1-2 現状把握
「で、これからどうすんだ?」
「うーん、あんまし考えてない」
久々に外に出て、伸びをしているシア。
俺は右も左もわからない。何かをする以前に知らないことが多過ぎる。
いや、一応知っているはずだが、知識以前の代物、意味の与えられた情報ですらない。ただの集積されたデータだ。知らないも同然だ。
「それもそうよね」
彼女が俺の思考に受け応えする。
「じゃ実際に見てくのがいいかな。私が色々話しても、限界はあるし、つまらないじゃない」
「つまらないのはよくないな」
うんうんと全面的に同意するシア。
神子と呼ばれる人間がそれでいいのか?
「とにかくこの街道に沿って街に向かいましょ。オルドア王国方面がいいかな」
「任せる」
「任せなさい。じゃ身体は交代ね。ほらほら、いらっしゃいー」
妖しげに指招きをしている。
低くなった身長のせいで、目線が同じなのに微妙な気分になりつつ、彼女の前に立つ。
「んっと」
若干恥ずかしそうに、俺の後頭部に手を回し、包むと、身体が吸い込まれ、魔力が混交し、いつの間にか視界が彼女と同じものになった。
『疲れただろうし、休んでなさい』
『そうだな。おやすみ』
『ええ、おやすみ』
●
眠りから覚めると、勝手に手足は動いている。目も開いている。
こんな体験でも、数日経てば、慣れてきてしまった。
一週間もモニターを睨み続けていた厭世系インドア派でも、状況に流されれば、全く気分も違う。いや、新しい人生として期待しているのかもしれない。
交代で眠りに就けば、動き続けている体力はともかく、疲労が解消する。
どこかで限界があるだろうけど、今のところ問題ない。
素晴らしきコストパフォーマンス。
『でも、それだけじゃないんだろう?』
こうして二人のはずが、わざわざ一体化している理由は。
『そうかもしれないけど、楽なことは素晴らしき、でしょ?』
お茶を濁されてしまう。
思考も読み取らせてくれない。
……まぁいいか。
どちらも起きているときは、互いの思考を見て、声なき会話をすることはあるが、それ以上を聞くことはしない。
暗黙の了解というよりは必要性の問題だろう。
シアが寝ている間も、情報を眺め、何となく把握していく。
目下、掲示を通じて俺とシアは3個の存在として認識できる。
氏名:シン
種族:人類
所属:―
位階:―
生命量:1000
魔力:1000
固有特性:共生 魔力具現化
後天特性:身体強化 千里眼
基本技能:生存技能50
生活技能1
学術技能25
魔術技能1
戦闘技能1
突出技術:算術
魔力操作
共生というのは、今の状態だろう。
魔力具現化とあるが、どういうことなのか。
この状態に必要なものか、まだ使っていないのか。
千里眼、身体強化は使ったからわかる。
千里眼は自分を中心に直径3キロ、この世界では3セグを見渡し、任意の地点を1メートル、この世界で言う1フロー程度に拡大できる。
問題としては、視点の移動は早くない。動態を近くで追うのはできない。
加えて、夜天では著しく視界が制限され、屋内では意味を成さない。
身体強化は魔力で身体の部位を補強する。
これは、おそらく魔力操作能力によって性能が変わると思われる。
身体強化は魔力の必要量が高い。俺だけではまともに使えないだろう。
基本技能は生命と魔力を持つ存在共通のもので、その技能の中でより高い技術が突出技術として提示される。
シア曰く基本技能は大雑把過ぎるので、何がダメで何が良いかは自分で推測するしかないとのこと。
技能の中で閾値に達すると突出技術として表出するから、目安になるらしい。
俺の場合、学術技能の内、算術が秀でているため、また、生存技能の内、魔力操作が秀でているため、ほかと比べて高い数値であり、突出技術として列記されている。
魔力そのものの操作は魔術技能ではなく、生存技能に分類される。
他は最早そこらの子供と変わらない。
算術に関しては前の世界の経験だろうけど、生活力は皆無だったらしい。
利便性の局地を目指していたからな。あの世界は。
算術に対し、魔力操作は、そもそもシアとの状態維持自体に魔力操作が必要であるゆえに会得していると考えられる。
氏名:シア
種族:人類
所属:聖アルネリア国
位階:神子
生命量:50
魔力:100000
固有特性:共生 聖杯
後天特性:(降人術)宣告
基本技能:生存技能150
生活技能5
学術技能10
魔術技能1
戦闘技能2
突出技術:魔力貯蓄
