10 ドキドキのお部屋訪問
次の日の土曜日。
授業は午前中だけだったので、昼ごはんを兼ねて中間報告は三人組のマンションでやることになった。
情報交換なら三人だけでやれば良いのだが、菊乃と美穂子も仲間にした手前、一応みんな揃ったところでミーティングをやらなければならない。
三人組の住む部屋に行けるということで美穂子は興奮している。
「ね、ね、菊ちゃんどうしよ。私、なんか超テンション上がってんだけど」
美穂子は明らかに声が上ずっている。
「でも部屋とか超汚いかもよ」
そういう菊乃だってあの三人組がどんなところに住んでいるのか興味津々だ。
「わぁい。秘密基地でランチだねっ!」
「秘密基地って……美穂子ってば……」
美穂子の『はしゃぎっぷり』は、菊乃の方が恥ずかしくなるくらいだった。
学校から歩いて三分のマンション七階。
菊乃と美穂子は、三人組の住む3LDKに初めて足を踏み入れる。
心臓バクバクの美穂子。興味津々の菊乃。
そんな二人をニコニコと出迎えてくれたのは勝春だ。
「サ、遠慮なく入ってヨ。お弁当も用意してるからネ」
広い玄関だなというのが菊乃の第一印象。
しかし、よく見ると何もないからそう見えるだけかもしれないと気付いた。
まるで引越しをして空っぽになってしまった部屋を訪れたような感じだ。
それは勝春に案内されたリビングも同じだった。
凄く広いのに「何コレ?」と言いたくなるぐらい殺風景な室内……。
リビングに通された菊乃と美穂子を見てカズが立ち上がって「いらっしゃい」と、軽く手を上げる。
だが、大志はソファに座ったまま、こちらを見ようともしない。
(感じ悪っ!)
菊乃は大志の態度にムッとしたが、ここは
美穂子がリビングに入って第一声をあげる。
「すごーい。なんか、ちっちゃい無人島みたい!」
その妙なコメントに何のことか誰も分からなかった。
しかし、よくよく彼女の説明を聞いてみると、二十畳ぐらいありそうなだだっ広いリビングの真ん中にソファとテーブルがぽつんと放置されている様子が美穂子には海に浮かぶ小さな無人島みたいに見えたということらしい。
カズがクスッと笑う。
「森野さんて面白い発想をするね」
カズのその言葉に美穂子が「そんなことないよぅ」と、顔を赤らめる。
そんなリアクションを見て菊乃も呆れる。
(美穂子。それ、ホメてないって……)
五人揃ったところで昼食を兼ねた報告会を始めることにした。
ところが、ソファが三つしかなく、テーブルも小さいので五人で弁当を食べるにはちょっと厳しかった。
そんな中で勝春は気をきかせてくれる。
「菊ちゃんと美穂子ちゃんはソファに座りなヨ。オレとカズは床でも平気だから」
「さっすがカッチー。紳士だよねぇ。誰かさんと違って」
菊乃が嫌味っぽくそう言いながら大志を見た。
「ぐふっ」と、コロッケ弁当に手をつけていた大志がむせる。
「ゴッキー、お行儀悪すぎ。一人だけ先に食べてるし」
菊乃に指摘されて大志が睨み返す。
「お、お前なあ……自分ン家で何しようが俺の勝手だろうが!」
「自分ン家? は? カッチーとカズ君とアンタ三人の家でしょ!」
「お前は下らない事を、いちいち……」
菊乃と大志のケンカがヒートアップしそうなのでカズが割って入る。
「まあまあ止めなよ二人とも。とにかく食べながら報告会やるんだから」
菊乃と大志のやりとりをニヤニヤしながら見ていた勝春が二人をからかう。
「ソウソウ。痴話ゲンカは二人きりの時にやって欲しいよネ」
「だ、誰が!」という菊乃の台詞と大志の台詞がかぶった。
そして互いにプイッと顔を背ける二人。
お弁当を開けながら菊乃は考えた。
(特に意識してるわけじゃないのに……なんでだろ?)
