認められている。

 よくまぁ、小さいのに頑張っているな。


「それで、すぐ先にあるオムイナ街で踊りを見せていたら、なんと領主様からお招きに預かったんです」

 あーなんか予想できる。

『まぁ踊り子の収入の内よね』

 年齢に問題がなければね。


「そしたら……踊った後、領主様の寝室に呼ばれて――」

「それで昨夜逃げ出したわけね」

「はい……」

「でも、それぐらいじゃ別に血相変えて逃げなくてもいいんじゃないか」

 わざわざ追うほどでもないし、領主としては話が広まっても困るだろう。


「そうじゃないんです。稼いだお金とか全部宿に忘れちゃって、取りたいけど一人じゃ怖くて」

 確かに小さい女の子一人じゃ怖いかもしれない。

「ご主人様、どうされますか?」

 言外に何か漏れている気がする。

「お願いです、冒険者様。なんでもいたします」

 切実に頼んでくる彼女。


 外見やなんでもするという言葉にほだされたわけじゃ、七割ほどないけど、

「いいんじゃないか?」

 別に通り道だし。

『別に大したことは頼まれてないし、それはいいんじゃない』

「ありがとうございます!」

「ええ。ご主人様はお優しいですから、そう言うと思っておりました」

 何とも言えない表情のゾフィー。


「じゃすぐ行こうか」

「はい! 本日中には到着します」

 ほっとしたのか、子供らしい明るさが出てきた。

 スキップで前を行く女の子、リリアがとりあえず元気になってよかった。


 それに対し、隣を歩くゾフィーはなんだか気落ちした様子だった。

「なんか、すまんな」

 つい謝ってしまった。

 俯いていたゾフィーがはっと顔を上げる。

「いえ! 違うんです。わたくしが良くないのです」

「何か思うところがあった?」

 ちょっと声を潜める。 

「あの、わたくし、どうしても無邪気に振舞えて、人を頼ることができる人が苦手なようで、ぞんざいな受け答えをしてしまいました」

 そうか。ゾフィーの育った環境が問題だったんだ。

 考えてみれば、リリアと同じ年の頃、ゾフィーは無邪気になれただろうか。困っていた時、誰かを頼れたのか。

 どれもできなかったと思う。

 ゾフィーにとって手の届かない憧憬に沈黙と反発でもって耐えてきたはずだ。

 辛い日々だったろう。


 ゾフィーの頭に軽く手を載せる。

「ゾフィーだってそうしたかったら、いいんだからな。気持ちのまま動いても、頼っても」

 今は違う。そんな憧憬は現実にすることができる。

「はいっ。ありがとうございます、ご主人様」


 ゾフィーには幸せになってもらいたい。これまで損をした分まで。

『結局、いい感じに好意を得るところ、如才ないわよね。あなた』

『身も蓋もない言い方はやめてほしいなぁ』

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