25 勝春の特技
放課後、菊乃は、夕暮の空を眺めながら途方に暮れていた。
はりきって情報収集を始めたものの、具体的にどう動けば良いのか分からず、調査が行き詰ってしまったからだ。
クラスの親しい友人、それと別なクラスの知り合い数人に「校内で賭け事してる人知らない?」と聞いて回っただけで、聞き込みはあっさり終わってしまった。
勿論、成果はなし。
(なんかアタシって友達少ないのかも……)
菊乃は少し落ち込んだ。
こうしてみると意外に自分の交際範囲が狭いことに気付かされる。
特に部活をやっているわけでもなく、いつも美穂子とつるんでいるうちに知らず知らずのうちに交友関係が限られてしまったのかもしれない。
(どうしよう。他の学年なんてもっと知らない人ばっかだし……)
菊乃が自動販売機前のベンチで独り考え事をしていると「菊ちゃん!」と後ろから声を掛けられた。
振り返ると勝春が立っている。
「どうしたのサ? そんなシケた顔してサ」
「うん……なんか全然、成果なくって」
「マ、焦ることないサ。大志も言ってたジャン。今回はそう簡単に情報は集まらないかもってネ」
「でもね。なんかアタシって友達少ないのかなぁ、なんて気がしてさ」
「ハハ。どうしたの? 随分、弱気だネ」
「アタシ、カッチーみたいに顔広くないし」
「別に友達は数じゃないデショ。例えばサ。電話帳に何十人登録したところで、本当に話したい時に話せる人は何人いるヨ? 人間、身体はひとつしかないんだから、親友なんてそんなにいっぱい持てないヨ」
「そっかなぁ……」
「あんまり深く考えないことだネ。本当の友達っていうものは、どんなに離れてたって仲間なんだからサ」
勝春の笑顔と夕焼けに染まったピンクの雲を見ていると菊乃の心も随分軽くなった。
「ありがと。やっぱカッチーは癒し系だね」
「そりゃどうも。いいホメ言葉だヨ」
そんな勝春の笑顔につられて菊乃の表情も明るくなる。
(やっぱカッチーには人を元気付ける才能があるんだなぁ。それが天然てトコがまた凄いんだけど)
菊乃は気分転換に思いっきり深呼吸をした。
そして、明日は質問を変えてもう一度、知り合いに聞いて回ろうと思った。
* * *
次の日の昼休み。
今日は屋上の一角で情報交換を行う。
まずは美穂子が独自に集めた情報を披露する。
「二年五組の福田くんはね。競馬が大好きなんだって。毎朝スポーツ新聞買って研究してるみたい」
「ほお」と、大志がやる気のない声をもらす。
「それからね。二年一組の辻内くん。株とかに興味あるんだって。なんだっけな。確か『ゲイ・トレード』とかいって……」
「ほお」と、またしても大志が適当な相槌をうつ。
そして美穂子の間違いを指摘する。
「それを言うなら『デイ・トレード』だろう。一日で何回もトレード、つまり株の取引をして利益をあげることだ」
「え? そうなの?」と、美穂子が真顔で大志の顔を見る。
大志は呆れ顔で突っ込む。
「男色家を交換してどうする?」
「え、なになに? ダンショクカってなぁに?」
話についていけず美穂子は少し焦った。
そこでカズがトホホ、といった表情で美穂子に説明する。
「あのね。森野さん。さっき『ゲイ』トレードって言ったでしょ。つまり、男色家っていうのは男が好きな男の人のことだから……」
「あっ!」と、言って美穂子は絶句した。
自分が何を言ってしまったかやっと理解できたらしい。
結局、美穂子が集めてきた情報の大半は、賭け事を好みそうな生徒に関するものだけだった。
一通りそれを聞いてからカズが感想を述べる。
「ありがとう森野さん。ただ、ギャンブル好きが必ずしも賭け組織のメンバーとは限らないからね。候補には挙げられるけど」
褒められたような、そうでないような気がして美穂子は複雑な表情を見せた。
確かに切り口は間違っていないと菊乃も思う。
だが、カズが言うことも分かる。
ギャンブル好きな生徒を片端からあたっていけばいつかはメンバーに当たるかもしれない。
しかし、それでは対象が絞りきれない。
もう少しプラスアルファの情報が必要なのだ。
次に大志が報告をする。
「俺は不良っぽいヤツを選んで片端から聞き込みをやってみた。ま、もともとこの学校には分かり易い不良ってのは少ないんだがな。だが、あいにくこれといった情報は得られなかった」
大志の聞き込みというのが、どういうものかは菊乃にもだいたい想像はできた。
(聞き込みっていうより脅迫に近いんじゃ……)
勿論、そんなことは口が裂けても言えない。
ようやく大志の顔をまともに見れるようになったばかりなのだ。
カズの方も大した成果はなかったらしい。
「ボクは顔見知りが少ないから主にネットで調べてみた。こないだの裏サイトとかを中心にね。でも当たりはなかったよ」
そこで大志が尋ねる。
「校長にきた情報源はあたってみたのか?」
「勿論。メールでの内部告発だったんだけどね。解析してみたけど無駄だった」
