29 図書館騒動
昼休みにカズだけ別行動と聞いて、美穂子は早めに食事を切り上げた。
「多分、図書館だネ」という勝春の言葉を信じて美穂子は図書館に向かう。
そして、熱心に調べものをしているカズを発見した。
「カズ君、何見てんの?」
「ああ、森野さんか……江戸時代の地図を見てるんだ」
そう言ってカズは図書館のテーブルに広げた地図を示した。
「江戸時代? なんでまた?」
「まあ。ちょっとね。で、郷土史研究会の資料を借りてるんだ」
それを聞いて美穂子が青ざめる。
「え? 郷土史研究会って……カズ君、まさか!?」
美穂子が、まるで変態を見るような目つきをするのでカズが慌てて否定する。
「い、いや。特に興味があるってわけじゃないよ。けど、事件解決にどうしても必要なんだよ」
美穂子は疑り深そうな顔つきで言う。
「ホントに? 事件ってギャンブル事件の?」
「いや。そっちは勝春に任せてあるから。ボクの調査は別件さ」
美穂子が訳が分からないといった風に首を傾げる。
ちょうど、そこへ大志と菊乃が遅れて合流した。
大志が「お、やってるな」とカズに声を掛ける。
そしてカズに耳打ちする。
「カズ、どうだ? いけそうか?」
「うん。思ったより材料は揃ってるね」
カズの言葉を聞いて大志が目黒専用のコーナーを一瞥する。
そしてバカにしたように言う。
「フン。こんなゴミみたいなもんが役に立つとはな」
すると突然、背後で「失敬な!」という声がした。
大志達が振り返ると目黒が顔を真っ赤にして仁王立ちしている。
「ゴミとは何だ! ゴミとは! だいたい君達は人の本を勝手に……」
大志が鼻で笑う。
「ゴミをゴミと言って何が悪い?」
目黒少年は怒る。
「ああっ! またゴミって言ったな! それは貴重な資料なんだぞっ!」
「たわけ! そんなに大事なモノなら金庫にでもしまっとけ!」
大志と目黒の言い争う声が館内に響く。
すると「静かにしなさいっ!」と、白衣の女性がツカツカと歩いてきた。
それは図書館の管理人さんだった。
年齢は二十代半ば。化粧っ気がなくて地味な感じがする。
あまり印象に残らないタイプだ。
その管理人さんが争いの仲裁をする。
「二人ともやめなさい。ここは図書館なのよ? 何を大声出してるの?」
すぐさま目黒が言いつける。
「この失敬な連中が、僕の大事な資料を勝手に持ち出そうとしたんです」
そこでカズが口を挟む。
「まあ、勝手に借りたのは悪かったよ。でも、これって図書館に寄贈されたものなんでしょ? だったらボク等が見てもいいんだよね?」
確かにカズの言う通りだ。
図書館に置いてある時点で目黒専用というのはどう考えてもおかしい。
痛いところを突かれて目黒がトーンダウンする。
「そ、そりゃそうだけど。ただ、見たいなら見たいと言ってくれればいいのに。その為に、ここに置いてあるんだから……」
そこに大志の余計な一言。
「そんなしょうもない物、スペースの無駄だ」
「な、なにをぅ!」
いきり立つ目黒を管理人さんが諌める。
「止めなさい目黒君。ここに置いた以上は皆の物よ。そもそも、あなたしか見れないっていうならここに置いておく意味がないでしょ」
管理人さんに叱られて、しょんぼりすると思いきや、目黒は意外な反応をみせる。
「ふふーん。それがそうでもないんだな」
妙に余裕のある目黒の口ぶりに大志とカズが「え?」と、顔を見合わせる。
目黒は鼻の穴を膨らませながら自慢する。
「まあ、確かに部員は僕だけだったんだけどね。新入部員が入ったんだ!」
それを聞いて美穂子が目を丸くする。
「信じらんない。郷土史研究会に入部する変態がいるなんて」
そんな事を言われているとはつゆ知らず、目黒は鼻歌まじりでせっせと郷土史の本を積み上げた。
そして、その山を「よっこらせ」と、両手で抱えながら言った。
「てことで。僕は新入部員に、この本を読ませなきゃなんないんだ」
いったい何冊重ねているのだろうか。
それでは全然、前が見えないと思われた。
一応、騒ぎが収まったので、管理人さんが「静かにね」と、念押しして管理人室に戻ろうとする。
そこで、大志が何を思ったのか目黒の背後に回り、ふっと身を沈めて『ひざカックン』をした。
「何やってんの!?」と、菊乃が驚いたその瞬間、目黒がバランスを崩した。
