14 馬面の逆襲?

 結局、ズボンを履き替えるためにマンションに戻った大志は、事件解決の場面に間に合わなかった。


 カズ、勝春、菊乃、美穂子の四人で校門に向かう。


 菊乃が背伸びしながら微笑む。

「でも、良かったよねぇ。一件落着で」


 だが、カズが首を振る。

「いや、まだだね」


「え? 何でよ」と、いぶかる菊乃。


 カズは厳しい表情で言う。

「かえって、はっきりしたよ。やはり何者かが、悪意を持ってこの学校を狙っているって事が」


 その言葉に菊乃と美穂子が、ハッと顔を見合わせる。


 勝春は欠伸しながらコメントする。

「だネ。まだ『ミドリ』と『アキラ』をあの二人に、けしかけた黒幕が見つかってないんだからネ」


「そう。勝春の言う通り、終わったことにはならないよ」

 カズの言葉に楽勝ムードが一転、重苦しい雰囲気になってしまった。


 校門を出て歩きながら四人は、それぞれに次の展開に思いを馳せていた。


 と、その時、四人の進路に何者かが立ち塞がった。


「よお。イケメン君」


 ハッとして四人同時に声の主を見る。


 その顔を見て菊乃が驚いた。

「き、昨日の!」


 待ち伏せしていたのは昨日、高井久美子を無理やりラブホテルに連れ込もうとして勝春に腕を捻じり上げられた馬面うまづらホストだった。


 菊乃は恐る恐る横目で勝春の顔を見上げた。


 しかし、勝春は平気な顔。

 それどころか、また欠伸をしようとしている。


 馬面ホストは、勝春をなめまわすように見て猫なで声を出す。

「昨日はどうも~。いやぁ、きっちりお礼をしとかないとねぇ」


 それを聞いて勝春がジロリと鋭い一瞥をくれる。

「そっちから来てくれるなんてネ。手間が省けたヨ。アキラさん」


「はぁ? このガキッ! なんで俺の名前を!?」


 馬面ホストが勝春の襟を掴もうと一歩前に出た瞬間、路上に駐車してあったワンボックスカーから三人の男達が降りてきた。


 カズが菊乃と美穂子に「下がって!」と指示する。


 はじめての体験に菊乃はパニックになる。


(こ、これが、いわゆるお礼参りってヤツ? ヤバイよ!)


 相手は合計四人。

 見たところ皆、ダークスーツを着ている。

 おそらく馬面ホスト『アキラ』の仕事仲間なのだろう。


 勝春はともかく、カズは大丈夫なのか菊乃は心配になった。


 美穂子はオロオロしながら周りを見回すが、校庭のへいと大通りに挟まれたこの場所は人通りがまったく無い。


 馬面ホストが「ごぉらぁ!」と、奇声を上げながら勝春に殴りかかった。


 それを合図に残る三人が加勢する。


 カズは菊乃と美穂子を守るように一応ボクシング・スタイルで構える。

 だが、すぐにホスト軍団の二人に捕まって、揉みくちゃにされてしまう。


 明らかに形勢は不利だ。

 

 菊乃は焦った。助けを呼ぶにも声が出ない。

 こんな時こそ大志の出番なのだが……。


(なんで、こんな肝心なときに居ないのよぅっ!)


 勝春は馬面ホストのパンチを、ひらりひらりとかわすが、もう一人に羽交い絞めにされ、動きを封じられてしまう。


 カズは簡単に転がされて二人がかりでケリを入れられる。


「やめてぇ……」と、美穂子が悲鳴をあげようとしたその時……菊乃の視界の端から黒い物体が飛んできた。


 その物体は、地面に平行な形で真横に飛び、カズにケリを入れていたホストの顔面にぶつかった! 


『ゴッ!』という鈍い音がしてホストの頭が変な風に曲がる。


「ゴッキー!」と、菊乃の目が輝く。


 両足のとび蹴りをホストの顔面にくらわせた大志は地面に着地し、立ち上がりながら、なおも回し蹴りを、もう一方のホストにお見舞いする!


 きれいな弧を描いて大志の左足がホストの顔面を刈る!

 

 まさに一撃!


