34 最悪なニュース
そこで菊乃が素朴な疑問を口にする。
「組織って何?」
「組織っていうのはネ。簡単に言えば学校専門のトラブルを処理する機関ってとこかナ。オレ達にも全貌は分からないんだけどネ」
「じゃあ、何で校長先生はそんな依頼をしたの?」
「やっぱ、菊ちゃんは鋭いネ。確かにわざわざ組織に依頼するからには、それなりの理由があるんだヨ」
それまで説明を勝春に任せていた大志が口を挟む。
「何者かがこの学校を陥れようとしている」
「何それ!?」と、菊乃と美穂子が同時に驚く。
「大志の言う通りサ。オレ達の任務はその何者かを特定して学校を守ることなんダ」
勝春の言葉を聞いて菊乃は思い出した。
柔道部の変態クラブでのバイト事件。
あの時、モアイ部長は『誰か』にこのバイトを教わったと言った。
次に特進クラスの事件。
あの時、特進クラスのエース格二人に近づいたキャバ嬢とホストは『誰か』の差し金だった。
さらに加美村狩り事件の時もそうだ。
あの時も『誰か』がスポンサーになってこの学校の生徒ばかり襲わせた。
そして今回の校内賭博事件。
図書館の管理人さんはアルバイトだと言った。
これも『誰か』が背後でこの学校を陥れようとしていた。
「でも何で?」と、菊乃が答えを求める。
「それはネ。おそらく、この学校の評判を落としたかったんだと思うヨ」
「そんなの!」と、美穂子がうわずった声をあげる。「誰が? 何の為に?」
「はじめはネ。わざと不祥事を起こして校長の座を狙っている奴の仕業だと思ったんだヨ。でも、真の狙いはもっと違うところにあるみたいなんだ」
「真の……狙い? それは何なの?」
菊乃の問いに大志が答える。
「それは今カズが調べている。で、だいたいの見当はついた」
「マジで?」と、身を乗り出す菊乃に対して大志は冷静だ。
「そう焦るな。あとは証拠を集めて校長に提出するだけだ。それでその黒幕が処分されれば事件は片付く」
そこにカズが息を切らせて帰ってきた。
皆が大志の部屋に揃っているところを見てカズは深く息を吐いた。
「ふぅ……みんなここにいたんだ」
「ヘェ、珍しいネ。カズが運動するなんてサ」
勝春はのん気にそんなことを言う。
が、カズはそれどころではなかったらしい。
「言ってくれるよ。こっちはイワンに捕まって大変だったんだから!」
「マジかよ!」と、大志が絶句する。
勝春が心配そうにカズの顔を覗き込む。
「マジかヨ? イワンに捕まったって、まさか……」
勝春の言葉にカズがブンブンと大きく首を振る。
「さ、最悪の事態は避けられた。何とか逃げてきたよ」
それを聞いて大志と勝春がホッとした表情をみせる。
二人ともイワンの性癖についてマスターから聞かされていたからだ。
カズは緑茶で喉を潤してから尋ねる。
「あ、ところでさ。ここまで走って帰る途中にTV局のカメラが何台かあったんだけど。何かあった?」
カズが妙なことを言うので皆が首を傾げる。
「いや。特に何も……」と、菊乃が言いかけた時、唐突にスマホの着信温が鳴り響いた。
誰のだろうと皆がお互いの顔を見る。
「あ、オレのだ。ごめんネ」と、勝春が電話に出る。
そして「えっ?」と短く呻く。
やがて勝春の顔がみるみるうちに強張っていく。
それを見守りながら菊乃は不安になった。
勝春は深刻そうな表情で「分かったヨ。うん。ありがとネ」と、電話を切ると急に立ち上がった。
「ど、どうしたのカッチー?」
菊乃の問いには答えずに勝春は大志の部屋を飛び出した。
カズと美穂子も慌ててその後を追う。
大志もベッドから降りて立ち上がろうとするが足が痛むのか「グッ」と、顔を顰める。
それに気付いて菊乃が反射的に手を貸す。
「スマンな」と、大志は素直に礼を言う。
菊乃に支えられながら大志がリビングに移動すると、勝春達がTVに釘付けになっていた。
「どうした? 何があったんだ?」と、大志が尋ねる。
「最悪だよ……」と、カズが振り返って言う。
「やられたネ」と、勝春はうな垂れる。
二人の様子に大志と菊乃は顔を見合わせた。
そしてゆっくりTVに近づき、画面を見つめる。
TVでは見覚えのある光景……そう、まさに加美村学園の校門が映っている。
そして流れてくるナレーション。
