27 鍵は図書館にあり!
翌日、授業前に大志が突然、菊乃のそばに寄ってきて言った。
「休み時間は全部空けておけ」
いきなり大志にそんなことを言われて菊乃は動揺した。
心の準備もあったものではない。
(な、な、何で何で? えぇーっ?)
だが、大志は菊乃と目を合わせようとしない。
ただ、ぶっきらぼうに目的を説明するだけだ。
「勝春とカズは別な調査で手が離せん。仕方が無いので、俺とお前でターゲットをマークする」
(なんだ。調査か……)
菊乃は内心がっかりした。
でも、そこは気の持ちようだ。
少なくとも今日一日は二人きりになれる。
しかし、菊乃が思い描いていたのとは裏腹に、ターゲットのマークは楽ではなかった。
二人のターゲットは、秘密の賭博クラブのメンバーと
この男に接触した勝春の見立てでは、ターゲットは必ず賭けに参加する素振りをみせるはずだ。
そのため、菊乃と大志は、自分達の授業が終わったら速攻で隣の教室に飛んでいかなくてはならない。
そして、怪しまれないように監視しなくてはならない。
これが結構、大変だ。
よその教室で誰かの動きを見守るのは不自然だ。
とても二人きりを楽しむ余裕などない。
それに大志は調査第一で、菊乃がドキドキしていることなどまったく気が付きもしない。
そんな具合で久保田のマークをしたところ……。
1~2時間目休み時間。特に動きなし。ターゲットは宿題の複写?
2~3時間目休み時間。友達と談笑。携帯チェック×2。
3~4時間目休み時間。友達とトイレ。大志がついていくが特に目立った行動なし。
そして昼休み。やっと動きがあった。
ターゲットは食堂に行こうという友達の誘いを「俺、先に図書館寄ってから行くよ」と、断った。
そして一人で教室を出ると階段に向かった。
ターゲットの久保田を尾行しながら大志が呟く。
「昼飯も食わないで図書館だと? とても読書好きには見えんが」
菊乃も疑問に思った。
「なんですぐ図書館なんだろ? お昼食べてから行けばいいのにね」
大志は眉間にしわを寄せる。
「ウーム。もしかしたら、先に図書館に行かないとならない理由があるのかもしれんな」
久保田は階段で四階まで上がり図書館に入っていく。
それに続いて大志と菊乃も図書館に足を踏み入れる。
姿を見られないように気を付けながらポジションを取る。
お昼休みに入ってすぐに図書館に来る人は殆ど居ないので、室内はガラガラだった。
大志と菊乃は二手に分かれて久保田を観察する。
久保田は真っ直ぐに本棚に向かう。
そして、文学全集のコーナーで探し物をはじめた。
大志が相手に悟られないように注意しながらギリギリまで近づき、その様子を伺う。
菊乃は別な角度から離れて久保田の動きを見守る。
結局、久保田が本を選ぶまでには五分もかからなかった。
彼は、分厚い本を脇に抱えて貸し出しコーナーに向かおうとした。
(やだ。こっちに来る!)
久保田が近づいてきたので菊乃は慌てて本を選ぶフリをする。
だが、久保田が歩きながらチラリと菊乃の方を見る。
(ウソ! 気付かれた?)
恐る恐る相手の表情を盗み見る。
久保田が菊乃を睨んだ、ように見えた。
しかし、それは菊乃の思い過ごしだった。
彼は、そのままスタスタと貸し出しコーナーに向かうと手続きをはじめた。
(良かった……でもなんでアタシの顔を見てあんな顔したんだろ?)
そう思って菊乃が周りを見回す。そして気付いた。
「な! 何これ?」
久保田が変な顔をしていたのはこのせいかもしれないと思った。
そこに、ひょっこり大志が現れる。
「奴が今借りようとしてるのは『森鴎外全集』の四巻だな。本棚を確認してきた……ん?」
大志も菊乃の後ろの本棚を見て絶句する。
「なんじゃこりゃぁ!」
菊乃が背にする本棚には汚い字で大きく『郷土史研究会 目黒専用』と書いた紙がデカデカと張り出されている。
郷土史研究会。
それは大志と因縁のある、あの小太りの少年、目黒の所属する部だ。
ただし部員は変わり者の目黒ただ一人。
その変人ぶりはある意味、有名になっている。
菊乃の顔が引きつる。
「ア、アタシ、関係者だと思われちゃったみたいね……」
大志が呆れる。
「何なんだ。この馬鹿げたコーナーは」
本棚のうち上の三段に古そうな本がびっしり。
下の二段には資料のようなものが乱雑に押し込められている。
それを冷めた目つきで眺めながら大志は「スペースの無駄だな」と、吐き捨てた。
一方、久保田は貸し出しカウンターで貸し出しの手続きをとっている。
そして、貸し出し係の女性と
それを見て大志が「行くぞ!」と、菊乃を促した。
ところが、その後の久保田の動きに怪しいところはなかった。
彼は図書館を出て真っ直ぐ教室に向かい、自分の席に戻ると本をカバンにしまって弁当を取り出した。
その後、それを持って食堂へ。
途中、自動販売機で飲み物を買い、食堂では友達を探して合流。
そして普通に昼ごはんを食べ始める。
そこまで見届けてから大志が言った。
「普通に飯食ってやがるな……勝春の情報では何か動きがあるはずなんだが」
菊乃はぐったりとした表情で答える。
「とんだ肩透かしだったわ……」
止む無くそこでターゲットのマークは中断した。
菊乃は、教室へ戻り美穂子とお弁当。
大志は、食堂で久保田を監視しながら食事を済ませることにした。
* * *
放課後、ターゲットの久保田が彼女と下校するのを見送って大志がボヤいた。
「なんだ勝春の奴。全然、動きなんて無いじゃないか」
菊乃もため息をつく。
「そだね。残念だけど」
「しょうがない。俺も今日は帰る」
「え? 帰っちゃうの?」
「ああ。疲れた」
「そう……」
菊乃はがっかりした。
普通、女の子が「帰っちゃうの?」と言って(まだ一緒に居たいのに)と目で訴えたら、男は帰るのを少しは
なのに……。
(やっぱ全然、脈ナシなのかなぁ……)
すっかりヘコんでしまった菊乃の気持ちなどまったく気付く様子もなく、大志は「お疲れさん。じゃあな」と、軽く手をあげる。
それを「待って」と、呼び止めることができない。
呼び止める理由が見つからない。
(黙って見送るしかないなんて……寂しすぎる)
大志の大きな背中を見ていると菊乃の胸がしめつけられる。
そのとき、大志が校門に向かって十メートルほど進んだところで、後方から女の子二人組が菊乃を追い越して大志に駆け寄った。
そして大志を呼び止める。
片方の子が一生懸命何かを訴えている。
「彼女にしてくださいっ」という部分だけ聞こえてきたところをみると、多分、告白してるのだろう。
(何? あの子達。人がこんなに落ち込んでる目の前で)と、菊乃が、むっとする。
だが、予想通り、大志にはまったく相手にされない。
大志はぶっきらぼうに「俺、女嫌いだから」と、言い残して二人組を置き去りにした。
(オンナギライ……)
確かにそう聞こえた。
それは菊乃にも分かっていたことだ。
前回の事件でカズに聞かされた「大志は女性アレルギー」という事実。
否が応でもそれが思い出される。
(……やっぱそうなんだ)
校庭に落ちた大志の長い影がどんどん遠ざかっていく。
それは、まるで二人の心の距離を象徴しているようにも思えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます