6 一応の解決
決戦は放課後。いよいよ柔道部に乗り込む時間が近づいてきた。
授業が終わり、教室を出て武道場に向かう。
カズを先頭に勝春、大志がそれに続く。
さらに数歩後から菊乃と美穂子がチョロチョロついていく。
武道場に近づくにつれて菊乃の不安が高まっていく。
(カズ君は解決するって言ってたけどホントは何も分かってないんじゃないの?)
そうこうしている間にも先頭のカズが武道場に到着。
そして扉を勢い良く開け放った。
武道場にはまだ数人しか集まっていなかった。
柔道着に着替えた部員が数人。部長のモアイもいる。
「おっ?」と、モアイ部長が顔を上げる。
そして例の気持ち悪い顔でニヤッと笑う。
(やっぱキモッ!)
菊乃にはもうアレルギー反応が出ていた。
「なんだ? 入部する気になったのかぁ?」
モアイ部長の問いかけに対してカズは「いや」と首を振った。
そして、ズカズカと畳に足を踏み入れながら続ける。
「単刀直入に言うけどいいかな?」
「な、なんだ?」と、モアイ部長が怪訝そうな表情を浮かべる。
それに構わずカズは、ちょこんと指先でメガネの位置を直してから口を開いた。
「夜のバイト。止めてくれないかな? 問題になる前に。お酒は飲んで無いにしてもマズイと思うよ」
カズの言葉に、きょとんとしていたモアイ部長がすっとぼける。
「な、何言ってんスかぁ? 夜のバイト? 何のことだか……」
しかし、モアイ部長は明らかに動揺している。
それを見逃さず、カズは続ける。
「おとといの見学で気がついたんだ。練習の時に三人足りないってことにね。ランニングに出た時は十五人。でも帰ってきたのは十二人」
一緒に見学していたのに菊乃は全然気付かなかった。
カズは続ける。
「しかも足りない部員は当番表に名前があった三人だった。それでピンときたんだ。案の定、次の日、朝練に出てきたその三人は、前の日の格好のまま登校してきた。鞄も持たずに。つまり、ランニングに出た時に当番の三人はバイトに直行して、そのまま帰宅したってことだよね」
カズは淡々と説明を続けた。
それを聞いて菊乃にもようやくカズの行動の意味が分かってきた。
(カズ君て頭いいんだ。なんか探偵みたい……)
モアイ部長が凄い顔つきでカズに迫る。
「な、なんだと? だ、誰が信じるか。そんな作り話。証拠は? 証拠はあるんスか?」
そこでカズの後ろでニヤニヤしていた勝春が口を挟んだ。
「にしても変態チックな店だったよネ。大志?」
「ああ。二度と行きたくないな。あんな店は。だいたい何だ。あの『ハグ・タイム』とかいうサービスは?」
それを聞いて菊乃が声を漏らす。
「ハグ・タイム? 何それ?」
大志がゲンナリした顔で説明する。
「客が千円払って、こいつらに抱きしめて貰うというサービスだ。客の連中は汗臭い柔道着の匂いをクンクン嗅ぎながら喜んでいやがった。まったく俺には理解できんが」
理解不能な話に菊乃と美穂子は
(ハグ・タイム? 匂い嗅いで喜ぶ? ナニソレ?)
