第二十三幕「賞金稼ぎが歩けば、依頼に当たる」
その日、クリストファー・ヴィンセントは困っていた。
「まいったな。思っていたよりも厳しいぞ、これは」
愚痴も漏れようというものだ。
事の発端は、彼が金策のために仕事を求めたことにある。彼はこのところ重なる出費をまかなうべく、いつものように賞金を求めて方々を探し回っていた。
しかし、目につく仕事のほとんどが
「本当、今まで通りとはいかないなぁ。相棒を取り戻すべく稼ぐのに、相棒がいないといけないとは」
そもそも高額の賞金が懸けられるようなモノに、銃鉄兵もなしに立ち向かうことは難しい。どれほど銃の腕が立とうとも、絶対的な火力の不足まではどうしようもないものだ。
「なんとか、身一つで狙える賞金を探してみるかな」
ひとしきり腐った後、彼は方針を変えた。
確かに、銃鉄兵の関わらない仕事は小粒だ。だがそれも数をこなせば話は変わってくる。
幸いにも(?)
いずれにせよ、銀騎士を受け取るまでの我慢である。
「仕方がない。ここは初心に戻るとするか」
あとは、腰から提げた銃と己の腕だけが頼りだ。
そんなことを考えていると、ばさりという羽音と共に彼の肩に一羽の梟が止まった。
彼女はそのまま勢いよく、ヴィンセントの側頭部を突っつく。
「いてっ。わかった、わかっているよドリー、君もいる。頼りにしているからな」
「当然よ」
ふんぞり返るドリーをなだめつつ、彼は張り出された手配書のうちひとつをはがし、歩き出すのだった。
それから小さな一仕事を終えた後、家に戻ったヴィンセントは夕食の席で全員に向かって相談していた。
「と、いうわけで少し仕事を探して来ようと思う。数を狙うとなると、一か所にはとどまれないからね。また遠出になると思う」
「なるほどな。手伝おうか」
もはや当たり前のように家の中に馴染んだ
「いいや。ジョンはここで続けて、
「そうです。まだすべてを教えてもらっていませんよ、ジョン先生!」
エリザベスも援護をするように、兄の言葉に続く。これまた信頼厚くなったものだ、とヴィンセントは苦笑をかみ殺した。
「ふむ。では、私は自分の仕事に専念するとしよう」
「はは、頼んだよ」
ヴィンセントが仕事を探すために出かけている間、アレクサンドラは真面目に魔術の授業を進めていた。エリザベスの意欲も旺盛であり、いずれ詠術士として大きく成長することであろう。
「よし。だったら僕も、はりきって稼いでくるとしよう」
そうしてヴィンセントは決意を新たにする。翌日早々、彼は仕事を求め出かけていった。
屋敷に残ったアレクサンドラは、いつも通りにエリザベスを相手に授業をひらく。
「さて。昨日のおさらいはこれくらいにして、今日は新たな
魔術の根幹をなすのは、呪紋と対価である。
そのうち呪紋は、できる限り正確な発音、詠唱を要求されるのと同時に内容の理解も求められる。その本質を理解せずに、ただ言葉だけをなぞっても魔術は発動しない。
かつて詠術士とは、賢者の別名でもあったのだ。
ゆえにこそ、正しい知識と訓練を積むことが魔術にとっての正道にして、唯一の道となる。
「銅を供に願う。悪しきもの、我に届かず……」
「……眼覆えし、光あらん」
そうして魔術を理解するためには、物事に対する多くの知識を要求される。膨大な量の知識と、それを学ぶための手間をかけられる環境。市井に詠術士は少なく、貴族階級の象徴となっていたのはそういった部分にも理由があった。
「知識を学び、意味を理解する。その次は、実践だ。体感とつながることで、魔術はより強固に規定される。自在といえるほどに扱うためには、絶え間ない反復を必要とする」
「はい。先生も、こうやって魔術を覚えられたのですか?」
「私の場合は賞金稼ぎをやっていたものだからな。実践する機会には事欠かなかっただけだ」
「まぁ、そんなやり方があるのですね。でしたら私も、実戦で経験をつみたいです!」
うきうきとした様子で物騒な方向に舵をきったエリザベスだったが、当然アレクサンドラが止めるようなことはなく。
しかし幸いなことに、教師としての責任感は彼女にも存在した。
「基礎こそ修めているものの、君はまだ未熟だ。今のままでは実戦には出せないな」
