第二十一幕「始まりの前に、銀を磨け」
流れる風の中に砂が舞い、視界に紗織りの幕をかける。
旅人たちは煩わしげに
そうしてひとかたまりになっていた三騎のうち、一騎だけが集団から離れはじめた。
「もう、お前たちとの仕事はこりごりだ! 楽どころか望んで地獄に突っ込んでいきやがる。俺ぁもっと楽して儲けたいんだよ! あばよ、戦闘狂どもめ!! せいぜいくたばんねぇように気をつけな!」
と言い残し、“レイジー”ハリーは馬首をひるがえした。
帽子を振り回しつつ一方的に別れを告げると、彼は単騎駆け出してゆく。いずれ果てなき荒野のどこか、新たな儲け話の待つであろう場所へと。
「いずれどこかで会うかもしれないが、その時は敵でなければいいな」
荒野に別れはつきものであり、それが
一仕事を終えたあとも共にいることはそう多くはなく、多少の事情があるとはいえむしろ彼らのほうが例外に属している。
ハリーと別れた後、ヴィンセントたちは黙々と荒野を進んだ。
街への道は明らかである。彼らは貴重な水の流れを追いながら、時には砂嵐をやり過ごし、幾晩もの野営をはさみながら旅は続いた。
遮るもののない大地は昼夜で寒暖の差が激しい。道中は焼き尽くすようだった太陽も、ひとたび地平の向こうに沈んでしまえば後に残るのは冷たい世界だ。
二人はその日の移動を終えて、野営の準備を進めていた。とはいえ旅の途中であり、さしたることはできない。獣避けを兼ねて火をおこし、保存食を温める。あとは鉄動馬のかたわらで、毛布にくるまり寝るだけだ。
ある日、そうして代わり映えのしない夕食を囲んでいると、珍しくアレクサンドラが口を開いた。
「前の仕事。お前たちにはもう一人仲間がいたのだろう」
「ん? ああ、クレーンという奴だ。変わった男だったね」
「お前よりもか?」
「どういう意味だい。変わり者なんて、賞金稼ぎにとってはよくあることだろう」
確かにそうだ。狙うものが
戦うことだけに特化した者たちは、往々にして日常生活における欠落を伴う。結果としてかみ合わない振る舞いを続ける彼らは、世間からは変人のレッテルを貼られがちだ。
「お前はお前で、
「うっ。まぁ僕のことはともかく! 賞金稼ぎにまともなヤツはいないとしても、クレーンは中でも変なヤツだった。ボロ布に包まり、狙撃主を名乗っていたよ。実際、射撃の腕前は恐ろしい。砂嵐の中にもかかわらず、砦の外から正確に弾を当てていたのだからね」
銀行強盗団との戦いの最中、その絶技は発揮されていた。
戦いの始まりにおいて、シューティングスターとスクトゥムが数では圧倒的に劣りながらも優位に状況を進められていたのは、間違いなくクレーンによる援護射撃があってこそである。
ヴィンセントはこれまでに少なくない数の賞金稼ぎを目にしてきたが、あれほどの狙撃の腕を持つ者は他にはいなかった。
彼の下した評価を思い返しながら、アレクサンドラは目つきを険しくする。
「それだけの成果を上げた賞金稼ぎが、金も受け取らずに消えた、と」
「そこだけを聞くと確かに怪しいかもしれない。だが彼は仲間に加わるときに、誰か倒すべきものがいると言っていた。だから狙いを達成したってことだろう」
「つまりそいつは、賞金稼ぎではなく
ヴィンセントは一瞬、返す言葉に詰まる。
確かにその通りだ。賞金首だから、という理由以外で特定の誰かを殺そうとする者というのは暗殺者、または刺客と呼ばれる。仕事の仕方が似ているために、賞金稼ぎと兼業する者もそれなりにいる。
それゆえにそういった者たちは、生粋の賞金稼ぎからは少々煙たがられているのは確かであった。
「うまく手伝わされたのかもしれない。とはいえ、僕たちも助かったのだから問題はないだろう」
「お前は本当に底抜けの
軽く睨みながら放たれたアレクサンドラの台詞を聞いて、ヴィンセントは思いっきり顔をしかめた。
正直に言えば、彼にも自覚はあった。彼には他者をきわめて肯定的に捉える癖があり、それで騙されたことも一度ではないのだ。そのたびに彼は自らの腕前でもって危地を突破し、それでよしとしてきた。
