1-6 旅は道連れ、彼女は無情
今日は特に予定もない。のんびりと羽を伸ばそう。
ぶらぶらと歩き回っていると、この街の活気に改めて感銘を受ける。
物を売る人、買う人、子連れの女性、笑い声を上げる少年たち。
彼らは掲示を見る限り、特別な身分ではない。
何かに追われた様な表情や、疲れ切った顔色の者はいない。
豊かさがあるかどうかは、わからない。
けれど、日々を生きていくのに何の負い目も無いような彼らはとても眩しい存在だ。
『別にシンも似たようなものじゃない?』
『ん? ああ。そうだな。それなりに楽しめているかな』
何が違うんだろうな。あの時と。
広場の屋台で焼き鳥を食べていると、声を掛けられた。
「シンシアさん。先日はすみませんでした」
「いえ、あれはベーレン少佐の命令だったのでしょう。なら反抗する訳にもいけませんよ。ルルファ大尉」
「ベーレン少佐も手腕には認めるところは大きいですが、卑怯であったことは確かです。あ、本日は非番ですので、大尉はいりません」
謹厳実直の言葉が似合いそうなルルファさん。
私服も質素なもので、胸当てに突剣の姿に騎士帯を付けて、女っ気が少ない。
「あの件に関してはベーレン少佐と話が付いてますからね。気に病むこともないでしょう」
焼き鳥を食べ終え、さて席を外そうかと思ったとき、彼女が目の前に立った。
「シンシアさん! あのとき、私とボリス曹長を打ち倒した秘術はなんだったんですか! それについてお聞かせ願いたい」
そうきたか。魔力自体での武装はあまり一般的でないらしい。
如何にも軍人といったボリス曹長とは異なり、彼女は武人だ。
自分が負けた相手には強く執着するタイプ。
「ただの魔力を使ったものですよ。工夫を重ねただけで、誰にもできます」
魔力操作を基礎に行えるはずだから、そのはずだろう。
魔力具現化の影響する所なのかは未検証なので、知らん。
「誰でもできたら、こんなに苦労するはずないじゃないですか!」
「と、ともかく、自分の戦闘技術についてはベーレン少佐から不問と言われましたので……」
理由としては真っ当だよな。
「な、納得がいきません! その権威の笠を着る態度。それにベーレン少佐がどう言おうと、私とは関係がありません」
火に油を注いだように、叱咤されてしまう。
これではよろしくないことに。
「いいでしょう。この機会に、再戦を申し込みます! 真っ向勝負です」
「いえ、遠慮します」
「ダメです」
こらこら。
頬を膨らまして、子供みたいな反抗はしない。
でも、まだ成人はしてなさそうだ。
「……明日の昼過ぎに出発の予定です。なので、正午12刻に再戦としましょう」
本当は朝出発だけど。
「了解しました。では、その時間に真剣勝負です」
とりあえず納得した彼女は真っ直ぐな金髪を靡かせて、どこかへ行った。
『いいの? 嘘ついちゃって』
『何を言っても納得しそうになかっただろ? 理屈も道理も通じない相手には、嘘はついていいもんだ』
『ずいぶんと都合の良さそうなことね』
『むしろ感情と現実をすり合わせられない人が、都合を合わせたがるものだよ』
『屁理屈だけど。道理でもあるわね』
あんな感じで兵を率いられるのか?
