1-3 物見遊山とお買い物

 街は夕日に照らされ、夕食の買い出しに賑わっていた。


「思った以上に栄えていますね。街道で極端に人がいなかったから、物流は滞っていると考えてました」

「シンシア殿、オルドアは王都の豊沃な周辺部があります。多くの必需品は王都よりもたらされるのです」

「なるほど。では別の街道の方が人馬が盛んなのですね」

「ええ、オルドア第ニ主街道です。海を臨む王都から西に伸びるこの街道は海上輸送路がないため、最も往来があります」


 商館の応接間で紅茶らしきものが振る舞われ、久しく茶菓子に舌鼓を打つ。


 向かいには大番頭のケルニムが座り、相手をしてくれている。

 眼鏡をかけ、聡明そうな額の目立つ学者然とした30代かと思われる男だ。


「しかし、魔物の集団ですか。珍しい……いや、もしかして西南で起きた盗賊団の影響かもしれませんね」

「盗賊団?」


 俺は盗賊のような出で立ちに、軍隊のような規律の集団を思い出した。

 彼らのことなのだろうか。


「そうです。西南の村落を襲い、焼き討ちしたそうです。この街に近いため、かつ国境に近いこともあり、数ヶ月かけて近辺に軍団が集結するそうです。私どもからすれば、商機でして、大量に買い入れしているところです」

「食料や宿泊設備の手配等々、確かにこれを逃すわけにはいきませんね」

「ええ、ええ。シンシア殿は話がわかる方だ。私どもゼム・シル商会は、オードラント候爵様より幸いなことに用いていただいているため、大手を振っていられるのです」


 ゼム・シル商会はこの街を拠点にかなりの規模を持っているのだろう。

 領主である候爵の信任を持って兵を養う人脈と財源を持ち合わせている。


 おそらく市場の盛況具合から考えると、市井への還元も視野に入れて経営をしている。

 実質、街の財務を握っているに等しい。

 俺は本当に幸運に恵まれている。

 後ろ盾として、限りなく心強い。


「話は変わりますが、シンシア殿の黒髪は東極の島国の血を引いておられるようにお見受けします。商会にも東極人がいますが、なかなかに商才がある」


 東極。日本みたいなところなのだろうか?

 ケルニムはにこやかな表情に、商機を逃さない鋭い視線を俺に向けた。

「シンシア殿も才気があると私は思います。いかがですか? 才能がある者なら、すぐに大商いもできますよ」


 まさかお誘いがくるとは。しかも、社交辞令ではないようだ。

 どうする? シア?

 正直言って、商売に関しては経験がある。うまくやれないこともないだろう。

「んーお金持ちになれば、人生安泰ね。でもそうじゃないでしょう? それはシン自身でわかることよ」

 心中でシアに諭される。日本での俺の末路を思い出してしまった。


「申し訳ありませんが、私は旅人です。世界を見て巡ることが生き甲斐なのです」

「そうですか……残念でもありますが、シンシア殿はお強いようですから、冒険者としても名を上げられるでしょう」

 微笑を崩さず、俺の後押しをする。プロだなぁ。

 でも、強いかどうかはわかりかねます。


「ありがとうございます。いつしか私の祖先の故国も見納めてご覧に入れましょう。ですが、まずはオルドア王国を見て周りたいと考えております」

 祖先が東極出身かどうかもなにも知らないが、そういうことにしよう。

 大言を吐いてしまったが、まぁいいだろう。


「楽しみにしております。またこの街に寄った折はぜひとも、ゼム・シル商会にお顔を見せてください。先立って、オルドアを所属国にしたいとのこと書面にて確認しております。推薦書を用意しました。オルドア王国所属の三等冒険者に落ち着くことでしょう」

 所属したとしたら、冒険者が階位になるのか。


「オルドアの冒険者として、国の冒険者管理部に登記されます。といっても特に制約もなく、所属国に利する活動に優遇措置がなされる程度です。最下級の四等冒険者と違い、住居の購入や奴隷の所有もできますので、融通がききます」

