26 NS機関

 勝春のターゲットは二年二組の久保田実くぼたみのる

 菊乃の話に出てきた友美の彼氏だ。


 勝春の作戦は単純明快。

 まず、通学の時に同じ電車に乗り、野球の話題をふってアプローチする。

 そこから親しくなろうというものだった。


 その辺り、勝春も手馴てなれたもので、事前に久保田の住所を調べた上で早起きして駅で待ち伏せ、そして電車で隣をキープするところまで、すんなり進める。


 そして、久保田が駅の売店で買ったのとは違うスポーツ新聞を持って話しかける。

「四連敗中じゃ、今日もオリックスの負けはガチだネ」


 つり革につかまって熱心に新聞を読んでいた久保田が驚いて勝春の方を見た。


〔はじめは独り言のように呟き、相手が反応したら親しげに話しかける。その際には出来る限りなれなれしく……〕


 それが勝春のセオリーだった。

 この時のポイントは、1.会話を途切れさせないこと、2.相手にYESと言わせるような問いかけをすること、の二点だ。


「オリックスってサ。ここんとこ打線がダメだよネ?」


 勝春の顔に見覚えのない久保田は当然(こいつ誰だっけ?)といった顔をする。


「日ハムとの相性も悪すぎなんだヨ。昨日も日ハムに負けてるしネ?」


 あまりにも勝春が親しげに話しかけてくるものだから久保田も思わず「あ、ああ」と、応えてしまう。


 すかさず勝春は次の質問をする。

「昨日、ロッテは勝ったンだっけ?」


「あ、ああ。勝った」と、久保田が頷く。


「ソフトバンクは五連勝かァ。調子いいよネ?」

「そ、そうだね」


 こんな調子で勝春は久保田にYESと言わせる質問ばかりを五つ続けた。

 

