36 それぞれの捜査

 その頃、勝春はファミレスでミート・ポップ社の従業員と会っていた。


 目的は言うまでもない。

 TVで嘘の告発をした『Sさん』が誰なのかを探る為だ。


 こういう時に一番手っ取り早いのはもっとも『おしゃべり』な人に話を聞くこと、それも会社に忠誠心のない種類の人間、つまりパートのおばちゃん達に好き勝手しゃべってもらうに限る。

 そしてそこから情報を集めていくのだ。


 ファミレスではじめて勝春の顔を見たおばちゃんに人組は「あらぁ」と、共に頬を赤らめた。


「やだぁ。可愛いじゃない」と、太ったおばさんが上目遣いで猫なで声を出す。

「イケ面っていうのかしら。肌とか綺麗でうらやましいわぁ」と、化粧の濃いおばさんがため息まじりに呟く。


 勝春は「スミマセン。急にお呼び立てしちゃって」と、頭を掻く。

 そして早速、話を切り出す。

「実はボクの『いとこ』が来月からそちらの会社に中途採用でお世話になることが決まってるんですヨ。なのに、あの騒ぎでしょ。おじさんが心配しちゃって……」


「んまぁ、そうなの~」と、おばさん達は話に乗ってくる。


 こういう時に『いとこ』という存在は便利なものだ。

 この場合、ただの『知り合い』では物足りないし、『兄弟が』となると深刻になりすぎてしまう。

 遠すぎず、近すぎず。とにかくこの掴みのおかげで、おばちゃん達は勝春を簡単に受け入れてくれた。


 ところが問題は、なかなか核心に迫らないこと。

 彼女達のおしゃべりのうち8割は会社の同僚や社員に関するグチや不満で、今回の事件も半分『お祭り』的なノリで騒いでいるだけのようにも見える。


 身近で事件が起こった時に自分がその中心に居なくても、やたら大騒ぎする人がよくいるが、このおばちゃん達も同類だ。


 勝春がひとつ質問するとそれが何十倍にもなって跳ね返ってくる。

 しかし、勝春は決して嫌な顔をしない。

 ただ、ひたすらニコニコと話を聞いている。


 勿論、おばちゃん達の話のすべてを理解しようとしたら頭が腐ってしまうので聞いているフリをしながら頭の中は高速回転で情報をふるいにかけていた。


「アレ?」

 ふいに勝春が周りを見回すと、いつの間にかおばさん達の仲間が増えている。


 勝春の前後左右の席が女の人で埋まっていて、彼女達の熱い視線が勝春に注がれている。


 驚いて顔を引きつらせる勝春に向かって太ったおばさんが言う。

「皆にメールしといたのよぉ。皆の話を聞けば犯人がわかるんじゃないかしら!」


「は、ハァ……」と、勝春は目の前が真っ暗になりそうだった。

 ただでさえおしゃべりなおばさんが十人以上。

 これを全部さばくとなると、それだけで丸一日かかってしまう……。


     *    *    *


 大志と菊乃はマンションのリビングで嘘の告発をした『Sさん』の情報収集を担当していた。


 勝春が「この男はTVのインタビューに出るぐらいだからきっとネットでも事件のことを書いているはずだヨ」と言うので二台のPCで手分けして片端からブログやツィートをあたっているのだ。


 大志は、検索エンジンでカズの考えた複数のキーワードを入力して怪しいと思ったものを拾っていく。


 キーワードは30個近くあるので、これを組み合わせるとなるとかなりのパターンになる。

 さらに検索でヒットしたものの中から効率よく怪しいものを選ばなくてはならない。

 それは地味だが結構、大変な作業なのだ。


「おい。ちゃんとやれ。もっと気合を入れろ」

 大志に咎められて菊乃が伸びをする。

「読んでるわよ。でも、なんか飽きてきちゃった」


「我慢しろ。地味な作業だがな」

「だってさあ。知らない人のSNSを延々と読まされるのって結構、苦痛だよ」


「たわけ。捜査とはそういうものだ」

「ね。喉、渇かない? コーヒー入れよっか?」


「お前はさっきから休憩ばかりだな。ちょっとは真面目にできんのか?」

「どっちかっていうとアタシは身体動かす方がいいの。美穂子と代わればよかったかなぁ」


「ふん。ここに残ると言い出したのはお前だろう」


 それもそうだ。

 確かにケガ人である大志に付き添いたいと菊乃は思っていた。

 それに、二人きりでこの部屋に残れるということに対して、まったく下心がなかったわけでもない。


「そりゃそうだけど……」と、口を尖らせる菊乃の心の内など知る由もなく大志は黙々とPCをカチャカチャかき鳴らし続けた。


(ゴッキーってば全然、そういう雰囲気じゃないんだもんなぁ……はぁ……)