「ええっ!?」
教師による冷厳な判断に、エリザベスは悲しそうな表情を見せる。顔を押さえて上目遣いにアレクサンドラを見つめてみるが、その考えが変わることはなさそうだった。
「まずは訓練を積むことだ。地味でつまらない修練の中にこそ、確かな道はある。頭脳と身体、両方に染み込ませた魔術が失われることはない」
「はい……。でも、いずれは実戦で、教えてくださいね!」
「私の課す試験に合格すれば、考えよう」
エリザベスの表情が、ぱっと華やいだ。彼女は特別凶暴な性質を有しているわけではない。ただ平和すぎる街での生活に、少しばかり飽きているだけだ。
新たな知識と経験は、彼女のなかに眠っていた活発な部分を目覚めさせてしまったようだった。
「……今日はこれくらいにしておくか」
「はい! 先生、ありがとうございました!」
講義を終えた後、エリザベスはにこにこと上機嫌なようすで駆け出してゆく。
教わった内容を復習し、魔術の自主練習をおこなっているのだ。裏手にある樹木が、攻撃的な魔術の練習台とされてボロボロになっているのを、アレクサンドラは知っている。
反対に彼女は、授業を終えた後は特にやることがなくなる。
エリザベスは復習の他にも家事の手伝いがあり、なかなかに忙しい。マーサという使用人はいれど、全てを任せっきりにできるほど二人きりの暮らしは楽ではない。
だが手伝うなどという殊勝な考えは、アレクサンドラにはない。客分として自由に過ごすばかりだ。
とはいえヴィンセントのように賞金稼ぎとして活動するほどの時間もなく、さりとて無為に過ごすともいかない。そんな時、彼女は湖の周りを見て回っていた。
荒野のように乾いた風に焙られることもない。銃声は聞こえず、獣の唸り声もない。ただ水のせせらぎと葉擦れの音を耳に、靴越しに下草の柔らかい感触を想う。
「ここは、穏やかなところだな」
つぶやきを聞き取った耳がピクリと震え、ずっと肩の上でだらけていた猫が首を上げた。
「主よ、休息は大事であるが、あまり腑抜けてばかりもいられないぞ」
「わかっている。奴らの影を掴んだ今、すぐにでもたどってゆくべきなのだろう」
アレクサンドラは立ち止り、湖面を見つめた。
そこにかつての惨劇の景色を想い映し、瞳を伏せる。
「その先に何があるにせよ、ジョン・ダーレルの命はそこまでだ。その前に……少しくらい遺しておいても、いいだろう?」
「そうか。主の好きにすればいい。私はただ、手伝うだけだからな」
ぷっと噴き出し、彼女は使い魔の頭をぐしぐしと乱暴になでた。ブラットリーは嫌そうに身をよじると、外套の中に逃げ込んでゆく。
「さて、暗くなる前に戻るとするか」
屋敷へと戻ったアレクサンドラは、断りを入れると裏手に回る。
湖に面した裏手の一角には、珍しいことにシャワールームがある。貯めた水を流すだけの簡単な仕掛けだが、桶に水を汲んで体を拭うだけより、はるかに気分がいい。
「これがあるだけでも、ヴィンセント家の世話になる価値はあったな」
「主は本当に水が好きだな……」
相変わらず嫌そうに遠巻きにするブラットリーをよそに、彼女は一日の汗を流してさっぱりとした気分で夕食に向かう。
彼女はこれを大変に気に入り、ここで暮らすようになってから毎日のように利用しているのだった。
「なかなか、ここも暮らし良いじゃないか」
斯くして彼女は、降ってわいたような教師生活を存分に満喫していたのであった。
◆
――
新大陸における繁栄の象徴であり、
表通りを避け、建物の裏手を進む男がいる。彼は帽子を目深に被り、さらに外套の襟を立てていた。
周囲を憚り目立たないように影を歩くが、ふとその行く先を遮る人影が現れる。
男は歩調を緩める。外套の下で、手はガンベルトへと延びていた。
そんな警戒に満ちた男に、人影が話しかけてくる。
「やぁ、仲間殺しのニック。探したよ、お前には三〇〇〇ダレルの賞金が懸かっているんだ。大人しくしていれば、命までは取らないから……」
「うるせぇ! ちくしょう、
ニックと呼ばれた男は叫びながら銃を抜き放つが、それを持ち上げきる前に銃声が轟いた。
うめき声と共に、ニックが手を押さえる。そこにあったはずの銃は宙を舞い、彼のはるか後方に落ちていた。
