7 特進クラスの憂鬱

 ミステリー・ボーイズの活躍で、柔道部の怪しいバイト事件は解決した。


 その報告を聞いた校長は、安堵あんどの表情を浮かべた。

「さすがはミステリー・ボーイだ! 助かったよ。手遅れになる前で」


 ミステリー・ボーイと言われて勝春が不満げな顔を見せる。

 そして「ボーイじゃなくてボーイズ……」と、呟く。


 校長は恰好を崩す。

「いやあ良かった、良かった! すでに父母の一部に情報がれていたものでな! 無事に解決して何よりだ」


 そこでカズが「まだ安心はできまんよ」と、念を押す。


 その言葉に校長の表情が曇る。

「うっ……た、確かに、まだ油断はできんな……」


 カズは尋ねる。

「ところで校長。本当に。お心当たりはないんですか?」


「ううむ。無い……と思う」


 大志が、やれやれといった風に首を振る。

「あのあと、柔道部の奴らを締め上げたが、結局、誰があの変態クラブのバイトを見つけてきたのかは分からなかった」


 大志の言葉に勝春が付け加える。

「変ですよネ。見知らぬ男にあの店を紹介されたって言うんですヨ? おまけに、あのアリバイ工作も、その男から教わったってネ。柔道部の連中は何者かに踊らされた臭いナ……」

 

 それを聞いて校長が狼狽ろうばいする。

「や、やはり、誰かが裏で糸を引いていると言うのか?」


 勝春は当たり前でしょうという口調で頷く。

「そうですヨ。ていうか、そうとしか考えられないですヨ」


 校長は頭を抱える。

「ま、まさか我が校の……内部の人間なのか? 柔道部をそそのかしたのは……」


 校長の疑問にカズが即答する。

「それは無いと思います。柔道部の連中には、この学校の職員すべての顔写真を見せて確認しましたから」


 カズの言葉に校長はホッとする。


 しかし、カズは釘をさすことを忘れない。

「いずれにせよ、悪意のある何者かが、この学園の生徒をおとしいれようとしているのは間違いないですね」


 カズの分析を聞いて校長はバンと机を叩いた。

「いったい何者なんだっ!」


 腕組みしながら大志が冷静に言う。

「それを見つける為に俺たちが呼ばれたんだろう。違うか?」


「むぅ。確かに……」と、校長は首をすくめる。


 勝春がにっこり笑う。

「信じて下さいヨ。オレ等を」


「そうか。そうだったな。うん。君等の実力は聞いている。これからも頼んだぞ」

 校長は自分に言い聞かせるように何度か頷いた。

 そして、大きなため息をつくと、「そうだ。もしかしたら……」と、何か思い出したようだ。


 大志が「どうした?」と、ため口で尋ねる。


 校長は、おどおどした様子で心配事を口にする。

「いや、関連性があるかどうかは分からんが、今、別件で問題が発生しているんだが……」


「問題?」と、カズが反応する。


 大志と勝春の表情も引き締まる。


 校長は指を組みながら困った顔を見せる。

「実はだな。進学指導課しんがくしどうか山吹やまぶき君。彼が指導する特進クラスの三年生二人の成績が、最近、特にふるわないのだ」


 それを聞いて大志が呆れる。

「それは夏休みに遊びすぎたんじゃないのか?」


 校長は否定する。

「いいや。山吹君の指導には定評がある。恐らく何か他の原因があるはずだ」


 カズがメガネに触れながら言う。

「とりあえず調べてみましょう。今は少しでも手がかりが欲しいですから。で、校長はその二人の生徒はご存知で?」


「ああ。とても優秀な生徒だ。二人とも三年のエース的な存在だ」

「そうですか。ではその二人のファイルを見せていただけますか?」


「な、それは個人情報なのでちょっと……」

「いえ。パラパラっと見るだけですから。持ち出したりはしませんよ」


 ファイルを持ち出さなくても、カズのずば抜けた記憶力をもってすればパラパラ見るだけでも充分なのだ。


 校長は、三人の顔を改めて見比べながら目を細める。

「では頼んだぞ。ミステリー・ボーイ君!」


 それを聞いて勝春が、すまし顔で訂正する。

「ミステリー・ボーイズ、ですヨ。ボーイズ。複数形のSをお忘れなく」


 その後、校長室を出た三人の表情は険しかった。


―― やはりこの学園を狙う何者かが存在する!