     *    *    *


 工場に隣接した建物は三階建てで一階と二階が事務所や応接室、工場長の部屋のようだ。

 そして三階が食堂、休憩室、更衣室という造りになっている。


 そこでカズと美穂子は三階から順に建物内を探索することにした。


 三階に上がってまず目に付いたのは百人ぐらい入れそうな食堂だった。

 今日は勿論、誰もいないので、やたらと広く感じられる。


「ねぇ、カズ君。ここって超広くない?」

「そうだね。あれっ? あっちの部屋は卓球台とかビリヤード台とか置いてあるよ」


「ホントだ。いいなぁ、私もこういう会社に入りたいなぁ」

「まあ、確かにこういう福利厚生が充実してるのは良い会社の条件ではあるね」


 大きな食堂にレクリエーションの為の部屋や設備。

 さらに広々とした休憩スペースなど、都内の工場にしては贅沢な造りになっている。


「ね、ここって休憩する所だよね? 自販機もあるし」と、美穂子が目で訴える。

「そうだね。じゃあ、ちょっと休んでいこうか?」


「だよね! ちょっと休憩、休憩」

「森野さんは何を飲む?」


「アイスティ! ミルクで」

「了解」


 カズが缶ジュースを二本買って美穂子に一本手渡す。

 そして適当なソファに腰掛ける。


「ふぅ」と、カズは深くため息をつく。

 思ったような成果が上げられず、さすがのカズも疲れていた。

『パシュッ』と缶を開ける音がおおげさに響いた。


「ふぅ」と、美穂子がカズの真似をしてため息をついた。

 が、カズのため息とは随分ニュアンスが違う。

 美穂子は、ちょこんとカズの隣に座った。

 そしてわざと自分のお尻をカズのお尻にくっつけた。


「ちょ、狭いよ。森野さん」と、カズが顔を顰める。

 これだけ広いスペースがあるのに何でわざわざくっついて座るのか? といったリアクションだ。

 美穂子がどういうつもりでそういう行動に出たかなんて、まるで気付いていない。


「だって……ここって寂しいんだもん」

「そりゃそうだけどさ」

 そう言ってカズはお尻の位置を直しながら美穂子の密着から離れる。


 やはりカズは鈍感なのだ。女の子の気持ちなんてまるで分かっていない。

 というより興味が無いのかもしれない。


 密着作戦が不発に終わってしまったので美穂子は面白くない。

 少し怒った表情で「カズ君って冷たい」と言ってプイと席を立ってしまった。


「え? 冷たい? 何で?」

 なぜ美穂子が怒っているのか分からずにカズは困ったような顔をする。


 美穂子はそんなカズをソファに残して缶ジュース片手に休憩室内をプラプラ歩いた。

 テーブル席が六つ、大きな液晶テレビを囲んだコーナー、ガラスで仕切られた小部屋は喫煙室らしい。

 とにかく広い休憩室だ。


 そんな部屋の隅になぜか小さな絨毯が敷いてある。

 美穂子がそれを見つけて顔を顰める。

「あんまりキレイな絨毯じゃないなぁ」


 なんでこんな所にポツンと絨毯がひいてあるのか? 

 それも玄関マットみたいな中途半端な大きさのものが斜めに敷いてある。


「ね、カズ君。ちょっと来て」

 美穂子が手招きするのでカズがソファから立ち上がって休憩室の隅までやってくる。

 そして美穂子が指差す部分に目をこらす。


 美穂子が呆れたような口調で言う。

「見てみて。変な絨毯があるよ。しかも斜めってるし」

「絨毯? どれ……」


「ね。どうせならもっと立派なのにすればいいのにねえ」

「いや……これって……」

 カズの目つきが変わる。


 そして何かを思いついたような表情を見せる。

「もしかしてこれは! てことは方角は……」


 カズが近くの窓に駆け寄って太陽の位置を確かめる。


「え? 何? カズ君てば!」

 美穂子の問いかけなどまるで無視してカズが推理モードに入る。

「やっぱりそうか。それにさっきの自転車。なるほど……」


「自転車って何? 教えてよカズ君」

「ありがとう森野さん! おかげで何とかなりそうだ!」


「ぜんぜん意味分かんないんですけど……」

「後で説明するから。とりあえず早く、それ飲んじゃって!」


「え? これ?」

 カズに急かされて美穂子は缶ジュースを無理やり飲み干そうとした。

 そして、むせた。

「ゲホッ……苦しいよぅ」


「さ、森野さん。次は二階に行くよ! 確か人事部の鍵もこの束の中にあったはず」

「え? ジンジブ?」


 戸惑う美穂子の手を取ってカズは勢いよく駆け出した。


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