第二十八幕「空を翔けるは白銀の星」


 屹立する巨人が、悠然とヴィンセントを見下ろしていた。巨人の銘は銃鉄兵ガンメタル。鋼と魔道の技により生み出された、荒野を駆ける最強の兵器である。

 肩の上に見覚えある人影を見つけ、彼は思わず叫びをあげた。


アレクサンドラジョン!? 君がいるということは、これが……!」

「その通り。待たせたな、お前の新たな相棒を運んできてやったぞ」


 彼は息を呑むとともに、あらためて銃鉄兵の全身を視界に収めた。

 なめらかな曲線を主体とした装甲は基となった銀騎士シルバーナイトの意匠に似て、少しばかり古めかしい雰囲気がある。その内に、ヴィンセントは懐かしい形を見出していた。


「銀騎士、いや……これはシューティングスターなんだな」


 シューティングスター。銀騎士との戦闘において破壊された、彼の相棒の面影が確かに残っていた。

 にわかに言葉を失う彼の姿を見て、巨人の肩の上でアレクサンドラが肩をすくめる。


「すこしばかり未完成で持ち出したから、師匠は文句たらたらだったがな」

「それは大丈夫なものなのかい?」


 未完成と聞いて、彼は途端に不安をあらわにする。

 ようく見てみれば、鈍く輝いてるように見えた装甲は単に金属地が剥き出しになっているだけだった。もとは白を基調とした優美な色合いだった銀騎士が、見る影もない。彼はてっきりそれで仕上げられていると思っていたが、これは単に修復途中で持ち出したことによる、間に合わせなのか。

 複雑な表情で固まる彼を見て、彼女はけらけらと笑っていた。


「安心しろ。あとは移動しながら調整する。戦いが始まる頃には、よく動くようにしてみせるとも」

「そこは信頼しているよ」


 眩しそうに、彼女のいる場所を見上げる。


「それで、そちらの収穫はどうなんだ?」

「実にちょうど良いタイミングだ。目的地はもう決まっている」


 アレクサンドラが首を傾げ、続きを促した。


「火の街……マギナ。全てのチップを、ここに賭ける」


 彼女は銃鉄兵から降りてきて、目的地の詳細を聞き腕を組んだ。


「火山だと? ずいぶん珍しい場所だな」

「ああ、やつらの狙いに何か見当はつかないか?」

「悪いが私にもさっぱりわからない。どのみち何をしていようと関係ない、いって叩くまでだ」

「そうかもしれないけど。君、実は調べ物が苦手だろう?」


 あいまいに笑ってごまかす彼女の姿に、ヴィンセントは溜息を漏らす。

 しかし、と彼はすぐに思い直した。新たなシューティングスターを動かすには彼女の力が必要であり、目的地を調べるには自分の伝手が活用できる。それぞれが為すべきことを為した結果、今敵陣へと殴り込む準備が整ったのだ。


「まぁいい。さっそく出発するか。この……そうかしまったな。ううむ、どうしようかな」

「どうした? 別に移動する程度なら何も問題はないぞ」


 銃鉄兵を前に、ヴィンセントは動きを止めている。それから少しだけ考えて、振り返った。


「銀騎士を基として新たな姿になったんだ。だったら、新しい名前が必要だとは思わないかい?」

「……お前のものだ、好きに呼べばいい」


 わりとどうでもよかったので、アレクサンドラはさっさと自分の移動準備に取り掛かった。鉄動馬オートホースを降ろして起動させると、荷物を括り付けてゆく。

 それをよそに、ヴィンセントはまだ考えていた。彼は、こういったことには拘るタイプなのだった。


「よし、決めた! 白銀の星シルバリースター。お前のはシルバリースターだ!」


 やがて彼が満足げに言い出す頃には、すっかりと鉄動馬の準備が整っており。


「終わったか? じゃあ出発するぞ。お前はこちらな」


 彼はゆっくりと振り返り、アレクサンドラが鉄動馬を指さすのを見て首を傾げた。


「どうしてだい? 僕はシルバリースターに乗って……」

「そいつはまだ調整が残っている。私とブラットリーで仕上げておくから、お前は鉄動馬を使ってくれ」


 その時ヴィンセントが浮かべていた表情は、まるで玩具を取り上げられた子供のようだったという。


 ◆


 不毛の荒野を、鋼鉄の巨人と金属の馬が連れ立って進む。

 鈍い金属地を剥き出しにした巨人が、陽射しにあぶられ陽炎を立ち昇らせている。装甲の下に蓄えられた熱を吐き出すために、しばしば蒸気を漏れ出させる。


「そろそろ水を補給しておきたいな」

「だったら近くに野営地がある」


 鉄動馬に跨ったヴィンセントは、地図を広げて周囲の情報を確認していた。

 銃鉄兵を用いた長距離移動といいうのは冷却水の残量との戦いでもある。荒野にひかれた街道の多くは、点在する数少ない水場をつなぐ形で作られたものだ。そうしてひとまず野営地へとたどり着いた一行は、シルバリースターへと水を補給していた。


 野営地を利用するのは彼らだけではない。他にもいくつかの集団がある。


「……商人が、多いな」


 なんとはなしに周囲を観察していたアレクサンドラは、徐々に目つきを険しくしていった。商人が多いこと自体は不思議でもなんでもない。もともと街道とは、荷を運ぶ商人のために作られたようなものだからだ。

 しかし、その商人たちが身に着けている印がギディオン商会のものとなれば、話は別だ。


「もしかして目的地は彼らと同じ……なのか」


 マギナには、ギディオン商会が頻繁に出入りしている。先に調べて分かっていたことである。だが実際に見てみれば、それは思っていたよりもさらに規模が大きなものらしかった。


「さて。噂の火山に、一体何があるものかな」


 銃鉄兵を伴い街道を行く。途中、何度も荷を積んだ馬車とすれ違った。マギナへと近づくほどに、荷を運ぶ商人以外はいなくなっていく。


「マギナというのはそんなに大きな街なのか?」

「いいや。近くに活火山なんてものがあるせいで住みにくく、人は少ないらしいけど」


 これではあべこべだ。そこに人がいて客がいるから商人がやってくるのではないのか。商人たちばかりで一体どうするつもりなのか。漠然とした疑問が降り積もる中、一行はついにマギナの近くまでやってきた。

 彼方に連なる山々のうち、ひとつだけが飛びぬけて背が高い。さらに頂からは絶えず噴煙を噴き上げているのが見えた。


「これが活火山というものか。耳にしたことはあるが、実物を拝むのはこれがはじめてだ」

「新大陸にはめったにないそうだからね」


 不気味に噴煙を吐き出し続ける山。その麓にある街は、ほかのどの街とも異なった雰囲気をまとっていた。

 活気づいているわけでもない。厳しい自然と戦う、農家としての意気もない。さりとて貧困にあえぐ絶望もない。人々の生活は停滞し、澱んでいるように見えた。対称的に火山だけがせっせと噴煙を吐き出している。奇妙な空気の漂う場所であった。


「新大陸に、こんな場所があったとはな」

「農村とも、金属都市メタルタウンとも違うな」


 新大陸にやってくる入植者は、今も後を絶たない。獣が多く、犯罪者も引きを切らない場所ではあるが、それだけにここには活力があった。荒野には可能性があり、夢を見る者もいる。

 澱み、うらぶれているのは旧大陸の特徴ではなかったのか。


 二人は街中を歩き回り、ようやく一軒の酒場を見つけ出していた。また異質である。酒だけを愛して生きる飲んだくれもいなければ、足を休める賞金稼ぎもいない。妙に品のよい、だが空虚な店だった。

 勝手の違う雰囲気に戸惑いながらも、彼らはひとまず情報収集にかかることにした。ヴィンセントは硬貨をカウンターに弾き、店主に話しかける。


「まず一杯を。それと教えてほしいんだけど、このあたりでの仕事はどうなってるんだい?」


 いかにも嫌味ない雰囲気で話しかけたが、酒場の店主は客の姿を胡散臭そうに睨みつけてきた。追い出すほどではなかったが、グラスに酒を注ぐ手つきはぶっきらぼうである。


賞金稼ぎバウンティハンターか、余所者だな。ここにお前たち向けの仕事などない。とっととどこかへ行ってしまえ」

「そうなのかい? ここくらい不便ならやってくる賞金稼ぎだって少ないだろう。だとしたら獣の被害だって、それなりにあると思うんだ。どうだい? 厄介な賞金獣がいれば僕が仕留めてきてやるよ」


 腰に提げた、使い込まれたガンベルトを見せる。陽気に振舞う彼を見て、酒場の店主は面倒そうに顔をしかめた。


「獣の被害などない。ここには、火の神の加護がある」

「……はん? 火の神ジークマーフが?」


 ヴィンセントはグラスを傾ける手を止め、店主を睨む。この世界に知られ広まっている天空神の名。そのうち火と戦を司るのはジークマーフであるはず。


 店主は、どこか茫とした視線で、空中を見つめていた。彼が信仰する火の神とは、その先にいるというのか。

 その先に何があるかを考えて、ヴィンセントはぞっとした。その方角にあるものは――火山だ。


「火山……のこと、なのか。煙と灰を撒く火山が、あなたがたを護っていると?」

「余所者には、どうでもいいことだ」


 言葉の接ぎ穂を失い、二人は黙り込む。それ以上どうしようもなく、グラスを空けると彼らは酒場を後にした。

 街の住人たちは仕事に勤しむでもなく、誰も彼もが呆けたようである。それを観察しているうち、多くの者が同じ方向を向いていることに気が付いた。

 やはり、その先にあるのは火山だ。


「火の神。あの火山には何があるんだ。ギディオン商会は、ここで何をしている?」


 それまで黙って考えていたアレクサンドラが、口を開いた。


「もしも、あれが神そのものなのだとすれば。それは大地神のことではないのか」


 ヴィンセントはいぶかしげな表情で記憶をたどり。やがて奥底から言葉を掬い上げることに成功する。


「大地神って、あの大地神か? 御伽噺じゃないか、いったいどういうことなんだい」

「御伽話ではない、神話と言え」

「どちらでもいいよ。なんにせよ面倒な場所には違いないが、探りを入れるしかないな」


 彼らの傍を荷馬車が通り過ぎて行った。ギディオン商会の印をつけた馬車は、街を抜けて火山へと向かっている。


「残る手掛かりは、あれだな」


 二人は、銃鉄兵と鉄動馬を街の外に隠した。銃鉄兵はとかく隠密行動に向いていない。砂嵐の吹く地方でもなければ、その巨体を隠しきれる場所などそうはないからだ。

 麓にシルバリースターを残し、二人は徒歩で火山に向かった。ここからはギディオン商会の人間にも見つからないほうが良い。彼らは山道からそれ、険しい山肌に潜みながら進む。


 山を登るほどに、周囲の景色は荒れ果てていった。漏れ出した水蒸気が山肌をながれ、不快な硫黄のにおいが立ち込めている。人の居るべき場所とは思えない、この世の地獄のような風景だった。


「まったく。長居したくはない場所だね」


 口元を布で覆って防いでいるが、まるで焼け石に水である。そんな苦しい隠密行も、そう長くは必要なかった。


「……館?」


 山の中腹あたり、彼らの前に異彩を放つ建物が現れたのである。


 ◆


 それは、異様な光景だった。

 火山性ガスが流れ、木々もほとんどない荒れ果てた山。荒野とはまた質の違う、荒んだ姿をさらす大地のど真ん中に、ぽつんと豪勢な館が立っているのである。

 利便性など欠片ほどもない。しかし風光明媚な別荘とはいえない。見るからに不自然な館であり、酔狂だとしても度を越していた。


 二人は合図しあい、身を低くして館に近づいてゆく。館の周囲は柵で囲まれており、内側には荒れ果てた地面をさらす中庭が見えた。別に、ここだけ植物が生い茂っているようなことはないらしい。


