12 ターゲットの告白
勝春と菊乃がラブホテルの建物に入ると、
馬面ホストが部屋を選ぶパネルに向かって毒づいている。
「チッ! なんだよ。全然、空いてねぇじゃねーか」
その傍で久美子は俯いている。
薄暗い中で彼女の表情はよく見えないが、泣いているようにも見える。
それを見て勝春が呟く。
「オヤオヤ。これはマズイよネ」
物珍しそうにキョロキョロしていた菊乃が勝春の呟きに(え?)と思った瞬間、勝春は唐突に彼女の名を呼んだ。
「やあ。高井さん!」
ハッとして高井久美子がこちらを見た。
馬面も「は?」とガンを飛ばしてくる。
久美子は勝春の顔を見て息を飲んだ。そして建物の外へ向かって急に駆け出した。
それを追いかける馬面がすぐに追いついて久美子の腕を掴む。
「てめっ、今さら止めるのかよっ!」
「やっぱり嫌!」
「ふざけんな!」
「無理です!」
二人の押し問答が入り口の所で繰り広げられる。
それを見て菊乃はオロオロする。
それとは対照的に勝春は落ち着き払っている。
「やめなヨ!」
勝春の一言で馬面ホストの動きがピタッと止まった。
そして、ゆっくりとこちらに顔を向けながらすごんだ。
「あ? 何だオマエら?」
勝春は腕組みしながらフッと笑う。
「やめときなヨ。彼女、嫌がってるじゃないか」
勝春の言葉にキレた馬面が「このクソガキッ!」と、いきなり勝春に殴りかかってきた。
(カッチー!)
菊乃がヤバイと思うやいなや勝春は腕組みしたまま軽くそれをスルーした。
パンチが空を切った馬面は勢いあまって体勢を崩す。
「や、野郎!」と、馬面はさらに怒り狂って次の攻撃を仕掛けてくる。
とても見ていられないと菊乃が思ったのも束の間、今度も勝春は余裕で攻撃を
パンチが当たらなくてイライラした馬面が勝春に掴みかかろうと手を伸ばす。
が、すっと身を沈めた勝春がその腕をキャッチして自らの脇の下に挟む。
と同時にクルッとダンスみたいに回転して馬面の腕をねじり上げた。
「いでっ」と、馬面ホストが悲鳴をあげる。
ニヤリと笑う勝春。
その笑い方はいつもの勝春ではない!
まるで氷のような冷たい微笑だ……。
勝春は馬面の腕を捻りあげたまま冷たく言い放った。
「アンタ。自分が思ってるほどイケてないからネ」
勝春はそう言ってから馬面の腕を解放してやり、ドンと突き飛ばした。
「ク……このクソがっ」
そんな捨て台詞を残して馬面は、とっとと退散した。
それを見届けてから勝春がスマホを取り出した。
「ああ、大志? 今、菊ちゃんと渋谷のラブホテルなんだけどネ」
「ちょっ!? な、何言ってんの!!」
菊乃が大慌てで抗議するが勝春は気にしない。
「ウン。そうそう。そうだヨ。だからG4の追跡を頼むヨ」
菊乃が不思議そうに勝春の横顔を眺める。
「G4って何?」
「ああ。GPSのことだヨ。奴の上着に潜り込ませといたんだ」
そう言って勝春はポケットから携帯のストラップについているような小さなヌイグルミを幾つか取り出した。
「これだヨ。これで馬面ホストの動きがPCで追跡できるんだ」
「へえ……小っちゃいんだね」
「あとは大志に任せとけば大丈夫サ」
感心する一方で菊乃の中で、ますます疑惑が深まる。
(そんな物まで用意してるなんて……いったい何なの?)
普通の高校生がそんなものを持っているはずがない。
それにその妙に手馴れた感じ……。
勝春がふと思い出したように久美子の様子を伺う。
久美子は両手で顔を覆い、肩を振るわせながら立ち尽くしていた。
勝春はすっと彼女に近寄り、その肩に手を回す。
そして彼女の耳元で囁いた。
「高井さん。良かったら話を聞くヨ」
小さく頷く久美子を勝春はごく自然な流れでエスコートする。
久美子がゆっくりと歩きだすのを支えながら勝春が振り返って(ついてきなよ)といった風に菊乃を促した。
* * *
落ち着いた雰囲気のカフェで勝春が高井久美子と対面している。
通路を隔てた隣のテーブルでそれを見守る菊乃は少し心配になった。
(カッチー、どうする気なんだろ?)
はじめ、久美子は勝春の問いかけに首を振ったり小さく頷いたりするだけだった。
だが、しばらくするとポツリポツリと口を開くようになり、やがて普通に語り始めた。
菊乃にはその内容を聞き取ることはできなかったが、久美子の話に、だんだん熱がこもってくるのは分かった。そして、気が付いた。
(カッチーって……ひょっとして聞き上手?)
勝春の相槌は完璧だった。
時に表情を曇らせ、時に笑い、場合によっては怒りの表情を浮かべて同意する。
まるで久美子の感情を鏡に映し出すように勝春の表情が変化する。
二人のやりとりを音声抜きで見ているとよく分かる。
勝春の仕草や相槌が、久美子のしゃべりを上手にあおっているのだ。
(さっきまであんなに泣いてたのに……でも、もしかしてこれがカッチーの才能?)
