19 大志、大活躍!?
カズは美穂子と菊乃をそれぞれタクシーに乗せて送り出した後、厳しい顔つきで公園に戻った。
公衆トイレの脇では、大志が美穂子達を襲った二人組を厳しく尋問しているところだった。
大志の蹴りで失神していた二人組は意識を取り戻して並んで正座。
それを見下ろす形で大志が質問する。
さっきまでナイフを振り回していた連中が叱られた犬みたいにおとなしくしている。
カズが戻ってきたところで大志が「ダメだ。こいつらは雑魚だ」と吐き捨てる。
カズは大志の隣に立つと菊乃が発見したゴミ袋を金髪の鼻先に突き出した。
「これに見覚えはない?」
金髪がビクッと反応してゴミ袋を見つめた。そしてフルフルと首を振る。
カズはそれを見下ろしながら冷たく言い放った。
「本当に? もし何か隠しているようだったら後悔するよ。一生」
その言葉に二人組が怯えた顔を見せた。
かなりビビっているところを見ると大志の蹴りを心底恐れているのかもしれない。
金髪は必死で訴える。
「マジでホントっす! オレら先輩に言われて。いやマジで。タカツキ先輩に命令されただけなんす」
そこで大志がニヤリと笑う。
「ほお。そいつが加美村の生徒を襲えと指示した訳だな?」
ニット帽が、しどろもどろに答える。
「いえ。その。襲うとか、そーゆうんじゃなくって、その、制服集めて来いって言われて……」
「制服?」と、カズと大志が顔を見合わせる。
カズが改めてゴミ袋を二人に突きつける。
「だからこれがそうなんじゃない?」
金髪が顔を背けながら苦しい言い訳をする。
「そ、それ、オレらじゃないっす。マジ、ホントっす。はじめてなんスよ。今日言われたばっかなんっすから」
それを聞いて大志が舌打ちする。
「チッ。やっぱり、ウチの生徒を狙ってるのは、こいつらだけじゃないのか」
「みたいだね。どうする大志? 次はこの人達に指示したタカツキっていう先輩を締め上げることになると思うけど」
「だな。よし。お前等そいつに電話しろ。今すぐだ」
大志の命令に金髪とニット帽は顔を見合わせて、ニット帽の方が渋々とスマホを取り出した。
不良が正座したままスマホというのも間抜けな格好だ。
しばらくして電話が繋がる。
「あ、先輩っすか。ハイ。ツヨシっす……ええタツジも一緒っす」
金髪のタツジが心配そうにニット帽のツヨシと先輩のやりとりを見守っている。
「あ。いえ。まだ1枚も……ハイッ、スンマセン。ハイッ! でも……」
どうやら怒られているらしい。
ニット帽の背筋がピンと伸びてくるのが妙に滑稽だ。
そこで大志が突然、ニット帽のスマホを取り上げた。
そして代わりに通話する。
大志は含み笑いを浮かべて相手を挑発する。
「おい。このヘタレ野郎。お前、ちょっと出て来いよ」
その言葉で相手が逆上したのだろう。
大志が(うるせえな)といった風にスマホを耳から遠ざける。
そして頃合いを見計らって宣戦布告する。
「とにかく今から来い。相手になってやるから。で、場所はだな……」
大志はこの公園の場所を告げて電話を切った。
そして不敵に笑う。
「さて。何人集められるかな?」
そんな大志を見てカズが心配する。
「一人で大丈夫かい? ボクも残ろうか?」
「いや。お前は帰って勝春と分析でもしててくれ」
「分かった。無理はしないでよ」
これ以上この二人組を拘束していても意味が無いので開放してやることにした。
「よしお前らは用済みだ。帰っていいぞ」
大志の言葉に二人がカクカクと首を縦に振る。
そしてフラフラと立ち上がると、痺れる足を引きずりながら大志たちの前から姿を消した。
それを見てカズが尋ねる。
「ちょっと、やりすぎじゃないの?」
「なに。あの後、一発ずつ足にお見舞いしてやっただけだ」
「でも相当、怯えてたじゃない。足引きずってるし」
「問題なかろう。ちゃんと自分の足で歩いてるじゃないか。明日の朝どうなるかは保証できんがな」
大志のローキックがどれほど強烈かはカズもよく知っていたので、しばらくは足が腫れ上がってしまうことは容易に想像できた。
「女を襲うようなクズには当然の報いだ」
そう言って大志が首を鳴らす。
「へぇ。意外にフェミニストなんだね。女性アレルギーのくせに」
「フン……」
「てっきり藤村さんが襲われたから怒ってるのかと思ったよ」
「な! お前まで言うかっ!」
カズにからかわれて大志は少し顔を赤らめる。
「チッ。いいから早く帰れ。奴らが来るぞ!」
その後、カズが先に帰ってしまったので大志はひとりで公園に残ることにした。
待っている間、大志は公園の真ん中に陣取り精神統一をする。
20分ほど経って、やたらと雑音の混じるバイクの音が近づいてきた。
と、思ったら公園の敷地内に原付バイクが数台なだれ込んできた。
その数六台。二人乗りのものもあるので集まってきたのは総勢八人。
おまけに、どいつもこいつも悪そうな連中だ。
「ほお。短時間にしてはよく集めたな」と、大志がその様子を眺める。
その表情に焦りや恐怖は微塵も無い。
むしろワクワクしているような雰囲気さえある。
ゾロゾロとバイクを下りてきた連中が大志の前にずらりと並ぶ。
中にはバットを持っている者もいる。
その中で、真ん中の一番頭の悪そうなモジャモジャの天然パーマの男が甲高い声でどなった。
「おひっ! てめぇか? さっきの電話は?」
大志はポケットに手を突っ込んだまま冷静に口を開く。
「お待ちしてましたよ。タカツキ先輩」
この状況でまったく動じない大志の態度に天然パーマがキレた。
「ブチ殺す! かならずブチ殺すっ!」
大志が鼻でせせら笑う。
「フン。たった八人でか? 舐められたもんだな」
それを聞いて天然パーマが「じゃけんなっ!」と、殴りかかってきた。
そして、それを合図に両者がぶつかり合った。
普通、町中の公園で乱闘騒ぎなど起こそうものなら、すぐに警察に通報されてもおかしくはない。
しかし、三分もかからず騒動が収まってしまったので、辺りは元通りに静かになった。
静まり返った公園内でザコ寝している八人の不良少年達。
それを見下ろしながら大志がパンパンと制服のホコリを払う。
辛うじて失神を免れた者達の呻き声が、嫌な合唱となって低い位置から聞こえた。
大志は地面に這いつくばる天然パーマの所まで歩み寄り「おい。何、気絶したフリしてるんだ?」と、モジャモジャ頭をワシ掴みにして無理やり顔を引き上げた。
「お前には聞きたいことがあるからな。手加減したはずだが?」
「い、痛ででで……」と、天然パーマのタカツキが顔をクシャクシャにする。
天然パーマはうっすら目を開けて呻いた。
「う……か、カンベンしてくらしゃい」
大志が顔を顰める。
「お前、口臭がひどいぞ。それになんだ。その歯は?」
「しゅ、しゅいましぇん」
只でさえ歯がほとんど無いのにビビっているせいか何を言っているのかさっぱり分からない。
大志は髪を掴んだまま無理やり天然パーマを立たせた。
「とりあえず場所を変えるぞ。ついて来い」
こうして大志は天然パーマを連れて公園を後にした。
* * *
マンションに戻ったカズは、リビングで勝春がスマホ片手にPCとにらめっこしているのを見て「電気ぐらいつければいいのに」と、照明のスイッチを押した。
ぱっと明かりが点いて、勝春はキーボードを叩いていた手を止める。
そして通話しながらカズに向かって軽く手を上げる。
「……そっか。情報ありがとネ。ウン、また何か分かったら教えてヨ」
勝春が電話を切るのを待ってカズが尋ねる。
「そっちはどう? 情報、集まってる?」
「思ってたより多いネ。いちいちメモとってらんないからこうやって直接PCに打ち込んでるくらいサ」
「多いって何件ぐらい?」
「今のところ21件だネ」
「21件! それは酷いな」
「ダロ? 入力が追いつかないぐらいだヨ。見るかい?」
「うん」と、カズがPCを覗き込む。
勝春が画面を指差しながら説明する。
「ほらネ。やっぱりこの三日間に集中してるヨ」
勝春のまとめたデータには事件の発生日時や被害者の名前・学年、それから犯人の特徴が記されている。
カズは画面をスクロールさせながら呻いた。
「うーん、これは……やっぱり犯人は複数犯か」
勝春がカズの手にしていたゴミ袋を見る。
「ところでサ。それ何?」
「ああ、これね。藤村さんがT台駅の近辺で偶然発見したんだ」
「T台駅? そういえば何件か襲撃があった駅だネ。てことは、何か事件と関係あるのかナ?」
そこでカズはゴミ袋を開いて中味を検証することにした。
菊乃の報告通り、袋の中には上着らしき衣類が四着入っていた。
見た感じ加美村学園の制服のようだが、どれもボロボロに切り裂かれている。
「うわっ酷いネ! ボロボロじゃないか」と、勝春は顔を顰める。
「そうだね。わざと切り刻んでるみたいだ。幸い、血は着いてないみたいだけど」
勝春が上着のひとつを摘み上げながら言う。
「ウエ、まさかこれが目当てだってことはないよネ?」
「いや。そうかもしれないよ」
「マジで? 何の為だヨ?」
「ほら……胸のところ。ここにあるべきものが無いでしょ」
カズに言われて勝春がハッとする。
「そっか! エンブレムだネ?」
ジャケットの胸元に付いているはずの加美村学園のエムブレム。
それが切り取られている。
カズがこくりと頷いた。
「ね、勝春。ここに出てる被害者を、もう一度その線で洗ってもらえないかな?」
「そっか。それは気がつかなかったナ。発生場所とか犯人像とかばっかりに気を取られてたヨ」
カズは断定する。
「加美村の生徒たちを襲った連中は、このエンブレムが目的なんだろうね。何らかの理由で……」
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