生命量と魔力のバランスがおかしい。
生命量に関しては赤ん坊以下であると本人は断言している。
原因は聞いておらず、読み取ってもいない。
しかし、俺と一体化した理由の一つだとは思ってる。
魔力は固有特性の聖杯によるものか。
神子に与えられる聖遺物の力らしい。
突出技術にも魔力が多いことが記されている。
おそらく、生存技能の大部分が、魔力貯蓄の技術なのだろう。
そして本人曰く操作は苦手らしい。
確かに逃走時の魔力での攻撃は効率が悪そうだった。
彼女が共生状態を維持するのは魔力操作依存ではないのだろうか。
しかし、一般的な教養と、少々雑な生活力、魔術技能の未発達。
魔力操作が大雑把過ぎて、魔術を組めないとのこと。持ち腐れすぎる。
俺をこの世界に呼んだという降人術はもう有効でないようだ。
一回きりのものかもしれない。
また、宣告はよくわからない。本人もわからないようだ。
氏名:シンシア
種族:人類
所属:―
位階:―
生命量:1050
魔力:101000
固有特性:共同体 聖杯 魔力具現化
特性:千里眼 身体強化
基本技能:生存技能200
生活技能6
学術技能35
魔術技能2
戦闘技能3
突出技術:魔力貯蓄
魔力操作
算術
共生が共同体になっている点以外は、俺とシアを足したものがほとんどだ。
名前も足して「シンシア」というのも安易だけど、まあマヌケな字面でなくてよかった。
シアの後天特性のみ消えているが、何もわからないため当面は放置でいいか。
打たれ弱いが、大量の魔力。
魔力を上手く使わないと死ぬな、これ。
困ったことに魔術のノウハウもなし。
一心同体といってもよい状態だが、融通は効く。
入れ替わり自由だし、一部分だけ出すこともできる。
手がもう一本欲しいときとか便利だ。
見られたら、危ないので原則しない方がいいけど。
そう考えると、入れ替わりも頻繁にはできない。
俺たちの容姿は性別違いの双子みたいで、一応誤魔化すこともできそうではあるが。
●
『あれ、珍しいな。魔物がいる』
荒野でじっとしている大きなトカゲを見つけた。
掲示ではリトルリザードと表示している。
危なくないか?
『遠いし、一匹だから大丈夫よ』
遠巻きに眺めながら通り過ぎる。
この辺じゃ、魔物はいないのか?
『うん、そうなんだけど、理由は知らない。たぶん、誰かに狩られ過ぎたのと、この辺に発生媒体になる魔窟も魔人もいないんだと思う』
もともと魔物を含む魔族が住んでいる場所はもっと北方で、時折、生息地を無理やり設けるのだという。
街に向かう道中、奪った背嚢で野営をする。
『ほら、適当に集中して、こんな感じで。ほらほら』
シアのイメージに従って魔力を発火させる。火付けは、案外簡単だった。
『というか、それぐらいならシアにもできるんだな』
『当然よ。まあまあの確率で成功するわよ』
『そうだな…』
炎の維持も、薪は集めないでも、書のページが自動で適度に燃えている。
『これほどの魔力があれば、疲れないしなかなかしぶといから、わりと平気なのよね』
そんなことを話しながら、薫製肉と何かの植物の茎を食べる。
それなりに腹を満たしてから、シアに魔力操作について聞いてみる。
『魔力自体を使う能力だから、魔力を練って魔法を扱う時の効率が上がるわね。魔力そのものを体外に出す時にも使えるかな』
この前のシアのように掌から魔力を出してみる。
僅かに発光する無色の魔力が水のように流れる。
硬質なイメージをすると、小石のようにポロポロと落ちる。
『いけるじゃない。ちょっと貸して』
入れ替わり、彼女は尖った結晶を想像すると、そのままのものが地面に突き刺さる。
『あれ? これ質量そのものじゃない?』
『魔力に質量はないのか?』
『ええ。そのはずだけど』
次に彼女は60センチ程の刀剣をイメージする。
ふわりと実体化したそれを掴み、軽く振り回す。
『たぶんこれは、シンの魔力具現化によるものね』
剣で手近な岩に斬りかかる。
弾かれ、刀身が割れる。飛んでいった破片は上空で、光を散らせて消えた。
『むぅ。具現化っていっても、減衰し易いね。別の受容体に注がないと、密度の維持が難しい』
結晶も時が経つにつれ、サイズが縮んでいる。
『じゃ、こうすればいいんじゃないか?』
また入れ替わり、俺は刀剣というよりは、刃のみイメージして発現させる。
手の甲、手刀を通して、魔力の刃が伸びる。
密度が減衰しないように、操作を加え、より薄く、より硬く練り上げる。