カズの推理がモアイ部長を追い詰める。
「なるほど分からないわけだ。だって柔道部ぐるみでアリバイ工作してるんだからね。それも変態クラブで……下手したら廃部だよ!」
モアイ部長は「しょ、証拠が無いッスよ」と、それでもシラをきるつもりだ。
しかし、カズは冷静だ。
「証拠ね。いいよ。じゃあ、昨日の当番の人。小池君、秋澤君、矢内原君。君達、今日、着替える時に気がついたかい?」
モアイ部長が振り返って部員達の方を睨む。
カズに名前を呼ばれた三人と思われる部員がビビリながら首を振る。
カズが何を言っているのかさっぱり理解できないモアイ部長が喚いた。
「な、何、ハッタリかましてるんスか! 証拠なんてないっしょ!」
ところが勝春が「それがあるんだナ」と、ブレザーのポケットから何かを取り出した。
よく見るとそれは『油性ペン』だった。
いつの間にか大志も同じペンを手にしている。
それでも意味が分からないモアイや部員達は首を傾げるばかり。
それを眺めながらカズが止めをさす。
「この二人が昨日、君達がバイトしてたお店で帯にサインさせてもらったんだよ」
その瞬間、モアイと部員達の表情が凍りついた。
菊乃もやっと意味が理解できた。
つまり、昨夜お店に潜入した勝春と大志が部員達の黒帯に油性ペンでこっそりサインをしていたということだ。
カズが補足説明をする。
「黒帯に赤色でサインしたから見にくかったんだろうね。言っとくけど、その柔道着は日中はずっと鍵のかかったロッカーにしまってあったんだよね。だったらボク達がサインするチャンスがあったのは、昨日の夜だけってことになるでしょ」
そこまでカズが証拠を挙げているにもかかわらず、モアイはまだ認めようとしない。
「そ、そんな事ないッスよ。だって、その、昨日の夜に書いたかどうかなんてわかんないッスよね? もっと前に書いてあったのかも……」
「それは無いね」と、即座にカズが否定する。そして、勝春に向かって尋ねた。
「ね。勝春。キミは何て書いたの? 彼等の帯に」
「ああ。昨日の試合結果サ。『巨人7-0阪神。ウキタ初完封!』ってネ」
「あっ!」
さすがにモアイも参ったようだ。
うつむいて何事かブツブツ言っている。
武道場が、しんと静まり返る。
「畜生……」と、モアイが顔を上げた。その目はぎらぎらとしている。
「お前らが邪魔するっていうなら力ずくで黙らせて……」
そう言いながらモアイ部長が両手を広げ、熊が人間に襲い掛かるようなポーズでジリジリと前に出てきた。
(カズ君、危ない!)と、菊乃は思わず目を閉じそうになった。
スッと下がるカズ。
代わりに大志が前に出た。
「ほお。やる気ッスか? 都大会ベスト4のオイラと?」
だが、モアイの挑発に対して大志はポケットに手を入れて突っ立ったままだ。
まったく戦うような体勢ではない。
そのまま無言で対峙するモアイと大志。
張り詰めた空気が畳の上を支配した。
「きぃえぇぇ!」と、モアイが先に動いた。
ひらりと身をかわす大志。
次の瞬間、大志の右足がふっと消えた! かと思うと『バチッ!』と音が響く。
見ると大志の右足ローキックがモアイの左ひざの裏側にめり込んでいた。
左ひざを『くの字』に曲げて苦悶するモアイ。
その瞬間、左の足の裏でモアイの左ひざを踏み台にした大志の身体が『ぶわっ』と浮いた。と同時に右ひざが水平に振り切られた。
モアイの顔と大志の膝蹴りの軌跡が一直線になり『ゴッ!』と鈍い音が響いた。
思わずカズが声をあげた。
「シャイニング・ウイザード!」
モアイが倒れるのと同時に大志が軽やかに着地する。
そしてそれっきりモアイは石像のように動かなくなった。
一瞬の出来事に凍りつく武道場内。
柔道部員たちは完全に戦意を喪失している。
モアイを沈めた大志といえば……またポケットに手を突っ込んで何事もなかったかのようにモアイを見下ろしている。
(つ、強っ……)
大志のあまりの強さに菊乃は納得した。
どおりで熊の巣窟みたいな柔道部に殴り込みをかけても落ち着いていられるわけだ。
誰もが言葉を失っている状態で、突如、カズが『パンパン』と手を打った。
「はい。という事で、柔道部の秘密のバイトはお終い!」
何を言われているのか分からないといった表情の面々に向かって大志がすごむ。
「分かったのか? 分かったなら返事っ!」
「う……うぃーッス」
何ともしまりの無い返事が返ってきた。
しかし、これで事件は一応、解決した。
柔道部のいかがわしいバイト疑惑。
それは変態クラブに柔道部ぐるみで部員を派遣していたものだと判明した。
そしてそれが
武道場を出ながら菊乃が感心する。
「それにしてもカズ君て超アタマ良いよね? だって部員の顔と名前覚えちゃったんでしょ。たった一回、見学しただけで」
「え? 普通、覚えない?」
そんなの当たり前でしょと言わんばかりにカズがすました顔をする。
「覚えられないって!」
菊乃には段々彼らの凄さが分かってきたような気がした。
と同時に、彼らの秘密に只ならぬ興味がわいてくるのを抑えることが出来なかった。
(この人達、ただのイケメン転校生なんかじゃない! 絶対に何かある!)
謎の美少年三人組の転入と柔道部事件の解決。
一見すると何でもない偶然のように思われる。
しかし、奇しくもそれがこの加美村学園を襲う危機の始まりであることには、まだ誰も気付いていなかった。
ミステリー・ボーイズの三人を除いては……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます