11 尾行でデート?

 翌日の日曜日。今日は高井久美子を尾行しなければならない。


 菊乃は、朝早く家を出て勝春との待ち合わせ場所に急いだ。

 

 昨日の打ち合わせで勝春が『デート』なんて言うものだから、余計なプレッシャーを受けてしまった。


 そのせいで散々、考えに考えて、おしゃれをしてきたつもりだったが勝春の格好を見て菊乃は一気にえた。


(ぜんっぜん釣り合わない……)


 グレーのセーターにピタッとした黒のパンツで決めた勝春は「どこのモデルさんですか?」と聞きたくなるような完璧さだ。


 とにかくスタイルが良い。

 足が長いのは当然として、意外に肩幅が広いという新発見もあって、菊乃の劣等感を倍加させた。


(なんか一緒に歩くのヤダなぁ……)


 すっかり凹んでいる菊乃の心中などお構い無しに勝春は「サ、急ごう!」と、さわやかに笑顔をみせた。


 まずは高井久美子が利用する駅に向かう。 


     *    *    *


 模試の時間から逆算して高井久美子は七時半には家を出るはず。

 という予想から二人は久美子の自宅最寄り駅であるS駅の改札口近辺で待機した。


 ここで彼女を捕まえようという作戦だ。

 しかし、なるべく目立たないようにという菊乃の思いをよそに、勝春の目立つこと目立つこと……。


 日曜の朝なので改札を通る人は少ないものの、勝春の姿を見た女性は、ほぼ例外なく息を飲む。

 確かに日曜の朝イチでこんなイケメンと駅で出くわしたら誰だって驚くと思う。


(でも、こんなに目立っちゃって大丈夫かなぁ……)


 そして待つこと20分。

 高井久美子が姿を現した。


 淡いピンクのセーターに水色のスカート。

 髪が無造作に束ねられているところをみると寝坊してしまったのかもしれない。


 久美子は急ぎ足で改札を抜けると、勝春と菊乃には目もくれずにホームに向かった。

 それを見届けてから二人も動き出す。いよいよ尾行開始だ!


 S駅から準急で池袋へ。ここでJRに乗り換えるはずだ。


 電車を降りた久美子は、いったん改札口を出てJRの乗り場に向かった。


 彼女との距離を詰めながら勝春と菊乃がそれに続く。


 さすがに池袋はこの時間でも人が多い。

 これから目的地に出かける人と昨夜の疲れを引きずった人が入り混じっている。


 そんな構内を突っ切って久美子は自動券売機のコーナーに到着した。


 勝春と菊乃もそこでいったん停止。

 少し離れた位置で久美子の様子をうかがう。


 だが、彼女はすぐに切符を買おうとしない。

 料金表を見上げながら何か迷っているように見える……。


「あれ? どうしたんだろ?」と、菊乃が不思議に思っていると、彼女は、ようやくお金を入れて切符を買った。


 それを見て勝春が呟いた。

「ソッカ……やっぱ男を選んだか」


「何で分かるの?」

「彼女の買った切符では御茶ノ水まで行けないヨ。指の位置見れば分かるんだヨ」


 切符を手にした久美子はゆっくりと改札に向かって歩き出した。

「サ、オレ達も行くヨ」


「あ、ちょっと待って! アタシも切符」

「はァ? パスモ持ってたんじゃないの?」


「さっきので残高40円になっちゃった」


 勝春がゲンナリした顔で首を振る。

「マジで? これから尾行するのにチャージしてないの? 常識でしョ……」


「ごめん」

「早く行っといでヨ! オレ、先に彼女を追うからサ」


「うん。分かった!」

 パスモをチャージしていなかったせいで菊乃は朝から走るハメに。

 そして自動券売機でチャージしてすぐにUターン! まるで借り物競争みたいだ。


 何とか間に合って勝春と合流、山手線のホームへ駆け上がる。

 幸い、電車はまだ来ていない。


 ピンクのセーターの女の子を探す。


「いたっ!」

 菊乃が先に久美子を見つけた。ちょうどそこへ山手線が入ってきた。


 二人は間一髪、隣の車両に滑り込んだ。


     *    *    *


 高井久美子が降りた駅は渋谷だった。


 キョロキョロと駅の案内板を目で追いながら出口に向かったところを見ると、渋谷はあまり降りたことがないらしい。


 渋谷駅、大交差点、センター街と、彼女のおぼつかない足取りにあわせて尾行するのは結構、気を使った。


 何かを探しながら苦労しているようにも見えるし、ブラブラしているだけのようにも見える。

 途中で何度も(ホントに待ち合わせしてるのかな?)と、疑問に思ったぐらいだ。


 そして、ようやく彼女がファストフード店に入る。

 そして飲み物を買って二階席へ上がる。


 菊乃も急いでコーヒーを注文する。ところがふと隣を見ると、勝春が呑気に朝食メニューを選んでいる。

「ちょ、ちょっとカッチー。何やってんの?」


「エ? どれにしようか考えてるんだけど?」

「ダメでしょ。早くしなきゃ」


「大丈夫ダヨ。逃げやしないから。それに昨日の夜も遅かったからハラ減っちゃってサ」

 まったく緊張感のない勝春を急き立てて菊乃は二階席へ上がった。


 二階席は半分ぐらいの客の入りで、ピンクの背中はすぐに見つかった。

 