いや、大尉で副官。指揮官ではない。
騎士で技術は高い。なるほど、参謀というよりは、筆頭護衛かな。
商会に行くと、アルマーは既に王都へ発ったようで、ケルニムも忙しいようだ。
丁稚の少年に簡単にお礼を書いた手紙を渡しておく。
北区画には近寄りたくないから、一度も行っていない南区画に行く。
『さてさて良い女子はいるかのぉ』
『勝手に人の心情を捏造しないでくれ』
いくつかの小売店や料理屋、居酒屋があり、だんだんいかがわしいお店が増えてくる。
まだ昼間なのに営業している店も数店舗ある。
胸元がはだけた際どい衣装の女の子たちが、街頭や店のベランダから色目を飛ばしている。
『あら、そんなにご執心じゃないのね』
『そうだとも。四六時中そんなことを考えている訳ではない』
『ルイナがいるからね』
『……そうだとも。だから四六時中そんなことを考えている訳ではない』
『開き直ったわね……』
さらに奥に行くとこの街で感じたことのない、すえた臭いがする場所だ。
一見、清潔な道に見えるが、裏道は汚い。
南の小さな広場には、商人が奴隷の喧伝をしていて、そこに色々な人が集まっている。
一般住民からお忍びらしい貴族、今まで見たことがなかった冒険者らしき姿も見受けられる。
多くが男だが、女もいないわけではない。
奴隷にも、用途がいろいろあるのだろう。
そしてほとんどと言っていいくらい名前を隠している。
匿名制の市場といったところか。
「さぁーて、今回の目玉商品はこの美女だ。これは、滅亡した南東のクセノス小王国の使用人で、日中も夜も良く働く。金貨1枚と特別価格でございます。他にもお客様のご要望に応えられる商品を取り揃えております。どうぞ、アーフー奴隷店をご利用ください」
『あんまり、ここには居たくないな』
『初めて知ったときは興味ありそうだったけど、どうしたの?』
背徳的なものを楽しむよりも人を商品扱いすることの嫌悪感が拭えなかった。
『なんだかんだと言って優しいわよね、シンって』
『そうじゃない。ただそういう世界で育っただけだ』
『捻くれちゃってー。奴隷だからといって、ゴミのように扱われる訳ではないし、そこまで間違っているかはわからないよ。犯罪者が奴隷になるって場合も多いし』
『そうだな。もし必要があれば、俺も買うのかもしれないな』
多くの奴隷労働者によって支えられている産業もあるだろう。
それでいいのかと疑問を覚える前に、それでこの世界は回っていると考えるべきだ。それが本当に良いかはこれから決めればいい。
しかし、奴隷は当分いらないな。
もし同情したら、全員買い占めたくなる。
そんなの金も手も足りない。
ちょっと荒んでしまった心は、ルイナさんで癒やそう。
『私というものがありながら……』
何を仰っているのですか、シアさん。
公爵館の手前あたりで、魔力を三度発散させる。
他人に感知されたとしても、生活上で使用されているものと変わらないので怪しまれはしない。
少し待ってると、ルイナさんが小走りで来た。
昨日、魔力波動の利用で合図を作ってみたのだった。
「ちょっと食事に行きませんか?」
「あら、嬉しいですね。どこに行きましょうか?」
「中央区画の東南の端っこに行ってみたいお店があるのですが、いかがでしょうか?」
「シンシア君が行きたい場所になら、どこにでも」
「では行きましょうか」
自然と腕を抱いてくるルイナさん。
人目があるのはあまりよろしくない気もする。
しかも、身長差から、頭が胸に、腕が下腹部に押し付けられる。
チーズがふんだんなグラタンを彷彿させる料理や、旨味のある野菜スープをおいしくいただくと、本題を切りだす。
「ルイナさん、私は明日出発するので、挨拶に来ました」
今まで談笑に花を咲かせていた彼女の笑顔が曇る。
が、すぐに笑顔に戻る。
「そうなの。寂しいですね。もうちょっとお話しをしたかったけど……」
「私は冒険者ですから。多くの場所を見に行きたいのです」
「シンシア君が行きたい場所にならどこにでも……という訳にもいかないのが、悲しい現実ね」
「また顔を出します。その時は私のことを思い出してくれれば」
「思い出すも何も忘れませんよ。あっという間に私を虜にした方ですもの。これでも堅物で通ってるんですからね」
「では必ず戻ってきます」
「ええ。きっとですよ。……ねえ、今夜は平気なのよ、ね?」
