15 新たな事件発生?

 特進クラスの事件は、その背景にある重複受験による進学実績の水増しや担任の教材会社との癒着について、校長がしかるべき措置を取ることを約束してくれた。


 その結果、この件は無事に解決したので、三人組は学食で一息ついていた。


 昼食をとる三人組の隣では菊乃と美穂子が、お弁当を広げている。


 菊乃は、コロッケ定食を食べている大志をチラ見しながら考える。


 なぜか大志は食事をする時の姿勢がいい。

 背筋をピンと伸ばして優雅にお箸を操り、おごそかに黙々もくもくと食す。

 まるで茶道部の部員が、お茶菓子を食べる時みたいに大志はコロッケ定食を食べる。


「ゴッキーってさ。何でいつもコロッケ定食なの?」


 菊乃が聞いても大志は返事をしない。

 食べている時は殆どしゃべらないのだ。


 仕方なく菊乃が話題を変える。

「ね。カッチーもカズ君も食事とか、どうしてんの? お昼は学食があるけど晩御飯は困るんじゃない?」


 勝春がナポリタンのピーマンを丁寧ていねいに皿の端にけながら答える。

「ン~、まぁ適当だよネ。外食とかコンビニ弁当が多いカナ?」


 菊乃が顔をしかめる。

「それじゃ、栄養が偏ったりしない? 身体に良くないよ」


 すると勝春は、人懐ひとなつっこい笑顔で言う。

「ヘエ、なら、菊ちゃんが作りに来てくれるトカ?」


「あ、アタシはダメだよ。料理とかメチャ下手だし……」


 そこで美穂子が、カズにアピールする。

「ね。カズ君は何が好き? 私、料理は得意なんだよ!」


 しかし、肝心のカズは隣席の会話に気をとられていて美穂子の質問には「テリヤキ・バーガーかなぁ」と、生返事なまへんじだ。


 それを聞いて美穂子が複雑な顔をする。

 いくら料理が得意でも、さすがにテリヤキ・バーガーで料理上手を見せつけるのは難しい。


 カズは、しきりに周りのテーブルを気にしている。

 他人の会話に聞き耳を立てているようだ。


 菊乃が不思議に思って尋ねる。

「どうかしたのカズ君? さっきから周りを気にしてるみたいだけど?」


「ん? ああ、ちょっとね」

 そう言ってカズは『ちょっと聞いてみなよ』といった風に視線を隣のテーブルに移した。


 それを受けて菊乃達も隣の様子を伺う。


 隣席は男子の二人組。たぶん三年生だ。

「マジかよ。今井もやられたのかよ?」

「これでウチのクラスだけで四人だぜ」


「まじかよ! それ酷くね?」

「だろ? 他のクラスも結構やられてるってウワサだし」


「で、金とか取られたの?」

「二千円ぐらいだってさ。小銭まで持ってかれたらしい」


「せこっ! でも、そんなんで、よく許してくれたよな」

「言われたとおりに差し出せば殴られなかったってよ。案外、いいヤツなのかな?」


 そんなやり取りを聞いて菊乃が呆れる。

 カツあげする人間が『いいヤツ』なわけがない。


 コロッケ定食を食べ終わった大志が手を合わせて軽く一礼をする。

 そして一言。

「また何か始まったようだな」


 大志は、ちらりと隣を眺めてからカズと勝春に目配せした。


 勝春とカズが分かってるといった風に頷く。

「みたいだネ。なんだか事件の匂いがするナ」


 カズの眼鏡の奥の目が鋭くなる。

「もしかしたら早々にボクらにお呼びがかかるかもね」


 ちょうどその時、校内放送が入った。


〔……以下の三名は至急、校長室まで来てください。二年三組タガワカツハル君、イワタカズナリ君、ゴトウ……タムシ君〕


 それを聞いて菊乃が間違いに気付く。

「あれ? 今、後藤タムシ君とか言ってなかった?」


 カズが同意する。

「うん。ボクもそう聞こえた」


 皆の視線が大志に集中する。


 それに気付いた大志が居心地悪そうに咳払いをした。

「エヘン。そ、そんなバカな。き、聞き間違いだろう」


 そこで、もう一度、呼び出しの放送が繰り返される。

〔繰り返します。以下の三名は……〕


 今度は集中して聞いてみる。


〔……イワタカズナリ君、ゴトウタムシ君〕


「やっぱり~!」と、菊乃が大志を見る。


 勝春も「タハハ、それにしても『タムシ』は酷いよネ」と、苦笑いだ。


 カズは笑いを押し殺して大志の顔色を伺う。


 美穂子が気の毒そうな顔をみせる。

「タムシって、田んぼに居る虫のことでしょ?」


 カズが苦笑い気味に解説する。

「いや、脇の下とか股間の蒸れやすい場所が痒くなる皮膚病のことだね」


 勝春が補足説明する。

