22 謎の中年男
(あいつか?)
大志の緊張が高まる。
橋の上となると周りに隠れるところが無い。
敵はそれを見越してこんな場所を取引現場に選んだのかもしれない。
中年男性は長髪男に声を掛けて橋の中央で立ち止まった。
そして長髪男がポケットから何かのかたまり……おそらくは集めたエンブレムを渡す。
中年男性がそれを数え始める。
(今だ!)
大志はダッシュした。
大志の足音に気付いて中年男性が顔を上げる。
そして逃げようとするところに大志が追いついた。
「待ちやがれ!」と、大志が中年男の背中に手をかける。
すると意外なことに男はくるりと振り返ると大志に向かって攻撃を仕掛けてきた。
男のパンチを避けて大志がニヤリと笑う。
「ほお。やる気か? 望むところだ」
中年男は見た目、四十歳ぐらい。
少し小太りで白髪混じりの髪が若干、薄い。
どうみてもそのへんにいるようなオヤジにすぎない。
だからといって大志は容赦しない。
狙いを定めた左のハイキックを放つ!
『ズシッ!』と、手応えはあった。
が、男はそれを右腕一本でガードした。
「何っ?」
中年男に蹴りを止められて大志は驚いた。
(こいつ……)
すかさず中年男が大志の足元を狙ってローキックをうってくる。
右の軸足を蹴られては堪らないので大志は後ろに飛んでそれを回避する。
なおも中年男の回し蹴りが大志を襲う。
辛うじてそれをやり過ごし、反撃の右足ミドルキック!
だが、これも中年男が膝を高く上げてガードする。
明らかにこの男は格闘技に慣れている。
そう確信して大志は本腰を入れた左足のローキックをフェイント気味に二連発で繰り出した。
一発目は大志のつま先が、二発目に足の甲が男のふくらはぎにヒットする。
さすがに男が「ぐっ!!」と顔を歪める。
が、それでも右パンチを繰り出そうとしてくる。
その瞬間、大志はバク転しながら右足のつま先で男のアゴを蹴り上げた!
『シュゴッ!』と男の顎が跳ねあげられ、勢いで中年男は尻餅をつき、仰向けに倒れた。
大志のサマーソルト・キックが見事に決まったのだ。
動かなくなった男を見て大志は軽く息を整える。
そしてゆっくりと中年男に近づくと屈みこんで持ち物を調べた。
免許証か何か身分の判るものがあればと思ったからだ。
「さっきの身のこなし……こいつ。タダモノじゃない。いったい何者なんだ?」
そう呟きながら大志が中年男の上着のポケットを探っていると、ふいに男が目を開けた。
(な?!)と、大志が反応するより早く、男はいつの間にか手にしていたスプレー缶を大志めがけて噴射した。
「グッ!」と、素早く手でガードしたものの少し目に入ってしまった。
刺すような痛みが大志の左目を蝕む。
その間に中年男は大志を突き飛ばし、起き上がって走り去った。
「野郎っ!」と、大志もそれを追いかけようとするが足がふらついた。
中年男の後姿がどんどん遠ざかっていく。
大志は中年男の消えた方角をいまいましそうに睨みつけながら吐き捨てた。
「クソッ! 当たりが浅かったか……」
無理に追うことはしない。
おそらくこの先に車を停めているのだろうということは容易に想像できた。
ここは駅から離れすぎている。
それに目潰しのスプレーを用意していたぐらいの人間だ。
こういうケースを想定して何らかの準備をしているはずだ。
「……だ、だいじょうぶ?」と、長髪男が恐る恐る声を掛けてきた。
「少し目をやられた。この辺に公園はないか? できれば目を洗いたい」
「……あるよ。こっち」
長髪男の案内で大志は団地内の公園に移動した。
そして洗い場で左目を重点的に洗い流す。
(このピリピリするような痛みは唐辛子か……)
なかなか痛みが取れない。
大志が熱心に目を洗っているとポケットでスマホが鳴った。
「モーツァルトかよ」と、大志が濡れた手でスマホを取り出す。
発信者の番号が表示されているのを確認して大志が電話に出る。
このスマホはさっきの中年男からくすねたものだ。
『どういう事だ! 今、通達がまわってきたぞ!』
すぐにピンときた。
おそらくカズが校長に進言して上着を着て出歩くなという通達を回させたのだろう。
(ということは、この男は学校関係者だな……)
『また失敗とはな! とんだ無駄金じゃないか。あんたそれでもプロか?』
しばらく喋らせておいた方が得策だと思って大志はわざと低い声で「いや、それは……」と、口ごもった。
『まったく! こっちは時間が無いんだ。とにかくもうひとつの計画は大丈夫なんだろうな? 頼むよっ!』
そこで電話は切れた。
しかし着信履歴にはしっかり番号は残っている。
これだけでも大きな手掛かりだ。
大志は目のケアもそこそこに学校に戻ることにした。
取り合えず長髪男には二度とエンブレムの換金に応じないよう十分に言い含めておく。
「換金の仕事もこれで終わりだ。あの男は二度と現れんだろう。もし、あの男から連絡が合った場合は必ず俺に連絡しろ。いいな?」
「……わかった」
