1-4 俺は手袋を投げた覚えはない
俺たちと軍人3人。ベーレン少佐、ルルファ大尉、そして件のボリス曹長。
強引にことは進み、あれよあれよと北区画の演習場に来ていた。
困ったことに、逃げる隙もない。
『ちょっと、ねえ、どうするの? 私たちの旅はここで終わるの?』
『シア、微妙に状況を楽しんでいるだろう』
『死ぬわけでもないしね』
『そうだといいけど』
人気のないだだっ広い草原でボリス曹長
「シンシア三等冒険者。これは本番だと思え。死の危険を知ってもらう。その上で、どうするか決めるといい」
『あ、強制徴兵じゃないんだ。よかった』
『そうは言ってもいかにも本気で来そうだぞ』
『じゃ頑張らないとね。手伝ってあげる』
全く他人事みたいに言って……
「どこまで粘るかな、シンシア君は」
「彼は三等冒険者です。多少は経験があるでしょうから、何か見所があるかもしれません」
何やら静観の構えの上司たち。いいのかそれで。
「何を使ってもいい。俺もそうする」
容赦ないな。
「……はい、了解です」
お互い5メートルほど離れ、買ったばかりのナイフを構える。
相手は帯から小剣を外した。
無理に勝つ必要はない。
ナイフで受け流しながら、手近な部位を撫でるように斬りつける。急所を狙わず、生命量を目安にすれば、殺すこともない。
魔刃は出す気はない。あまり目立ちたくない。
他とは異なる点、魔力量と具現化能力には目をつけられたくない。
同様に目立たないように全身に魔力を浸透させていく。
一時的に身体能力系が上がる。
千里眼で俯瞰でも確認できるようにする。
ボリスが動く。
最小限の動きで間合いを詰め、あと2メートルというところで、
『来る!』
瞬間、小剣が耳元をかすめていく。
強化された動体視力と反射神経で、ギリギリで避けた。
間断なく、二撃、三撃と打ち込まれる。
ナイフでいなし、なんとか捌く。
が、猛攻は一向に止まらない。出るにも引くにも、隙がない。
『でも、見えるわ』
『ああ』
剛腕にものを言わしてに弾雨。
ゆえに柔軟性がなく、軌道が見えやすい。太く硬い筋肉では、攻撃が直線的過ぎる。
そして小剣は軽量でありながら、殺傷武器として成り立たせるために、細い。腕力に頼ることなく、より固いナイフでいなすことができる――
小剣を受け流しながら滑るように、小剣の根元を押し込む。
いとも容易く、折れる小剣。
「よし……っ!」
『危ない!』
安心した束の間、ボリスの左腕が、俺の柔らかい腹部を殴りつけた。
飛ぶように後方に転がり、勢いを殺しながら、片膝をつく。
「甘いぞ、シンシア。と言いたいが、殴った気がしないな。何をした」
シアが腹部の内側に魔力を具現化させて壁とした。
魔力の具現化は、盾にもなり使い勝手がいい。
『今のまともに受けてたら、お腹の中潰れるわよ』
『助かった』
困ったことに、未だ終わらないようだ。
ボリス曹長は拳を打ち合わせて、笑みを浮かべている。
「なかなかやるな。しかし戦意が不足している」
小剣と比べ速さは劣るが、彼は体術の方が得意であるようだ。
見かけによらない軽い身のこなしから拳が弧を描きながら、人体の弱点を突いてくる。
一歩踏み込んでからの強烈な膝蹴り。
どれもまともに食らえば、死にそうな類いだ。
こっちは受け流しに加えて撫で斬ってはいるが、出血がすぐ止まる。生命量は1割も減っていない。さすが職業軍人。
戦う二人を眺める二人の士官。
「膠着しているな。ルルファ大尉」
「はい。彼はよく凌いでいると思います」
「むしろ、現状ボリス曹長が不利だ。当たらなければ、意味がない」
「薄氷を踏むような回避です。いつ隙ができるかボリスは狙っています」
「そう。しかし、私も仕事があるのだ。終わらせよう」
「では仲裁に」
「いや、違うよ。加勢したまえ。曹長に」
「それではシンシア三等冒険者に失礼では?」
「いいや。冒険者であるのなら多数を相手にできなければ生き残れない。そのはずだね? であるなら、殺す気でかかれ」
「はっ!」
膝蹴りの予備動作に気を取られて、腕から横殴りに飛ばされる。
シアのアシストを受けつつ、立ち上がる。
が、殴られた際に後方にナイフ取り落としてしまった。
