5 対決! 柔道部!
翌日の昼休み。
校内の食堂で菊乃の怒りが爆発した。
「あんたらホントにやる気あるの?」
すると勝春が、紙パックの『いちごオレ』を飲みながらすまして答えた。
「あるヨ」
ストローを、くわえていても顔がカッコイイから許せるものの、普通の男だったら張り倒しているところだ。
菊乃が口を尖らせる。
「だって全然、調査とかしてないじゃん!」
三人を問い詰める菊乃に対して、冷静に米粒を最後の一粒まできれいに食していた大志が呟く。
「たわけ」
「は? ゴッキーなんか言った?」
「食事中に
大志の言葉に菊乃が目を吊り上げる。
「何それ? どういう意味?」
カズが菊乃をなだめる。
「まあまあ、
「へいへい」
大志の反応に菊乃がドンとテーブルを叩く。
「その態度がむかつくんですけど!」
美穂子が慌てて割って入る。
「もう止めなよ、菊ちゃんも」
菊乃の興奮が収まるのを待ってカズが宣言する。
「とりあえず今日の放課後には決着つけるから」
それを聞いて菊乃の目が輝く。
「え? ホント?」
「うん。おかげで解決の
そう言ってカズは自信ありげにメガネに触れる。
だが、美穂子が不安そうに呟く。
「やだ。私こわい……」
半泣きになる美穂子に勝春が、やさしく声を掛ける。
「いいヨ。美穂子ちゃんは無理しなくて。オレ達だけで何とかするからサ」
カズは今日の放課後に事件は解決すると言い切った。
その自信はどこからくるのか分からない。
だが、菊乃の期待は一気に高まった。
食事を終えて三人組と菊乃、美穂子は教室に戻ることにした。
食堂を出て皆で校舎に向かう。
ところが、校庭を横切る際に、突如、大志の体勢がカックンと左に傾いた。
ハッとして皆が見守る中、大志の身体が地面にストーンと引き寄せられた。
まるで大木が最後の一押しで切り倒されるように大志が派手に転んだ。
後ろからその様子を見ていた菊乃が
「ぷっ。バッカじゃないの」
大志は地面に這いつくばったまま、起きようともしない。
ダメージが大きかったのか、精神的なショックを受けたからなのかは分からない。
だが、ゆっくりと立ち上がりながら「だ、誰だ。こんな所に穴を掘りやがったのは!」と、吐き捨てた。
どうやら必死で怒りを堪えているように見える。
確かに大志の左足は膝から下が溝にはまっていた。
見るからに深そうな溝。
誰かが校庭の一部を掘って溝を作っているらしい。
(こんな所、工事でもするのかな?)
などと菊乃が考えていると背後で誰かが叫んだ。
「キミ達! 困るよ。勝手に入ってもらっちゃあ!」
皆が一斉に振り返ると、見るからにネクラそうな小太りの男子がシャベルを手に、こちらを睨んでいた。
大志が、ゆっくりと左足を溝から引き抜きながら顔を引きつらせる。
「ん? お前か? こんな所に、しょーもない穴を堀りやがったのは?」
すると小太りの男子は黒縁メガネの奥の小さな目を見開いて怒鳴った。
「失敬な! ここは郷土史研究会の発掘現場なんだぞ!」
聞いたことも無い名前に菊乃と美穂子が困惑する。
美穂子がぽつりと呟く。
「ふんどし研究会?」
美穂子の天然ぼけに小太り少年が激怒する。
「ふんどしじゃないっ! キョウドシだ。郷土史!」
菊乃が眉をひそめる。
(キョウドシ研究会? 発掘現場?)
小太り少年は胸を張る。
「ぼ、僕は二年五組の
目黒と名乗る少年の話を黙って聞いていた大志が低い声で威圧する。
「誰も、てめぇの名前なんて聞いてねえよ」
その迫力に押されて目黒が少したじろぐ。
が、ぐっと胸を張って逆切れした。
「は、発掘現場は神聖な場所なんだ。な、なめないで頂きたいっ!」
そう言い切った顔の憎らしいこと!