「……はい」
「ふふ、シンシア君も期待してくれてたんですね。では参りましょう」
実はもう宿は引き払い済みだったりする。
『その時点でこうなるのは、予想できてたわね』
こうして今夜、短いロマンスは幕が下りていくのだった。
●
早朝、しどけなく眠るルイナの頬にキスをすると、寝所を抜け出した。
事情通なのか、廊下で警備にあたる男は羨ましそうな、恨めしそうな顔つきで、俺を素通りさせた。
何度も足を運んだ喫茶店に入ると見知った人物が居た。
ここの常連なのだろうか。
「おはようございます、ベーレン少佐」
「おはようシンシア君。爽やかな朝だ」
「ええ。旅の出発には悪くないかと」
「そうだろう、そうだろう。楽しい一夜だったからな。私も夜遊びをする良い言い訳ができた。感謝している」
本気とも嫌味ともつかない皮肉。
彼はいつも本心が見えない。
「さて、一刻後、西門で待つ。従者はそこで会わせる」
豆茶を飲み終えた彼は席を立った。
俺は鳥の胸肉のサンドイッチと豆茶を頼んだ。
豆茶は見た目コーヒーだが、味はもっと飲みやすい紅茶に近いものだった。
期待していた分ショックだった。
『私はおいしいと思うけど』
『違うんだ、ただ期待したからいけなかったんだ』
『期待するのは自由。期待が外れて落ち込むのも自由っていう教訓があるらしいよ』
『追い討ちかけないでほしい』
この時間では特に行き先もない。
喫茶店で時間を潰す。
『ねぇねぇ。一緒に行く人って、どんな人なのかな』
『見張り役なんだし、頭目に従順なセコいおっさんとかじゃないか』
自分で言っておいて、凄い嫌な連れだな。
『それはないんじゃない? 報酬の一つだって言ってたし、きっと美少女よ』
そんな妄想みたいな展開があるわけ……
あるといいな。
『透けることが確定した下心ほど悲しいものはないわね』
『お互い様だからな』
『私の清い心に汚れなんてないの』
誠に白々しい。
『実際、ルイナとしてるとき、それなりにシアも気持ち良かったじゃないか』
『あー!あー! なんでそういうこというの! 言及しない約束でしょ』
そんな暗黙の了解は知らん。
しかし、生娘なのに男と同化して快楽堕ちするというのも珍しい。
『やはり汚した張本人はシン。こうなったら、私が表に出て、シンを男色に目覚めさせるしか……』
『やめんか。そうやって自分を犠牲にして、男に靡いても不毛だ』
そんな気もないのに、捨て身の精神過ぎる。
『じゃ賭けよ。従者が男だったら、私が股を開きまくるから、女だったらシンが犯しまくりね』
だから不毛過ぎるよ……
あともう少しオブラートに包んだ言い方をしてくれ。
西門に行くと、ベーレン少佐と、女の子がいた。
白銀の長い髪で、気の強そうな目は若干疲れ気味だ。
少し小さめの身体なのに胸や腰つきは女を主張している。
控えめに見ても美少女だ。
『ああ可哀想に。彼女はシンの肉奴隷になる運命であった』
『ならんから』
賭けは成立していない。
ベーレン少佐が俺の反応を見ながら、紹介をする。
「さて、彼女は私の娘だ」
「えっ?」
「嘘だ」
そうですか。そうですよね。彼も若いし。
「唐突な嘘ですね」
「それは認める。でも、君に悪態をつく代わりだよ」
「私が何かしましたでしょうか?」
「したさ。ああ、したとも。いいかね。これからも君は私に面倒を運ぶだろう。だが、運んでもらう」
一体何をしたのか。したはずはない。
「いいや、したさ」
読めない心の内を先読みして答えたベーレン少佐。
「君には最初部下に捕まった。そして部下は何を見たか。覚えているだろう? 何をしたのか。君ではない他の彼女がしたことを」
指摘され、思わず顔を顰めた。
そうか、ベーレン少佐の部下から逃げる時、シアは一瞬表に出た。
ジスだったかウェルだったか男は、気絶する瞬間で覚えていたのだ。
「何も答えなくていい。君本人のことについては不問と言った。今は彼女を連れ、トラシント公国に行けばいい」
彼が話し終える隙を伺っていたのか、銀髪の少女が、間に入る。
「そろそろ行かせて。待つの疲れた」
感情が希薄な冷ややかな声。
何かを諦めたような口調だった。
「ああ、待たせて悪かったな。ゾフィーリア・ローネンブルク・クセノス殿下」
「わたくしをそう呼ぶ必要はないし、呼ぶ人もいない」
殿下?