 彼女と向かい合って座っている男の姿が目に入る。

 ぱっと見、水商売系。シャツの色からして夜の商売まるだし。

 それに、必要以上に足を広げてだらしない感じだ。


 菊乃が小声で勝春に尋ねる。

「ね。どのへんに座ればいいの?」


「そだネ。うん。あそこが空いてるヨ」

 勝春はそう言ってズンズン奥の方まで歩いていく。

 そして、大胆にも久美子の斜め後ろの席に陣取ってしまった。


(それって近すぎじゃ……)

 呆気にとられて立ち尽くす菊乃に向かって勝春が手招きする。


 これ以上、放っておくと尾行してることが久美子にばれてしまう。

 仕方なく菊乃はコソコソと勝春の席に近づいた。


 そして席に着くなり声を潜めて文句を言った。

「こんな近くじゃバレちゃうでしょ」


「平気だヨ」

 勝春は普通に地声で答える。

 その能天気さは、菊乃の方が焦ってしまうぐらいだ。


 しかし、しばらく様子を見る限り、勝春が言うように久美子に気付かれる心配はなさそうに思えた。


 そこで改めて久美子のお相手を観察する。とはいえ、じっくり観察するまでもなく、どういう職業の人かはすぐ分かる。


 勝春が苦笑いを浮かべた。

「アイタタタ……そのまんまダネ」

「だね。仕事上がってそのまんまって感じじゃない?」


「なんだか安っぽいナ」

 根元が黒くなりかけた金髪。うそ臭い日焼け。微妙に派手なスーツ。

 これ見よがしのアクセサリー。


 それに菊乃にはどうしても納得できないことが一つあった。

(なんか顔がイマイチなんだよねぇ……)


 具体的にどこが悪いのかがはっきりしないもどかしさ。

 菊乃が複雑な顔つきで考え込んでいると勝春が呟いた。


「とりあえず馬っぽい顔してるから『馬面うまづらホスト』ってことにしよう」

「ウマヅラ? それも結構ヒドイよね……」

 菊乃も思わず苦笑いだ。


 そんな具合に勝手に命名されていることなどつゆ知らず、馬面ホストは言いたい放題の様子。


 ところどころ聞き取れない部分はあるものの、彼が一方的にしゃべっているのが筒抜けだ。


 要は半分が自慢話で、残る半分が久美子に対する説教らしい。

 やれ『俺と付き合えるなんてオマエは幸せだ』とか『この俺様が会ってやってるんだからもっと嬉しそうな顔しろ』だとか、傍で聞いている菊乃の方がムカムカしてくる内容だ。


(何なのアレ? イマイチのくせに!)


 ここからでは久美子の後姿しか見えない。

 だから彼女がどんな顔をしているのか分からない。


 しかし、菊乃でも想像はできる。

(あんな風に言われっぱなしだなんてアタシだったら確実にキレるな)


 散々、好き勝手しゃべってから馬面ホストは時計を見た。

「オラ。行くぞ」


 その言い方がまた菊乃のシャクに触る。


 慌ててテーブルを片付ける久美子を見下ろしながら馬面ホストは「早くしろよっ!」と、大声を出した。


 店内の視線が集まるが、馬面はポケットに手を突っ込んだまま周りを威圧するようにガンを飛ばす。


(ホント、態度悪っ!)

 ムカムカするのを抑えきれない菊乃に勝春が注意する。


「菊ちゃん。冷静にネ……」


 そして二人は、馬面と久美子が階段に降りたのを見計らって、さらに尾行を続けることにした。


 朝の渋谷をゆうゆうと歩く馬面うまづらホスト。

 それに遅れて高井久美子が、とぼとぼとついていく。


 やがて馬面が向かったのは円町のホテル街だった。

 

 次第に人通りが少なくなり、やがてラブホテルの看板が目に付くようになる。

 そのせいで尾行している菊乃の方がドキドキしてきた。


(この辺ってやっぱ……ウソでしょ。こんな朝っぱらから)


 このまま久美子は……と想像しただけで菊乃の頭がクラクラしてくる。


 しかし、何かの間違いであって欲しいという菊乃の希望に反して、馬面は一軒のラブホテルに入って行く。


 ホテルの入り口で一瞬、立ち止まる久美子。

 菊乃には彼女の背中が震えているように見えた。


 馬面が振り返って「おいっ!」と声を荒らげる。

 その声にビクッとして久美子が思い切ったように馬面のあとに続く。


(とうとう入っちゃった……)


 半ば茫然として菊乃が立ち尽くしていると、今度は勝春が菊乃の背中をポンと押した。

「サ。オレ達も入るヨ」


「え?」


 勝春は真面目な顔で菊乃の腰に手を回してラブホテルの入り口に向かおうとする。


「ちょ、ちょっとカッチー!」


 抵抗しようとするが勝春の腕は意外に力強い。


(なんで? なんでこうなっちゃうワケ?)


 パニックになりそうな菊乃の耳元で勝春が囁く。

「大丈夫だヨ。潜入するだけだから」


(ホントに信用していいのかな……)


 半信半疑ながら菊乃はそれに従うしかなかった。

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