16 デリカシーの無い言葉

 校長との面談は昼休みだけでは時間が足りなかったようで、三人組は五時間目の途中で教室に戻ってきた。


 五時間目が終わるのを待ち構えていたように菊乃がカズの席に寄ってきて質問を浴びせる。

「ね、ね。今度はどういう依頼だったの? 今度はアタシたちもガンバルからさ!」


 張り切る菊乃の様子を見て、カズが申し訳無さそうに言う。

「ごめん。今回ばかりは一緒に調査ってわけにはいかないんだ」


「え? 何でよ!」と、菊乃が文句を言う。


 菊乃の反応に困ったカズが頭を掻く。

「それが……今回の事件は、ちょっと危険なんだよね。だから藤村さんと森野さんに協力してもらうわけにはいかないんだ」


 カズの説明に菊乃がむくれる。

「そんなの無いっ! アタシはヤダ!」


 そこへ勝春が近づいてきて菊乃を諭す。

「あのネ、菊ちゃん。今回はマジでヤバイんだヨ。現に暴行を受けた生徒が何人もいるんだ。だから君達レディを危険な目にあわせるわけにはいかないんだヨ」


 それでも菊乃は諦めない。

「だって協力するだけなら、できるじゃん! 何でよ? 何でダメなの?」


 そう訴える菊乃を大志が「わめくな。バカもの」と、いさめる。


 その一言で菊乃は冷静さを取り戻した。確かにヒートアップしすぎていたようだ。

「ゴメン。ちょっと興奮しちゃった」


 追い討ちをかけるように大志が言う。

「今回の任務に、お前等は必要ないんだ」


 大志の低い声が、菊乃の胸に突き刺さる。


 何か言い返そうとしたが菊乃は言葉を飲み込んだ。

 教室に居た何人かが菊乃達のやりとりを遠巻きにしているのに気付いたからだ。

 三人組が校長の依頼を受けて秘密の任務についていることがバレるのはまずい。


 大志は腕組みしたまま、はっきりと言う。

「つまり、ありていに言うと『足手まとい』なんだ」


 菊乃の顔が歪む。悔しさがこみ上げてきた。

(何もそこまで言わなくても……)


 確かに菊乃と美穂子は三人組の周りでウロチョロしていただけかもしれない。

 事件の解決に何も貢献できていない自覚はあった。

(けど、足手まといって酷くない?)


 痛い空気が張り詰める中、ふいに美穂子が口を開いた。

「ね。ところで『ありてい』ってなあに?」


 途端に緊張感がゆるむ。


 大志が、ガクッとうなだれて「辞書を引け辞書を」と、呆れる。


 美穂子は素直にスマホで検索しようとする。

「えっと、漢字はアリさんの蟻でいいんだよね? 『蟻てい』『蟻邸』、蟻さんのお家……え? 出ないよ?」


 美穂子は天然ボケを発揮する。

 おかげで菊乃は何とか涙を堪えることができた。

 もし、あのままの雰囲気だったら確実に泣いていた……。


 そこでカズが菊乃を気遣ってくれた。

「ありがとう藤野さん。気持ちだけ頂くよ。また協力してもらいたい時は力を貸してもらうからさ」


 勝春も、いつもの笑顔で慰めてくれる。

「ソウソウ。もしもの時はヨロシク頼むヨ。だから気にしないでネ」


 二人が菊乃を気遣ってフォローするのを横目で見ながら大志だけは仏頂面のままだ。


 大志のそんな態度を見て菊乃は思った。


(絶対に見返してやる……)