「一応、裏サイトの掲示板にはエンブレムの交換は中止だと書き込んでおけ。それでも換金しに来るバカがいたらその時も連絡しろ。俺がボコボコにしてやるから」
「……うん。そうする」
長髪男はあまり利口そうな人間ではないが、さすがにお金にならないことはやらないだろう。
それに加えて、あと何人か加美村狩りに加担した連中を痛い目にあわせれば噂にもなる。
そうなれば加美村狩りも自然に無くなるはずだ。
* * *
大志が学校に戻った時すでに授業は終わっていた。
大志が持ち帰った重要な手掛かりに勝春がグッジョブを送る。
「さすがだネ。おつかれさん!」
カズも目を輝かせる。
「このスマホは本部に送って解析してもらおう。それで色んなことが分かるはずだよ」
大志は、まだ痛むのか左目を気にする素振りをみせる。
それを見てカズが心配する。
「どうしたの? ケガかい?」
「いや。ちょっと催涙スプレーを食らった」
「珍しいネ。油断したんじゃない?」
「まあな。大した事はないんだが、まだちょっと涙が止まらん……」
三人がそんな会話をしながら階段を上っていると、上のほうから来た菊乃と出くわした。
身体がぶつかりそうになった。
それを避けようとした拍子に大志がバランスを崩す。
「ぐ、まだ目が……」と、大志が呻いたのを見て、菊乃が思わず手を差し伸べる。
そしてハンカチを大志の左目にあてた。
それは無意識に行われたごく自然な行為だった。
珍しく大志が「スマン」と、素直に礼を言う。
「あ…」と、菊乃が反射的にハンカチから手を離す。
大志が「おっと」と、それを落とさないように自分の手を添える。
一瞬、菊乃の手の甲に大志の手のひらが触れた。
手を引っ込めながら菊乃がぽつりと呟く。
「アタシの方こそ……ありがとう」
菊乃の視線と大志の視線が交錯する。
そんな光景を横で見ていたカズが「あ!」と、何か言いかけて言葉を飲み込む。
ちょうど、そこへ他の生徒達が階段を下りてきたので三人は上へ、菊乃と美穂子は下へと向かった。
大志はハンカチで目を押さえながらゆっくりと上へ。
菊乃はドキドキを隠すように胸を押さえながら下へ。
そんな二人がお互いに意識し合っていることは周りから見ればミエミエだった。
美穂子は菊乃の耳元に囁きかける。
「良かったね。ちゃんとお礼言えて」
「ん……そうだね」
昨日の夜、美穂子が大志に抱きついてお礼を言ったのに対して菊乃は『女性アレルギー』のショックで言いそびれていた。
面と向かって助けてもらったお礼を言いたい。
それは今、思わぬ形で実現した。
だが、大志にちゃんと伝わったかどうかは分からない。
(これでゴッキーがアレルギーじゃなければ素直に喜べるんだけど……)
菊乃は複雑な気持ちで、ちょっとだけ笑顔を見せた。
* * *
三人組はいったん教室に戻り、情報を整理してから校長に報告することにした。
大志の報告からすると、もう一息で今回の事件は収束に向かうと思われた。
「そういうわけで俺は今日明日、換金所に張り込んでくる。ノコノコと換金しにきたバカをボコボコにしてやらんとな」
「じゃ、オレは掲示板だネ。加美村を狙うヤツが二度と出ないようにあっちこっちに書キコしまくるヨ」
「そうだね。大変だけど念には念を入れた方がいいね。じゃあボクは押収したスマホの履歴を調べるよ。そのあと本部に送ることにする」
そこで勝春が大志に尋ねる。
「ケド、大志は電話で声を聞いたんだよネ? どの教師か分からないのかい?」
「それが……本気で分からん」
「ハ? 駄目だナァ。授業中に寝てばかりいるから」
「な!? お前に言われたくない!」
そこにカズが口を挟む。
「まあまあ二人とも。それは組織が調べてくれるはずだから」
大志は目にハンカチをあてたまま「これで一応、メドはついたな」と立ち上がって背伸びをする。
勝春は勢いをつけて立ち上がる。
「じゃ、クライアントに報告しに行きますかネ」
「そうしよう」と、カズもゆっくり立ち上がる。
そして三人は無人の教室を出て校長室に向かうことにした。
途中でカズが勝春にそっと耳打ちする。
「ね、気付いてたかい?」
「エ? 何がダヨ?」と、勝春が不思議そうな顔をする。
「ハンカチだよ。変だと思わない?」
「あ、そっか。そういえばそうだよネ」
カズが小声で続ける。
「アレルギー。出てないよね。ということはもしかして……」
「もしかするかもヨ」
そこで数歩先を歩いていた大志が振り返る。
「何だお前等。さっきから後ろでコソコソと」
カズがちょっとおどけた表情で「いや。何でもない」と、首を振る。
その隣では勝春がニコニコしている。
大志は二人の冷やかすような視線に背を向ける。
「ちぇ。何だよ。まったく」
スタスタと先を歩く大志。
それを見てカズと勝春は、しばらく黙っていることにした。
なぜなら女の子のハンカチを顔に当てていることに大志本人が気付いていないのだから……。
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