色黒で下膨れのタヌキみたいな男の子が鼻の穴を広げている……。
「ほお」と、言いかけた大志をカズが「暴力はダメだって!」と、必死で制止する。
その時、偶然、通りかかった教師がその様子を見て近づいてきた。
「何をやっているんだね?」
それを見て目黒少年が目を輝かせる。
「あ! 有賀先生!」
「おお。目黒君か。よしよし。発掘作業は順調なようだね」
「はい。先生のご指示通り、昼休みも惜しまず作業を続けています。ですが、この失敬な連中が邪魔を……」
目黒は教師に言いつけてドヤ顔をみせる。
有賀と呼ばれた教師は、大志達をチラ見してから目黒少年を
「よろしい。しっかりやりたまえ」
「はい! 先生!」
教師が去ったところで、大志は冷たい目つきで目黒を見下ろす。
そして何事か考えた後にクルリと方向を変えてスタスタと足早に先に行ってしまった。
残された目黒は握り締めたシャベルと有賀先生の後姿を見比べてニカっと笑うと菊乃たちに向かって「エヘン」と咳払いをして穴を掘り始めた。
目黒と大志のやりとりを見守っていた四人は、この妙な展開にまったくついていけず、その場に立ち尽くしていた。
ハッと我に返った勝春が大志の姿を探す。
そして「アッ」と、声を上げた。
菊乃が勝春の見ている方向を目で追うと、百メートルぐらい先で次の授業の準備をする生徒達に混じって大志が何やら喚いているのが見えた。
(ゴッキー、何やってんだろ? 野球?)
バットを持った大志がバッターボックスに立って、体操着をきた人達に、あれこれ指示を出しているようだ。
ここからでは何を言ってるのか聞き取れない。
だが、どうも自分が打つからみんな守備につけ、と命令しているっぽい。
「藤村さん。危ないよ。下がった方がいい」
カズにそう言われて菊乃は訳もわからずその場から数歩下がった。
「危ないって何が? まさか、ここまで球が飛んでくるの?」
菊乃は半信半疑でバットを振り回す大志の姿を眺めた。
(ここからはだいぶ距離があるように見えるけど……)
と思っていたら『カッ!』と、乾いた音と共に何かが飛んできた。
そして『シューッ』と空気を裂くような音が近づいてくる。
(来たっ!)と、思った次の瞬間、数メートル手前の地面で『ボスッ』と、何かが跳ねた。
「え? ボール!?」
バウンドする白い物体を見て、ようやくそれが打球だと分かった。
(ホントにこんなトコまで届くんだ!)
驚いて菊乃はバッターボックスの方を見た。
大志はバットを地面に叩きつけて悔しがっている。
そして、もう一球のポーズ。
そして二球目。
投手が投げる。大志が打つ。
『カッ』『シューッ』『ボスッ』と、まるでVTRみたいに、さっきと同じように打球が飛んできて目の前で跳ねた。それも結構なスピードだ。
続いて三球目。
やはり同じように『カッ』『シューッ』ときて、『ドスン!』と、今度は鈍い音がした。
おやっと思って打球の行方を追う。
すると奇妙な物体が目に入ってきた。
そして呻き声が耳に入った。
地面に転がって死にかけのゴキブリみたいに悶絶する男子。
それが打球を背中に受けた目黒健介だということを理解するには数秒を要した。
「嘘……」と、菊乃は絶句した。
(もしかしたら、ゴッキー、はじめからこれを狙ってた?)
信じられない思いで菊乃は小さく見えるバッターボックスを見た。
「やったー! やったー!」と、喜びを爆発させる大志の声がここまで聞こえてきた。
菊乃に野球は分からない。でも、今起こった出来事がただ事でないことぐらいは分かる。
(何なの一体……)
目の前の奇跡に菊乃と美穂子が唖然としているのに対して、勝春とカズはそうでもない様子。まるで驚いていない。
(この人達って……なんか変……)
もしかしたら想像している以上にこの三人には何かあるんじゃないか?
菊乃はそんな気がしてならなかった。
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