第三十一幕「最後に彼女は決意した」


 シルバリースターが身を隠した館の残骸に、多数の銃弾が痕を穿つ。


「く、このままでは動けないな。しかもあちらには……」


 わずかな隙をついて、シルバリースターが反撃に出るべく、物陰から顔を出そうとして。まったく同時に飛来した銃弾が鼻先を掠めていった。

 それだけで千載一遇の機会は潰え、シルバリースターは物陰へと戻ることを余儀なくされる。


「クレーンめ。以前は頼りになったが、敵にすると本当に厄介だな!」


 シルバリースターと向かい合う、多数の戦闘用銃鉄兵アイアンファイター。その背後では、半人半馬の機体が悠然と長銃を構えていた。

 クレーンとその銃鉄兵ヘッドレスホースマンは遠距離からの狙撃に特化し、極めて高い能力を発揮する。敵は数で勝るだけでなく援護までも加わり、容易に付け入る隙を見出せなかった。


「ジリ貧だな。強引にいこうにも、今は難しい」


 ヴィンセントは意識のないエリザベスを抱きかかえている。いつものように身軽に動き回ることはできそうになかった。

 そうしていると、彼はぐらりと視界が揺れるのを感じた。いや、揺れているのは視界だけではない。彼らの立つ地面そのものが、揺れ始めているのだ。


「地震……!? いや、違う。山が……動いて!?」


 ヴィンセントは山頂を見上げ。そこに現れたものを目にして、愕然と呻いた。


 彼だけではない。その日、マギナの住人たちは見た。彼らが神の御座す山が、崩れゆくのを。

 呆然と見つめる視線の先で山頂が爆発し、噴煙と共に土砂が流れてゆく。火山の噴火か――そんな当たり前の想定は、直後に否定された。


 轟々と唸りと噴煙を噴き上げる火口から巨大な物体が突き出てくる。

 燃え盛る溶岩に彩られたそれは、先端が細く分かれていた。誰しもが見覚えのある形、あまりにも巨大ではあるが、確かに人の腕の形をしている。


 腕に続いて、全身が出現してゆく。脈打ちながら流れる溶岩の血潮を、降り積もった灰が皮膚となり覆い隠す。

 中央に、巨大な土くれのような頭部が飛び出した。目も鼻もない、のっぺらだ。その代りに異様に巨大な口だけが、ぱっくりと開いていた。

 火口を破壊しながら現れた、巨大な存在。それは生まれたての赤児のように、不格好な短い手足を引きずりながら蠢いていた。


 巨大なる異形の存在――『火の赤児みどりご』は、巨大な口を大きく開いて悍ましき産声を上げる。

 直後、頭部の表面に無数の人の顔が浮き上がった。人面は好き勝手に叫び、産声を主旋律として、聞いたものの正気を奪うような伴奏を奏でだす。


 ソレの姿を見た瞬間、ありとあらゆる者が理解した。ソレは、決して相いれることのできない存在なのだと。普く世界に生きる、全ての者の敵であると。


「冗談じゃないぞ!」


 そして山頂が吹っ飛んだことにより、ヴィンセントたちは戦闘どころではなくなっていた。迫りくる土砂崩れを避けるべく、山を全力で駆け下りている。

 シルバリースターの客架キャビンに納まり、彼は背後を睨んで叫んだ。


「あれが、街の者のいう火の神なのか!? ……こんな悍ましいものが、神だというのか!!」


 走るシルバリースターの足元が、衝撃で弾けた。シルバリースターはバランスを崩すも、何とか立て直して走り続ける。

 焦るヴィンセントが目にしたもの。それは、こちらへと突撃してくる半人半馬の機体であった。


「逃ガサんぞ、ヴィンセント」

「なんてしつこい奴だ! あんなものが出てきたのだぞ、戦っている場合か!?」

「我が主ハ、お前タチヲ殺せと命ヲ下サレた。それにアレも、主ガ生み出セシもの。我らの敵ではナイ」

「やはりお前も人造生命ホムンクルスなのだな……人としての魂は、望めそうにないか!」


 クレーンだけではない。ギディオン商会の銃鉄兵たちが、一斉にシルバリースターを狙って襲い掛かってきた。ホムンクルスである頭のない男たちは、自らの命よりも主の命令を優先する。そこに保身という概念は存在しない。

 背後には土砂崩れ、横からは敵銃鉄兵。ヴィンセントとシルバリースターは、着実に追い込まれつつあった。


 ◆


 山頂では、火の赤児が短い手足を乱暴に振り回し、山の斜面を這いずり下り始めていた。手足の動きはでたらめで、まともな歩行をなしてはいない。まさしく生まれたての赤児のようである。

 それでも、全長およそ二〇〇ヤード(約一八〇メートル)は下回らないであろう巨体が引き起こす衝撃は、生易しいものではなかった。


 山を崩しながら、逃げ去る銃鉄兵を見つけた火の赤児は突如として口を大きく開いた。

 頭部の直径と同じくらいまで開ききった口の中、喉の奥に渦巻く溶岩の輝きが見える。直後、巨大な口は内部からした。

 そうだ、噴火としか形容しようのない勢いで灼熱した溶岩が放たれる。高熱の瓦斯が地表を焼き、周囲は一瞬で燃え盛る火の海と化した。


「化け物がっ!」


 背後から迫る脅威に気づいたヴィンセントが表情を引きつらせる。シルバリースターが素晴らしい反応を見せ、横っ飛びに脅威から逃れる。

 直後、灼熱の溶岩流が地表を灼き進んだ。それはシルバリースターを追撃しようとしていた頭のない男たちの銃鉄兵を、代わりに呑み込んでゆく。一瞬にして銃鉄兵の巨体が、灼熱の中へと消えていった。


「おっと、まったく制御が甘い。まだ本調子ではないようですね」


 歩みを再開した火の赤児の肩に立つ、一人の男がいる。トラヴィスだ。

 彼は自らの部下が火の赤児の攻撃に巻き込まれたことには、なんの痛痒も感じていないようだった。


「しかし、いずれは頭脳と身体が馴染むことでしょう。何しろかつて眠りについた本物の神の一柱です。真の目覚めを迎えた暁には、この世界を塗り替えることも不可能ではない!」


 むしろ彼は上機嫌ですらあった。神話の時代から時を越えて甦った大地神の一柱。彼の究極の目標が、今ここに存在し動いている。それに比べれば、あらゆることが些事というわけだ。


「天空神よ! 見ていますか。見ているでしょうね。我らを見下しながら、無力を噛み締めていなさい。この地上は我らの神が支配して差し上げましょう!! ハハハハ……!!」


 狂気じみた哄笑を伴いながら、火の赤児が這い進む。この世界に甦りしただ一柱の神。その歩みを阻むものが、果たして存在し得ようか。

 ――そんな思い上がりに、牙を剥く者がいる。

 天をめがけて、一条の光が走った。光は空中を駆け巡り、複雑な文様を描き出す。呪紋オーソワード、世界の根幹をなす神の言葉。それは理を書き換え、超常の現象を導き出すものだ。


 空に輝く呪文を目にし、トラヴィスは顔色を変える。


「誰だ!? 天から……何かを喚んでいる!?」


 呪紋は告げる。「汝、この地へと招かん」と。輝く紋章を貫いて、何ものかが飛来した。それは火の赤児の進路を阻むかのように大地に突き刺さり、激しく土煙を巻き上げる。


「いえ、天空神の指金ではない……そうか! ホムンクルスどもから聞きましたよ、古臭いゴーレムがいたと!」


 トラヴィスは、光の源を睨んだ。そこにいるのは一人の賞金稼ぎ。アレクサンドラ・ウィットフォードが、仰々しい拳銃を天に向けていた。


 土煙は流されり、飛来物がその全体を現す。それは、例えるならば金属でできた臓物であった。巨大な鉄塊を装甲でくるみ、隙間にはうねるような大量の金属管が収められている。

 ウィットフォード家の紋章が刻まれた、その物体の正体は――『錬血炉ブラッドチャンバー』であった。


「この時のために。お前たちを倒すためだけに、私は賞金稼ぎとして稼いできた」


 内部に収められているのは、彼女がこれまでに稼いできた金である。金庫であり、錬血炉でもあるそれは、蓄えられた黄金を貪り食いながら真の機能を目覚めさせる。

 金属管に光が走った。黄金の光が縦横に走り、内部を激しく駆け巡る。絡まりあった金属管が、ひとりでにほどけてゆく。それは装甲を持ち上げながら四方に伸び、さらに周囲にあった土砂を吸い上げ始めた。