 それは心に秘めた静かなる闘志だった。


     *    *    *


 放課後、三人組は真っ直ぐ自宅のマンションに戻って作戦会議に入った。


 まずは大志が地図を広げる。

「とりあえず、暴行事件の発生地点をここに記録しよう」


 カズと勝春が手分けして、校長に貰った資料に記された事件現場に赤いシールを貼り付けていく。


 その様子を眺めながら大志が呟く。

「やはり、この近辺の駅に集中しているな」


「それと発生時間も放課後からの数時間に集中しているね」と、カズが呟く。


「やっぱ犯人は複数なのカナ?」


 勝春の疑問にカズが答える。

「うん。例えば、これとこれ。四つ離れた駅でほぼ同じ時間に発生してるだろ。複数犯とみて間違いないよ」


「なるほどネ。だからカズは『同時多発テロ』って言ったんだネ」


 カズが頷く。

「うん。これは加美村学園を狙ったテロだよ。しかも複数の実行犯が関与していると思う」


 大志が腕組みして、ため息をつく。

「やれやれ。11件かよ。これじゃ現場検証の人手が足りんな」


 それを聞いて勝春が冷やかす。

「だったら菊ちゃんたちにも手伝ってもらうカイ? 情報収集ぐらいならお願いしてもいいんじゃないカナ?」


「ふ、ふざけるな。誰があいつ等なんか!」と、大志が動揺する。


「アララ。何かムキになってない? そんなに菊ちゃんと一緒が嫌なワケ?」


「な!? べ、別に……」と、大志はそっぽ向く。


 そこでカズが口を挟む。

「二人とも止めなよ。とりあえずボクら三人だけでやらなきゃならないんだからさ」


 とりあえずカズが捜査の方針をたてる。

「とにかく勝春は情報を集められるだけ集めて欲しい。ボクと大志は事件発生現場を回って手掛かりを掴む」


 勝春が、こくりと頷く。

「じゃ、オレは早速、校内ネットワークを使って聞き込み調査だネ」


「校内ネット? なんだそりゃ」と、大志が変な顔をする。


「マ、人脈みたいなものかナ。友達の友達、またその友達の友達って感じで全学年の70%はカバーできるヨ」


 それを聞いてカズが感心する。

「はは。さすが勝春だね。この学校に入って日が経たないのに、もうそんな人脈作ったんだ」


「フン。流石に、そのへんはお前の専門分野だな」


「まあネ。任しといてヨ!」


 カズが立ち上がる。

「じゃあボクは今から大志と事件現場を回ってみるよ」


 そこで大志が「カズ。ちょっと待て」と、いきなりカズの頭に手を伸ばす。


「な、大志っ? 何を?」と、戸惑うカズ。


 大志がカズの髪の毛をグシャグシャにかき回す。

「どうせなら、もっと悪い奴に絡まれやすい格好にしないとな」


「な、ボクは『餌』かい?」


「そうだな。囮になるなら、もっとオタクっぽい方がいいかもな。どうだ? 何かアニメキャラのグッズでも持つか?」


「いやだよっ」


 大志とカズのやりとりを眺めて勝春がニヤニヤ笑っている。

「いいんじゃナイ? カズに絡んできた奴を大志が捕まえるなんて、いい作戦じゃないかナ」


 それを聞いてカズが不服そうに口を尖らせる。

「それは分かるけど、なんか納得いかないなあ……」


 小柄で眼鏡少年のカズは、不良生徒からすると格好の標的だ。

 頼りなさそうな外見だということはカズも自覚しているが、少し凹んでしまう。


 一方の大志は、首をパキパキ鳴らしながら「よしっ」と、気合を入れる。

「今回は俺の出番が増えそうだな。よし。さっさと行こうか!」


 そんな風に静かに闘志を燃やす大志を見てカズが勝春に耳打ちする。

「なんだか張り切ってるね」


「そだネ」と、勝春も笑って首をすくめる。


 加美村学園の生徒ばかりを狙った連続カツアゲ事件。

 カズは、単なるカツアゲ事件ではなく、この学校を狙ったテロだと考えている。


 いずれにせよ、これ以上、被害が拡大する前に事件を解決しなくてはならない。 

 こうして三人の作戦が発動することとなった。

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