固定するのではなく、状態を維持したまま魔力を流動させる。
「よっこらしょっと」
先程のそれなりに硬いはずの岩を見事に斬り裂いた。
結構、魔力を使ったが、魔刃を身体に引っ込めると還元した。
『やるじゃん。よっこらしょっと。多少は護身になりそうね。強さは他がわからないから比較しようないけど、今使った魔力が500だから、もっと増やせば伝説級の武器にも並ぶかも。よっこらしょっと』
やめないか。
ちょっとした失言をしつこく拾ってはいけません。
『そうは言っても、あの密度を増やすのは難しいぞ』
『慣れれば大丈夫でしょ』
この適当さに苦笑いを浮かべざるを得ない。
しかし、慣れも大事であることには同意できる。
入れ替わりながら、魔刃を出しては、素人丸出しに振り回した。
●
危険が多いこの世界は、金銭もモノを言うが、戦闘力が最も重要な弱肉強食の世である。
無一文で戦闘経験のない俺たちは、目標を身を立てるある程度の金銭の取得と旅路の安全を確保することに定めた。
人の住む場所までに魔物を見かけた場合は逃走も可能性に加えた上で、挑むことにした。
移動する植物、マッドプラントや、大トカゲのリトルリザードを魔刃で仕留めていった。分類上は植物や動物以前に、魔物として分けられる。
魔刃を手の内で魔力を維持すれば、減衰しない。
操作を間違えなければ、離散して魔力を失わない。
全く重さがなく、物理的防御をある程度無視する。
エコ。コスパ。楽。いい言葉だ。
『なぁ、あれって何?』
魔物を倒すと、屍体から玉が漏れ出た。陰陽図のような白と黒が混ざっている。それに合わせて、すぐに屍体は霞のように消えた。
『生命核並びに魔力核ってやつなんだけど、普段は核ってだけ言うかな。掲示がある生物には必ずあるの。名前からわかるように、生きるための根源よ。それに魔物の核は売り物になるわ』
シアが核を拾うと、魔力を注いだ。
すると、核を中心に形が出来ていく。
それは、先程倒したリトルリザードそのものだった。
『魔力核を満たすと身体が元通りになる。けど、生命核は満たされてないから死体と変わらない。市場では、核の状態で売られ、いざ必要な段階で、元に戻して、素材にして使う。そんな感じよ』
生命核を満たすのは回復魔法でもできないという。
『携行出来て、持ち運びに苦労しないのはいいな。集めて多少の金にはなるのか』
『といってもこの辺の魔物じゃ二足三文かな。たった魔力10で元に戻せたし。ま、食用にしてもいいかな』
また核にして、背嚢に入れる。
ちょっと食うのは抵抗がある…が慣れるしかないか。
案外いけるかもしれない。
『うぅーん。さてさて、そろそろ街かなぁ』
昼寝から目覚めたシアが自分の思考層を活性化させる。
『さすがに身体を動かしっぱなしで、休みたいね』
『ああ、ベッドが恋しいな』
そう俺が言うと、シアがにんまりした。
『女は恋しくない? もう随分溜まってそうよ』
いらんとこまで、読み取らんでいい。
『……私なら別に構わないわよ』
『……どういう意味だ』
『あ、あぁ、ちょっとやめてよね。シンが誰か相手になんやかやしても気にしないってこと』
そういうことか。
実際、シアはもう半身だけあって、性欲の対象にする気にはならない。
『それはそれで、失礼ね』
『俺にどうしてほしいんだよ……』
『ごめんごめん。冗談よ……ちょっと、街道上に何か見えない?』
ん? 確かに遠くで小さな点がある。
千里眼を使い視点を上昇させると、状況が理解できた。
『商人とその馬車が魔物に襲われているな』
20匹余のリトルリザードが次々に馬に飛びかかり、馬が肉片となり食い荒らされていく。
『シン、急ぎましょ』
多数を相手に戦う不利は承知でシアが促す。
『そうだな』
脚に魔力を込め、地面を蹴り上げる。
彼女の善性には従おうと思った。
みるみるうちに接近する。
取り回しのきく、60センチの魔刃を練り上げ、走る。
幸い、商人は馬車から逃げ時間を稼いでいた。
が、2匹が跳躍して爪を振りかざした。
「間に合えっ!」
商人の前に躍り出て、2匹同時に斬り下げる。
「冒険者様、ありがとうございます」
「なんとかいたします。ですので、安全な後方へ」
千里眼では、敵が回り込む姿はない。
下がっていった商人を見て、前に振り返ると同時に、近づいた1匹を横一閃に凪ぐ。
次の踏み込みで、さらに1匹。
魔刃が軽いため、いくらでも切り返せる。
『シン。強い個体がいる。気をつけて』