 金色の輝きが一層強まるとともに、土砂はひとつの形を成してゆく。


「今ここで、私の前にわだかまる黎明を……討つ!! 吼えろ、黄金なる夜明けゴールデンドーンよ!」


 其は巨人。黄金の輝き持つ巨人兵器――黄金神像ゴールデンディビニティ

 対価として史上最高の力をもつを動力源として駆動される、最上位の銃鉄兵の銘。


 立ち上がる。完全なる形を成した金色の巨人が。ウィットフォード家に伝わる原初の巨人が一体、その名を『ゴールデンドーン』。今ここに、顕現す。


「私の全財産をかけて、お前たちを滅ぼす。ここが終わりだ!」

「させませんよ! 神に挑む愚を、思い知りなさい!」


 金色の巨人と、火の赤児。ここに最後の戦いの火蓋が切られる。


 ◆


 ヴィンセントは、シルバリースターの客架からその光景を見ていた。


「ジョンがまたアレを喚んだのか。でもあの化け物を相手に、どこまで戦えるか」


 ゴールデンドーンは全高三〇ヤード(約二七メートル)に達し、通常の銃鉄兵の三倍近くある威容を誇るも、火の赤児に比べれば小動物のような大きさである。いかにも無謀な挑戦に見えた。

 微力ではあれど加勢しなければならない。ヴィンセントは使い魔に命じようとして。

 ふと、彼は腕の中で眠るエリザベスに気付いた。彼は妹を護らねばならない。絶体絶命の窮地から取り返したものなのだ、これ以上の危険にさらすことはできなかった。

 しかし。あの怪物を放置することもできない。

 アレを今この場で斃せなければ、いずれ世界中に重大な被害を及ぼすことになるだろう。どれだけ悍ましい姿をしていようとも神話の時代に眠りについた神の一柱なのだ、その力を侮ることはできない。


「イライザ、あと少しだけ我慢してくれ。先に決着をつける。全てを終わらせたら、ヒャグザに帰ろうな」


 彼はシルバリースターから飛び降りると、鉄動馬オートホースを切り離した。自らは馬に乗り、相棒を振り仰ぐ。


「ドリー、無茶は承知だが。あの化け物は、ここで倒さなければならない」

「任せてちょうだい、我が主。あんな醜いヤツに、好き勝手はさせないから」


 シルバリースターは手の中でくるりと拳銃を回転させると、それを腰装甲に接続した。前身であるシューティングスターより受け継いだ最強の兵装、魔力剣エナジーセイバーを抜き放つ。


 彼は鉄動馬を操り、アレクサンドラの下へと走りだす。少し遅れて、シルバリースターが戦場へと向かおうとして走りだした。瞬間、その肩に銃弾が直撃する。姿勢を崩したシルバリースターに、彼は痛恨の叫びをあげた。


「クレーンめ、まだ生きていたか!」


 ヘッドレスホースマンが、走っているのが見える。火の赤児による攻撃を受けた時、離れていたために難を逃れていたのだ。


「命令ハ、遂行スル」


 忠実なるホムンクルスには中断も停止も存在しない。どれだけ味方が斃れようとも、その屍を越えて突き進むだけである。


 ヘッドレスホースマンが恐るべき速度で駆けだした。矢継ぎ早に銃撃しながら距離を詰める。さすがに前衛となる機体がいなくなったことで、狙撃だけでは片が付かないと考えたのだろう。

 対するシルバリースターも走り出す。射撃の精度では、まだヘッドレスホースマンのほうが上回っている。致命傷を与えるには、近づくしかない。


 二機の銃鉄兵がチキンランのごとく駆け寄ってゆく。互いの放つ銃弾をかわしながら、前に出ることは止めない。どちらの弾が先に当たるか。少しでも躊躇えば、そこで決着はつく――。