勝春と久美子に面識はほとんど無い。
しかしこの状況で彼女は笑顔さえ、みせるようになっている。
(誰とでも仲良くなれるってこと? ていうか相手の心を開かせる……それがカッチーの特技……)
菊乃は改めて考える。
(カズ君の頭脳。ゴッキーの戦闘力。で、カッチーの能力。なんかバランス取れてるような気がする)
そう考えてみると転校生三人組は『最強ユニット』といえる。
ただ、そんな彼等がなぜ自分たちの学校に転入してきたのか?
そして妙な事件を調べて解決しようとしているのか?
勝春の横顔を眺めながら菊乃はそんなことを考えていた。
* * *
翌日の月曜日、昼休み。
カズは
部屋に入るなり堀達郎は怪訝そうな顔つきで尋ねた。
「で、あのメモはどういう意味なんだ?」
「文面の通りですよ。先輩」と、カズが冷静に答える。
「僕が脅されてるっていうのか? 何の根拠があって? だいたい君達は何なんだ?」
明らかに堀はカズ達を警戒している。
美穂子は単に付き添いで来ただけなのだが、さっきからハラハラしっぱなしだ。
2対1だし堀も強そうには見えないから、たぶん大丈夫とは思うものの今回は大志が居ない。
「根拠、ですか」と、カズが呟いた。そして美術作品を指でなぞりながら続ける。
「脅している側がそう言ってるんですがね」
「なっ……そんな、誰がそんなことを?」と、堀が動揺する。
そこでカズがその名前を口にする。
「ミドリさんですよ」
それを聞いた美穂子が堀より先に「え? そんなの聞いてない」と、反応してしまった。
妙な沈黙……。
トホホといった風にカズが首を振りながら気を取り直して問う。
「重複受験の件、ですよね。ミドリさんが先輩を脅しているネタというのは」
カズの言葉に堀の頬がピクリと反応した。それを見てカズが言う。
「黙っているってことは当たりですか」
「ね、ね、カズ君。チョーフク受験って何?」
「ゴメン森野さん。ちょっと黙っててくれるかな。話の流れが……」
「だって」と、涙ぐむ美穂子。
今にも大泣きしそうなそのリアクションにカズがやれやれといった風に解説する。
「つまり、学校側が進学実績を上げる為に受験料を立て替えてまで優秀な生徒を何校も受験させるってことだよ」
「それっていけないことなの?」
「いや。法律に違反することじゃないけど学校が積極的にやるのはルール違反だと思う。学校にとっては進学実績をあげて宣伝になるんだろうけど、一人で何校も受験させられる方は大変だよ」
カズと美穂子のやりとりを聞いていた堀が口を挟む。
「その分、本当にその大学に行きたい人が落ちてしまう訳だしね」
「先輩も分かっているじゃないですか。特進クラスは、ここ数年その方法で進学実績をあげてきたんですよね?」
「ああ。そういう事だ」と、堀は素直に認める。
カズは試すような口調で堀を問い詰める。
「じゃあ今年は先輩と高井久美子さんがその役目を?」
「そういうことになるね」
淡々と答える堀の態度には何ら悪びれたところが無い。
カズは少しカチンときて意地悪な質問をした。
「やっぱり山吹先生には逆らえませんか。その一方でミドリさんには重複受験を止めろと脅されている。つまり板ばさみですよね。ひょっとして先輩の成績が落ちたのはそれが原因なのでは?」
カズの質問に対して堀はふっと笑いながら言った。
「君はなかなか鋭い。当たりだよ。君の指摘した通りさ。でも、成績が落ちたのはそれが理由じゃない」
「え?」と、カズが目を丸くする。
堀は遠くを見るような目つきで続ける。
「あのミドリって子。彼女みたいなタイプの子が僕に近づいてくるなんて何か変だなって分かってたさ。それで、逆に彼女の目的が何なのか暴いてやろうと思ったんだ」
さすがに堀もバカではない。ミドリが自分に接近してきたには理由があるに違いないとすぐに気付いたらしい。
それでカズは理解した。
「じゃあ先輩は彼女の言うことをきくフリをしてわざと……」
「それもある。山吹先生のやり方に反発したいという気持ちもあった。けど、僕の成績が急に悪くなった本当の理由はね……」
そのあと堀達郎の語った本当の理由を聞いてカズの中で疑問が一気に氷解した。
これで勝春の情報と繋がる。そうすれば事件は解決したも同然だ。
カズは堀に向かってペコリと一礼した。
「先輩。ボク、あなたのことを誤解してました」
それを見てはじめて堀が笑顔をみせた。カズも思わず笑顔になる。
一人だけ仲間外れになってしまった美穂子がむくれる。
「えぇ~、全然っ意味不明なんですけど!」
堀の口から真相を聞いても美穂子には事件の全体像が全くみえていなかった。
だからその反応も仕方がない。
そんな美穂子をなだめながらカズは、どうやってこの事件の幕引きをするか考え始めていた。
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