31 名探偵 勝春!?

 目的の管理人室は、図書館の一角を壁で囲っただけの簡単な造りだった。


 それに壁の一部は本の貸し借りをするカウンターも兼ねているので外から中を覗くことは可能だ。


 勝春が堂々とカウンターの中に入っていくとデスクで作業中だった管理人さんが「あら。勝春君」と、顔を上げた。


「コンチワ! 先日はどうも。ごちそうさまデス」と、勝春が声を掛けると管理人さんは「い、いいのよ」と、頬を染める。


 そのやりとりを見ただけで菊乃はピンときた。

(カッチーったらいつの間に……)


 菊乃が呆れていると管理人さんが冷めた目つきで菊乃と美穂子を見る。

「どうしたの? そちらのお二人はお友達?」


 それは菊乃達をライバル視した露骨な言い方だった。


 それに対して勝春が、にこやかに答える。

「まあネ。というより証人みたいなもんですヨ」


「証人ですって? 何の?」


「校内賭博事件の犯人を追及するためですヨ。管理人さん」


 勝春のその言葉で管理人さんが息を飲むのが分かった。


 彼女は作り笑いを浮かべながらとぼける。

「え? な、何のことかしら。犯人って……賭博って何よ?」

 

 勝春は言葉を選びながら説明する。

「実はオレ達、校内で賭博をしてる生徒がいるって聞いて調べてたんですヨ。で、実際に賭博に関わってる生徒を何人か特定することに成功したんです」


 勝春は胸ポケットから折り畳んだ紙を取り出した。

「でネ。これがリストです。賭けに参加してる生徒の名前とアドレス」


 管理人さんは勝春が差し出したリストを恐る恐る受け取る。

「そ、そうなの。へぇ、そんなことをしてる子達がいるなんてね……」


「思ってた以上に方法は単純ですよネ。スマホでサイトにアクセス、注文。でも、問題はどうやってお金をやり取りするかってことなんですよネ」


 そう言いながら髪をかきあげる勝春の視線を避けるように管理人さんはうつむいた。


 そこで勝春が追い討ちをかける。

「考えましたネ。管理人さん。本を使ってお金をやりとりするなんてネ!」


 それを聞いて菊乃と美穂子が同時に「あ!」と、声をあげてしまった。

(そっか! そういうことだったんだ!)


 そこで大志が口を挟む。

「疑わしい生徒をマークしていて気付いた。文学全集の4巻を借りたかと思えば次は生物学の本。しかも不人気な本ばかり選んでいる。本当に興味があって借りてるとは思えなかった」


 勝春がゆっくりと管理人さんとの間合いを詰めながら大志の言葉を受け継ぐ。

「お金のやり取りはメールで指示してるんでしょうネ。本を指定してお金を入れさせたり渡したり。てことはあなたしか居ないんですヨ」


 管理人さんが、ぎょっとして顔を上げる。

「何で私が? 誰かが図書館を悪用してるだけかもしれないじゃない?」


 だが、勝春はニコッと笑ってそれを否定する。

「それはないですヨ。だって関係ない生徒が偶然に本を手にしてしまうリスクがあるでしょ。授業中に現金を本に仕込めるのは管理人さん、あなただけですヨ」


「証拠は? たぶん、もう調べてあるんでしょうけど。一応、聞いておくわ」


「ヘヘ。お察しの通り、そこのパソコンを調べさせてもらいましたヨ」


「そうなの? いつの間に……」

「今日の昼休みですヨ」


「昼休み? まさか!」

 管理人さんの反応を見て大志がニヤリと笑う。

「えらい騒ぎにしてしまって申し訳ない。あれは想定外だ」


「そう。あの時ね……やられたわ」

 勝春と大志の追及に観念したのか管理人さんは含み笑いを浮かべて「残念ね。いいバイトだったんだけど」と、首を振った。


 そこで「バイト?」と、勝春の顔つきが変わる。


「そうよ。このシステム。別に私が考えたわけじゃないわよ」


 勝春と大志が顔を見合わせる。

 そして大志が険しい顔で尋ねた。

「誰かに頼まれたのか?」


「そうよ。私は言われた通りにしてただけ」

「チッ!」と、大志が舌打ちする。「やはりそうか。この事件も……」


 大志の呟きを聞いて菊乃が顔を顰める。


(この事件も? ひょっとして前の事件のこと言ってる? だとしたら何が起こってんの? この学校で……)