 そんな二機の決闘を引き裂くように、巨大な物体が割り込んできた。火の赤児だ。でたらめに手足を振り回して進むそれが、山を崩し土砂崩れを引き起こす。火の赤児にとっては、敵も味方もまったく関係がなかった。二機の銃鉄兵は止むを得ず、大きく進路を変える。


 その時、火の赤児の肩に乗っていたトラヴィスが土砂をかわすヘッドレスホースマンを見つけていた。


「ほう! ホムンクルスがまだ生きていましたか。よし、お前は我らが神を援護なさい! あの目障りなゴーレムを倒すのです!」

「御意」


 命令の変更を受け、クレーンはすぐに次の目標を探した。

 見つけるのにさほどの時間も必要としない。なぜなら、火の赤児が引き起こす土砂崩れを吹き飛ばしながら突き進む、金色の巨人がいたからだ。


 ゴールデンドーンが、出来損ないの神に肉薄してゆく。


「ブラットリー! サウザンドカノン、シュート!!」


 アレクサンドラの命を受けて、ゴールデンドーンの両肩に設置された多連装砲が動き出した。

 全身を走る黄金の光が収束し、ひときわ眩しい光となる。幾条もの光線が放たれ、熾烈な威力をもって迫りくる土砂を吹き飛ばした。目前に残るのは、無様に蠢く火の赤児のみ。


 力強く踏み出し、拳を固める。狙うは頭部、いかに火の赤児が巨大であろうと、べったりと這いまわっている今ならば手が届く。そこには、今しも神の躯体を支配せんとしている神の頭脳がある。つまりは最大の弱点というわけだ。


「潰してしまえ!」


 ゴールデンドーンが、拳を振りかぶって主命に応じる。しかし、破壊的な威力をもった殴打が神に届くより先に、飛来した銃弾がその軌道をそらした。

 ゴールデンドーンの拳が、火の赤児を殴りつける。だが威力が十分ではない。火の赤児はさしたる痛痒を感じることもなく、反撃に出た。山肌を削りながら迫ってきた巨腕がゴールデンドーンを張り飛ばす。


「雑魚が、邪魔をするな!」


 アレクサンドラの悔しげな視線の先で、ヘッドレスホースマンが軽快に駆け抜けていった。

 堅牢なゴールデンドーンは銃弾を数発浴びた程度でびくともしないが、何も壊す必要はない。攻撃さえさせなければ、火の赤児が全てを葬ってくれるのだ。

 再び起き上がったゴールデンドーンへと向けて、ヘッドレスホースマンが銃を構える。次の狙いは脚の関節。機動性を奪い、一気に仕留めるつもりである。

 いつものように銃を構え、いつものように引き金を引く。そうすれば、後は銃弾が望む結果をもたらしてくれる。


 ただひとついつもと違ったのは、輝く剣を手にしたシルバリースターが射線に割り込んできたことだけだ。


魔力剣エナジーセイバー、シュート!!」


 光の軌跡を残す斬撃が、必殺の銃弾を切り払う。シルバリースターの援護を受けて、ゴールデンドーンは体勢を立て直していた。


「奴の射撃はこちらで抑える! 君は、あの化け物をなんとかしてくれ!」

「ああ、任された。もとよりそのつもりだからな」


 再び立ち上がったゴールデンドーンに、トラヴィスは苛立ちを募らせていた。

 今はまだ神の頭脳が躯体を十分に操れていない。もう少しで、制御が完全となるのだ。そうなれば神に抗いうるものなど、この地上にいなくなる。それまで時間を稼がねばならなかった。


「ええい、何をやっているのです。お前! いかなる手段を用いても、あれを止めなさい!」


 ヘッドレスホースマンが、さらに前に出る。長銃が咆え、強力な弾丸がゴールデンドーンに襲いかかる。数発はシルバリースターが防ぐものの、すり抜けて直撃するものもあった。積もりゆく攻撃が着実に、ゴールデンドーンの動きを阻害する。


「守勢では埒が明かない。ドリー!」


 シルバリースターが銃を抜く。剣と銃を両手に前進へと転じた。攻撃を受けては、ヘッドレスホースマンとて回避せざるを得なくなる。


 そのうちに、火の赤児に変化が起こっていた。

 最初は無様に這いずることしかできなかったものが、だんだんと四肢の動きに明確な意思が見え始める。短い指を広げ、大地を打ち付ける。軋むような音とともに、身体が持ち上がってゆく。一歩進むたびに地は陥没し、激しい揺れが周囲を襲った。