「大人しくしていればと、言ったのに」
「くそう……くそう! てめぇ、“
人影――ヴィンセントは、銃を構えたまま肩をすくめる。
「御存じとは光栄だ。では諦めてもらえるかな? 次は脚を撃ち抜かれたいというのなら、ご希望に沿うのもやぶさかではないけれどね」
ニックは、がっくりと膝をついたのであった。
そうしてヴィンセントは賞金首を捕縛し、保安官の手へと引き渡していた。手続きを終えて賞金を受け取り、詰所を後にする。
「これで一人終わり。あとこの街には、誰がいたかな……」
手配書のうちひとつを捨て、残りを調べる。
「さすがに、小物すら減ってきているな」
彼は少し勤勉すぎたようである。この街にいるケチな賞金首は、一掃されてしまっていた。
「むうう。後は大きな仕事しか残っていないのか……」
彼は頭を抱えながら、大通りを歩いていた。
「おおや。これはミスター・ヴィンセントでは、ないですかな?」
そんな時だ。彼の頭上から聞き覚えのある声が降ってきた。
顔を上げれば、ちょうど彼の横に止まろうとしている馬車が目に入る。開いた窓に、見覚えのある顔があった。
「トラヴィスさん? これは奇遇ですね、お久しぶりです」
そこにいたのは、
以前、ヒュドラ討伐の依頼を持ってきたように、彼からは何度か仕事を受けている。それなりに旧知の間柄であった。
「ええ。最近のご活躍も耳に入っておりますよ。なんでも銀行強盗団を壊滅させたとか」
「ああいや、あれは……たまたま、腕のいい者と仕事ができただけです」
「ははは、御謙遜を」
世辞を受けても、ヴィンセントの表情は晴れない。結局のところ、銀行強盗を壊滅させたのはアレクサンドラの
しかし、その結末は広まっていない。アレクサンドラは金色の銃鉄兵を隠そうとしていたし、銀行から情報が漏れることはない。
結果として、賞金稼ぎの中でももともと知名度があった、ヴィンセントがさらに名を広めてしまう形になっていた。
アレクサンドラは当然のように気にしていなかったが、彼としては手柄を横取りしてしまったようで心苦しいものがあった。
トラヴィスも詳細までは把握していなかったようだ。
「ところで。最近はお忙しいのですかな」
話の方向が変わったことに安堵しながら、ヴィンセントは応じる。
「それが……あの仕事で、銃鉄兵を破壊されてしまいましてね。修理費用を稼ぐために、足を使っているところなのですよ」
「ほほう。それは難儀でございますな」
トラヴィスはしばし何かを考えている。それから、馬車の扉が開いた。
怪訝な表情を見せるヴィンセントの前に、招く手がひらひらと踊る。
「ちょうど、少々困っていることがございまして。あなたほどの方になら、お願いできるでしょう。いかがでしょう、話だけでも聞いていただけませんかな?」
彼は少し考えた後、招きに応じ馬車へと乗り込むのだった。
◆
ヴィンセントは
「やはり、縁とは大事なものだな」
トラヴィスより提示された仕事は、彼にとって大変にありがたく、また十分な報酬を伴ったものであった。銃鉄兵を必須としない仕事としてはかなり大口であると言える。
そのため彼は依頼を快諾し、報告のために家路を急いでいた。大口であるがゆえに準備にも日数を必要とし、その相談をおこなうためである。
「これを逃す手はない。さすがに、ジョンにも手伝ってもらうべきかな」
この依頼を成功させれば、銀騎士の修理費用とアレクサンドラへの支払いが一気に解決する。そのために、彼女の手を借りないという手はないだろう。
考えているうちに、鉄動馬はヒャグザの街を抜けて湖のほとりへと近づいていた。
彼の家が目に入ってくる。
そこで、彼は鉄動馬を止めた。耳を澄ませてみれば、何発かの銃声が聞こえてくる。争っている様子ではない。むしろそれは、訓練などでよくあるように思われた。
彼の眉が、怪訝にゆがめられる。この家にいる、銃を扱いそうな人物と言えば。
「ジョンか? いいかげん銃の腕を上げる気になったのか」
そうして首を傾げ、彼は家の裏手へと回ってゆくのだった。
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