 その人物が柔道部にいかがわしいアルバイトを紹介したのは、学園の評判を貶めるためかもしれない。


 そして、新たに浮上した判明した特進クラスの問題。


 とりあえず特進クラス、エース二人の成績不振の原因を突き止めること。

 それが新たなミッションだ。


     *   *   *


 昼食の後、休み時間がまだ充分残っていたので、菊乃と美穂子は飲み物を買いに食堂へ向かった。


 廊下を歩きながら美穂子がうっとりする。

「カズ君って超カッコイイよねぇ……」


 柔道部事件の後、美穂子はターゲットを変えたらしい。


「あれ? 美穂子はカッチーがダントツとか言ってなかったっけ?」

 菊乃がからかうと美穂子はむきになって力説する。

「だってカズ君てば、超アタマ良いんだよ! あんな可愛い顔して。それにあの名推理! まるで名探偵みたいだったでしょ。超カッコイイ……」


 もともとミステリーとか探偵マンガとかを好む美穂子が、この前のカズを見て惹かれてしまうのは無理もない。


「ね、ね。菊ちゃんは大志君なんだよね? カズ君じゃないよね? ね?」


(美穂子……必死すぎ)


 菊乃が苦笑しながら否定する。

「アタシは別に誰でもないよ。だいたい、誰があんな格闘バカなんか……それに超、失礼だし」


「えぇ? でも大志君が柔道部でキック決めた時、菊ちゃん見とれてなかった?」

「な!? み、見とれてないってば!」


 菊乃のそんな反応を見て美穂子の反撃が続く。

「そっかなぁ。それに第一印象も大志君がいいとか言ってなかったっけ?」


「そ、それは……確かに……そう言ったけど……」


 菊乃が言葉に詰まっていると二人の間に何者かが後ろから割って入った。

「ふ~ん。それは聞き捨てならないネ!」


「わ! カ、カッチー?」

 目を丸くする菊乃に向かって勝春がにっこり笑う。

「なかなか興味深い話だネ」


 菊乃が「い、いつの間に?」と、勝春を睨む。


 美穂子は首を傾げてみせる。

「カッチー、どこからいてきたの?」


「ひどいナァ。どこから湧いたって……オレは虫かヨ!」


 秘密の話を聞いてしまったかもしれないのに、勝春は、まったく悪びれた様子が無い。


 菊乃が疑いの目を向ける。

「ちょっと! アタシらの話、どこから聞いてたの?」


「ウ~ン、第一印象が、どうたらってとこらへんカナ?」


 菊乃の顔に血が上る。真っ赤になっていくのが自分でもよく分かる。

「あ、あんた、そ、それって、誤解っていうか……」


 動揺する菊乃の肩を勝春が、ポンと叩く。

「ま、頑張ってヨ。大志は口が悪くて乱暴で格闘バカだけど、意外とやさしいヤツだし」


「え……やさしい?」と、素で答えてしまってから菊乃は後悔した。


 こんな反応では大志に興味があるということがバレてしまう!


 案の定、勝春は菊乃の心中を見透かしたような笑みを浮かべて言った。

「ネ? 菊ちゃんは大志のこと。好き? それとも嫌い?」


 勝春の問いに菊乃は警戒した。そして慎重に言葉を選ぶ。

「どちらかというと……キライ」


 それを聞いて勝春が「やっぱりネ」と、微笑んだ。


(何で? 表情に出ないように気をつけたはずなのに)と、菊乃が戸惑う。


「オレの思った通りだネ」

「え? どういうこと?」


 勝春はじっと菊乃の目を見ながら言った。

「好きの反対は嫌い。嫌いの反対は好き。本当に何とも思ってないなら、興味ないって答えるはずダヨ!」


「あ……」

 菊乃はハメられたと思った。


(いつもニコニコしてるけど、カッチーって結構クセモノかも?)


 そんな気がした。そして、つくづく思った。

(やっぱりこの人達って……絶対にタダモノじゃない!)


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