『もともとこの噂は一週間ほど前からインターネットで話題になっていました。そして今回、従業員のSさんの証言で、いよいよ疑惑が……』
菊乃が眉を顰める。
「何これ? 噂とか疑惑とか……」
TVの場面が変わって今度はどこかの工場が映し出される。
そして画面の端っこテロップが……。
「食品偽装!? 学校給食にも?」と、菊乃がテロップをそのまま口にする。
今度は番組のレポーターが工場の前で中継をしている。
『関係者の情報では近々、本社および工場への立ち入り調査が入るとのことです。一方、この食品偽装疑惑について『ミート・ポップ社』の加美村社長は次のようにコメントしています……』
ここで画面はVTRに切り替わる。
そこに映った人物を見て菊乃は勝春達が狼狽えている意味がやっと分かった。
「こ、校長先生……」
画面に大きくアップされた顔、それは紛れもなく加美村学園の校長だった。
「知らなかったヨ。校長が精肉会社を持ってるなんてサ」と、勝春が呟く。
カズは忌々しそうに頭を掻く。
「完全にやられたね。まさかこんな手を使ってくるとは……」
「どういうこと? 校長先生が食品偽装って?」
菊乃の質問に勝春が力なく答える。
「精肉会社はネ。奥さんの実家らしいヨ。で、校長が社長を兼任してたんだってサ」
「そんなの聞いてない」と、美穂子が怒った顔をみせる。
「敵はそれだけよく調べてるってことサ」
勝春は悟ったような口調でそう言うが、カズは悔しさがありありの様子。
「参ったね。せっかく証拠をつかんだのに……肝心の校長がこれじゃ」
足を曲げられない大志がソファにドカッと座る。
そして一言。
「電話してみればどうだ? 校長に」
カズが「それがさっきから繋がらないんだ」と、首を竦める。
「無理も無いネ。たぶん今頃電話が殺到してるんだろうネ」と、勝春がスマホを眺めながら言う。
カズも半分諦め顔だ。
「とりあえずメッセージを送ったから、そのうちかかってくるでしょ」
報道によると、校長が社長を兼任している精肉会社『ミート・ポップ』は、牛肉100%を売りに学校給食などに食材を提供しているが、実は豚肉を混ぜていたという疑惑が浮上しているようだ。
取り扱い品目はハンバーグ、肉団子、コロッケなど。
そのどれもがコストを抑える為に食品偽装をしている。
そんな噂がネットで広がり、さらに従業員が食品偽装を内部告発したので騒ぎが大きくなっているのだ。
夕方のニュースを幾つかハシゴして分かったことをまとめるとこんな感じだ。
しばらくスマホをチェックしていた勝春が「マジかヨ」と、呟く。
カズが「どうかしたの?」と、尋ねると勝春はいつになく真剣な表情で言った。
「もたもたしてられないかもヨ。月曜の朝イチで職員会議だってサ」
「それがどうかしたの?」と、菊乃が怪訝な顔をする。
勝春は菊乃の方をチラリと見て答える。
「臨時の職員会議で校長の解任を決議するんだってヨ」
「えっ?」と、カズが思わず声をあげる。
「まずいな。ここで校長が解任されちゃったら元も子もない」
大志が低い声で唸る。
「ううむ……最悪の場合、俺達のやってきた事がすべて無駄になってしまうな」
勝春が壁掛けの時計を見ながら言う。
「タイムリミットは月曜の朝だネ。明日あさってで何とかしないと」
「そうだな……」と、大志が頷く。
そこまでのやり取りを聞いてさすがの美穂子も不安になってきたらしい。
美穂子は泣きそうな顔で言う。
「でも、もし、ニュースが本当だったらどうするの?」
美穂子の言葉に皆が沈黙する。
が、ぽつりと大志が「俺は信じるぜ」と言う。
菊乃が大志の顔を見つめる。
「なんで? 何を根拠に?」
そこで大志は胸を張って言い切る。
「あのコロッケ……あの味は牛肉100%でなければ絶対に出せない」
それを聞いてカズが提案する。
「とにかく出来るだけの事はやろうよ。皆の力を合わせて!」
とにかく時間が無い。
このまま校長が解任されてしまうと敵の思う壺だ。
しかし、状況は圧倒的に不利。
果たしてミステリー・ボーイズに勝機はあるのだろうか……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます