20 天然パーマとコロッケパン

 その頃、大志は歯抜けの天然パーマを連れて駅前商店街を歩いていた。


 天パーの真後ろを歩く大志が低い声で尋ねる。

「おい。本当に間違いないんだろうな?」


「ひ、ひゃい。ホントでひゅ」

 相変わらず歯抜けの天然パーマの言葉は滑舌が悪くて聞き取りにくい。


 大志が呆れる。

「お前、マジで歯医者に行った方がいいぞ……」


「ひ、ひゃい。しゅみましぇん」

 不自然に歯が無いせいか天パーの返答はふざけているようにしか聞こえない。


「どうでもいいが、よく考えろ。歯は大事だぞ」

「ひゃい。あ、もうすぐでひゅ」


 天パーの案内で二人は、とあるパチンコ屋の前まで来た。

 そこで天パーは「あっちでひゅ」とパチンコ屋の三軒となりの小さな建物を指差した。


「あそこが換金所か。よし。行くぞ!」

 大志は天パーのすぐ後ろに立ち、ぴったりマークしながら換金所に向かった。


 途中、道ゆく人々が二人の姿を見て一様に目を丸くした。


 無理も無い。見るからに問題のありそうな天然パーマの不良と、やたら背の高いツンツン頭が『電車ごっこ』みたいに密着して通りのド真ん中を歩いているのだ。


 換金所というのは、客がパチンコの出玉と引き換えに得た景品を店外で換金する施設なので、防犯上、客と接する窓口には目隠しがされている。

 その為に中の様子は伺えない。


 大志に促されて天パーがポケットから加美村学園のエンブレムを数枚取り出す。

 そして窓口の手前に設置されている引き出しのような小箱にそれを置いた。


 すると引き出しが、すっと分厚いガラスの向こう側に引っ張られ、しばらく沈黙する。


 その後、引き出しが、こちら側に押し出されて元の位置に収まる。

 その中には数枚の一万円札が『さっさと持って行け』という風に置いてある。


「どうも」と、天パーがそれを手にしたところを大志が後ろから取り上げる。

「1、2、3……8万円。一枚につき一万円か」


 天パーは抵抗しても無駄と分かっているのか、お金を取られても文句ひとつ言わない。


 大志は半ば呆れ顔で天パーに尋ねる。

「確かにボロい商売だな。一体、こんなバイトどこで知ったんだ?」


「う、うらシャイト……」

「シャイト? もしかして裏サイトのことか? ちょっと見せてみろ」


 言われるままに天パーがスマホを取り出してHPにアクセスする。

 そして「これでひゅ」と、その画面を大志に見せる。


 天パーの話によると、このサイトには、このあたりの学校でワルとされている連中が好んで利用する掲示板があるらしい。

 中味がろくでもないことは容易に想像できた。


 だが、実際に『カミムラ狩りぼしゅう! きぼうするヤツは↓へメール!』という、ひらがな重視の書き込みを目の当たりにすると、さすがの大志も表情が険しくなった。

「で、お前もこれに応募した訳だな?」


「ひゃい。しょうでちゅ」


「とうとう赤ちゃん言葉かよっ! たく。にしてもこんなのを真に受けたバカが少なからず居ることは間違いないようだな」


 つまり、加美村学園の制服についているエンブレムをこの換金所に持っていけば一枚につき一万円で買い取ってくれるというのだ。


 それをこの裏サイトで宣伝することで、この事件の黒幕は実行犯を集めたに違いない。

「てことはあの換金所の中に黒幕がいるってことか……」


 とはいえ換金所を襲撃する訳にはいかない。

 それでは強盗と間違われてしまう。

 仕方が無いので大志は換金所の中にいる人間が出てくるまで張り込むことにした。


「おい。お前。パンと牛乳買って来い」

 そう言って大志は先ほど取り上げた八万円から一枚万札を抜いて天パーに持たせた。

「いいか。コロッケパンだ。うまいのを頼む」


「ひ、ひゃい。分かりまひた」


「それを買ってきたら解放してやるからな」

 その一言で天パーが嬉しそうな顔を見せる。

 意外に素直に大志の言うことを聞くものだ。


 天パーは一万円を握り締めて商店街の雑踏に向かってダッシュした。


 そして、十分ほど経ってから息を切らせながら戻ってきた。

 が、なぜかどっさり入った袋を両手に持っている。


