13 事件解決?
放課後に事件は解決する、とカズは宣言した。
それを信じて菊乃と美穂子は六時間目が終わってから約束の場所に向かう。
とはいえ正直、菊乃は半信半疑だった。
(カッチーと久美子さんが昨日、渋谷で話し込んでたのは知ってるけど……なんか展開、早っ!)
ひょっとしたら、また菊乃達の知らないところで三人組はこっそり調査をしていたとも考えられる。
「ね、美穂子。そっちは何か展開あった?」
「ん~そうねぇ。カズ君はなんか分かっちゃったみたいだけど」
「そうなの? じゃ、堀先輩と話できたんだ」
「うん。でもアタシはさっぱり分かんなかった」
やはり美穂子も菊乃と同じような状況らしい。
彼等と一緒に行動していても、ついていけないのだ。
美穂子はもう諦めているらしいが、菊乃にはそれがちょっと悔しかった。
菊乃と美穂子がゆっくり階段を上っていると後ろから声を掛けられた。
「おい。何をチンタラ歩いている?」
立ち止まって振り返ると大志が近づいてくるのが目に入った。
大志は大股で階段を上がりながら菊乃達の手前で立ち止まった。
「お前らも一応、結果を知りたいんだろう? だったら遅れるなよ」
それを聞いて菊乃が口を尖らせる。
「も、もちろん。知りたいわよ。仲間だもん」
大志はポケットに手を突っ込んだままフンと鼻で笑う。
「仲間、ね……」
その後に何か言いたそうな感じだったので、菊乃がけん制する。
「仲間でしょ。だから結果を聞く権利があるもん!」
「権利って……お前なぁ」
そう言いかけた大志の背後からバタバタと慌しく階段を駆け上がる足音がした。と、思ったら大志が「はぅっ」と、奇声を上げた。
そしてみるみるうちに表情を引きつらせる。
「なにやってんの?」と、菊乃が呆れる。
「あれっ?」と、美穂子がきょとんとする。
見ると大志の背後に男子がひとり立っている。
子供用のスキー板みたいなものを小脇に抱えているみたいだが……。
「き、貴様……」と、大志が怒りの表情でゆっくり振り返る。
美穂子が「あ、フンドシ研究会の人!」と言うので菊乃も思い出した。
メガネをかけたタヌキのような少年、それは郷土史研究会の目黒だった。
(なんでゴッキー怒ってんだろ?)
疑問に思って菊乃がよく観察してみる。
すると、大志のお尻あたりに目黒が抱えていた真っ黒い板の先っぽがめり込んでいる。
大志は怒りを押し殺しながら「ひ、人のケツに何を……」と振り返る。
目黒は大志に凄まれて階段を後ずさりする。
なおも大志が目黒を詰問する。
「お前、何だ? それは? そんな汚ない物を学校に持ち込むな!」
そう言われて目黒が「き、汚い?」と、はじめて口を開いた。
そしてワナワナと肩を震わせながら逆切れした。
「こ、これはだね!
「は? だからどうした?」と、大志が睨む。
「た、たった今、僕が発掘現場で掘り出したんだ。しかも江戸時代の物なんだぞ! こんな貴重な物を汚いだなんて! な、な、なめないで頂きたいっ!」
(あ、キレるな)と、菊乃が思った通り、大志は強張った顔つきのまま、無言ですっと右足を自らの頭の高さまで振り上げた。
そこでいったん停止。
そして一気に目黒の頭に向かって『かかと』を振り下ろす。
目黒はとっさに手にしていた板を盾にする。
次の瞬間『バキッ!』という景気の良い音がして板が粉々に砕け散った!