「く、まずいな。神の頭脳が、神の躯体に慣れ始めている。このままあの神の出来損ないが立ち上がるようになれば、本格的に勝ち目がなくなるぞ!」


 巨大さとは、力そのものである。いまは火の赤児が自由に動けないため、主導権はアレクサンドラたちにある。しかしそれが、自在に歩き始めるとすれば。さらに立ちあがり、二〇〇ヤードもの高みから殴りつけられればいかなゴールデンドーンとて耐えきれるとは思えなかった。


「その前に、倒してしまえばいいだけのこと!」


 ヘッドレスホースマンがシルバリースターと戦い始めたことによって、自由になったゴールデンドーンが火の赤児に肉薄する。拳を固め、次こそは決着を狙う。


「神よ! 何をしているのです! 早くあれを、倒してしまいなさい!!」


 トラヴィスの半狂乱の叫びは、神に通じていた。

 火の赤児の頭部に生えた無数の人頭が一斉に口を開き、常人には理解できない言葉を紡ぎ出した。それらは全て、詠術士だった者たちの頭部である。かつて世界の真理に最も近づいた者たちは神の頭脳となり、神の躯体と接続されたことで恐るべき魔術兵器と成り果てていた。


 圧倒的な密度で展開された多重魔術が投射される。純粋な破壊の力に彩られた波紋が、空間を歪め地を粉砕した。狂った神に、狙いなどという概念は無いに等しい。ただ前方の広範囲へと、無作為に放射されていた。

 当然、それは対象を選ばない。火の赤児の前にいるのは、ゴールデンドーンとシルバリースターだけではなく。


「ギギッ……主ヨ、マダ命令を……ッ!?」


 ヘッドレスホースマンの客架で、クレーンが振り返っていた。それは頭部をもたないがゆえに、表情というものがない。だが恐らくは、呆然としたものだったのだろう。

 破壊の渦が、ヘッドレスホースマンを捉えた。最期のつぶやきを残し、クレーンは銃鉄兵ごと粉微塵に消し飛んだのである。


「クレーン、お前……」


 最期まで使命を果たそうとしていたホムンクルス。ヴィンセントは苦々しいものを感じて口元を歪めた。強敵ではあったが、その技量と執念はある種の尊敬に値するほどだった。

 だが今は、そんな感傷を抱いている暇はない。迫りくる破壊の波動に向かい、ゴールデンドーンが立ちはだかる。


「押し返せ!!」


 サウザンドカノンが咆え、多重魔術を迎撃する。衝突による衝撃波が大地を抉り、土煙を舞い上げた。ゴールデンドーンのいる場所を頂点として、地面にごっそりと傷跡が穿たれる。


「馬鹿げた力だ……。さすがに、こんなものを何発も防いでいられないな」


 さすがのアレクサンドラも、いくらかの焦りを感じていた。

 ゴールデンドーンは確かに強力無比なる銃鉄兵だ。しかし黄金を動力とする機構上、消耗もまた桁外れに激しい。力の果てがないような神と戦うには、不安が残る。


「ははは! どうです。無力を思い知ったでしょう! そろそろ我が神の前に跪く時が来ましたよ!」


 火の赤児が、上体を起こす。持ち上がった顔面に生えた詠術士たちが、そろって口を開いた。人の理解の埒外にある詠唱が、再びの破壊を巻き起こす。

 ゴールデンドーンから金色の光が走り、多重魔術を迎え撃った。だが、結果は前と同じとはいかない。サウザンドカノンの光は吹き散らされ、ゴールデンドーンが余波にあおられ後退した。

