23 ささやかな祝勝会
加美村狩り事件が解決したので、五人で祝勝会をすることになった。
お祝いといっても、そこは少々過疎っている近所のレストランだ。
もちろん、お酒もなければ派手な料理も無い。
仲間だけのごくささやかな夕食会だ。
そんな中で、幹事をかってでた勝春は一人テンションが高い。
「サァサァ! みんな! どんどん好きなもの頼んでネ。遠慮はいらないヨ。なんたって今日は大志のおごりだからネ!」
それを聞いて大志が不満そうな顔をする。
「何で一番働いた俺のおごりなんだ?」
確かに加美村狩り事件で一番活躍したのは大志だった。
だが、勝春は屈託のない笑顔で言う。
「いいジャン! 儲かったんだし、太っ腹なトコ見せてやんなヨ!」
この夕食会は、勝春とカズの提案で実現した。
表向きの理由は、事件の捜査中に危険な目にあってしまった菊乃と美穂子を励ますことだった。
そしてもうひとつ、裏の理由は席順に隠されていた。
ひとつのテーブルに三人と二人で向かい合う。
まず菊乃を挟む形で大志と勝春がその両脇を固める。
そして対面にはカズと美穂子が並ぶ。
このところギクシャクしはじめた関係の修復というのが本当の目的ともいえる配置だ。
美穂子はカズと隣り合わせになって少し嬉しそうだ。
だが、今までのようにストレートな喜び方は見せない。
心なしか表情が曇りがちだ。
一方、菊乃は大志の隣の席ということに
それに対して大志は、菊乃が隣に座ると分かった瞬間、微かにそれを意識するような素振りを見せた。
しかし、その後はつとめて冷静を装った。
菊乃と大志の間には、お互いが相手の存在を認識しているのに、それに気付かないフリをしているような空気が流れていた。
カズは「ね。森野さんは何にする?」と、いつになく積極的に美穂子に話しかける。
美穂子は美穂子で、そんなカズの態度に少々、面食らっている。
「え? まだちょっと……」
カズはいつになく積極的だ。
「ボクはエビフライとハンバーグのセットにするよ。森野さんも同じのでいい?」
「あ、わたしエビは苦手……」
「そっか。じゃあラザニアとかパスタとか、軽めの単品にして、デザートをドーンといこうか?」
「そ、そうだね」
そう答える美穂子の笑顔にはまだ余裕が無い。
何しろあんな怖い目にあってしまったのだ。
公園で暴行されそうになったという事実。
ここ数日、美穂子と菊乃の表情が固いのも無理はない。
それを心配してカズと勝春は二人を元気付けようとしているのだ。
勝春はメニューを広げながら言う。
「オレは断然、ステーキだネ。大志はコロッケでいいんダロ?」
大志は腕組みしたまま首を振る。
「いや。ここのはカニクリームだから食わん。邪道だ」
大志が難しい顔をしてコロッケごときに「邪道だ」というものだから、それを聞いて菊乃は思わず吹いた。
「プッ……なんで? カニクリームだって美味しいよ?」
美穂子もつられて笑い出す。
「フフ。じゃあ、後藤君はカレーコロッケもダメなの?」
女子二人に笑われて大志が顔を赤らめる。
「も、勿論だ……牛肉とジャガイモのコロッケしか認めん」
大志の台詞に菊乃と美穂子が再び笑い出す。
自然とこみ上げてくる笑いには不思議な効果がある。
そこにカズと勝春が笑いの輪に加わることで、さらに場は和やかな空気に満たされていった。
結局、三時間ほど楽しくすごして夕食会はお開きになった。
お勘定は、予定通り大志が済ませた。
そこで店を出る時に勝春が皆を代表して礼を言う。
「いやぁ、悪いネ。でも、八万円も儲かったから平気だよネ?」
それを聞いて大志が、きょとんとする。
「八万? 何のことだ?」
「アレ? だって歯抜けの天然パーマから没収したんじゃなかったっけ?」
制服のエンブレムをパチンコ屋の換金所で現金化する現場を押さえた時に、大志はそれを没収していた。
しかし、大志は事も無げに言う。
「ああ、あれか。あれならコンビニの募金箱に突っ込んできた」
「ハ? マジで?」と、勝春が目を丸くする。