 この方法は心理学に基づいている。

 つまり、わざと「YES」を五回以上言わせることで相手に親近感を持たせるのだ。


 そして勝春の目論見もくろみどおり、学校につくまでの間に勝春は久保田と仲良くなることに成功した。


 同じ制服、同じ趣味ということが分かれば、仲良くなることは、さほど難しいことではない。

 しかし、勝春はそれをいとも簡単にやってのける。


 二組の教室のところで「じゃあネ」と、久保田と別れる勝春を先に登校していたカズが見つけてにっこり微笑む。

「さすがだね。いつものことながら感心するよ」


「まあネ。もしかしたら彼、オレも『賭け組織』のメンバーなんじゃないかって思ってたかもネ」

「賭け組織の事は何か言ってた?」


「いや。それは言わなかったヨ。野球の話をしただけサ」

「やっぱり口が堅いんだな。仲間かもしれないと分かってても口に出さないなんて」


「ダネ。けど時間の問題だヨ」

「頼むよ。もっと仲良くなって組織の秘密を聞きだしてね」


 カズの言葉に勝春は「任せてヨ」と、軽くウィンクしてみせた。


    *    *    *


 本部から緊急招集がかかったので三人は放課後すぐにマンションに戻った。


 勝春としては久保田と親密になるために放課後を有効に使いたかったところだが、本部からの召集では止むを得ない。


 リビングでは、一足先に帰ったカズがWEB会議の準備を終えて勝春と大志を待っているところだった。


「あれ? 大志は一緒じゃないの?」と、カズが呆れる。

「アイツ、また遅刻かヨ。マスターに怒られるゾ」


 その矢先に大志がバタバタと室内に駆け込んできた。


「遅いよ、大志!」と、カズが大志を咎める。

「すまん。さ、早くはじめてくれ」


 カズがスイッチを入れるとモニターにカーテンが映し出される。


『全員揃っておるかね?』


 カーテンにはシルエットが投影されている。

 相変わらずマスターは姿を見せない。音声だけなのはいつものことだ。


 カズが答える。

「はい。勝春と大志も居ます」


『よろしい。では早速だが……先日の押収品の分析結果が出た』


 押収品というのは前回の事件で大志が黒幕と思われる中年男から奪ったスマホのことだ。


 カズが尋ねる。

「で、見えざる敵の正体は、やはり学校の関係者でしたか?」


『そうだ。詳しい情報は後で送る。後は君達で対処したまえ』


「了解。任せて下さいヨ!」と、勝春が軽く敬礼する。


 そこで大志が口を開く。

「しかし、それだけ伝えるのにわざわざ緊急招集か? 他に何かあるのでは?」


『うむ。察しがいいな。実は君達に警告しておかなくてはならない事態が発生してしまったのだよ』


「警告?」と、カズが神妙な顔つきでメガネに触れる。


『今回の案件、やはりNS機関が関与しておるようだ』


 大志の表情が強張る。

「エヌエス機関だと!?」


『そうだ。これまでの報告を見る限り、一連の事件は一概いちがいの学校教師の仕業しわざではない』


 カズがメガネを直しながら言う。

「でしょうね。つまり、加美村学園の崩壊をもくろむ教師がNS機関に依頼して、これまでの事件を引き起こしていた、ということですね?」


『その通りだ。あのスマホの持ち主はNS機関の工作員の物と判明した』


 大志が「どおりで……クソッ!」と、いまいましそうに吐き捨てる。


 勝春も困った顔を見せる。 

「弱ったネ。バックにNS機関がついてるなんてサ……」


『うむ。それと、もうひとつ君達に悪い知らせがある』


 大志が「これまで良い知らせなんてあったか?」と、嫌味っぽく言う。


『まあ、そう言うな大志よ。これは現時点で判明している情報なのだが、敵は君達の存在に気付いたようだ。それで最強の『刺客』を送り込んでくるらしい』


 カズが「シカク、ですか……」と、呟いて静かに目を閉じた。


 大志は逆に闘志を燃やす。

「フン。望むところだ」


「それは厄介ですネ。で、どんなヤツなんです?」


 勝春の質問にマスターは淡々と答える。

「名前は『イワン・オトコフスキー』、年齢は君達と同じだ」


 大志が拍子抜けだと言った風に肩をすくめる。

「同い年? フン。なめられたもんだな」


『大志よ。油断するでない。情報ではかなりのやり手だぞ』


 その名前を聞いてカズが首を捻る。

「でも何で外人なんだろ? そいつは何者なんです?」


『名前から分かる通りロシア人、それも元ロシア軍の超エリートだ』


「ロシア軍!?」と、三人が同時に驚きの声をあげた。


『十五歳で少尉にまで昇進した極めつけのエリートだ』


 カズが信じられないといった表情で尋ねる。

「有り得ない……でも、そんな軍隊のエリートがなぜ?」


『問題はそこなのだ。なぜ元ロシア軍のエリートが刺客として送り込まれるのか? 君らの疑問はもっともだ』


 大志が「何か特別な事情でも?」と、怪訝な顔をする。


『そ、それがだな。そのぅ……つまり……』

 珍しくマスターの歯切れが悪い。

 何か言いにくいことでもあるのだろうか?


『つ、つまりだな。その、彼の性癖に問題があってだな、軍隊を追い出されたらしいのだ』


 カズが「セイヘキって……」と、意外な理由に絶句する。


『ま、何と言うか、その、それが危険な理由でもあるんだが、ま、君達も気をつけてくれたまえ』


 大志が呆れて言う。

「なんだ? はっきり言えばいいだろう」


『そうだな。では、正直に言おう。問題は彼の性癖。その、つまり徹底的な男色なのだよ』


「ああ……」と、カズが脱力する。


『あなどってはならんぞ! 彼は筋金入りだ。何しろ彼の所属した部隊は全員、その世界に引きずり込まれたという伝説があるぐらいだからな』


 勝春が顔を引きつらせながら呟く。

「そ、それも凄いですよネ」


『良いかね。絶対に彼と二人きりになってはいかん。力ずくでやられてしまうぞ』


 カズが「やられるって何を……」と、顔を強張らせる。


 最強の刺客『イワン・オトコフスキー』!


 マスターの話を聞いただけでは全くイメージがわかない相手だ。


 だが、この刺客がどのような妨害工作を仕掛けてくるのかは未知数だ。

 

 WEB会議の回線を切りながらカズがボヤく。

「何なんだろうね。最強の刺客って。何が最強なんだか……」


「なんか緊張感に欠けるよネ……」


 大志は「いかん。頭が痛くなってきた……」と、頭を抱える。


 そうはいっても敵は本気で攻撃を仕掛けてこようとしている。

 ということは決戦の日は確実に近づいているのだ……。

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