彼女が注意する。
他のトカゲと一緒に大型の素早い個体がいる。掲示内容はリトルリザードで他と変わらない。
10匹程倒したところで、残りが一斉に飛びかかる。
強化した身体で早く捌いたとしても、半人前以下の剣筋だ。隙ができた。
大型がその隙を縫うように、剣の死角から襲いかかる。
間合いが近い。魔刃を小さくして、合わせる時間もない。
咄嗟に防御姿勢を取ろうとしたところ、左手から短刀が発現し、牙を受け止める。
『だから言ったじゃない。注意してって』
『ああ、すまない』
『貸しよ。左手使わせてもらうわね』
シアが左手を対応する。
俺が斬り落とすと、別のトカゲを斬りつける。シアが受け流しながら、斬り抜ける。
「よっ、と」
大型個体の突撃を避け、振り向き様に思い切り斬撃を浴びせ、それ合わせて短剣がX字に斬り、大型がよろけた。
そうだ。試したいことがあった。
よろけて隙だらけの胴に魔刀ごと掌底を押し込み、密度を高めた魔力を敵の体内で一気に希薄化させる。
ボコボコと膨らみ、リトルリザードは盛大な破裂音で四散した。
『またえげつないやりかたねぇ』
『魔力自体で相手が回復するか、試してみたかったんだ』
『たぶん、魔刃と一緒で物理干渉してるから、効果があったんだと思う。でも、爆砕術の方が効率いいわね。使えるなら』
ちょっとした検証だった。
残党を刈り取り、核を回収しながら、豆粒大に見える距離まで下がった商人に手を振る。
「本当にありがとうございます。冒険者様のおかげで一命を取り留めました」
駆け戻った商人が手を膝につきながら、礼を言った。
なんかこそばゆい気分だ。
「たまたま見かけたものですので。護衛の者はいなかったのですか?」
「ええ、このオルドア東街道に魔物は珍しく、いたとしても単体。こんな私でも逃げるなり、なんとかなるはずでした。ましてや、種族頭もいたので、いやはや終わりかと思いました」
多数の魔物が現れた原因。魔人の類が召喚したのか、ただ魔物が別の生息地に移動したのか。
「しかし、あなた様はお強い。魔力で刃を生み出せるとは。さぞ有力な魔導士様でしょう」
「いや、まだまだ若輩者です。私は旅を始めたばかりの村人ですよ」
「あぁ、なるほど。だから所属も階位もお持ちでないのですか」
ちゃっかり商人は俺の掲示を見たのだろう。
「よろしければ、このオルドアで登録されてはいかがでしょう。私も口添えすることができます」
よし、願ったり叶ったりだ。身分がないのは、人と交渉するのに酷く不便だ。
「そうですね、胸を借りてもいいですか?」
「ええ、喜んで。街はもうすぐ近くです。すみませんが、私は荷物運ばなければならないので、先立って商会に馬の派遣を手配していただけますでしょうか」
「承知いたしました。大事な売り物を放り出す訳にもいきませんからね」
「重ね重ねありがとうございます。すぐに委任状を書きます」
斜めがけにしたバックから羽ペンを取り出し、荷馬車の荷台で書きつける。
「すみません、よろしくお願いします」
「いえいえ。では急ぐことにしましょう」
委任状を受け取り、見慣れない文字だが読めることに違和感を感じながら、先を急ぐ。
『うんうん。棚からぼた餅ってやつかしら。幸先いいわね』
俺の記憶から言葉を覚えたらしいが、そこまで楽をした訳でもないぞ。
『まぁいいじゃない。このまま宿泊先も確保して、身の振り方を考えましょ』
●
夕方には街に着いた。
街は壁に囲まれ、門には衛兵が立っている。
「冒険者か? ちょっと待て、所属を明らかにしろ」
掲示内容が不自然だったため、隠しているかと思われたようだ。
後ろぐらいこともないので、堂々と答える。
「村生まれにて、所属がありません。また、商人アルマーより、ゼム・シル商会への委任状を預かってます」
書状を衛兵に見せる。
「アルマーか。商会の連中が帰りが遅くて困ってたな。承知した。君は商会に急ぎそれを届けたまえ。その後は好きにしてよろしい。明日、太陽が昇っているうちに、在住管理部に出頭。以上だ。さ、入りなさい」
しっかりした衛兵はすんなりと門を通してくれた。
見知った人間が関係していることが大きかったのだろう。
……それにしても。
久々に口を使ってまともに会話をした気がする。
喋らなくても通じると思いかけそうになった。
『慣れね』
『慣れだな』
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