「うあぁっ!」と、甲高い声をあげて目黒がヨタヨタと千鳥足になる。
そして山積みの本に視界を遮られているせいで本棚に激突、その勢いで転倒した。
まるで、チャップリンの無声映画のような動きに周りの人間は絶句した。
しかも、目黒が仰向けにひっくり返った場所は運悪く女子のスカートを覗き込むようなポジションになっていた。
スカートの中を見られた女子は「ギャーッ! 変態っ!」と、反射的に目黒の顔を踏んづける。
「ぷぎっ!」と、目黒が妙な悲鳴をあげる。
無理も無い。
体重0.1トンはあろうかという巨体の女子に全力で顔を踏まれてしまったのだ。
その騒ぎを聞きつけて管理人さんが「何やってんのっ!」と、血相を変えて引き返してくる。
そして目黒の哀れな姿を見て「何これ?」と、唖然とする。
そして現場に居合わせた生徒達に尋ねる。
「誰か説明して。どうやったら、こんな風になるの?」
管理人さんと目が合っても誰も答えない。
菊乃と美穂子は顔を見合わせて気まずい顔。
カズは机で本を読んでいるし、原因を作った大志は知らん顔。
唯一、スカートの中を覗かれたミス0.1トンが管理人さんに訴える。
「こいつが私のパンツを見ようとしたんですっ!」
それを聞いて目黒が「冗談じゃない!」と、顔をさすりながらムックリ起き上がる。
「僕にだって選ぶ権利はある。な、なめないで頂きたいっ!」
目黒の言葉にミス0.1トンが激高する。
「どういう意味よっ!」
周りが(あっ)と思う間に、ミス0.1トンの張り手が目黒に炸裂する。
『ズッパーン!』という景気の良い音が図書館に響く。
さすがに管理人さんも不味いと思ったのか「だ、ダメよ。暴力は……」と、二人の間に割って入ろうとする。
が、強烈な一撃を顔面に受けた目黒は完全に目がイッている。
まるで映画のスローモーションのようにぶっ倒れる。
目黒の派手な『やられっぷり』に館内がざわつく。
さらに、続々と人が集まってきて収拾がつかなくなってきた。
その騒ぎの中心で管理人さんがオタオタする様子を遠目に眺めていた大志がニヤリと笑う。
それを見て菊乃の表情が曇る。
(ひどくない? いくらなんでも……)
確かに目黒はむかつくヤツだけど、さすがにやりすぎなんじゃないかと菊乃は思った。
しかし、大志は何ら悪びれた風でもなくポケットに手を突っ込んでその場を立ち去ろうとした。
大志にしては随分ひどいことをするなと思った菊乃は大志の後を追う。
そして図書館を出て一人、廊下を歩く大志を呼び止めた。
「ちょっと、ゴッキーってば!」
「何だ?」と、大志が振り返る。
「いくらなんでもやりすぎじゃない? 何であんなことしたの?」
「別に。ヤツには貸しがあるからな。それを返してもらっただけの話だ」
「何それ……」
好きな人があんなことをするところを見て菊乃はショックを受けていた。
ゲンメツしたというほどではないにせよ、ちゃんとした理由が聞きたい。
その一心で菊乃は食い下がる。
「それじゃわかんないって! ね、何で?」
菊乃がムキになって聞くので大志は、やれやれといった風に首を振る。
「まさか、あそこまで酷くなるとは思わなかった。本当は軽く騒ぎを起こすだけで良かったんだがな」
「え? やっぱり、わざとやったの?」
「ああ。本当はあの管理人の注意を引き付けるだけで良かった」
「ちょ、ちょっと意味がわかんない……」
「最初にヤツと揉めている時に勝春が管理人室に潜り込もうとしているのが見えた。それをフォローする為に時間稼ぎをしただけだ」
「カッチーが? 何の為に……って、まさか管理人さんが?」
「そういうことだ。おそらく勝春は証拠をつかむ為に管理人室に侵入しようとしたんだろう」
「ウソでしょ? 何で図書館の管理人さんを疑ってるの?」
「たわけ。ちょっと考えれば分かることだ」
勝春と大志は図書館の管理人さんを疑ってる!
どういう根拠があって、そういう結論に到ったのか菊乃には分からない。
だが、勝春をフォローする為に大志は止む無く目黒を利用した。
で、思ってた以上に目黒がドンクサくて大騒ぎになってしまった。
それが分かっただけでも充分だ。
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