「そのクレーンと言う男の狙いは
ヴィンセントの脳裏に、砦で見た光景が浮かぶ。
首を失い、砦の外に捨てられていた死体。彼は銀騎士という力を有しながら、それを銀行強盗と言う犯罪に使用してしまった。
結果として
「逃げた詠術士を殺すことができたのは、確かにクレーンだけだった。奴が殺しの依頼を受けていたとして、でも証にするにしたって首級を持ち去るのはやりすぎだと、思う」
「……証では、ないのだろう」
未だに納得できないものを感じ、ヴィンセントが憤りを露わとしていると。アレクサンドラが、ぽつりとつぶやいた。
彼は違和感を抱く。言葉こそ推測のようであっても、響きは確信に満ちていたからだ。
「詠術士の首級を奪い、持ち去っている連中がいる。事件はずっと続いてきた。六年以上前から、ずっと」
「君は、その事件を追っているのか? だとするとクレーンは……もしかして君の敵なのか」
簡単な推測だ。詠術士として高い能力を持ちながら賞金稼ぎとして荒野を彷徨っているような人物が、詠術士の首級が持ち去られた事件に興味を示す。それは、彼の近しい場所で事件が起こったからではないか。
アレクサンドラのもつ魔術の技は、独学で身に付けるには高度すぎる。おそらくはちゃんとした教師役の人間がいたはずで――そこまで考えて、ヴィンセントは首を振ってそれまでの思考を追い出した。
他人の過去を勝手に類推することに、意味はない。特にこの荒野では。
するとアレクサンドラが顔をあげ、ヴィンセントを睨みつけてきた。彼は内心を見抜かれたのかと思ったが、そうではなく。
「そのクレーンという男、どんな姿をしていた?」
「あ、ああ。用心深い奴だったな。ずっと襤褸布を巻きつけていて、顔を見たことはない。ふらりと現れ、ふらりと消えた……むしろ、特徴的なのは彼の銃鉄兵だろう」
ヴィンセントは思い出す。鋼の従者たる銃鉄兵のなかでもきわめて特徴的なその姿を。
「半人半馬の
「そうか。それは良いことを聞いた」
アレクサンドラの視線が険しさを増す。同時に、その瞳には静かな炎が垣間見えた。消えることなく燃え続ける、復讐という名の炎。
「クレーンを追うのか? そうか、あいつは君がいたから逃げたんじゃ……」
「いいや、おそらく向こうは私のことなど気付いていない。単に目的を達しただけだろう。他のことなど気にしない、その杜撰さに隙がある」
彼が分析を始めていることに気付いて、ヴィンセントは確信を抱く。
「それが君の、本当の目的か。奴を追って戦うんだな」
「見つけ出せればな。ここから先は、私の問題だ」
そう言い残し、アレクサンドラは立ち上がる。毛布を掴み、鉄動馬のそばまで歩いた。
「……つまらない話をしてしまったな。街はもう近い、明日は夜明けから移動しよう」
それから彼はさっさと毛布にくるまり、寝入ってしまった。
ヴィンセントは、その背中へと問いかける。
「いいのかい、先にクレーンを追わなくても」
「かまわない。手がかりさえあれば焦ることはない、どこまでも追いつめるだけだ。まずは、お前の銃鉄兵の件を片付けてからだな」
「僕にとっては、そうしてもらえたほうがありがたいよ」
ヴィンセントもまた毛布を抱え、自分の鉄動馬の近くに寄った。そうして彼は使い魔に見張りを任せると、眠りの淵へと落ちていったのである。
◆
夜明けと共に歩みを再開した彼らは、昼過ぎには
給金都市のなかでは後発だが、それでも街ができてからそれなりの時を経ている。活気はあれど浮ついてはおらず、建物にも一種の風格が漂い出している――第九給金都市は、そんな街であった。
街の入り口で鉄動馬を預けた二人は目抜き通りを歩き、途中で横道へと入っていった。
入り組んだ建物の間を抜けることしばらく、そこには職人横丁とでも言うべき場所がある。革や木材、金属まで。さまざまな分野に通じた職人たちが軒を連ねている。その種類の豊富さは、さすが給金都市であるといえよう。
