35 最大のピンチ
カズの計画はこうだ。
まず、勝春は、そのコミュニケーション能力をフルに活用して内部告発をしたという従業員Sを探し出す。
TVではモザイクがかかっていたがミート・ポップ社の社員は百名ほどなので、Sが誰なのかを特定することは可能だろう。
だが、それだけでは足りない。
Sが嘘の証言をしていることを暴かないとならないのだ。
その為には勝春がSに接触して、しっぽを掴まないとならない。
たった二日でそれが出来るのか?
ここは勝春の真価が問われる。
次に、カズと美穂子はミート・ポップ社の工場に潜入する。
そこで物的な証拠を見つけ出す。
それがあれば食品偽装ではないことを証明できるはずだ。
そして足を痛めている大志は菊乃と組んでネットで捜査をする。
そこで噂の出所を探り、可能な限り騒ぎを沈静化するよう工作する。
それぞれの分担と役割を決めた後でカズがみんなを奮い立たせる。
「とにかく時間が無い。こうなったら総力戦だ。みんな頑張ろう!」
作戦会議を終えて、さすがに今日は遅いので菊乃と美穂子はいったん帰宅することになった。
明日の土曜日は朝早くから行動しなければならない。
大志の足の具合が気になったが菊乃は明日に備えて早く帰って寝ることにした。
* * *
カズと美穂子は朝九時に工場の最寄り駅で待ち合わせをしていた。
美穂子と合流してカズが開口一番「昨日の夜に校長から電話があったよ」と、言った。
「ホント? で、どうだったの?」と、美穂子が歩きながら心配そうな顔をする。
「豚肉なんて混ぜてないってさ。これは敵の陰謀だって言ってた」
「そうなの……何か可哀想そうだね。校長先生」
「うん。何とか校長の無実を証明しないとね」
「そだね。私もガンバルよ」
「それはいいけど……そのリュックは何?」
「え? だって工場に潜入するって言うから準備してきたんだけど?」
「なんだか重そうだけど何が入ってるんだい?」
カズが不審そうな口ぶりでそう尋ねるので美穂子はムッとしながらリュックの中身を説明する。
「まずは指紋を残さないように軍手でしょ。で、懐中電灯、ロープ、ビデオカメラ。あ、これはお父さんの工具セット。これがあれば鍵のかかった部屋でも大丈夫だよ」
「森野さんピッキングできるの?」
「ううん。できない」
美穂子があっさりそう答えたのでカズが苦笑いを浮かべる。
「それじゃ意味ないんじゃ……」
「だって! でも、何でカズ君は手ぶらなの?」
「ああ、それは特に準備の必要がないから」
「何でよ? スパイってちゃんと準備しとくものじゃない?」
「いや。工場に潜入といっても鍵は貸して貰えるから」
「へ? 何それ? 聞いてない」
「校長が工場の人に連絡しておいてくれたからね。自由に見ていいってさ」
「何それ? 早く言ってよぅ」
そんな調子でカズと美穂子が工場の入り口に到着する。
土日はもともと工場が休みなので門が閉まっている。
辺りに人の気配はなく報道関係者の姿も無い。
「思ったより静かだね」と、美穂子が呟く。
「まあ、マスコミもそんなに暇じゃないんでしょ。ほら、あそこに警備のおじさんがいるよ。あの人に聞いてみよう」
カズが言った通り、警備員は二人を簡単に中に入れてくれた。
そして鍵束も持たせてくれる。ちゃんと校長が手を回してくれていたのだ。
カズが警備員のおじさんに礼を言う。
「ありがとうございます。思ったよりこっちは静かですね」
「ああ。ここは工場だから休みさ。本社の方は大変らしいけどね」
警備員が言うようにここから離れた場所にある本社はこの騒ぎで休日返上で対応しているようだ。
「とりあえず生産ラインを見ておこうか」
カズの提案で二人は手前の建物に向かう。
工場といっても窓がやけに小さいぐらいで特に変わった作りではない。
壁の色もベージュで一見すると何の建物かは分からない。
その建物の入り口になぜか古びた自転車が壁に立てかけるように放置してあった。
一目見て後輪がパンクしている状態だ。
美穂子がしげしげとそれを眺めながらクスッと笑った。
「可愛い。これって持ち主の名前かな?」
美穂子が見つけたのはタイヤを保護するプレートだった。
それは盗難防止用に名前や住所を書く部分だった。
そこには『Asim』と丸っこい字が書かれていて『i』の点の部分がハートマークになっている。
「ね、カズ君。これ何て読むんだろ?」
だが、カズはチラリと美穂子の指差す箇所を眺めただけで「さあ。もう行くよ」と、建物の中に入ろうとする。
せっかく面白いものを見つけたのにカズがちっとも興味を示さないので美穂子はちょっと不満そうな顔を見せた。
警備員に借りた鍵でカズが先に工場内部に入る。
真っ暗というほどではないが建物内は暗くて、しんとしている。
天井が高く、やたらと広い印象だ。
それにしても静まり返った工場は不思議な空間だ。
動かない機械に囲まれた通路を歩いていると、なんだかSFの世界に迷い込んでしまったような気分になる。
「よく手入れしてあるな」と、カズが感心する。
「機械とかピカピカだよねぇ」
「そうだね。おそらく毎日、念入りに洗浄してるんだろうな。そんな会社が食品偽装したりするものかな」
「だよねぇ。せっかく機械ピカピカなのにね」
相変わらずトンチンカンな美穂子のコメントにカズが困惑する。
「いや。機械がきれいなのと豚肉を混ぜるのは関係ないと思うけど……」
確かに衛生面で問題は無い。
が、カズがチェックしようとしているのは他のことだ。
「やっぱり無いな……」
カズは少し焦った。普通なら物的証拠が手に入るはずなのだ。
なのに、この工場ではカズの目当ての物が無い。
工場内を歩き回るカズに対して美穂子はのん気に鼻歌を歌いながらブラブラ歩く。
「ねえ。カズ君。せっかくなら何か作ってるところ見たかったね」
「え? まあ、普通の工場見学ならそうかもしれないけど、今回ばかりはね……」
「なんかもう飽きてきちゃったなぁ」
「参ったな。やっぱり無い。他をあたるしかないか」
「無いって何が?」
「ん?」
「カズ君、さっきから何探してんの?」
「ああ……冷凍庫だよ」
「レイトウコ? 何で?」
「ここで作ったハンバーグとか肉団子とかが出荷する前に保管されてないかなと思って」
「あ! そっか! それを調べるんだ」
「そういうこと。DNA鑑定すれば一発だからね」
「え? DNA鑑定って、ホントの親子かどうか調べるやつでしょ? でも、牛の親子関係を調べてどうするの?」
「いや……この場合は親子かどうかじゃなくって、豚肉が混じってないかを検査するんだけどね」
「へえ、そうなんだ。そうだよねぇ。牛の子供が豚だったらビックリだもんねぇ」
美穂子のコメントに苦笑いを通り越してカズはずっこけてしまいそうになった。
そして気を取り直すように「ふぅ」と息を吐く。
「この会社のウリは食品を作り置きしないことらしいんだ。つまり製造した食品をその日のうちに納入してしまうってことさ」
「余ったらどうするのかな?」
「ボクもそう思ったんだ。少しぐらいは食材が残ってるんじゃないかって。でも土日は給食も休みだからストックが全然、無いみたいなんだよね」
例えば、カズの言うように既に製造した食品の残品があれば、それをDNA鑑定すれば100%ビーフを証明できるはずだ。
しかし、朝に製造したものを午前中に納品してしまうこの会社では、あいにくそれが無い。
それにDNA鑑定といっても土日では鑑定してくれる機関も休みに違いない。
カズの目論見は外れた。
止む無く二人は工場に隣接する建物に向かった。
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