勝春が言っていた『嫌いの反対は好き』という言葉がやけに引っかかる。
菊乃と美穂子がお弁当を食べ始めたところで、カズが特進クラスの堀達郎は水商売風の女と付き合っている事を報告した。
そこまでは菊乃も美穂子から聞いていた。問題はその後だ。
カズは美穂子を残してその女を追跡したらしいが……。
その点についてカズは次のように語った。
「あの後、森野さんと別れてから彼女を尾行したんだけど、予想通り彼女の正体はキャバクラ嬢だったよ。で、名前が……」
「ミドリちゃんだネ」と、勝春が口を挟む。
「そう。彼女が客と同伴してる間にボクと合流した勝春が彼女の店に潜入してくれたんだ」
それを聞いて菊乃が、呆れたように勝春の顔を見る。
「カッチーってさ。そういうの好きなの? この前、潜入した変態クラブだっけ? あれもお酒出すお店だったんでしょ?」
「ン、まぁネ。嫌いではない。でも、変態クラブはもう勘弁!」
話がそれてしまったのでカズが軌道修正する。
「で、そのミドリ……本名かどうかは分からないけど、少なくとも彼女は堀先輩とは何の接点も無いはずなんだ。そもそも無理がある。ボク達は彼女と先輩が会っているところを見たんだけど、とても恋人同士には見えなかった。そうだよね? 森野さん」
いきなりカズに話をふられて口をモグモグさせていた美穂子が動揺した。
その拍子に彼女のお箸からウインナーがこぼれてアクションスターみたいに派手に転がった。
お箸を持ったまま固まる美穂子を見かねてカズが謝った。
「ご、ごめん。食べてるとこ、急に話を振っちゃって」
すると美穂子がにっこり笑って答える。
「ううん。大丈夫よ。拾って食べたりしないから!」
もともと美穂子のペースは緊張感に欠けるきらいがあるが、こういう場面ではトホホな感じとしかいいようがない。
気を取り直してカズが続ける。
「ボクの印象では、どちらかというと堀先輩の方が無理に付き合わされてるような感じだったよ」
そこまで黙って聞いていた大志が何か考え事をするような仕草をみせる。
そして厳しい目つきで言った。
「つまり、そのミドリって女は刺客か?」
カズが神妙な顔つきで頷く。
「ボクはそうじゃないかと思ってる」
大志がいまいましそうに「クソッ!」と、吐き捨てた。そして納得する。
「なるほどな。堀の成績を悪くさせるために送り込まれた刺客というわけか」
そこで大志とカズのやりとりを聞いていた勝春がぽつりと呟く。
「でもサ。そんなことで成績がガクンと落ちたりするもんカナ?」
勝春の素朴な疑問にカズも首を捻る。
「そこなんだよね。ボクが見た感じ、堀先輩がのめり込んでいるようには……」
美穂子も大きく頷く。
「私もそう思う。だって堀先輩、彼女を待ってる間も勉強してたし。彼女に夢中って風には見えなかったなぁ」
もしも、ミドリとかいう女の人が大志が想像するような『刺客』だとしても堀達郎の成績をメチャメチャにしてしまうほど彼をのめり込ませているとは言い難い。
そこで話が行き詰ってしまったので、カズは勝春にもう一人のターゲットの情報を求めた。
「ねえ勝春。高井久美子さんの方はどうなの?」
「まだ分からないネ。でも、オレは男の存在を感じたヨ」
それを聞いて大志が身を乗り出す。
「やはりそちらも刺客か?」
「どうカナ。多分、明日になれば分かると思うヨ。明日、菊ちゃんとデートしながら確かめてみるから」
「デ、デート?」
聞いてないよ、といった風に菊乃が慌てた。
(カッチーったらいきなり何言い出すのよ……)
そう思いながらもつい大志の方をチラッと見てしまう。
しかし、大志はまったく無反応だ。
そんな大志の態度にちょっぴり凹んでしまった菊乃だったが、勝春はその表情をしっかり見ていた。
最後にカズが大志の報告を促す。
「大志は? 何か分かった事ある?」
「ああ。取りあえず特進クラスのことを調べてみたんだが、担任が
それを聞いてカズが尋ねる。
「ところで特進クラスの主任にはどんな権限があるの?」
「それも調べてみたんだが結構なものだな。例えば、この学校で使う教材の決定権がある。噂では業者からかなりのリベートもらってるそうだ。接待なんかも受けてるみたいだしな」
「なるほどネ。一冊二千円の参考書を千人に配布したら二百万。これが全学年、全科目になったら数千万……業者にとっては結構な売上だヨ」
大志は足を組み替えながら言う。
「もっと怪しいのが推薦入学だ。大学からのオファーに対してどの生徒を推薦するか。これを山吹が独断で決めているそうだ」
「アララ、そりゃワイロの宝庫だネ。おそらく推薦が欲しい親は幾らでもお金出すだろうネ」
勝春の言葉にカズが眉を顰める。
「信じられないな。誰を推薦するかなんてそんな重要なことを一人で決めちゃうなんて。まあ、そのあたりは大志がクライアントに確認しておいてね」
「ああ。校長に確認しておく」
校長と聞いて美穂子が目を丸くする。
「え? クライアントって校長先生なの?」
「そうだヨ。あれ? 言ってなかったっけ」
とぼける勝春に向かって菊乃が突っ込む。
「聞いてないって!」
勝春達のやりとりとは無関係にカズはしばらく考え込んだ。
そして、推理する。
「山吹先生のことを良く思っていない他の教師の陰謀という可能性があるね。彼の出世が進学実績に支えられてるとしたら、今年のエース二人を潰せばダメージは大きいだろうから。あるいは特進クラスの権力を奪うことが狙いかもしれない。いずれにせよ、何者かが特進クラスのアシを引っ張っろうとしてるのは間違いないと思うよ」
その後で当面の方針について確認した。
勝春と菊乃は高井久美子にも刺客が送り込まれていないかどうかを調べる。
カズと美穂子は堀達郎にアプローチして成績不振の原因が本当に『ミドリちゃん』のせいなのかを探る。
大志は引き続き特進クラスの担任教師の身辺を洗うことになった。
事件は、いよいよ核心に迫ってきた……。
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