第二十幕「砂と共に去りぬ」
クィンガーシュ山地に、本物の夜明けが訪れる。
砂混じりの嵐とともに闘争の気配は去った。激闘の跡を刻んだ砦には、いまや何者の姿も残っていない。
建物は半壊し、城壁には無数の弾痕が穿たれている。もはや砦としての役目を果たすことは、二度とない。
そうしていずれは忘れ去られ、砂の中に埋もれてゆくのだろう。
銀行強盗団と、
壊滅した砦とは対照的に、山の麓にあった小さな村は時ならぬ賑わいに揉まれていた。
もとより、訪れる者などロクに居なかった場所である。それが銀行強盗団が逃げ込むにともなって、胡散臭い賞金稼ぎたちが集まるようになり。
今は新たに、まるで
彼らは皆一様に、ある印章を身に付けている。荒野において、その印章の意味を知らないものなど一人たりとていない。
それは、
銀行直属の戦闘部隊である、『
彼らは専用に用意された銃鉄兵『セーフキーパー・キャリバー』を連れ、砦から付近の一帯を完全に封鎖していた。
物々しい空気の中、村人たちはおっかなびっくりしつつも普段の生活を続けている。
銀行は支配者であるがゆえに、正しい人民の味方でもある。この武装警備部隊が相手とするのは、あくまでも銀行にたてつく者たちなのだから――。
◆
「皆さま、お見事でございます」
その頃、村の酒場兼宿屋では、くたびれきった賞金稼ぎたちが集まっていた。
“ナイト”ヴィンセント、“レイジー”ハリー、そして
彼らはひたすらに億劫げに、足を投げ出していた。
そんなやる気のない賞金稼ぎたちの前には、一人の男がいる。くたびれた彼らとは対照的に、上から下まで隙のない格好でそろえている。
その男は胡散臭くも穏やかな笑みを浮かべて、賞金稼ぎたちを見回した。
「これほどまでに素早く取り戻していただけるとは、いやはや私の目に狂いはございませんでした」
「……やはり、お前なのか」
「ははは。何しろこちらからご依頼いたしました件ですからね」
そううそぶいて、アイヴァン・スミスはゆっくりと一礼をして見せる。
銀行強盗団を捕らえた賞金稼ぎたちは、すぐに銀行へと連絡を入れていた。何しろ捕虜の数は多い。連れて歩くのも面倒だからだ。
そうしてここに派遣されてきたのがスミスと、彼が率いる武装警備部隊なのである。
ごく当たり前に現れた彼の顔を見て、アレクサンドラは諦め混じりの吐息をつく。
「……まぁ、なんでもいいさ。必要なのは、賞金だ」
「心得ております。今、部下が査定しているところですが、おそらくは満足いただける額をお渡しできることでしょう」
その言葉を聞いて、それまでは死にかけのように椅子に沈んでいたハリーが俄然勢いを取り戻した。
彼はスミスに向けて祈るように手を組んで見せる。
「へ、へへへ……虎の子の銃鉄兵までぶっ潰しちまったんだ。存分に色をつけてくれていいぜぇ」
「いくらかは考慮いたしましょう。ふむ、査定が終わったようですね」
今にも足に縋りつかんばかりのハリーであったが、スミスは怯む様子もなく胡散臭い笑みを崩さずにいる。
そうこうしていると、部下と思われる男が現れ、彼に紙を手渡した。それに目を通している間に、部下たちは続々と麻袋を運んでくる。
テーブルの上に積み上げられる中身の詰まった麻袋を見て、ハリーが露骨に目の色を変えていた。
報告の内容を確認したスミスは積み上げられた麻袋を素早く見回し、目測で確認するとにこやかに振り向く。
「お待たせいたしました。皆様の成果といたしまして、手配通りに銀行強盗団の
指折り数えるハリーをちらと見て、それからスミスはアレクサンドラへと視線を移す。
彼女はハリーのように身を乗り出すこともなく、静かに聞いている。それは、結果を確信しての自信だろうか。
「さらに、奪われた金庫も無事奪還していただきました。素晴らしい成果、完璧ございます。我々はあなた方の結果を高く評価し、報酬を用意させていただきました」
スミスが麻袋のうちひとつを開いて見せる。中には、眩いばかりの金貨が敷き詰まっていた。
「いいいよっしゃあああ!! 最高だぜ、銀行様よぅ! 俺ぁこれからもあんたのところの口座を利用するぜ!!」
「ご利用ありがとうございます」
スミスが慇懃に一礼する間に、ハリーは麻袋に飛びついていた。どれも、中身は金貨が唸っている。
黄金をその手に掴む、それは賞金稼ぎにとって最高の瞬間だ。
――だが。そうしてほくほくと金貨を数えていたハリーの前に、横合いから手が差し出された。
彼は恐る恐る、その根元へと向けて視線を上げて。その先で、彼を見下ろすアレクサンドラと目があった。
「契約通りだ。お前とヴィンセントは、そこから五万ずつ渡してもらおうか」
急転直下、ハリーの表情が絶望に染まってゆく。
確かに、目の前の麻袋は重い。しかし五万ダレルもの金を失えば、残りは――。
「て……てめぇには、血も涙もねぇのか……っ!?」