 神の頭脳が活性を増し、躯体の支配が進んでいるのだ。対するゴールデンドーンは、黄金を浪費する一方である。


「まずいな。このままでは奴のもとに辿りつくころには、動けなくなる」


 歯噛みするアレクサンドラに、ヴィンセントは真剣な表情を向けた。


「ジョン。ひとつだけ良い手がある。君の金色の銃鉄兵を、奴のもとへと届けて見せるさ。そうすれば、君はあれを倒せるかい?」

「とっておきがある。あるが……それにはまだ、足りないものがある」


 アレクサンドラは苦々しい表情を隠そうともしない。


「それは、僕とシルバリースターで補えるものかい」

「足りないのは、金だ」


 窮地ではあるが、ヴィンセントが思わず天を仰いでしまったのを誰も責められまい。


「ここにきてそれか!? どうしてこう、君は! 肝心な時に金の話ばかりするんだい!?」


 彼としては極めて心底からの抗議であったが、応じる彼女も実に真剣な表情である。


「冗談を言っているわけではない。黄金神像の力を支えるのは、今までに私が貯めてきた黄金だ。ゴールデンドーンの最高の攻撃が使えれば神であろうと屠ってみせるが、それには一発あたり……の黄金を消費する」


 ヴィンセントから、一切の表情が消えた。あまりにもひどい台詞を耳にして、思考が彼岸までぶっ飛んでしまっている。しばらくして正気に戻った彼は、ついに頭を抱えてしゃがみこんでしまった。


「君が異様に金にこだわる理由が、わかった気がする。だけど! いくらなんでもそんな金がいったいどこにあるというんだい!?」


 じつにまっとうな抗議だ。その時アレクサンドラはふと、懐に入れたままだった物を思い出した。それは、金の延べ棒である。金、黄金。それを手に入れた時のことを思い出して、彼女は顔を上げて出来損ないの神を睨んだ。


「奴はまだ、神の頭脳と身体の同調率が低いはずだ。紛い物の頭脳が、神の力を自在に使いこなせるわけがない。だとすれば、奴の力の源はなんだ?」


 彼女の顔に、凶暴な笑顔が浮かんでゆく。まるで獲物を見つけた空腹の狼のような視線で、火の赤児を睨み据えた。


「私と同じだ。今の奴は、貯め込んだ財貨を食って動いているただの巨大なゴーレムにすぎない。だったら。敵の黄金なんてものは、奪ってしまってもかまわないだろう?」

「君はいったい、何を言っているんだ……」

「ヴィンセント。これが最後の機会チャンスだ。奴を、消し去るぞ」


 火の赤児から多重魔術が放たれ、ゴールデンドーンがそれを防いだ。サウザンドカノンは撃つたびに黄金を目減りさせる。もうあまり時間は残されていない。

 自信に満ちたアレクサンドラの様子を見たヴィンセントは、苦笑ともつかない表情を浮かべながら、深く溜息をついた。


「はぁ……。わかったよ。最初から、君に賭けるしかないわけだしね」


 決意を固め、ゴールデンドーンが、シルバリースターが動き出す。それまでは守勢に立っていた彼らが、一転攻勢に打って出た。当然、火の赤児も黙ってそれを許しはしない。無数の頭部が一斉に詠唱をはじめ、多重魔術を準備する。


