28 女嫌い
翌日、菊乃が登校するとホームルーム前の教室がいつになくざわついていた。
(何だろう?)と、思いながら席に座ると、美穂子が寄ってきてその原因を教えてくれた。
「また転校生が入るみたいよ!」
「また? でもウチのクラスばっかり変じゃない?」
「だよね。カズ君達のときもビックリしたけど」
確かに妙な話だ。
私立の高校にそうそう転入してくる生徒がいるとは思えない。
しかし、それは菊乃にとっては大した問題ではなかった。
なぜなら菊乃の頭の中は大志のことで一杯だったからだ。
昨日の帰りに見せつけられた大志の女嫌いぶりが目に焼きついて離れない。
大志は女性アレルギー……でも自分は特別だという勝手な思い込み。
そのことは激しい自己嫌悪となって菊乃を苦しめた。
(どんな顔してゴッキーに会えばいいんだろ……)
大志に会ってしまうと涙が出てきそうな気がしてならない。
教室内の浮き足立った空気の中で、菊乃は、ひとり取り残されてしまったような心境で思いをめぐらせていた。
やがて始業のチャイムが鳴り、担任が転校生を伴って教室に入ってきた。
その瞬間、「おおっ!」というざわめきが教室内に広がった。
「が、外人かよっ!」と、隣の男子が声を上げたのを聞いて菊乃は何気なく教壇の方を見た。
確かに、担任の隣に立っているのは外国人の少年だ。
隣の席で美穂子が「王子さまみたい……」と、感激している。
それを聞いて菊乃は「そっかなぁ」と、顔をしかめる。
(確かに金髪、色白で王子様みたいだけど……マッチョすぎ)
菊乃がそう思ったぐらいだから転校生の体格は一目見て、かなりがっしりしていることが分かる。
決して太っているわけではない。
だが、まず首が太い。
腕もハリウッド映画のアクション・ヒーロー並みに太い。
顔はハンサムで申し分ない。
鼻筋が通った顔立ち、そのくせ外国人臭くないのだが……正直、菊乃のタイプではない。
担任に、
「イワン・オトコフスキー、デス! ヨロシク、オ願イシマッス!」
体育会系のノリに一瞬、皆が引いたものの、日本語が出来ると分かってホッとした空気が流れた。
転校生に見とれていた美穂子がぽつりと呟く。
「イワン・オトコズキ?」
美穂子には『イワン・男好き』と聞こえたらしい。
菊乃が苦笑しながら訂正する。
「オトコズキじゃないでしょ。オトコスキーだよ」
すると壇上の転校生が二人の会話に気付いた。
「YOU、間違ッテルヨ! 『オトコズキー』ジャナイヨ。『オトコフスキー』デッス!」
(え? 今の聞こえたの?)
驚いて菊乃が転校生を見る。
それほど大きな声を出した覚えはない。
それに菊乃たちの席は真ん中あたり。大した地獄耳だ。
新しい転校生の登場に好奇の目が集まる中、ミステリーボーイズの三人だけは冷静だった。
この転校生が刺客であることは予めマスターから聞かされている。
前列のカズは頬杖つきながら冷めた目で刺客の姿を眺める。
窓際の席で勝春は外の景色を眺めるフリをしてニヤリと笑う。
最後列の大志はパキパキと指をならしつつ敵の戦闘力を測るように壇上を観察する。
三人の反応はそれぞれ異なるが、内に秘めた思いは同じだ。
―― こんなヤツには負けない!