 奴隷階級もあるのか。活用するかはまだ保留だな。今の状況なら不要だけど。


「失礼します」

 アルマー商人が、帰ってきたようだ。


「この度はありがとうございました。商会とは関係なく、個人的に支援できることがありましたら、ぜひご協力させてください」

 彼は多少臆病な気があるが実直な姿勢がとても好感が持てた。

「アルマー君。積荷は二番倉庫ではなく、一番倉庫ですぐに出荷可能なように」

「わかりました。すぐに作業に入ります」

 せわしなくアルマーが退出する。

「失礼。アルマー同様に私も感謝してます。あいつは何事にも真面目で機転も利く。商会の将来を担える人間です」

「こちらこそ色々とお世話になり、ありがたく思います」

 ケルニムが立ち上がり、丁寧に礼をする。合わせて礼をする。

「では、本日はもう遅くなっております。宿を手配しておりますので、案内させます。あと、明日にでも冒険者管理部の支部に行っていただければと思います」

「何もかもありがとうございます」

「ごゆっくりお休みください。シンシア殿」


  ●


 久々のベッドは良い心地を与えてくれた。

『いやぁー、よく寝たー。でもよくよく考えたら、順番に寝るべきなのよね』

『睡眠時は最も無防備と言われるからな』


 安全な場所以外では、片方は起きてることにしたい。身体を休めるには目をつぶり、何も考えていない方がいいが。

『それじゃ、ほぼ寝てるようなものじゃない』

 全くもって正しい。

 見張りでもいればいいんだけど。


『しかしあれよね。一度顔知られると、入れ替わるのも難しそうね。掲示では同じ内容だし』

『一応シアが俺の外見で表に出ることも可能だよな』

『そうねぇ。でも、違和感があるわね。おそらく』

 内心二人で頭をもたげる。

『ま、しょうがないでしょ。私がこの街で我慢すればいいだけだし。そのかわり次の街では私が動こうかな』

『どこかで不都合がありそうな気もするけど、まぁそんときはそんときか』

 なんとまぁ楽天的ではあるが、人生それぐらいのほうが楽しめるだろう。

『そうそう。そんなものよ』

『俺はともかく、神子がそれでいいのか』

『神は気まぐれともいうでしょ。合わせてるのよ』

 そうか…


 ベッドから起きて、壁にはまった木戸を開くと陽光が降り注ぐ。

 宿屋は簡素ではあるが、粗末ではなく、居室も居心地がよかった。


 背嚢をそのままに、魔物の核だけ腰に括りつけ、食堂へ向かう。

 階下では、もう朝食の準備ができていた。


「おはようございます、シンシア様。お支度ができておりましたら、街をご案内いたします」

 素朴な料理を食べ終わり、見たことのない果物を食べて腹を休めていると、商会からアルマーが来た。

「いいのですか。アルマーさん、お仕事の方は?」

「少々お暇をいただきました。理由を告げて大番頭も承知の上ですので」

 控えめに笑い、頭を指先で掻いた。


「助かります。でしたら、まず在住管理部と冒険者管理部にご案内いただけますか?」

「わかりました。どちらも役場内にありまして、街の東門のすぐ近くにあります」


 昨日入った門からは住民がいる西区画で、中央にある広場を抜けると、そのまま東区画に出て、商館がある。


 宿屋が東区画の大通りに面していて、役場は住民管理や、掲示内容の更新、犯罪者の引き受けなどを受け付ける窓口があり、その中に一部所らしい。


「アルマーです。お世話になっております。こちら、シンシア様の掲示内容更新と冒険者の登録をお願いします」

「お世話になります。シンシアです。ゼム・シル商会の紹介状がこちらになります」

「アルマー様、シンシア様、ご足労いただきありがとうございます。少々お待ちください」


 さっぱりとした身綺麗な薄茶のショートカットの受付嬢が奥の席に合図をする。

 細身な受付嬢の腰のくびれから意外に肉付きの良さそうな尻が目に映る。