「まさか、心外だな。ただ契約は、契約。それとこれとは話が別だ」
そうして彼女は、ハリーの目の前でさっさと対価を取り立てた。三等分にされた麻袋の山から、それぞれ五万ダレルを数えると自らの山に加える。
後には、見るも無残にやせ衰えた麻袋が、残されていた。
「うう……こんなに、こんなに軽くなっちまってよぅ!! このごうつく野郎め……。こりゃ、クレーンの野郎が姿を消してなけりゃあ赤字だったじゃねぇか!」
嘆き、麻袋にすがりつくハリー。ヴィンセントはもう完全に諦めているのか、椅子に沈みっぱなしである。
ここにいる賞金稼ぎは三人だけ。
そう、彼らのもう一人の仲間であるクレーンは砦を襲撃した後から、姿を消したのである。なんの言伝もなく、報酬を受け取りに来る様子もない。
極めて不可解ではあるが、彼は仕事の前に言っていたものだ――「お前たちは金を、私は首を」と。
彼は彼で、その目的を達成したということだろう。
どのみち、問いただそうにも相手はいない。
そうしてちょうど浮いた報酬をアレクサンドラが受け取ることになり。最終的には、ほとんど彼女が独り占めするような状態になっていた。
打ちひしがれ嘆くハリーを横目に、ヴィンセントは別のものに思いを馳せていた。
「苦労の割に、得たものは少ない。それでもあの状況から命を拾えただけ感謝すべきなのだろうけど。……だとしても、相棒が残っていれば、まだよかったのだけどね」
「そうだよ! 俺のスクトゥムがよぅ……ってやっぱり大赤字じゃねぇか!!」
彼らは、砦での戦闘において自らの銃鉄兵を失っている。
魔女の傀儡軍によって集中砲火を浴びせられたシューティングスターとスクトゥムは完膚なきまでに破壊され、他の機体と共に回収されていた。
「たとえ狙いが失敗に終わったとしても銃鉄兵さえあればなんとでもなる。だが逆に、成功してもシューティングスターを失っては。しかも代わりを見つけるにも、敵の機体は君の切り札がぶっ壊してしまった」
二人から、恨みがましい視線がアレクサンドラに飛んだ。しかし彼女は恐ろしく分厚い面の皮でもってそれを無視する。
賞金稼ぎに限らず、銃鉄兵を持ち出しての戦闘になった場合、敗れたほうは機体を奪われることが多い。
たいていは持ち主ごと死ぬことになるから、ではある。
この場合はさらに銀行強盗団が壊滅しているのだから、彼らのもつ銃鉄兵の処遇は賞金稼ぎたちが決めることになる。
とくに今回は、魔女の傀儡軍のために数多くの銃鉄兵があったのだが――。
それも、アレクサンドラの黄金の巨人が一掃してしまった。
馬鹿げたほどの力でもって、窮地を殴り潰したまでは良かった。同時に、そのおかげで無事な銃鉄兵はひとつとして残らなかったのである。
場の空気がとてもじっとりとし始めたところで。咳払いとともに、スミスが割り込んできた。
「オホン。ええ、それに関してでございますが。こうして見事、金庫まで取り戻していただけたのです。
「それは、本当かい? 銀行とは、思ったよりも気前がいいんだな」
ヴィンセントは目を細め、アイヴァン・スミスと名乗った銀行員を睨んだ。
すでに銀行側は多額の報酬を支払っている。これ以上の出費をする理由などないはずだ。
スミスは、それに穏やかな笑みを浮かべたままで答え。
「私どもといたしましても、優秀な賞金稼ぎの皆様には、より一層のご活躍をしていただきたいと考えております」
「おい、ナイトの旦那! なにもそう邪険にすることはねぇよ! くれるってんだからもらっておけばいいだろう!?」
この機会を逃してなるものかと身を乗り出すハリーに、ヴィンセントは無言で肩をすくめた。
「まぁ、銀行にとっては些細な出費と言うことかな」
スミスの笑顔からは、なにも読み取れない。とはいえそう的外れな考えではないだろう。銀行とは、金属の支配者なのだから。
「それでは、回収いたしました銃鉄兵の御検分をお願いいたします」
それからスミスの先導に従って、一同は外に出た。
彼の申し出とは、集められた銃鉄兵の残骸のうち比較的損傷の少ないものを見繕い、修復して提供するというものだった。
新品に比べれば多少性能が落ちるが、銃鉄兵があるとないとでは大違いである。ハリーは飛び上って残骸巡りを始めていた。
「どうした、ヴィンセント。難しい顔をして」
対照的に、ヴィンセントはすぐに歩みを止める。彼はそこに置かれた残骸を見上げて、ぽつりとつぶやいた。
「僕のシューティングスターは、多くの手をかけてきた特別製だ。その辺の機体を直したところで、力不足も甚だしくてね」
彼はじっと、残骸を見つめる。それは、かつてシューティングスターであったものだ。
シューティングスターは中枢部分を完全に破壊されており、見るからに再起不能だった。これはもう修復と言うより、一から作り直してしまったほうがはやい。