「商会の荷馬車たちの目的地は、ここであっているようだね」


 開けた中庭には、荷馬車が勢ぞろいしていた。黙々と荷下ろしをしている人影を見つけて、二人は訝しげな表情を浮かべる。

 人足かと思ってみれば、ずいぶんと奇妙な装いをしており。全員が、無表情の顔を象った仮面をかぶっているのである。


「トラヴィスの護衛どもか。どういうことだ? 護衛どころか、ここにいる下働きは全員あれをかぶる義務でもあるのか」

「僕に聞かないでくれよ。あんな趣味が悪い連中は他では見たことがない。確かに彼が管理している場所のようだね」

「だったら後は、直接聞くしかないな」

「君は本当に、性格的に地道な調査とか向いていない」


 そういえばアレクサンドラは、仇を探すのにも行き当たりばったりを続けていた人間だった。怪しきは突撃、がその身上なのである。ヴィンセントは少しばかり先が思いやられたが、首を振って追い出した。


「ヴィンセント、あれを見ろ」


 隣から小声で注意を促される。仮面の男が二人がかりで荷物を降ろしていた。細長い木製の箱を見て、彼は思わず呻く。


「棺だと。奴らめ、まさか死人をここに運び込んでいるのか!?」

「さぁな。外見だけかもしれないが、だとしても趣味が悪い」


 それから二人は、柵にそって周囲を調べて回った。見張りの姿は少ない。このような場所に忍び込もうなどという相手はいないと、高をくくっているのか。いずれにしろ彼らにとっては好都合だった。

 軽々と柵を飛び越えて館に近づく。窓のうちひとつを慎重に壊し、内部に忍び込んだ。


「なんというか、人の気配がないな」


 部屋の扉に耳をつけて周囲を探っていたヴィンセントが、ぽつりと呟く。館の内部は奇妙なまでに静まり返っていた。

 中庭からはせっせと荷物を運びこんでいるというのに。話し声どころか足音すら遠い。まるで無人の館のようだ。


「誰とも会わないのは好都合だ。少し見て回ろう」


 慎重に部屋から顔を出し、周囲に人がいないことを確認する。二人は互いに周りに注意を払いつつ、館の中を調べ始めた。

 すぐに、この館の奇妙さが浮き出てくる。そもそも立地条件からして異様な館ではあるのだが、加えてなのだ。


 見て回る部屋、全てがロクな内装がなく人がいる形跡がない。では倉庫として使われているのかというとそうではなく、荷物がある形跡もなかった。


「さて、本格的におかしいでは済まなくなってきたかな」


 ここに運びこまれた荷物は、いったいどこに行ったのか。運び込んでいた奇妙な男たちはどこに去っていったのか。疑問は降り積もるばかりであった。


「ここにないのならば、別の場所にあると考えるのが妥当だろう。ブラットリー」


 呼ばれて、アレクサンドラの懐に納まっていた猫が顔を出す。猫は主の意を汲んで、周囲を調べ始めた。

 動物としての鋭敏な感覚が、人では見落としてしまう痕跡を見出す。しばらくしてブラットリーは館のとある部屋に入り、足を止めた。


「誰かが来た臭いが、ここまで続いている。だがおかしい、他所へは行かずに途切れているぞ、主よ」

「なるほどな。簡単な話だ、つまりここから移動する手段があるのだろう」


 相変わらず物に乏しい部屋である。アレクサンドラは、部屋の床や壁をつぶさに調べ始めた。意図に気づいたヴィンセントも加わり二人で調べて回ると、やがて床の一角に目的の場所を見つける。

 わずかに浮き上がった床板を持ち上げると、そこにはレバーがあった。無造作に引き上げると、中の仕掛けが動きだす。

 床板が持ち上がり、開いてゆく。歯車の音を軋ませながら、二人の前に地下へと続く階段の入口が姿を現したのであった。


「さあて、こちらが本命のようだぞ」

「気を付けろ。さっきのやつらがここに荷物を運びこんだということは、この先には大勢がいるということだからね」


 ブラットリーに警戒させながら、二人は階段を下りていったのであった。




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