自分の掲示を確認すると、一撃で生命量が200減った。
残量750。
疲れはないが、痛みが大きい。
きっとこの痛みが拡大した先が死になるのだろう。致命傷でなくとも。
早く終わらせよう。
そう思ったとき、千里眼の端に、魔力の燐光と風が巻いた。
その中心には小剣を構えたルルファ大尉が。
彼我の距離は十数メートル。
そう判断した瞬間だった。
「吶喊!」
彼女が吼えた。
加速。
風を纏い、流麗の一閃が煌めく。
速すぎる。避けきれない。
死ぬ。
『シア!』
『あいさ!』
その咄嗟の間、魔力が具現化する。
俺は薄くもやのような魔力光を出しながら、正しく心臓を狙う小剣に重なるように掌底を突き出す。
次の瞬間、掌から腕へと貫かれるが、肘に届く前に、勢いが死んだ。
押しも引くもさせない。
前面に薄く張ってもおそらく持たなかった。
なら、全てを一点に賭けるしかないと思った。
シアが右腕に魔力を充満させる。右腕を縦深のある盾とした。
痛みを耐え忍んで、魔力で固定された剣を刺さったまま、へし折る。
「なっ!」
驚くルルファを他所に、背後で、ボリスの全体重をかけた飛び蹴りを紙一重で避け、左腕から魔刃を生み、背中を切り下げる。
千里眼で動きは把握できた。
同時に右腕に溜まっていた魔力を、ルルファに向けて、折った剣ごと硬質な杭の形状で20発打ち出す。
発射のために、腕後方の魔力を希薄化させて、爆轟させた。
三発命中するが致命傷ではない。
右腕からルルファの首元まで刃を伸ばし、もう片腕はボリスを睨んで離さない。
「終わりです。それに1対2は卑怯ですよ」
ある意味こちらも二人だけど、いい加減止めだ。
命が大事だ。俺一人の命じゃない。
『全くよ。危なかった。下手すれば死んでたわね』
『というより、今死にかけている気もする』
生命量200程。正直、右腕を動かす気になれない。歩きたくもない。
『何とかなった。と思うほうが正しそうね』
『そうだな』
シアが魔力操作をしてくれたおかげで、戦いに集中できた。
一人ならどこかでミスが出ていただろう。
「見事だ」
静かに近寄ってきたベーレン少佐は拍手でもって、賞賛する。
「白々しいですよ。少佐。殺す気でしたでしょう」
彼らは所属国の軍人以前に、敵に等しい振る舞い。
自力でここから動き、できれば商会あたりへ逃げ込むべきか。
「曹長は君に言ったはずだよ。これは本番。実戦であると。結果、死んでしまってもおかしくはない」
殺すつもりだったと自白しているようなものだ。
俺は落としたナイフに取り付き、身構える。
「待ちたまえ。私に争う意思はない。だいたい二人を退けられるのなら、負傷しているとはいえ、私を害するのはとても簡単だよ」
つまり、もしものときは、少佐を人質に時間を稼げば良い。
「君。私を人質にしようと考えたね。焦りからなのか、良くない。私は嘘をついたかもしれないよ」
読まれている。なんらかの能力もしくは、ただの推測か。
「何を仰るのですか。その必要はありませんよ。争うつもりが無いのなら、少佐」
「そう。その通りだ。少し話そう。その前に」
彼は何もない空間から三本の飲み薬を取り出した。
どこから?
『空間魔法ね。閲覧制限のおかげで使い手が少ないみたい。今のは物の保存ができる初歩魔法』
ベーレン少佐はボリスとルルファに飲ませると、帰るように命令した。
「君の分だ」
同じ色の物が渡される。
上等な回復薬のようだ。
「怪しいものは入っていないよ」
そう言われると疑いたくなるものだが、飲んでみると、魔力を身体に浸透させたように楽になる。
小剣で傷ついた箇所もふさがっている。
「立ち話もなんだ。中央にある店で話そう」
●
ベーレン少佐は焼き菓子に、紅茶を頼んだ。
「シンシア君、君は? 私が持つぞ」
「紅茶だけでお願いします」
「かしこまりました」
レースついたエプロンドレスのウェイトレスが下がっていく。
「遠慮は心の毒だぞ」
「命懸けで動いたばかりなので、食欲がわきません」
マイペースな彼に嫌味を言う。
「わかったわかった。私が悪い。いや、なんだ、君がこの街に来てからの動向を調べさせてもらった」
どうして?