ここからがミステリーボーイズの本領発揮だ。
* * *
菊乃は休み時間に勝春に尋ねた。
「ね、調査は進展してんの? 会議やらなくて大丈夫?」
すると勝春が周りの様子を少し気にしながらそっと教えてくれた。
「まぁ一応はネ。進展してるヨ。実はサ。カズは別件の調査で忙しいんだ。学校内部の黒幕の目的を探るためにネ」
「く、黒幕? それって誰? もう名前わかってんの?」
「シッ! 声が大きいヨ。それはまだ言えないんだけどこの学校の教師であることは分かってるンだ」
勝春は菊乃を教室から連れ出して誰も居ない他所の教室に移動した。
そこで調査の進捗について菊乃に報告する。
「オレの方の調査もまずまず順調だヨ。新しい情報が結構、入ってきてネ。今ンところ分かったのが、まず賭け組織のメンバーになる為にはメンバー二人の推薦を受けなくちゃならないンだ」
「二人の推薦。それって難しくない?」
「ダネ。おまけに秘密を漏らしたメンバーは強制脱会。で、そのメンバーを推薦した二人も連帯責任で罰金を払わされる」
「だからみんな異常に口が堅いんだ」
「そういうことだネ」
「そうなんだ。でもさすがだね。カッチーは誰とでも仲良くなれるもんね」
「いやあそれほどでも……あるヨ」
「自分で言うかい!」という菊乃の突っ込みに勝春が笑顔で応える。
そんな勝春のさわやかな笑顔を見ているとホッとする一方で、菊乃はうらやましく思った。
(いいなぁ……誰とでも仲良くなれるなんて。たぶんカッチーは恋愛で悩むなんてことないんだろうな……)
ふいに菊乃が表情を曇らせたので勝春が笑うのを止めた。
そして菊乃の顔を覗き込みながら尋ねる。
「どうしたの菊ちゃん? 何か悩みでもあるんじゃナイ?」
「え? そんなことないよ……」
菊乃はわざと目をそらした。
目を合わせてしまうと勝春に心の内を読まれてしまう気がしたからだ。
菊乃は特進クラス事件の時に勝春の話術を見せつけられていた。
(カッチーに隠し事はできないな……)
「ネ? 大志のことだろ?」
ズバリ核心を突かれて菊乃は「違う」と否定できない。
「ハハ、正直だよネ。菊ちゃんは。顔に出てるヨ」
そう言われても実際に鏡で自分の顔を見るわけにはいかない。
(まずい……これって完全にカッチーのペースだ)
そう思って菊乃が、おそるおそる勝春の顔を見る。
その屈託のない笑顔! その笑顔がクセモノなのだ。
身構えようとしてもそれができない。
まるで北風と太陽のおとぎ話のように、勝春の微笑には見る者のガードを自然に下げさせる力がある。
「良かったら話を聞くヨ。喜びとか幸せとかは、なかなか共有できないかもしれないけど、悩みや不安の八割は誰かに話すことで楽になれるからネ」
その八割という数字にどんな根拠があるかは分からない。
が、自信たっぷりな勝春の口ぶりに疑う余地は無い。
勝春はニコニコと笑みを絶やさず菊乃の言葉を待っている。
菊乃の心が揺れる。
(素直に話しちゃった方が楽になれるかな……)
誕生日を口実に大志に何かプレゼントすることは決めた。
だが、その一方で、大志の女性アレルギーという事実が菊乃を不安にさせる。
考えれば考えるほど悪い方悪い方へと想像力が働いてしまう……。
「ね。カッチーだから相談するんだけど。ゴッキーって……その、ゴッキーってさぁ……」
うまく言葉が出てこない。
「分かってるヨ。菊ちゃんの言いたいことは。大志の女性アレルギーのことでしょ?」
菊乃は黙って頷く。
やはり勝春は人の心理を読むのがうまい。
菊乃が切り出そうとしている話をすでに予測しているらしい。
「事実だヨ。でもそれは心理的なものだからネ。本当に女性が嫌いなわけじゃないんダ」
「そうなの?」
勝春の言葉をどう解釈して良いのか菊乃は迷った。
(それはいいこと? 悪いこと?)
「そうだネ。まあ、専門的なカウンセリングとか催眠療法とか、やろうと思えば出来なくはないんダ……でもね。それはやりたくないんだヨ」
「どうして?」
「もっと自然に……そうだネ。自分自身で気がつくことが大事だと思うんだ」
「自分自身で……気付く?」
「そう。大志自身がネ。いつか自然に好きな子に出会って、もっとその子と触れ合っていたいっていう自分の中にある感情に気付くこと、ダネ」
「……そんな事、ホントにできるのかな?」
菊乃の問いかけに勝春は目を細めてこっくり頷いた。
「あのネ。誤解して欲しくないんだけど、大志のアレは病気じゃないんだ」
「病気って……そういう風には思ってないけど……」
「そっか。ならいいんだけどサ。大志の場合、今までに女の人のぬくもりを感じたことが無かったんだよネ。母親も含めて」
(え……それってどういう意味?)
しかし、勝春はそれ以上のことは教えてくれなかった。
菊乃が大志の生い立ちや家庭環境のことを詳しく聞きたがっても勝春は、「まあ色々あるんだヨ」としか言わない。
そしてチャイムが鳴ったことを口実に菊乃の質問は、はぐらかされてしまった。
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