 それを見て大志が「お前、何個買ってきたんだ?」と、天パーを睨む。


「じゅ、じゅ18個でひゅ!」

「たわけ! 大食い選手権じゃないんだぞ!」


「しゅみましぇーん」


 結局、大志は二つだけコロッケパンを取って残りは天パーにくれてやった。

「お前はもう帰っていい。ただし、大ケガしたくなければ加美村狩りは止めることだな。仲間にも宣伝してまわれ。いいな?」


 大志にそう言われて天パーは何度も頭を下げながら夜の町並みに消えていった。


 もしかしたら天パーのようにエンブレムを換金しに来る奴が他にもいるかもしれないと考えたが、換金所にはパチンコの一般客がパラパラと訪れるだけだった。


 そのまま何事も無く、二時間近く待たされてしまった。


 そしてようやくパチンコ屋が閉店し、店員が二人、換金所にやって来た。

 彼等は換金所の裏に回り、しばらくして中の人間と一緒に出てきた。


 おそらく、景品やお金を店の金庫に戻すのだろう。

 大志は待った。換金所から出てきた男が一人になるのを。


 二人組の店員は店に戻り、換金所から出てきた男が一人になったところで、大志は行動を開始した。


「そこのアンタ。話があるんだが」


 そう大志に声を掛けられて、換金所から出てきた若い男がポカンとした顔で立ち止まった。


 この男、何となく目はうつろで、つやの無い髪が肩まで伸びて汚い感じがする。


 男は大志の顔をしげしげと眺めてから口を開いた。

「………お金なら、無い。………店長が、持ってった」


 ずいぶん反応が鈍い奴だなと思いつつ大志が首を振る。

「違う。強盗じゃない。だいたい学校の制服を着て強盗するバカがどこに居る?」


 そこでまた数秒の沈黙。

「……ああ……そっか」

 やはり男の反応が鈍い。


「俺が聞きたいのはこのエンブレムのことだ」

 大志は自分のジャケットの胸についているエンブレムを指して相手の出方を伺う。


 しかし、この長髪の男、頭の回転が相当に悪いようで、すぐには理解できないらしい。

「……ああ。それ。それね」


「お前が掲示板に書き込んだんじゃないのか?」


 長髪の男からはすぐに返事が返ってこない。

 どうやら大志の言葉を理解するのに五秒、自ら発する言葉を選ぶのに五秒ぐらいかかるらしい。


「……けいじばん?」

 大志に問い詰められても『きょとん』としているところをみると本当に何も分かっていないのかもしれない。


 少しイラつきながら大志が再度、質問する。

「だから! お前がエンブレムを一枚一万円で買うといって人を集めてたんじゃないのか?」


「……知らない……てか、頼まれた」


「頼まれた? じゃあお前は言われた通りに換金してただけってことか?」


「……うん」


 どうやらウソはついていないようだ。

 大志はしばらく考えてから長髪男に言った。

「では、集めたエンブレムはどうするんだ?」


「……交換する。頼まれた人と」


「いつ交換するんだ?」

「……あした。一時」


「場所は?」

「……わからない」


「は? 場所が分からなきゃ待ち合わせできんだろうが!」

「……携帯に、電話。かかってくる」


「何だ。そういうことか。よし。じゃあ明日の十二時半にお前、ここの駅に来い」

「……嫌だ……めんどくさい」


 その途端『シュッ!』と風を切る音がして大志の左ハイキックが長髪男の顔面でぴたりと寸止めされた。


 が、長髪男はポカンとした表情で立ったままだ。

 そして五秒後に「……わ、何すんだ?」と、後ずさりした。

 やっぱり反応が鈍い。


 うんざりしながら大志が足を下ろす。

「とにかく明日十二時半だ。分かったな?」

「……い、行く」


 大志は念のために長髪男の携帯番号を控えていったん引き上げることにした。


 この男で本当に大丈夫かという不安はあったものの、今のところ手掛かりはこれしかない。


 長髪男と別れ、家路につくために大志がタクシーを拾った時にはすでに日付が変わっていた。

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