心中で俺もシアも思った。
「一週間前に南西の村、ドブルベ村だったか。そこにいただろう」
俺がここに来た直後のことか。
それを知っているのは、盗賊団らしき集団だけのはず……
そうか、つまりそういうことか。
「なぜ、知っているのでしょうか?」
誤魔化す必要もない。推測が事実であることを確認すればいい。
「君が見、接触を受けた彼らは、私の部下だからだよ」
あっさりと白状するベーレン少佐。
「口封じですね」
彼らがそこに居たことを知られるのは不都合だった。
そして、実際村には人一人居なかった。
村は襲われたのではなく、計画的に消された。
それが判明していることだ。
最も不自然であることが、男達がオルドアではなくトラシントに向かった点。
「そうだ。何を目的に何をしたのか知らなくても、とても邪魔だ」
「だから曹長をけしかけさせた」
「そういうことだ」
なら、依然として俺は邪魔な存在のようだ。
「なら、それを話す理由は?」
「君が話せる人間だからさ。それに、掲示以上に強い」
利用する気か、この人。
「シンシア三等冒険者。あの村、あの洞窟に君がいたのは一時的な凌ぎで、他意はなかった。そう思っている」
「その通りなので、言うことはありませんよ」
だから不運でしたねで済ませられたら、さすがに怒る。
「ならその真偽を確かめさせてもらう。従者を一人付ける。好きに扱いたまえ」
従者? 危険人物なら殺せとでも含ませられているのかな。
「そして、君にはトラシント公国に入ってもらう」
「何をしろというのですか」
「冒険者として振舞えばいい。たまに手紙でも送ってくれれば、嬉しいが」
「手紙には見たものと食べたものでも書けばいいんですかね」
「そうだな。見て気になったものを、好奇心旺盛な田舎娘のように書いてくれていいぞ」
「情報を欲すると?」
「もちろんだ。危険な芽があるのなら早めに知っておくに越したことはない」
何の情報かは明示する気はないようだ。
「期限は?」
「問題に決着がつくまでだ。もしくは、そんなことがどうでも良くなる事態になるか。そう遠くないと私は判断している」
なんにせよ、ロクでもないことに加担させようとしているのは、目的を提示しないことから、明らかだ。
『好きにしていいよー』
ぶん投げですか。シアさん。
「丁重にお断りします」
「利に聡い君ならそう言うだろう。しかし、君には疑いがかけられている。いいんだぜ、君の正体がどうであれ、どこかの密偵に仕立て上げることは簡単だ。それを私が握り潰してもいいと言っているんだ。悪くない話だろう?」
力を持つ者は説得の体で脅迫を行う。
結局は事後承諾と変わらないことになる。
「報酬は? 無ければ、オルドアから逃げるだけです。幸い国境近くですし」
オルドア内で指名手配されるのは、控えめに見ても損でしかない。
犯罪者の烙印は掲示で見つかる。不便で仕方がない。
ならば、妥協点を模索するのが至上だ。
「報酬ね。いいだろう。金は無理だぞ。オードラント候爵領軍の主計はカタブツだ」
「技術と情報。それでいいです。可能なら事前に受取りたい」
途中で逃げ出すのは、ハナから無理なんだ。だから、よこせ。
「技術とは、具体的には?」
「空間魔法と回復魔法」
物を保管でき、手ぶらにできるのは、何より助かる。
回復魔法さえあれば、膨大な魔力のおかげで、安全性が格段に上がる。
「空間魔法か。君になら使えるか。良いだろう。魔法書の開示請求を出してやる。が、回復魔法は神官の特権分野だ。手出しできん。回復薬調合技術で我慢しろ。で、情報の範囲は? 言っておくが軍機と政情は話せない」
「では、地理と歴史、魔法の学習書の閲覧を」
常識は知っておきたい。
「そんなものか。では、中央区画の候爵館にある書室を案内する。明日の朝に広場に来てくれ」
なんだかんだと、説得された俺だった。
「君の魔力操作技術は、興味深い。ただ人でないのも確かだろう。だが、それは問わない。それが私の譲歩だ。納得したまえ」
彼は用事は済んだと言わんばかりに立ち上がった。
「そうそう。報酬には従者も含まれる。まぁ良くしてやってくれ」
意味深なことを告げ、出て行った。
『困ったことになったな』
『そう? 楽しそうだけど、とりあえずトラシント公国に行けばいいだけだし』
相変わらず、シアは気楽だな。
『でもな、従者とやらが付いたら、表に出れんよ、シア』
『ん。たまに性別変わるんだよね~、とか言えば十中八九納得してくれるわよ』
無茶苦茶やね。
『けど、魔法のせいにして呪いだとかで押し切れるか』
幸い掲示で本人であることは否定できない。
逆に、変な体質があるとベーレン少佐に伝わることになるかもしれないが。
能力に関しては不問だとか言ってたな。じゃいいか。
俺にもシアの楽天が移ってきた。
いかんいかん。
シアが前向きだからこそ、俺が後向きになれる。そんな役割分担だ。
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