「シルバリースター、僕たちで道を作る! ! 後は頼んだよ!!」


 ゴールデンドーンを追い越して、シルバリースターが前に出た。二体を迎え討つように、多重魔術の津波が押し寄せる。


魔力剣エナジーセイバー過重装填オーバーロード!!」


 シルバリースターは、魔力剣に接続された拳銃を、一息に全弾発射する。

 本来、魔力剣は詠術弾スペル・ブレットを一発ずつ使用することで作動する。そうしなければ、発動した魔術の力に耐えきれず刀身が破壊されてしまうからだ。


「ただ一度だけもてばいい! 斬り裂けぇっ!!」


 銃に装填されたすべての魔術を重ね掛けされた魔力剣が、明らかに異常な光を発した。シルバリースターが、それを押し寄せる魔術の津波へと叩きつける。

 魔力剣が、空間に光の軌跡を残して疾走はしる。銃鉄兵など一瞬で粉々に砕いてしまえる破壊の力を、光の剣が、切り裂いた。

 直後、澄んだ音を立てて刀身が砕け散る。魔力剣は、その身と引き換えに完璧に役目を果たしていた。


「感謝する、ヴィンセント。次は私の番だな」


 ゴールデンドーンが、走る。詠唱を終えて無防備になった火の赤児に肉薄し、その懐へと飛びこんだ。

 サウザンドカノンが光を放つ。火の赤児の腹部へとむけて、全門が一斉に光を放った。多重魔術にも対抗しうる光の楔が、神の躯体へと打ち込まれる。

 火の赤児の表面にひびが走り、真っ赤に焼けた溶岩が噴き出てきた。

 それをまったく無視して、ゴールデンドーンがの拳を固める。走り込んだ勢いを載せて、拳を火の赤児の腹部へと打ち込んだ。


「な、なんてことを! 止めなさい!」


 地を揺るがすような、苦痛の悲鳴が上がった。

 火の赤児は泣き叫びながら口を大きく開き。喉の奥より、灼熱の輝きが見える。灼熱の溶岩で、全てを破壊するつもりだ。

 その前に、ゴールデンドーンの拳が神の体内をえぐった。噴き出す溶岩に装甲が侵されてゆくのも構わず、体内をまさぐり探す。そしてついに、目当ての物を見つけ出した。


 ゴールデンドーンは、巨大な手でそれを鷲掴みにして、一気に引き抜く。

 溶岩の血潮によって焼けただれた左手に掴んだもの。それは、巨大な金塊であった。ギディオン商会が洞窟に運び込んでいた黄金は、神の頭脳が躯体になじむまでの餌にするためにあったのである。


「これだけあれば、十分だ!」


 ゴールデンドーンが胸を開き、中枢にある錬血炉を剥き出しにする。そして、左手に掴んだ金塊を直接炉へと突っ込んだ。

 黄金を取り込んだ錬血炉が、すぐさまそれを己の力へと変える。


「これで、一〇〇万ミリオンダレルだ」


 ゴールデンドーンの全身を走る金色の光が、いっそう輝きを増した。まるで世界を照らし出す太陽のごとく。光に押され、火の赤児に生えた無数の頭部が呻き瞳を閉じる。


 光はやがて、無事に残った右手へと集っていった。腕を覆っていた分厚い装甲が展開を始める。内部組織があらわになり、抑えきれない光が漏れ出す。

 莫大な力が、ゴールデンドーンの右拳へと集中してゆく。世界を変えうる魔術という力。その源にして、最大最高の力たる黄金の輝きが、一点に集ってゆく。


 その時、火の赤児の頭部にふたつの頭が浮かび上がった。それは、アレクサンドラの両親である。


「アリー! や、止めなさい! 父母わたしたちに、その拳を向けるというのか!?」

「お願い、アリー! もう少しなのよ。どうしてわかってくれないの!? もう少しで、私たちがこの世界の神となれるのよ!?」


 火の赤児は、その一部となった二人は知っていた。ゴールデンドーンの存在と、その最大の攻撃を。

 故に止めねばならない。あれは、神をも殺しうる武器だ。あれは、神に対抗するためにあった武器だ。何故ならゴールデンドーンとは、神を模して造られた原初の巨人の一体なのだから。


「ここはもう、闇に包まれた場所じゃない。夜明けの光の中に、亡霊の居場所なんてない」


 そんな、両親の首から放たれた必死の懇願を、アレクサンドラは一蹴した。


「黄金の夜明けよ! 決着をつけろ!! ミリオンダレル・ナァァァックル!!」


 ゴールデンドーンは、ブラットリーは、迷いなく主命を遂行する。右手を振りかぶり、火の赤児めがけて拳を放った。


 最後のあがきとして叩きつけられた火の赤児の腕は、ゴールデンドーンの拳に触れた瞬間、消し飛んだ。金色の光が全てを呑み込んでゆく。あらゆる抵抗は無意味で、あらゆるものは障害とならない。


「アリィィィィィィィィッ!!!!」

「ひぎぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!??」


 絶叫を上げる父母の顔面へと、眩く輝く拳がめり込んだ。

 黄金の光は容赦なく、区別なく、触れるものの一切を消滅させる。数多の頭部とともに、火の赤児の顔面が消し飛んでゆく。光は浸食を続け、やがて中枢にあった神の頭脳が露わとなった。醜悪な肉塊が波打ち、わずかな抵抗を試みて。