『ちょっと』

『へい』

 しょうがないじゃないか。男だもの。


 ちらっとアルマーを見ると、いやはやと言いながら、頭を掻いている。

 ほら同類だ。男子皆同類。

 奥から出てきた初老の老人が、挨拶をし、紹介状を確認する。

「受領いたします。では、掲示内容をオルドア所属、三等冒険者に更新いたします。ではこちらに」

「私は外で待っております。妻帯者としては、目に毒なので」


 コソッと告げるアルマー。嫁さんがいるのか……

 この世界じゃ当然なのかもな。うん。

『あら、寂しい人』

『うっちゃい』


 部長らしき初老の老人は、俺を魔方陣が描かれた小部屋へ案内すると、なんらかの能力を発動させたようだ。

 彼から魔力が魔方陣へと広がり、明滅する。


「我はシンシアに命名する。オルドア命名法第6法に従い、掲示を伝えん」

 詠唱により、俺の掲示が書き換えられていく。

 所属国のナンバリングに従って該当の内容が更新されるようだ。


 詠唱は必要なものなのか、儀礼的なものなのかは判別がつかない。

『お答えしましょう』

 表に出れないため、解説役に徹するシア。

『人の好意を無碍にしないでほしいわね。今回は儀礼的なものね。魔法行使の確認でもあると思うけど。床の魔方陣が大元の過程は済ませてくれるから、術者は番号の指定だけ。基本的に魔法の具体化のための詠唱だから、別に喋る必要はないわ。火付けとか単純なものは、無詠唱の人がほとんどだし。複雑な練り上げになれば、何かを頼りに過程を組む人が多いけど、適性さえあれば必要ないのよ』

 さすが、教育を受けたものだけはある。

 えっへんという声が聞こえてくるようだ。


『解説ありがとさん』

『感謝なさい』

 彼女の記憶を漁れば出るだろうが、その記憶がどこにあるかはわからない。

 なら既にインデックスがある彼女に聞いた方が早い。


 魔方陣の光が消え、男が話しかける。

 心中で話し、口で話すのもそろそろ慣れそうだ。同時はさすがに難しいが。

「これにて終了です。我が国は冒険者を歓迎いたします。管理部の使用用途や優遇措置について説明いたしますか?」

 さすが候爵お抱え商会の紹介だ。まるで上客のような扱いだ。

「すぐに終わるのでしたら、お願いします。アルマーさんを待たすのも申し訳ないので」

「ええ、お時間をいただくことはありません。受付に戻りながらでも構いませんか?」

「ではそれでお願いします」

「はい。管理部は主に換金に用います。核は分別、査定に多少お時間をいただくことになりますが、レートは市場価格に準じるようにしてます。三等冒険者の場合、直接商会や市場に卸してもらっても問題ありません」

 なるほど、冒険者はそうやって稼ぐのか。


「優遇措置については、査定価格の上乗せが一割あります。また、依頼も優先的にお願いしてます。複数の方が希望した際は、対処可能か、それぞれの掲示内容の所有能力欄を拝見します。予めてご了承を。例外としては、特別討伐隊呼集に応じる際は不問とします。滅多にありませんが」

 それなりに優遇している。が、やはり技能を見せる必要があるのか。

 特別討伐隊呼集は非常事態に行うものだろう。

 滅多にないのは、平和なことで何より。

「そういえば、この辺りには他の冒険者はおりますか?」

「いえ、このオルドア国内は国軍の働きもあり、治安が維持されております。冒険者はオルドア北方辺境領、勇気あるものはオルドア外海島嶼部にて活動しているようです」

 地図が欲しいな。あとで探そう。


「また、犯罪者を連行した際は衛兵に罪状を述べた上で引き渡してください。事前に双方同意の上で、仮犯罪者の掲示を与えらますが、その場合はその旨を伝えた上で、あとはこちらで判断し、後ほど報奨金を渡します。あ、そうでした。奴隷の売買に伴う掲示内容の変更はこちらではなく、奴隷商人に聞いてください。以上になります」