 勝春が深いため息をついて「ヤレヤレ」と、イスに腰を下ろす。

 そして切ない目で管理人さんを見つめた。

「もうこんなことは止めてもらえますよネ?」


「分かってるわ……覚悟はできてる」

 悟ったような表情でそう言う彼女を見て美穂子が尋ねる。

「管理人さん、辞めちゃうんですか?」


「そうね。校内でこんなことしてたんだもん。辞表を出すしかないでしょ」

 彼女の答えを聞いて美穂子が勝春に尋ねる。

「ね、賭博って犯罪なんでしょ? 管理人さん、逮捕されちゃうの?」


 美穂子に問われて勝春が困った顔をする。

「ん~、でも、オレ等は警察じゃないからネ。できればこのまま証拠を完全に消して欲しいだけなんだけどナ」


「確かに」と、大志が厳しい表情で言う。「今、これを公にされることの方が問題だ」


「だよネ。ま、これに参加してた生徒にも反省はしてもらわなきゃなんないけどサ。晒すことが目的じゃないからネ」


 大志と勝春の言動に管理人さんが戸惑う。

「どういうこと? 私はてっきり……」


「管理人さん次第ですヨ。あなただけが逮捕されるだけならともかく、これに関わった生徒全員の将来にも影響があるかもしれない。その辺をよく考えてくださいナ」


 勝春の言葉には厳しさと優しさの両方が含まれているように思えた。


(そっか、カッチーは生徒達のことも考えてるんだ……)


 何だか人情モノの刑事ドラマを見ているようなシーンに菊乃まで、しんみりした気持ちになってしまった。


「そうね。よく考えてみるわ。でもケジメはつけなきゃ、ね」

 そう言って無理に笑う管理人さん。

 そういう彼女もまた勝春の言葉をかみ締めているに違いない。


 結局、図書館を利用した賭博事件は管理人さんのデータを完全に消し去ることで極秘裏に処理されることとなった。


 こうして事件は一応の解決をみたわけだが、菊乃はどうしても釈然としない。

 図書館を出ながら菊乃は考える。


(こんなんでいいのかなぁ……ホントは何かウラがあるんじゃないかな?)


 そんな菊乃の気持ちを美穂子が代弁する。

「ん~、何だかあっけなかったね。物足りないっていうか、なんでだろ? やっぱカズ君が謎解きしてないからかなぁ」


 美穂子の言葉に勝春のメガネがずり落ちる。

「へ? 美穂子ちゃん、それってどういう意味なのカナ?」


「だってカズ君の推理なら説得力あるけど勝春君の推理だとねぇ。なんか軽いっていうのかなぁ」


「そりゃ差別だヨ!」と、勝春が苦笑する。


 大志は美穂子に文句を言う。

「言ってくれるな。簡単そうに見えても俺達はお前らの知らないところで結構、苦労してたんだからな」


 美穂子が「ゴメン。そうなんだ」と、首を竦める。

 そして何か思いついたらしく、一人で納得したようにウンウンと頷きながら言う。

「つまりアヒルみたいなものって言いたいんでしょ? 後藤君は」


 大志が「何言ってんだお前?」と、怪訝な顔をする。


 そこで美穂子は得意げに説明をする。

「アヒルは優雅に泳いでるように見えるけど、水の下では必死で水をかいてるんだよねぇ」


 あまりの勘違いぶりに美穂子以外の三人が顔を見合わせる。

『誰が突っ込むべきか?』という空気が流れて、結局、菊乃が突っ込むハメに……。


「み、美穂子。それ、アヒルじゃない。白鳥だから!」


「え? ホント?」


 この場合、素直に笑って良いものかどうかの判断が難しい。

 さすがの勝春も半笑いで顔を引きつらせる。


 大志は、やれやれといった風にため息をもらす。

 菊乃は菊乃で美穂子が傷つかないようにフォローしなければならない。


(この場にカズ君がいれば良かったのにな。カズ君なら絶妙なフォローもできるのに……)


 そんな具合で四人がワイワイガヤガヤと廊下を歩いていると、前方からこちらに向かってくる男子生徒の姿が菊乃の目に映った。


(あ! あれって転校生のイワン君!)


 最初に気付いた菊乃が美穂子の肘に手を触れて教える。

「ほら。あっちから転校生が来るよ」


「あ、ホントだ。イワン・オトコスキー君だ」

 相変わらず美穂子は間違っているのだが、確かにそれはイワン・オトコフスキーだった。


 イワンは周りを威圧するように廊下の真ん中を、のっしのっしと歩いてくる。


 このままだとぶつかってしまうので菊乃は大志の後ろに隠れる。

(イワン君て何か怖いんだけど)


 菊乃の胸がなぜだかドキドキする。

 しかし、それは良い方のドキドキではない。得体の知れない不安といった方が正しい。


(なんでだろ?)

 なぜ自分がソワソワしているのかが分からずに菊乃は少しイラついた。


 イワンは進路を変えずに真っ直ぐにこちらに向かってくる。


 一歩、また一歩、イワンとの距離が縮まる。


(早く行ってくれないかな……)

 菊乃はイワンの顔を直視することができない。


 すると、すれ違い様にイワンがぼそっと「邪魔スルナヨ」と、言ったのが聞こえた。


 それを聞いて大志と勝春がピタっと足を止める。


 急に二人が止まったので菊乃は大志の背中に、美穂子は勝春にぶつかりそうになった。


 大志と勝春は振り返ってイワンの後ろ姿を眺める。


 そして勝春が「言ってくれるネ」と、肩を竦める。

 大志は無言でイワンの後姿を睨みつける。


 すると、まるで後ろに目があるかのように数歩進んだところでイワンもピタリと立ち止まった。


 そしてクルリと振り返ると不敵な笑みを浮かべた。

「ガッカリ、サセナイデクレヨ。ミステリー・ボーイズ」

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