その上この機体は彼が自ら様々な工夫を凝らしてきたものであり。たとえ銀行の力があろうとも、完全な再生は不可能だった。
「だとしても、ないよりはましだろう。そこからまた、鍛え直せばいい」
「はぁ。本当に簡単に言ってくれるね、君は」
彼の思い入れの度合いはさておき。やはり銃鉄兵がないと困ることに変わりはない。彼は首を振って感傷を追い出すと、ゆっくりとした足取りで歩き出した。
その時、なんとなくそれに同行していたアレクサンドラが、とある残骸の前で立ち止る。
振り返った彼女の表情を見た時、ヴィンセントは嫌な予感を覚えて顔をしかめた。
彼女が何かしらの思い付きを得て、それからロクな目にあったためしがない。
「ヴィンセント! 少し、こちらにこい」
「なんだ、いったい。直しやすい機体でもみつけたのかい」
「いいや。だが、直すならこれをお勧めしてやろう」
彼は訝しげに、彼女が指し示した残骸を調べる。
そうしてすぐに心当たりを覚えて目を瞠った。その残骸は、一目でわかるほどに特徴的なのである。
「これは……
その残骸は極めて大きく破壊されていたものの、装甲の端々に残る古臭い意匠や、何よりもまとう雰囲気の違いからはっきりと知れた。
戸惑うヴィンセントを他所に、アレクサンドラはむしろ愉しげに勝手に話を進めてゆく。
「面白いぞこいつは。まぁ確かに、真価を発揮するには
「……確かに、その力はこの目で見た」
複数機の
まさしくその力によって、シューティングスターは倒された。
そこでヴィンセントは、強い疑念をもってアレクサンドラを睨んだ。
「こんなものを僕に使わせて、君はいったいどうするつもりだ」
「どうにも。ただ、お前は
銀騎士とは、かつて過ぎ去った時代の兵器である。それは元をただせば、貴族と呼ばれる特権階級にあった者たちの支配の象徴であり、力であった。
そのため銀騎士を操るには、まず詠術士となり己の使い魔を従える必要がある。
下限ギリギリではあるが、確かにヴィンセントにも資格があるといえよう。
「だとしても。だったらなぜ自分自身で使わないんだ? 詠術士としてならば、君のほうがはるかに腕がたつというのに」
銃の腕ならば劣るところなど何一つとしてないが、こと魔術についてはアレクサンドラに遠く及ばない。
つまり詠術士専用機である銀騎士にとっては、彼女のほうがふさわしいということでもある。
そんな当然の疑問を受けて、彼女はとてもさっぱりとした笑みを浮かべた。
「私が使うと、そのうちどこかで爆破するだろうからな。こんな手の込んだ代物は不要だ」
「ああ、うん。そうかい」
色々と馬鹿らしくなってきた。真面目に考える必要があるのかという気がしてくる。
「しかし、これも君が強烈に壊してしまったんだ。直すのは大変なんじゃないのかい」
「それなりに手間はかかるだろうな。だが、不可能ではない。そこでだ、払うものを払えば私が手伝ってやってもいいぞ」
彼女は、非常にいい笑顔を浮かべていた。
「結局、それが目的なのか!」
「なぁに。お前、今までも活躍してきたのだろう。だとすれば、それくらいの蓄えはあるはずだ」
「だからと言って! 君に支払う理由などない!」
さすがに彼女の金もうけに利用されてはたまらない。
うんざりとして話を終わらせようとした彼の背中に、しかしアレクサンドラが止めの言葉を放った。
「だとしても、この銀騎士は特別な代物だ。このままどこかに流してもいいのか? 二度と同じ事件を起こしたくはないのだろう。そこでお前がこれを持てば、もう誰かに悪用されることはなくなる」
「…………」
実にいわくいいがたい表情のまま、ヴィンセントが動きを止める。
強力な銃鉄兵に対して、心惹かれる部分がないわけではない。さらにそれでどこかの悲劇を防ぐことができるのならば。
「わかったよ。これを直すことができれば、強力な力になる。君にも、手を貸してもらうよ」
「そうこなくてはな。任せておけ」
最後は、彼自身の意思で決める。
どこまでこの銀騎士を扱えるものかはわからなかったが、たとえ力不足であっても彼自身が強くなればよい話である。
そこでヴィンセントは少し考え込んでから、顔を上げて彼女をみつめた。
「ジョン。君にもうひとつ、頼みたいことがある」
「ほう、なんだ。料金次第では考えてもいいぞ」
「良ければ、魔術を教えてほしい」
「なるほど、銀騎士を従えるならば詳しくなって損はないしな」
したりと頷くアレクサンドラに、しかし彼はゆっくりと首を横に振る。
「僕自身もそうだが……君に教えて欲しい人物は、他にいる。彼女は、詠術士の卵なんだ」
その言葉を、聞いて。アレクサンドラは、珍しく表情を変えた。
「その話。詳しく、聞かせてもらおうか」
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