 犯罪者については、わりと適当だな。掲示や身分で決めるのだろう。俺もここで登録しなければ、容易に犯罪者に仕立て上げられる。

 奴隷については、まぁ用事はないだろう。

『ホントにー。かなり興味深々なくせに』

『ええい、誰に気遣って興味ないフリをしてると思ってる』

『ほら、やっぱり。下心なんて誰でも持ち合わせてるものよ』

 奴隷という響きに後ろめたいような、男の支配欲をくすぐるような、あまり褒められない興味があることは否定できない。

 が、必要がないことは確かだ。


「いろいろ教えていただいてありがとうございます」

「失礼、少し時間がかかってしまいましたね。シンシア様が礼儀正しく、こちらとしても気持ち良く仕事ができました。またの来訪をお待ちしております」


 待たせてしまったアルマーさんに詫び、街を案内してもらった。

 東区画は行き交いの途中でも、目に入ったが、小売店が集中している。

「中央広場では収穫された食物が並べられるのですが、こちらは、食物に加え、日用品や薬屋、装具、本屋があります」

 必要な買い物はここで済みそうだ。


「中央区画ではオードラント候爵様のお館があります。他の貴族様の家もいくつかありますが、多くの方は候爵様のお館に滞在し、本宅は王都に構えていたりします。それに神殿がありますが、聖地であるアルネリアが魔族により消えた今は、教義も緩くなり、領主お抱えの高度な治療技術を行使する専門集団となってます。信仰も薄いですね」

 聖アルネリア国はシアの所属国。

 そして、大伽藍が火に包まれた記憶。

 思いもよらない聖アルネリア国の話にシアの苦々しい思いが、じわじわと広がってくる。


 アルマーの話を受けるように、彼女は小さく呟いた。

『あれは魔族? 本当に魔族だったのかしら……』

『魔族ではないのなら、人なのか?』

 確かに始めに見た彼女の記憶では、炎しかなかった。

『そう、わからない』


 魔族が人を襲うのは一般的で、蓋然性は高い。

 もし人である可能性を想定するなら、襲うに足る根拠が必要だ。

 といっても。

 それを知る由もなし。


「どうしました?」

「いえ、聖地の復興運動などは起きなかったのかと」

 シアを考えれば、離れたい話題だけど、聞けることはなんでも聞いておきたい。

「そうですねぇ。各地の大神殿を中心にそんな呼びかけもありますね。長らく続けておりますが、各国の腰は重たげのようです」


 戦費もかかる上に、魔族領と接している国が損をする。

 アルネリアがなくなれば、各国の上に立ち指導する宗教の権威もなくなる。

 この世界の人類は宗教よりも現実を優先している。

 教条に縛られるよりは、平和のためにはなるか。

『あんたってヤツは、人の心に土足で入ってぇ』

『ごめん。ちょっと考え過ぎた』

 しかし、土足も何もあったもんじゃないとも、思います。

『ん。でも、シンの考えたことは正しいわよ。神殿の人たちだって、神が消えたとは考えないし、その場所で善を為すことの方が大切』

『物分かりが良すぎる女は、幸せになれんぞ?』

『全く、減らず口ねぇ。覚えてなさい』

 あいよ、半身。


「話がズレましたね。中央区画には広場と公園があり、市場が昼過ぎに開かれます。夏は食物の腐食を避けるため、夕方になりますね。中央区画は以上です。広場で少し休憩しましょうか」