掲示にはゾフィーリア・ローネンブルク・クセノスとあり、所属オルドア、位階奴隷とだけあった。加えて、奴隷だからか技能も見える。
クセノスは去年、アスラエル帝国に滅ぼされた国だ。
歴史書によると、聖アルネリア国による二重統治であったらしい。
滅亡後、奴隷身分に落ちたのだろうか。
「彼女は由緒正しき王族だ。連れて行きたまえ。既に君を主人格として登録してある。君のものだ」
勝手に登録していいものなのだろうか。
そもそも、主人格はベーレン少佐にすればいいものでは?
そんな疑問に関係なく、奴隷であるゾフィーリアが、こちらを見上げた。
やや俺の方が高い。
「短い間だけど、よろしく」
短い間というのが引っかかったけど、聞かないでおく。
「シンシアだ。よろしく」
奴隷なのか迷う態度だが、別に構わない。
彼女は短い挨拶をすると、床に置いた雑嚢を背負い、準備を始めた。
「一年以内に戻って来なければ、死んだと判断する。とにかく王都を目指したまえ。では達者でな」
するべきことを終えると、すたすたと街中へ帰っていった。
「さて、じゃあ行くか」
「ええ」
「待てぇー!」
今まさに門をくぐらんとしたとき、後ろからルルファ大尉が走ってきた。
あ、やばい。見つかってしまったか。
「早々悪いけど、走るぞ」
「あなた、何をしたの?」
「嘘ついた」
「あの女傑を誑かすなんて、酔狂ね」
「そうしなきゃ、余計面倒なことになるのは目に見えた」
「必要なら嘘をつく。人間って汚い」
いきなり毒を吐かれました。
「嘘をつかないと死ぬ場合、ゾフィーリアならどうする?」
ちょっと意地悪な質問をした。
「ゾフィーでいい。なら嘘をつく。汚くてもいい」
先ほどの物言いから掌を返したような、不思議な回答だ。
そんな話をしながら走っているうちに追いつかれそうになる。
門の外まで追いかける執念は一体どこから出てくるのだろう。
千里眼で視野できるだけ広範囲に上昇させておいた。
簡易空間移動法で、千里眼内縁ギリギリのところに移動する。
もちろんゾフィーを連れて。
街が小さく見える。さらばルルファ。
二人分の最大距離だと魔力を結構消費する。
元々、無理やり条件を満たしている以上しょうがないのだろうけど。
乱発しての移動は難しいな。
「これは中距離空間移動?」
「そんなところだ」
千里眼は伏せておく。
「そう」
彼女はその一言で静かになった。
歩き始める前に、空間保存法を使う。
「必要なものだけ身につけて、他はしまうよ」
「いい」
せっかくの善意が断られてしまった。
「体力にも限りがある。この鞄に入れて、衣料や携帯食料はしまいなさい」
仕方がないから、主人らしく命令してみる。
納得させるための理由もつけた。
「……しょうがない。じゃ全部」
渋々空間に雑嚢ごと押し込んだ。容積はまだまだある。
しかし、極端な判断だな。
「仕方がない。奴隷だもの」
ああ、おそらく自分の持ち物を人に委ねたくなかったのか。
「言ってくれればいつでも出すよ。別にゾフィーの持ち物を押さえる気はないよ」
「わかった」
一応納得してくれたようだ。
でも、なんとも感情がこもってない。
「街道を国境に向かって歩く。国境の検閲所のすぐ先に伯爵領があるはずだ」
地図を見たところ、トラシント公国内でも街道は接続されている。
所々にある街で滞在を繰り返し、公都に入る。
その事実を持ち帰れば、文句も言われまい。
ゾフィーは小さく頷くと、俺の一方後ろについた。
落ち着かないが、いなくなれば気づく。
そのままにしておいた。
全く主人らしくない俺たちと、奴隷らしくない彼女との旅が始まった。
ゾフィー曰く、短い間らしいが。
どうなるのだろう。
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