カズが苦笑する。
「悪銭身につかず。汚い金は持ちたくないんだよね。大志は」
「マァ、大志らしいけど……ちょっと悪かったカナ」と、勝春は反省する。
だが、肝心の大志は大して気にも留めずさっさと店を出てしまった。
「ホントにいいのかなぁ」と、気にする美穂子。
菊乃が言う。
「いいんじゃない。今更、ワリカンとか言ったら怒るんじゃないかな」
「そう? でも……」
「だったら、あとで別な形でお礼した方がいいと思う。その方がゴッキーのメンツもたつだろうし」
それを聞いて勝春とカズが「へぇ」といった風に感心した。
「菊ちゃん、よく分かってるネ」
「ボクもその通りだと思う。藤村さん、大志の性格が分かってきたんじゃない?」
二人に褒められて菊乃は照れ笑いを浮かべた。
「や、そういうワケでも……」
勝春達の笑顔を見ていると自然と心がなごんでくるような気がして菊乃は幸せな気持ちになった。
(まるでずっと昔からの仲間と一緒にいるみたい……)
それは美穂子も同じなようで、彼女の表情にも以前の明るさがだいぶ戻ってきた。
そんな風に心も満タンになって菊乃達はレストランをあとにした。
改札口の向こう側で菊乃と美穂子が三人に向かって「ありがと」「またね」と、元気よく手を振る。
カズと勝春は、「また明日」「気をつけてネ」と、二人の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
大志だけは一歩下がった位置で腕組みをしながらそんな様子を黙って眺めていた。
菊乃と美穂子が乗った電車が走り去る。
それを見送ってカズが頷く。
「さ。ボクらも帰ろうか」
「そうダネ」
そう言ってマンションに帰ろうとするカズと勝春を大志が呼び止める。
「おい、待てよ」
二人が足を止めて振り返る。
大志は少し怒ったような口調で尋ねる。
「どういうつもりだ? お前等も分かってるはずだろう?」
カズは大志の顔を見ながら冷静に答える。
「分かってるよ。事件が片付いたらこの学校ともお別れだってことぐらい」
大志は、大きく首を振った。
「理解できん。だったら、なぜ情がわくようなことをする? 今までこんなことは無かったはずだ」
勝春が軽くため息をつく。
「そうだネ……確かに今回は例外的だネ。でもサ。今回は彼女達に協力してもらってる手前、何らかのお礼がしたいっていうのがあったんだヨ」
カズが神妙な顔でフォローする。
「結果的にボクらのせいで怖い目に合わせてしまったからね。それに何ていうのかな。たとえ、短い間の付き合いだったにしても、彼女達にはボク等の感謝の気持ちを覚えておいて欲しいっていうか……」
「つまり、思い出作りってわけか?」と、大志のコメントは冷ややかだ。
カズの表情が「ま、まあ、そういうところだね」と、強張る。
大志はそっぽ向く。
「下らん。しょせん俺達は流れ者だ。下手に関わる方が、かえって傷つけることになると思うがな……」
大志とカズのやりとりを聞いていた勝春が「アレ?」と、何か思い出した。
「そういや大志。菊ちゃんにハンカチ返してないよネ?」
「うっ。そ、それは……」と、痛いところを突かれて大志が口ごもる。
「駄目ジャン。さっさと渡せばいいのに。せっかくのチャンスをサァ」
勝春に突っ込まれて大志がしどろもどろになる。
「いや、しかしだな、その、あの場で、ハンカチはちょっと、それに、タイミングが……」
カズが(ほらね)といった風に追い討ちをかける。
「ほら、そういう大志だって同じじゃないか。藤村さんに対する態度。いつもと違うじゃない」
「そ、それはだな」と、言いかけて大志は言葉を飲み込んだ。
否定すればするほど墓穴を掘ってしまうような気がしたからだ。
大志はポケットに忍ばせたハンカチの感触を確かめながら、心の隅にひっかかっている気持ちと菊乃の存在の関連性について考えてみた……。
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