さて、二人はそんな中でもさらに奥まった場所にある建物を目指していた。
そこには周囲の建物よりも頭一つ抜けて巨大な施設がある。銃や銃鉄兵を扱う、
「いまさらだけど。魔銃工を訪れるのは当然だが、わざわざ
ヴィンセントは、工房を前にして首をかしげる。
魔銃工自体は、そこそこに大きな街であれば必ず存在するものだ。それこそ腕を問わなければ、僻地の町にだってある。
そんな中でわざわざ離れたところにある第九給金都市まで足を伸ばそうと言い出したのは、アレクサンドラであった。銀騎士を修復するためには必要だということであったが、それでも納得半ばである。
「私の知る限り、ここの爺が一番腕がいい」
彼女はさらっと答えると、さっさと工房に足を踏み入れていった。
「モーガン・スミシー・サイムズ! 頑固爺め、まだ生きているか!?」
そうして放たれた第一声はひどいものだった。ヴィンセントはぎょっとして足を止めた。
店番をしている者は呆れた様子で振り返り、アレクサンドラの姿を認めるや溜息とともに納得していた。
ヴィンセントが喧嘩になったときに備え密かに緊張を高めていると、工房の奥からのっそりと人影が現れる。
「その声は、小僧か。そうわめかなくとも聞こえている」
「耳は遠くなっていないようで何よりだ、師匠」
現れた人物に注目するより先に、ヴィンセントはアレクサンドラの言葉に目を剥いた。
「師匠!? 君は賞金稼ぎで、詠術士だろう」
「昔、
彼が額を押さえて天を仰いでいる間に、この工房の主――モーガン・スミシー・サイムズが目前までやってきた。
齢を重ね皺の走った面貌。対照的に、体格は大柄で動きにも力が満ちている。老齢でありながらなお現役である、彼が仕事に打ち込んできた日々がにじみ出るかのようだった。
モーガンは皺の奥の瞳を巡らせ、アレクサンドラを睨みつける。
「何の用だ、放蕩弟子が。つまらない話をしやがったら、こいつで脳天カチ割ってやるからな」
「私がわざわざ、世間話のためにやってくるようにみえるか? 依頼だ。銃鉄兵を一騎、直してほしい」
相手を見上げる形になりながら、アレクサンドラもまったく怯まない。どうにもこれが、二人のいつものやりとりなのだろう。
「その程度でいちいち来るんじゃあねぇよ、その辺の工房にもちこんどけ。こちとら暇じゃねぇんだぞ」
「ほう。モノが銀騎士だとしても、つまらないか?」
間髪入れず放たれた一言をうけ、モーガンは――おそらく彼としては珍しいことに――皺を伸ばして驚きの表情を浮かべた。
逆にアレクサンドラは、勝ち誇るかのように笑みを浮かべる。
「……本物か?」
「当然だ」
「こいつは驚いたな。いったいどこから掘り出してきやがった」
「いいや。戦って、倒した」
「稼動機が新大陸にあったのか!? だとすりゃあ良くぞ倒せたもんだ。まさかその辺のチンピラがつかってやがったわけじゃあるまい」
銀騎士の真価を発揮できるのは、詠術士だけである。それも半端な能力では足りず、自然それは旧大陸の貴族に連なる者となる。
そしてモーガンの知る限り、全力稼働する銀騎士を相手に勝利するのは至難の業だ。そのへんの
「その通り、相手は貴族崩れだった。モノも旧大陸から持ち込まれたものだろう。だから手加減はできなかった」
「ふうむ」
「徹底的に破壊したんだが、モノがモノだ。
「簡単な話じゃあねぇ。銀騎士といやぁ、どこもかしこも上物でできてやがる。部品を集めるだけでも一苦労だ」
仔細を把握したモーガンは、それゆえに腕を組み考え込んだ。銀騎士という機種は、銃鉄兵の中でもかなり特殊な代物である。
それはアレクサンドラも重々承知の上だ。
「部品単位で、ごまかしの効く所は安く仕上げてくれてかまわない。全力で銀騎士を運用する気は、ないからな」
モーガンは、魔銃工として積み上げた知識からすばやく算段をつける。
銀騎士は特殊な機体だが、それは主に核となる部分についてである。手足から指の一本に至るまで仕上げる必要は、実はない。