大志は目黒に背を向けると、何事もなかったかのように菊乃たちの横をすり抜け、スタスタと階段を上がっていく。
それを見て美穂子が声をあげる。
「あ、後藤君、お尻!」
その言葉に大志が「なんだと?」と、自らのズボンを眺める。
そして「何じゃこりゃぁ?!」と、汚れに気付いた。
確かに大志のズボンの臀部には茶色い泥がべっとり付いている。
「マジかよ! うわ、冗談じゃねえぞ。クソッ! 着替えなくては!」
菊乃はクールに振舞っていた大志がお尻の汚れに狼狽える姿を見て吹いてしまった。
すると、大志は深いため息をつくと急に階段を駆け下り始めた。
途中で自らが粉砕した木片を踏みつけていく。
その脇では目黒が半べそで木片を拾い集めている。
「なんか可愛そうだね」と、美穂子は目黒に同情するが、謝らない方も悪い。
この妙なハプニングに半ば呆れながら菊乃は呟いた。
「まあ、頭を砕かれるよりはマシなんじゃない」
大志が着替えるために帰ってしまったが、菊乃と美穂子は二人で屋上へと向かった。
* * *
屋上では勝春とカズ、そして高井久美子が待っていた。
そこに菊乃と美穂子が加わり最後に遅れて堀達郎が現れた。
勝春が「アレ? 大志は?」と、大志が居ないことに気付く。
それを聞いて菊乃が首をすくめる。
「着替えるんだって」
「着替え? 何でまた……」と、カズが眉を顰める。
そこで美穂子が答える。
「コトバがお尻に刺さったんだって」
コトバではなく
カズは一瞬、想像する素振りをみせたが考え直して言った。
「なんか意味不明だけど、ま、いっか。先輩達を待たせるわけにもいかないし」
皆を集めてカズが何をしようとしているのかが分からず、久美子は勝春のそばで不安げな表情を浮かべている。
一方の堀達郎は腕組みしながら冷静に振舞っている。
そこで、ひと呼吸置いてカズが口火を切る。
「すみません。先輩達をこんな所に呼び出してしまって。実は、お話しておきたいことがありまして……」
堀があまり興味の無さそうな顔つきで口を挟む。
「そんなことはどうでもいいよ。それより早く済ませてもらえないかな?」
堀に促されてカズが大きく頷く。
「わかりました。ではなるべく簡潔に。実は、ボク達、ある人物から最近、先輩達の成績が急激に落ち込んでいる原因を探ってくれと依頼されたんです」
「な、何の為に……」と、久美子が、か細い声をあげる。
「特進クラスのエースである先輩達の成績が落ちれば学校の評判も落ちるからです。つまり何者かが意図的に先輩達の勉強を邪魔しようとしている。依頼人はそう考えたわけです」
それを聞いて堀が思わず声を出す。
「おいおい。何だよそれ? て、まさか!」
「さすが堀先輩。察しがいいですね」
カズの言葉にさすがの堀も絶句する。
そして彼はしばらく考え込んでから吐き捨てるように言った。
「あの女もそうなのか? しかし、ホントにそんな馬鹿なことをする奴がいるなんてな……」
意味が分からず茫然とする久美子。
それをチラリと見やりながらカズが説明を続ける。
「その何者かは堀先輩には『ミドリ』という女の人を、高井先輩には『アキラ』という男性を近づけて勉強の邪魔をさせた。つまり、そういうことだったんです」
「そんな……」と、久美子が泣きそうな顔になる。
それを見て堀が厳しい表情で久美子の顔を見る。
「高井、まさか、君……その男に……」
「大丈夫ダヨ」と、勝春が久美子に代わって答える。
きょとんとする堀を安心させるように勝春が久美子の気持ちを代弁した。
「彼女はネ、堀さんが他の女の子と付き合ってるって思い込んでたんダヨ。それで悩んでる時に『アキラ』とかいう馬面のホストが近づいてきたんだ。でも大丈夫。彼女はあんな男に惚れるような子じゃないヨ」
明らかに堀がホッとするような表情をみせた。
その様子を見守りながらカズが言う。
「堀先輩本人の口から成績が落ちた理由を聞いて安心しました。だって勝春の言う通り高井先輩は……」
「待って!」と、久美子がカズの言葉を遮る。
彼女は顔を真っ赤にしながら少しモジモジする素振りをみせた。
そして意を決したように顔を上げると堀達郎の顔を見つめながら告白した。
「ゴメンなさい……私、本当は堀君に心配して欲しかったの……だからわざとテストで手を抜いたりアキラさんとデートしたりしてたのよ」
「あ……」と、堀も顔を赤らめる。
そしてドギマギしながらこちらも同じように告白する。
「ごめん。僕も同じ……その……君の成績が落ちてるのを知って、わざと点を悪くしてたんだ」
「え? 堀君も、わざとなの?」
「そういうこと。あのさ……覚えてる? 一年の時に志望校同じだねって話したの」
「うん。覚えてるよ」
「K大の文学部だよね。一緒にいけたらいいなって」
「そうね。あの頃はよく文学の話とかで盛り上がったよね」
「ああ。だからさ。山吹先生には悪いけど、もうK大の文学部だけ合格できりゃいいやって思ったんだ。君と二人で」
「堀君……」
高井久美子と堀は完全に二人の世界に入っている。
何のことはない。結局、この二人の成績が落ちた本当の理由は、お互いの想いがすれ違っただけの話だった。
盛り上がっていた堀がカズ達の視線に気付いて照れた。
「あ、ありがとう。君等のおかげだよ」
久美子も堀の隣で小さくお辞儀をする。
カズはにっこり笑って軽く返礼すると菊乃と美穂子に向かって頷いて見せる。
「うん。これで事件は解決。もう二人だけにしてあげようよ」
勝春も大欠伸しながら賛成する。
「そうそう。オレたちはもう用済みだからネ」
菊乃が勝春の欠伸を見て呆れる。
「どうでもいいけどカッチー、またあくびしてる」
すると勝春は「ま、色々あってネ」と、意味深な笑みを浮かべた。
こうして大志を除く四人は堀達郎と高井久美子を残して屋上をあとにした。
だが、事件はこれで終わらない……。
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