広場は住民の憩いの場のようで、草原の公園では子供がはしゃいでいる。


アルマーさんが屋台で果実のジュースを買ってきたのをありがたくもらい、程よい酸味を楽しむ。苺とブルーベリーの間のような味わいだ。


アルマーさんに聞いたところ、メルという木になる果実だそうで、街の中で栽培される他、野生しているそうだ。


「この街の住民は西区画に住んでいて、東区画との往来が盛んです。広場が間にあるので、みんなここで一休みするのです」

「なるほど、広場が賑わうわけですね。北の区画はどうなのでしょうか」

「北区画は、主に兵舎と練兵場、それに農場ですね」

ああ、屯田兵というやつか。

「貴族様なのに騎士を引き連れて、一緒に鍛える方も居たりしますね。はい、軍人貴族というやつです。北区画は、制限されてはおりませんが、用事がなければ、行かない方がいいでしょう」


 うむ。では南区画はやはり。

「最後に南区画ですが、こちらは繁華街と奴隷市場、貧民街となっております」

 そうなるな。

「見学に行くのは良いと思われますが、行き過ぎると貧民街に入ってしまうので、お気をつけください」

「気をつける……とは?」

「貧民街は仕事をする能力もなく、冒険者になる勇気もなく、あてもない人々が行き着く場所です。奴隷と同じ仕事は嫌がるので、タチが悪いのです。人を利用し騙す生業のものたちばかりです」

 温厚なアルマーさんだけど、貧民に対しては侮蔑が混じっていた。

 努力をしない人が嫌いなのだろうか。ああ、微妙に心が痛む。

『貧民には大商会に流通や仕入れを駆逐された商人もいるでしょうに』

 まあまあシアさん。


「南区画に行きますか?」

「いえ、遠慮しておきます。あ、最後に聞きたいことが」

「何なりと」


 腰に括りつけた袋を差し出す。

「こちら先日までに集めたリトルリザードとマッドプラントの核になります。できればすぐに換金したいのですが、商会でも請け負っているのでしょうか?」

「そうですね。小口ですと50個から買い取っておりますが、少し足りないようですね……」


 これらはあまりいい商品に化けるわけでもなさそうだ。

「でしたら足りませんね。役場に顔を出してみます」

「すみません」

 謝ることはないのに。むしろいいことだ。仕事に対して真面目な証拠。


「ああ、言い忘れてました。19刻に大番頭に訪ねていただくよう、言伝を受けてました。その時間は空いてますか?」

「ええ。お訪ねしますとお伝えください」

 そのまま19時のことだろう。

 アルマーさんに案内のお礼を告げると、彼は仕事に戻っていった。


 ●


「こちらの核ですと、リトルリザードの核25が80銅貨。マッドプラントの核5が10銅貨といったところでしょう。朝申し上げました優先措置を含め、100銅貨、1銀にいたしましょう」

 さっそく路銀を得るために、冒険者管理部を訪れた。


 そういえば、金銭の価値も知らない。

 少なくとも兌換紙幣はないようだ。つまり銀行もないのだろうか。

『安いのか?』

『1銅貨あれば1日暮らせるわよ。あの宿屋は難しいだろうけど、屋根無し飯無しの浮浪者にはならない程度。100青銅貨で1銅貨、100銅貨で1銀貨、100銀貨で1金貨。この辺りに魔物が少なかったせいで、おいしい方だと思う』