「ふうむ、それならちったぁ安くなるかもしれねぇ。それでも時間は相応に見てもらうぞ」
「わかっている。それに
「なるほどな、お前の目的はそれか。まぁいい、悔しいことだが回路の修復にかけてお前の右に出るやつを知らねぇ」
モーガンは、溜息と共に大きく頷いた。
「それで、肝心の銀騎士はいつとどく」
「仕事を受けてくれるのなら、銀行に頼んでこっちに運ばせる。そんなにかからない」
「あ? お前、銀行なんぞに頼まれて銀騎士と戦ったのか」
細かな部分を確認していたモーガンは、やがて低く笑い始めた。
「くく、しかし銀騎士か。この歳になっていじる機会が巡ってこようとはな。最後の仕事に、ちょうどいい」
今度はアレクサンドラが驚きを浮かべる番だった。
「らしくない。弟子のやつらがまだ仕上がっていないと、いつも愚痴っていただろうに」
「ああそうだ、どいつもこいつもひよっこだ。だがな、近頃じゃあ肝心の身体がついてきやしねぇんだ」
一見して屈強そうに見える身体も、よくみればあちこちに老いが刻まれている。
いまだに鍛冶師としての腕を維持していることは驚嘆に値するが、やはり物事に代償はつきものであった。
「この先老いることはあっても戻ることなんぞねぇ、ここいらが潮時なんだよ。だとすりゃあ、でかい仕事はちょうどいい」
「そうか……」
アレクサンドラは一瞬、なんとも言えない表情を浮かべたが、すぐにいつもの様子に戻る。
「師匠。あんたが最後を飾るのにふさわしい仕事をしてもらうぞ」
「ぬかせ、放蕩弟子。俺はいつだって最高傑作しか仕上げねぇよ」
それは、長くひとつの仕事に打ち込んできた職人の、確かな矜持を含んだ言葉だった。
◆
銀騎士の修復を依頼し諸々の契約をまとめ終え、二人は工房を後にしていた。
この後は、銀騎士の残骸をここまで移送するよう銀行で伝言を頼むだけである。
「なるほど、いい魔銃工だな」
「モノが銀騎士ともなれば、その辺の工房に持ち込むわけにもいかない。師匠の腕ならば信頼できる」
「ああ。さて、あとは金のあてを何とかしないといけないなぁ」
魔銃工モーガン・スミシー・サイムズは、その仕事の規模からすればかなり良心的な報酬で仕事を請け負ってくれた。
とはいえやはり銀騎士だ。そのへんの
「銀行から融資を受けるのか?」
問いかけたものの、アレクサンドラもあまり現実的だとは思っていなかった。
銀行が賞金稼ぎに対して融資をしてくれる場合など、ほとんどない。その日暮らしの荒くれ者に対して金を貸すくらいならば、銃に詰めて撃ったほうがまだいくらかましだ。
とはいえこの場合は直前の功績がある、いくらか融通を効かせてくれる場合もなきにしもあらず。
しかしヴィンセントは首を横に振った。
「実家に向おうと思っている」
「なるほどな。では私はここで爺の手伝いをして待っていよう」
理由があってヴィンセントとともにいたアレクサンドラだが、金策までつきあうことはない。その間は仕事にかかるつもりであったが。
「いや、君にも一緒に来て欲しい」
意外な言葉を耳に、帽子を傾ける。
「君に頼んでいただろう、魔術を教えて欲しい人物がいると。……それは、僕の妹のことなんだ」
「ほう、いいのか?」
いくらかの仕事をともにしたとはいえ、アレクサンドラとヴィンセントは単なる賞金稼ぎ仲間でしかない。家族に合わせるには信頼が足りないのでは? そんな問いかけに、ヴィンセントは苦笑を浮かべる。
「確かに君は色々と問題のある人物だ。だが詠術士としてはかなり腕が立つし、なにより……契約は必ず守るんだろう?」
それは、賞金稼ぎの信用としては上出来の部類に属していた。
「いいだろう、契約成立だ。合わせてもらおうじゃないか、その詠術士の卵に」
こうしてヴィンセントはアレクサンドラを伴い、彼の実家へと向かったのである。
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