となると期待されるのは勝春の情報網だ。
しかし、勝春の口は重い。
「それがサ。イマイチなんだヨ」
カズが「どうしたの? 勝春らしくないじゃない。いいから聞かせてよ」と、続きを促すが勝春の歯切れは悪い。
「それがネ。情報は多いんだけどサ。全然ウラが取れなくて……ちょっと苦戦してるんダ」
大志が「フン。情報化社会の落とし穴だな」と、嫌味っぽく言う。
カズも珍しく弱気だ。
「そっか。やっぱり簡単にはいかないな」
最初の作戦会議でカズが
やはり秘密の組織というだけあって、賭け組織のメンバーは、みんな口が堅いのだろう。
そうでないとすぐにバレてしまうはずだ。
そこで、菊乃が恐る恐る口を開いた。
「もしかしたら……関係ないかもしれないんだけど、今朝聞いた話があるの」
カズが「どうぞ。何でもいいから話してみて」と、続きを促す。
「あのね。今日アタシが話を聞いたのは、一年の時に同じクラスだった女の子で友美って子なんだけど、同じクラスの彼氏が最近、変なんだって。例えば、デート中なのにしょっちゅうスマホチェックするようになったって」
そこで勝春が首を竦める。
「良くある話だネ。スマホでゲームとかやってるんじゃないの?」
「それならわかるよ。でも、友美の彼氏はスポーツ情報ばかり気にするようになったみたい。もともと運動部でもないのに。あと数字ばっかり見てブツブツ言ってるんだってさ」
菊乃の報告にカズが反応した。
「スポーツ、数字……それで?」
「でね。そのことで友美が怒ったらプレゼントでごまかされたんだって。結構、高いアクセサリー貰っちゃったから許したって言ってたけどね」
カズの顔が途端に活き活きしてくる。
「藤村さん。それ、当たりかも!」
「え? そっかなぁ」と、菊乃の方が困惑する。
カズは興奮気味に尋ねる。
「その子、他に何か言ってなかった?」
「うーん。どうかなぁ……あ、あと新聞ばっか読んでるって。スポーツ新聞」
そう答えながら菊乃もピンと閃いた。
「そっか! スポーツ新聞!」
大志が、ゆっくりと首を回しながら呟く。
「
勝春も菊乃の情報に関心を示す。
「なるほどネ。そっちからアプローチしたのか。やるネ、菊ちゃん!」
相変わらず話についていけない美穂子がだダダをこねる。
「なになに? ひょっとして私だけ? やだやだ! 分かるように説明してよ」
まぁまぁ、とカズがそれをなだめながら断言する。
「おそらくスマホだよ。賭けの方法は」
「ダネ」と、勝春が頷く。
カズは推理する。
「藤村さんの情報から推測するに、メンバーはスマホで特定のサイトにログインして賭けているんだろう。多分、その友美って子の彼氏はスマホでオッズをチェックしてたんだと思う」
「オッズてなぁに?」と、美穂子が、いつものように語句説明を求める。
いつものようにカズは
「賭け率のことさ。例えば、Aの勝ちに1.5倍のオッズがついてたとするよね。その時、Aが勝てばAに賭けてた人は掛けたお金の1.5倍の配当を受け取れるってことなんだ」
美穂子は「なるほど」と感心する。
勝春が首を傾げる。
「でもサ。高価なプレゼントしたってことは一発当てたらデカイってことだよネ? 何を対象にした賭けなんダロ?」
勝春の疑問に大志が答える。
「恐らくは何かのスポーツ、それも、ある程度勝敗がつきやすいもの……野球じゃないか?」
「ボクもそう思う。たぶんプロ野球だろうね。ただ、一試合ごとの勝ち負けじゃ大きな配当は期待できないだろうからセ・リーグ三試合の結果をまとめて当てるとかじゃないかな」
カズが推理するように、もしも三試合の結果を的中させることを賭けの対象とするなら勝ち負けの三乗、つまり8通りの組み合わせができる。
これならある程度の配当も期待できる。
がぜんやる気の出てきたカズが勝春に声を掛ける。
「勝春! 出番だよ!」
「わかってるヨ」と、勝春もすかさず返事をする。
カズと勝春のやりとりを見守りながら菊乃は、ダメもとで報告した自分の情報が思わぬ手掛かりとなったことに喜びを感じていた。
そしてチラリと大志の表情を盗み見た。
すると菊乃の視線に気付いた大志が小さく一言「でかした」と、言った。
(デカシタ? それって褒めてる?)
その一言で菊乃の鼓動がひときわ大きくなった。
大志が「ところで、なぜその情報に注目した?」と、聞く。
菊乃はちょっと考えてから答えた。
「口が堅いってことは、本人に聞くより周りの人に聞いたほうがいいかなって。で、彼氏がいる子にしぼって聴いてみたらどうかなって思ったの」
「なるほど。女の方が男の変化に気付き易いってことか。女ならではの発想だな」
(ゴッキーが褒めてくれた!)
大志が話しかけてくれた! そして褒めてくれた!
ただそれだけで菊乃の胸は、いっぱいになっていく……。
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