8 勝春の観察眼

 今日の作戦会議は音楽室。

 楽器を収納する小部屋で大志とカズは勝春を待っていた。


 楽器のケースや太鼓が積み上げられた小部屋は、ちょっとした隠れ家のようだ。


 例によって遅れてきた勝春に向かって「遅いぞ」と、文句を言おうとした大志が、菊乃と美穂子の姿を見つけて目を見開いた。


「お、おいっ、勝春! どういう事だ? なんでこいつらが居る?」


 勝春の背後から、ちょこんと顔を出した菊乃が「こ、こいつらぁ?」と、顔を引きつらせる。


 大志の剣幕けんまくに美穂子も「後藤君、怖すぎ…」と、引き気味だ。


 しかし、大志の怒りは収まらない。

「話が違うぞ! この前の事件で終わりじゃなかったのか?」


 勝春が頭を掻きながら答える。

「いや、それがサァ。菊ちゃんも美穂子ちゃんも仲間になったんだから……ネ、せっかくだし今回も手伝ってもらおうヨ!」


「は? 手伝うだと? この前の事件で、こいつらが何か役に立ったか?」

 身もふたもない大志のコメントだが、それもまた事実。


 前回の柔道部の事件で菊乃と美穂子は何もできなかった。

 本当のことを言われて菊乃は唇を噛んだ。


 そこにカズの助け舟が入る。

「まあまあ。大志も言いすぎだよ。ある意味、彼女達を巻き込んでしまったのはボク等なんだから」


「は? 何を言っている? 前の事件の時だって、こいつらが勝手に……」


「そういえば最初の理科室。あの場所は大志がセッティングしたんだよね?」


 一瞬、カズが何を言っているのか分からなかった大志だが、はじめて菊乃たちと遭遇したのが理科室だったことを思い出したらしい。

「そ、そうだが……」と、大志が渋々しぶしぶ認める。


「だったら責任は大志にあるんじゃない?」

「な!? カズ、お前はどっちの味方なんだ!」


「ボクはいつでも中立だけど?」


 やはり口ではカズには敵わないとみて大志は「勝手にしろ」と、ふてくされてしまった。


 勝春が、こっそり『サンキュー』のジェスチャーをカズに送る。


「ヨシ。これで決まりだネ。じゃ、早速、分担を決めようヨ」

 勝春の言葉に菊乃と美穂子がホッとする。


(また、三人組と一緒だ!)という喜びに、菊乃は内心ガッツポーズをした。


 菊乃と美穂子も捜査に参加することになったので、まずはカズが任務の概略を説明する。


「今回の任務は、特進クラスの成績が落ちた原因を探ることなんだ。ターゲットは二人。まず一人目は三年一組の高井久美子たかいくみこさん。生年月日は……」


 カズは何も見ないで高井久美子の家族構成や得意学科、性格などなどのプロフィールを長々と説明する。


 菊乃が不思議に思って尋ねる。

「え、ちょっとカズ君? 何でそんな細かいことまで知ってるの?」


「ああ、クライアントに資料をみせてもらったんだよ。ちょこっとだけね」

 さっと目を通しただけの資料でもカズの頭の中には細部までしっかりとインプットされているのだ。


 カズは続いてもう一人のターゲット『堀達郎ほりたつろう』のプロフィールを完璧に説明した。


 そして今回の作戦について提案する。

「二手に分かれてアプローチしよう。高井先輩には勝春と藤村さん、堀先輩にはボクと森野さん。で、残った大志は特進クラスについての調査でOK?」


 みんな異論はない。


 カズはゆっくり頷いてから最後にこう付け加えた。

「彼等の成績が急下降したのには何か理由があるはずなんだ。もしかしたら何者かが関わってる可能性もある」


 カズの言葉に菊乃は少し違和感を持った。


(何者かが関わってる? どういうことだろ?)


 今はまだ分からない。しかし、この三人組のことだ。

 きっと何か裏があるんじゃないか、と菊乃は思った。


     *    *    *


 その日の放課後、さっそく勝春と菊乃は行動を開始した。


 六時間目の授業が終わってから二人は真っ直ぐに特進クラスに向かった。


 だが、すでに高井久美子は教室にいなかった。

 クラスメイトによると、彼女は図書館に直行したらしい。


 なので、すぐさま二人も図書館へ急行する。


 すると、情報通りにターゲットは図書館にいた。


「いたいた。あの子だヨ」と、勝春が高井久美子を指差した。


「え? カッチー、顔知ってんの?」

「オレも資料見たんだヨ。オレ、一度見た女の子の顔は絶対に忘れないんだよネ」


 読書スペースのテーブルに一人で、ぽつんと座っている彼女が『高井久美子』、特進クラスのエースだ。


 見た目はごく普通の女の子。セミロングの髪は上品にカールさせている。


 しばらく離れた場所から観察してみる。


(なんか元気ないみたい……)