「男に多いんだってネ。恥ずかしいところが痒くなるンだヨ」


 何とも言えない雰囲気に大志が声を震わせる。

「ご、後藤タムシなどという者は断じて居ないっ!」


 カズがゆっくり立ち上がって「さ、行くよ」と、二人を促す。

 それを合図に勝春が「ウン」と、力強く頷いて立ち上がる。


 しかし、大志は、立ち上がるどころか腕組みしたまま、じっと動かない。


 それを見てカズが呆れる。

「さ、大志も行くよ。気持ちは分かるけどさ」


 勝春は大志の肩のあたりを肘で軽く押す。

「早く行こうヨ。一応、緊急みたいだしサ」


 大志は一点を見据えたまま呟く。

「後藤タムシなどという者は居ない。断じて……」


 ふてくされる大志を見て菊乃は(そんなことでスネちゃうなんて可愛いトコあるじゃない)なんてことを考えていた。


 結局、カズと勝春に説得されて大志も校長室に向かうことになった。


 おそらく、今、生徒たちの間で噂になっている連続カツアゲ事件について、正式な調査依頼があるに違いない。


 一方、食堂に残された菊乃は、静かに闘志を燃やしていた。


(よし! 今度こそアタシも活躍しなくちゃ!)


 これまで三人組が事件を解決するのを見守っているだけだったが、なにか役に立ちたいと菊乃は思った。


    *    *    *


 校長室に入ってきた三人の顔を見るなり、校長は深刻な顔つきで切り出した。

「実は大変な事態になっているのだ」


 すかさずカズが尋ねる。

「この学校の生徒が、あちこちで暴行を受けているらしいですね」


 校長が感心する。

「むう。さすがに情報が早いな」


「もうウワサになってますヨ。早いトコ手を打たないとまずいですネ」


 校長が項垂うなだれる。

「ああ。その通りだ。実に、ここ四日間で11件も似たような事件が起きておる」


 それを聞いてカズが顔をしかめる。

「多いですね。しかも報告があっただけで11件。てことは実際には、もっと多いってことでしょうね」


 校長は苦悩する。

「うむ。確かに氷山の一角かもしれん。いずれにせよ異常な数字だ。なぜ、うちの生徒達がそんな目に? 訳が分からんよ」


 大志が頭を掻きながら尋ねる。

「で、警察には?」


「勿論、届け出た。警察も首を捻っておったよ。他の学校では、こんなことはないそうだ」


 大志の目つきが鋭くなる。

「つまり、うちの生徒を狙い撃ちってことか……」


 カズが校長に心当たりを尋ねる。

「この学校が特に狙われる理由は? 例えば最近、他校との間で大きなトラブルがあったとか?」


 校長は首を振る。

「いいや。それは無いと思う」


 勝春が髪をかき上げながら呟く。

「なるほどネ。てことは、やっぱり何者かが意図的にこの学校を狙ってるってことですよネ」


「むう。そうとしか考えられん。悪いが早速、君達に対応を頼みたい」


 それを受けてカズが、ゆっくり頷く。

「分かりました。では、報告のあった11件。詳しい資料を頂けますか?」


「ああ。コピーを用意してある」


 校長に手渡された資料をパラパラめくりながらカズが呻いた。

「これは……幸い、大ケガをした生徒はいないみたいですけど、殴られたり蹴られたりナイフで脅されたり……結構、悪質ですね」


「うむ。しかも相手は皆どこか他校の生徒らしいのだ」


 勝春が横から資料を覗き込む。

「アララ。けど、学校同士の抗争って訳でもなさそうですネ」


 抗争と聞いて大志が反応する。

「フン。漫画じゃあるまいし。今時、流行らんだろ。そんなもん」


 カズが「フゥ」と一息ついてから校長の顔をじっと見た。

「ある意味、本当の敵が、いよいよ本格的に攻めてきたってところですかね。ボク達も気を引き締めてかからないと」


「うむ。そうだな。気をつけてくれたまえよ。相手は暴力的な手段に出ている」


 校長の警告を聞いて大志がニヤリと笑う。

「望むところだ」


 最後にカズがまとめる。

「今回のミッションは、加美村学園を狙った同時多発テロの犯人を捕まえること。で、よろしいですね?」


「うむ。その通りだ。頼んだぞ。ミステリー……」


「ボーイズ」と、勝春が校長の言葉に先回りする。


「うむ。そ、そうだったな。また複数形のSを付け忘れるところだった。申し訳ない」


 こうして早くも三つ目の事件が発生してしまった。

 

 休むもなくミステリー・ボーイズの任務がスタートする……。

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