 大志が、すっくと真っ直ぐに立ち上がった代わりに、カズを攻めていた二人が地面に転がっていた。


 勝春を羽交い絞めにしていたホストがそれに気付く。

 そして勝春を離して「て、てめぇ~!」と、叫びながら大志に向かって突進する。


 それを呼び込むように大志が足を高く振り上げる。


(あ、あの技!)と、菊乃が思い出した瞬間、振り下ろされた大志のカカトが突進してきたホストの脳天に炸裂した。


『ゴツッ!』と、いう音とともに前のめりに倒れるホスト。

 だが、それを見下ろす大志は息ひとつ乱していない。


 馬面ホストが大志の足元に転がる仲間達を見て唖然とする。

 そしてヤケクソ気味に「くぉらぁ!」と、大志に向かってダッシュする。


 それに合わせるように大志の身体が、すっと馬面の方へ寄った。


 そして空中に身体を投げ出すような形でフッと沈んだと思いきや、頭を下にして側転し、まるで扇子をバッと開いた時のような軌跡を描いてその長い足を馬面にめり込ませた。


『ガゴッ!』という痛々しい音! 


 見たこともない動きに菊乃は、すっかり見とれてしまった。

(何? 今のキックは?)


 いつの間にか立ち上がっていたカズが「浴びせ蹴りだ!」と、興奮した。


 馬面ホストが倒れたところで戦いはあっさり終了した。


 結局、大志が一人一発、合計四発の蹴りでホスト軍団を文字通り蹴散らしてしまった。


 あっという間の出来事に菊乃と美穂子は感動すらおぼえた。


 大志に近づきながら思わず菊乃が尋ねる。

「ゴッキー凄くない? 圧勝じゃん?」


「当然……」と、何事もなかったかのように大志がポンポンと制服をはたく。


「ね、でもゴッキーって何でいつもキックばかりなの?」


「美学……」

 大志の回答に菊乃は口をあんぐり。

(格好良いんだけど、美学? 何ソレ……)


 勝春が大志に礼を言う。

「助かったヨ。さすがダネ!」


 カズがお腹のあたりをさすりながら文句を言う。

「遅いよ。ていうか、どこ行ってたんだよ?」


「すまん。ズボンを履き替えていた」


 大志の回答にカズが苦笑しながら首を振る。

「やれやれ。でも、何でここが分かったんだい?」


「GPS。昨日のターゲットが近くに居るのを、たまたま発見したからだ」


 それを聞いて勝春がきょとんとする。

「ア! そっか……ホントだ。こいつ。昨日と同じスーツ着てるヨ! 汚いナァ」


 そんな三人のやりとりを眺めながら菊乃はホッと胸をなでおろしていた。

 その一方で、さっきから胸の鼓動が止まらない。

 その原因ははっきりしていた。それは大志が登場してから始まった。


(やば……もしかしてアタシ……)


 既に長くなりはじめた三人の長い影。


 その中で一番長い影の持ち主。

 そのクールな横顔を見つめながら菊乃は、加速していく確かな想いを感じていた。


     *    *    *


 翌日、朝の校長室。

 特進クラスの件についてカズが簡単に報告する。


 特進クラスのエース二人は、意図をもって近づいてきた異性に勉強の邪魔をされただけだった。


「結局、堀先輩と高井先輩に近づいた連中は、ただの『雇われ』でした」


 それを聞いて校長が身を乗り出す。

「本当かね? 『雇われ』ということは何者かがウラにいたということかね?」


 カズが頷く。

「そうです。しかし、出来損ないのホストを尋問したんですが、肝心の黒幕が割れませんでした。ミドリという女性も同じです」


 勝春が欠伸をかみ殺して説明する。

「疲れましたヨ。連日連夜のお店通いで。ま、それでミドリちゃんとは仲良くなったんですけど、残念ながら彼女からは何も出てきませんでしたヨ」


 カズが校長の顔を眺めながら心配そうに言った。

「しかし、何者かがこの学園を狙っているということは、はっきりしています。ですので校長、他に手掛かりがあれば、すぐに知らせて下さい」


「ああ。分かった。何かあれば、すぐに知らせるとしよう。頼りにしておるよ。ミステリー・ボーイ」


 それを聞いて勝春が、やれやれといった風に首を振った。

「だから……ボーイズですヨ。ボーイズ。複数形のSをお忘れなく」


「そ、それは失礼した」と、校長が謝る。


「それと。これ領収書ですヨ」

「なんの領収書かね?」


「勿論。潜入捜査のですヨ」

 そう言って勝春は領収書の束を校長に押し付けた。


 それをめくって校長は目を白黒させる。

「こ、これは……うーむ。高いな……」


「必要経費ですヨ。キャバクラでは自分が飲まなくても、お金を使わないと仲良くなれないどころか、お喋りさえできませんからネ」 


 大志が横目で勝春を睨む。

「調子に乗りすぎだ。不埒ふらちな」


 大志の突っ込みに勝春が「ヘヘッ」と、頭をかく。そして大きな欠伸をひとつ。


 こうして事件は解決した。

 しかし、彼等の知らぬところで早くも次なる事件が静かに進行しつつあった……。

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