『じゃ売ろうか』


「では、その値で構いません」

「かしこまりました。ええ、銅貨でお支払いですね。わかりました。少々お待ちください」

 どうせ使うから、細かい方がいいだろう。


 受付嬢はメモに核の数を書き込み、再度数を確かめると、奥に行った。

『そういえば、それぞれの種類の1核と、大型のものは、売らないのね』

『ちょっと確認したいことがあってね』


「お待たせしました、100銅貨になります。皮袋はお持ちでないようなので、こちらをお使いください。ご確認を」

 100枚だから、数え間違いはどうしても起こるだろう。

 しつこくない程度に数えた。


「確かに銅貨100枚受け取りました」

 ずっしりと重い。これを手荷物にするのは結構面倒だな。


 まずは日用品だ。

 服はどうしようか。

 緩めの黒いローブにズボン。着続けて、いい加減洗いたいところだ。

 あと下着もほしい。

 ベルトは頑丈だしこのままでいい。

『下着って、上流階級の女しかつけないみたいよ。もしくはそういうお仕事の人』

『男は?』

『さあ?』


 もしそうだとしたら、衛生的に如何なものだろう。

 前世界で一週間着替えも風呂も入らなかった俺が言うことでもないけど。


 こざっぱりしたVネックの白いシャツと、ベージュのスラックス、下着らしいものがなかったため、薄地の短パンと裁縫道具と結び紐、荷紐、肩掛け鞄を購入。

 頑丈なショートブーツ、あとタオル代わりの厚手の布を1メートル四方買った。

「はいよ、冒険者さん。合わせて8銅貨ね」

「どうもー」

 繕いものをしている気のいいお婆さんだった。


『しかし、全く価値がわからんな。ケルニムさん、搬入資材のレート表くれないかな』

『それは難しいでしょ。商売上の機密じゃない』

『だよねぇ。複数都市間で均衡を見るしかないか』


 いくつかの業種の帳簿、つまり損益計算書でもあれば、嬉しい。が、まずあるかわからない。

 まぁ中世からヴェネチアでも使われてたし、あってもおかしくない。いや、それこそ見せてもらえないか。


 とりあえず、購入物を荷紐で括り、小脇に挟む。


 装具屋は軍服に身を包んだ男二人と女性一人が剣を手に取り、談笑していた。

 男たちの腰には小剣がぶら下がっている。

「既に重装の時代は過ぎているのにここの店主は何を考えているのかしら」

「魔術教育の向上を知らんのじゃないか?」

「聞こえているぞ、軍人さん。趣味だ趣味。その剣も鎧もな」

「おっと、失礼しました」


『ちょっと居づらいわね』

『まぁ気にするほどでもないだろ』


 大小の剣、槍や弓、胸当てや鎧が並ぶ中、目的の品を見つける。

 刃渡り20センチのナイフ。これがあれば、採集、動物の解体、料理等色々なことができる。


「ん、銅貨40枚だ」

 数振りの中で重心がしっくりきた物を選んで値札を見たら、35銅貨で他の短剣より10銅貨も高かった。

 まぁ長く使えればいい。5枚分は刃を収める革の鞘と下げ紐だ。


『もう半分しかないけど、大丈夫なの?』

『あと買うものは回復薬と本くらいだから最低限の滞在費を残せば、問題ないだろ。チャリチャリうるさいし』

『雑ねぇ。私も思ってたけど』


 店を出掛けたところで、談笑していた男の一人が声をかけた。

「君、冒険者だろう。そんな装備で大丈夫なのか?」

 ん? 懐かしいネタかと思い、返しかけるが、ここは日本ではない。

 いささか緊張気味に答えた。

「はい。曹長殿。身を守れるのなら十分です」

 俺の常識がここでも適用されるなら、目の前の男は、兵が敵よりも恐れ、士官が絶対の信頼を寄せる軍人だ。昔々公務員時代の記憶が蘇る。悪い意味で。

 いやいや、今は一般人だ。そこまで背筋を伸ばさなくていい。

 

「ん? 元兵士か。それにしても若いな。まだ、声も変わってない」

 精神的には男性30代と女性10代の混交でできてます。外見はたぶんシアに近い年か。

「はい。現在14歳だと自分は記憶してます」

「そうか。無謀な旅で死ぬのも勿体無い。上官に話を通してやってもいいぞ」


 彼が視線を送った先には、少佐を示す掲示が出ている。

 少佐は曹長のお節介に苦笑いだ。


「ありがとうございます。恐悦ですが、自分は旅がしたいのです」

「そんなに焦る必要は無いんだぞ。ああ、ええと……ええい面倒だ。貴様の無力さを教えてやる!」

『なんなのよ。その極端な結論』

『お節介が行き過ぎているな』

 助けを求めるように少佐を見ると、半笑いにやれやれと額に手を当てている。

「よし、ベーレン少佐殿も許可している。来たまえ」

 ちょっと、止めないのかよ。

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