 菊乃は少し意外な気がした。

 特進クラスでトップというからには、もっとバリバリ勉強していると思っていた。

 しかし、参考書を広げてはいるものの、彼女は、ため息ばかりついている。


 菊乃が小声で言う。

「なんか悩み事でもあるのかなあ?」


「さあネ。でも声掛けるチャンスではあるナ」

「え? 声掛けんの?」


「勿論サ」

 そう言うと勝春は、ツカツカと高井久美子がいる机に向かって歩き出した。

 仕方なく菊乃もあとに続く。


「高井さん!」と、親しげに名前を呼ぶ勝春を見て久美子が「え?」と、一瞬、困ったような表情をみせた。


 考える時間を与えずに勝春は畳み掛ける。

「M大学だったよネ? あさっての模試の会場。M大って最寄り駅どこだっけ?」


「え、あ、御茶ノ水だけど……」と、久美子が答える。


 恐らく見覚えのない男子に声を掛けられて戸惑っているのだろう。

 なのに無視できないところをみると少し気が弱いタイプなのかもしれない。


「あのサ。オレ、御茶ノ水、降りたことなくってサ。悪いんだけど一緒に行ってくれないカナ?」


「……え……でも」


 やはり勝春の強引なお願いを断りきれないあたりが彼女の性格を表している。


「やっぱ、無理カナ? あ、もしかして彼氏とデートとか?」

「や……そういうわけじゃ、ないけど」


「しょうがないナ。じゃ頑張って行ってくるヨ。邪魔して悪かったネ」

 そう言うと勝春はあっさりと引き下がった。


 図書館をあとにしながら菊乃が尋ねる。

「ね? あれで終わり?」


「ああ。そうだヨ」

「だって、あれじゃ何にも分かんないじゃん」


「いや。そうでもないヨ。あさってになれば分かるサ」

「へ? どうして?」


「たぶん彼女、迷ってるんじゃないかナ。模試に行くかどうかを」

「何でわかるの?」


「模試の話をふったときの表情サ。それと一緒に行ってくれないか頼んだときの反応だネ」

「は? それって見覚えの無い相手に馴れ馴れしく話しかけられて困ってただけなんじゃない?」


「ハハ。それを適当にあしらえないンだから彼女、相当押しに弱い性格なんだろうネ。だからもっと強引にお願いしてればOKしたはずだヨ。けど、自分が模試に行くかどうか迷ってるからOKできなかったンじゃないかな」

「そんな……特進の三年生が模試をサボるなんて」


「そう。そこダヨ! 彼女が模試をサボろうとするなんてよっぽどの事だと思わない?」


「うん」

 菊乃が頷くと勝春が確信したように言う。

「おそらくデートの約束があるんだと思うヨ。彼氏の話をふった時、彼女、うわずった声で無意識に口元に手をやったでしょ? あれは嘘ついてる時によくみせる仕草なんだヨ」

「そんなもんかなぁ」


「マァ、あさって彼女をマークしてれば分かるヨ」

「マーク? てことは尾行するの?」


「そういうことサ」

「ふ~ん。そうなの」


 自分が誰かを尾行すると聞いてもあまり違和感が無い。

 そういう自分が段々と三人組のペースに染まってきてるなあ、と菊乃は思う。


「ところでカッチー、初対面の人にあんなに馴れ馴れしくよく話せるよね。おまけにタメ口だし」


「そうかナ。別にいつもあんな感じだけど?」

「普通は警戒されるけどねぇ。ま、カッチーの場合は分かるような気もする」


 そこが彼の魅力なのかもしれない。

 黙ってると、それだけで絵になるようなルックス。

 その涼しげな二重で見つめられると、たいていの女の子はドキドキしてしまうだろう。

 それなのに、なぜかその微笑には何ともいえない親近感がある。


(例えるなら……例えるなら……なんだろ? 見ているものを癒すもの。そうだ。もし、この三人組が犬だったら……人懐っこいカッチーはゴールデンレトリバー。可愛らしいカズ君はミニチュアダックスかな。で、ゴッキーは……あれ? なんだろ。強いていうなら……ハリネズミ?)


 そんなことを想像して菊乃は、ひとりで吹いてしまった。


 そんな菊乃を見て勝春が呆れる。

「何考えてるんだヨ? ひとりでニヤニヤしてサ」


「べ、別に! なんでもない」


「ふーん。怪しいネ……」

 からかうような顔つきで勝春が菊乃の顔を眺める。


 なんだか心の中を見透かされているようで菊乃は少し焦った。


 もしかして勝春にはテレパシーのように人の心を読む能力があるのかもしれない。


 なんてことを想像しながら菊乃は勝春に背を向けた。

 なぜなら赤くなった顔を隠すために、校庭を眺める振りをしたかったからだ。

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