 次の瞬間、神の頭脳は光に飲み込まれた。炸裂する黄金の暴威の中に、焼けて滅びて散り消える。


 黄金の光は貪欲に、あらゆるものを飲み込んでいった。火の赤児の頭部を越えて、胸へと。この時点で、トラヴィスはもはや影も形もない。


 やがて、光が徐々に収まり始めた。その力の源であった黄金が尽きたのだ。

 あらゆるものを蹂躙した光が過ぎ去った後。そこに残っていたのは、右手を突き出した姿勢のまま動きを止めたゴールデンドーンと。頭部から胸の半ばまでが完全に消失した、火の赤児の残骸だけであった。


 風が吹く。破壊の嵐が押しのけた風が戻り、山肌を駆け抜けていった。

 その瞬間、残っていた火の赤児の躯体が、一斉に崩壊を始めた。神の頭脳による制御を失ったことで、躯体は活性を失ったのだ。


 灰が流れ落ち、冷え固まった溶岩が砕け落ちる。大量の灰と砂がもうもうと煙を噴き上げ、あたり一帯を包んでゆく。こうして、神の躯が残した大量の土砂があらゆるものを埋め去ったのであった。


 ◆


「……終わったんだな」

「ああ、終わった」


 もうもうと立ち込めた神の残骸が吹き去った後。アレクサンドラとヴィンセントは、無事で居た。シルバリースターが盾となり、彼女たちを火の赤児の崩壊から守っていたのだ。


 彼女たちが安堵の吐息をついている時。立ち尽くしていたゴールデンドーンが、バラバラと崩れ落ちていった。力の源である黄金を使い果たし、土からできた躯体を維持できなくなったのだ。元の金庫へと、姿を戻す。


 それを見送って、アレクサンドラは晴れやかな表情で座り込んだ。空を見上げ、深く息をつく。


「もうこれで、私にはやるべきことがなくなった。奪われた父と母の首はゴールデンドーンが天へと送った。仇は全て倒した。もうゴールデンドーンを使う必要もない。だったら、金を稼ぐ必要もなくなった」


 まるで彼女の芯にあった力が、すっかりと抜け落ちてしまったかのようだった。張り詰めていたものは、何も残っていない。

 ヴィンセントは少しだけ考え込んで。結局、思った通りにいうことにした。


「そうか。だったらどうだ? これからは、僕の仕事を手伝ってくれないか」


 彼女は、どこか不思議そうな視線で彼を見上げる。


「君にはもう目的がないのかもしれない。でも、いままでやってきたことなんだ。賞金稼ぎとしての技を捨ててしまうのは惜しいと思う。それに詠術士としても……イライザだって、いきなり教師がいなくなれば寂しがるだろうし」


 アレクサンドラはしばらく気の抜けた顔でいたが、やがて小さく噴き出す。


「フフッ。そうだな、目的はないけど……。どうせなら私は、父や母がそうしていたように生きてみたいな。なぁ、ヴィンセント」

「なんだい?」

「私と、結婚しないか」


 ヴィンセントは返事をするまでに、たっぷり数分は沈黙していた。


「はぁっ!?」

「ウィットフォード家を再興するかはわからないが、これから私自身がその血を残さねばならないわけだ。だったら相手が必要だ」

「いや、ちょっと待て! それとこれとは、話が別では!?」

「そうか? お前はなかなか見どころがある。ちょうどいいと思うんだが」

「……~~!! なんだい!? その色気の欠片もないプロポーズは!? だいたい、そういうのはもっとお互いのことをよく知ってからだね……!?」


 焦るヴィンセントを見上げて、アレクサンドラは純粋に不思議そうに首をかしげた。


「お前はもう、私の全てを知っているだろう」


 ヴィンセントは死にそうだった。先ほどまでの死闘とは別の意味で、ここで死にそうだった。


「ああもう! 君はまったく! 変な思い付きでばかり動いて……!」


 ヴィンセントは、何度も深呼吸をして。突然立ち上がると、ぼけっと座り込んだままのアレクサンドラへと、手を差し出す。


「……とりあえずだ! まずは、へと帰るとしよう」


 彼女は笑顔を浮かべ、ヴィンセントの手を握り返したのであった。

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