第十八幕「傀儡軍、進撃す」
名もなき砦が、濃密な気配に満たされてゆく。
それは、過ぎ去ったかつての時代にて幾たびも起こり得たであろう、巨人たちの闘争の気配であった。
そんな変化を見逃すことなく。瞬間を貫くがごとく、彼方より魔弾が飛来する。
狙撃手クレーンが放つ銃弾は、いかな距離をおき悪天候であろうとも獲物を逃がすことはない。
――これまでなら。
砂に霞む彼方より襲いかかった弾丸を、ならず者の
異様なまでに素早く滑らかな動き。それまではどこか操り人形のようなぎこちなさがあった銃鉄兵が、鍛えられた戦士のごとく機敏に動いている。
ヴィンセントは息を呑みつつも、その動きにどこか見覚えを感じていた。
それは、
戦慄に震える彼の横で、アレクサンドラもまた表情を険しくしていた。
「……まずいな。
そう言い、彼女はブラットリーを吐き出した銃鉄兵を睨みつける。
銀騎士による支配とは、つまりは使い魔の能力を応用、拡大したものである。彼女たちが得意とする使い魔による乗っ取りは、あくまでも
そのためより上位の力を振るう銀騎士の支配に対しては、抗う術を持たない。
やがて完全な同調を終えた、
ならず者の銃鉄兵たちが、まったく同じ動きで一歩を踏み出した。もはや、それぞれに分かれた意思はない。銀騎士という支配者のもとに、ひとつの個体として完成される。
壊れたものも含む七機が銃を抜き、シューティングスターとスクトゥムへと狙いを付けた。
直後、嵐のような銃声が轟く。
ならず者の銃鉄兵たちは、気味が悪いほど同じタイミングで銃を撃ち放った。達人のように正確に、機械のように精密に。
「くそっ! なんだか知らねぇがやらせるかよっ!! スクトゥム、
ハリーの叫びを受けて、スクトゥムが自慢の盾を構えた。
これまでならば十分な防御力を発揮していた、巨大で頑丈な盾。しかし今度ばかりは勝手が違った。
聞き分けるのも困難なほど同じタイミングで、銃弾が盾に突き刺さる。雄々しくあったはずのスクトゥムが、衝撃によろめいた。
これが凡霊に操られた銃鉄兵ならば、照準は甘く被弾ももう少し少なかったことだろう。しかし銀騎士に統べられた銃鉄兵は、本来備わった力の全てを発揮する。
さらに、拳銃に込められた弾は一発だけではない。容赦のない連射が、スクトゥムを襲った。
もはや撃ち返している余裕などありはしない。銃弾の暴風に晒され、見る間に盾に罅が入りはじめた。支える腕は揺らぎ、後退は止まらない。
恐るべき時は過ぎ、唐突に静寂が訪れた。ならず者の銃鉄兵たちが、弾倉にあるだけの弾丸を撃ち尽くしたのだ。
その、わずかな凪の時を突いて。シューティングスターが猛然と走り出す。
銃鉄兵が弾を込め直すまでの時間、それが彼らに与えられた最後の勝機である。
スクトゥムは、もう一度の攻撃には耐えられまい。シューティングスターに至っては、防御力など誇れるものではない。そこにあるのは――。
「
荒野の支配者すら斬り裂く、必殺の魔剣のみ。
シューティングスターは銃を腰部装甲に接続すると、一気に引き抜いた。砂に霞む陽光では、刃の輝きは見えず。
一太刀にて仕留める。シューティングスターは、裂帛の気合をもって引き金を引き。
その瞬間、すぐ近くで轟音が巻き起こった。姿勢を崩したのは敵ではない、シューティングスターのほうだ。
唱煙たなびく銃口が、その姿を睨んでいる。
その持ち主は、アレクサンドラが奪ったはずの銃鉄兵であった。それはすでに、銀騎士によって制御を取り返されている。
敵は、正面にいるばかりではなかった。アレクサンドラの能力を知るがゆえの油断が、そこにあったのである。
完全に不意を突かれながらも、シューティングスターは素早く反応してみせた。
すぐさま魔力剣をかざし、追撃の銃弾を弾き飛ばす。そのまま連射を受けるが、大半を弾くか装甲の厚い部分で受け止めた。
「邪魔だっ!! シューティングスター! 倒せ!!」
シューティングスターは敵に肉薄すると、魔力剣を振るう。
絶大な魔術の力を籠めた刀身が青白い炎を吐き出し、銃鉄兵の装甲を易々と斬り裂いた。
胸部装甲に真一文字、深い傷が穿たれる。すぐに冷却用の水と、蒸気が噴きだした。
寝返った銃鉄兵が、ふらふらと後退る。
傷からは血のごとく、熔けた鉄がしたたり落ちていた。
しかしそれらは、見る間に勢いを緩めていった。
体の各部にある弁を調整し、水や蒸気の流出が止まる。熔血は冷え固まり、傷口を固めていた。
ギシギシと異音をたてながら、寝返った銃鉄兵は傷だらけの躯体をなおも動かす。
普通の銃鉄兵ならば、すでに致命傷であるにもかかわらずだ。銀騎士によって支配されたものは、もはや完全なる破壊をもってしか止められない。
銃撃が、先に進もうとしていたシューティングスターの進路を遮った。
わずかで、致命的な時間の浪費。その結果は、すぐに明らかになった。残る七機が、銃の再装填を終えたのだ。
ハリーが息を呑み、ヴィンセントは歯噛みする。
魔力剣の間合いには、まだ距離があった。シューティングスターが斬りかかるよりも先に、銃弾が襲い掛かることだろう。
スクトゥムの盾も、銃弾を浴びすぎてボロボロになっている。次の集中攻撃には、耐えられまい。
それでもあきらめず、脚を踏み出すシューティングスターを追い抜いて。
大気を切り裂き、クレーンの魔弾が飛来した。次なる狙撃が狙う獲物は、
狙うならば、頭だ。
そうして前触れもなく、完璧に標的を捉えていたはずの攻撃は。しかし、まるで予期されていたかのように易々と回避された。
銀騎士の足元で、
「砂に紛れる臆病者め。貴様らごときの狙いなど、見通せぬわけあるまい。無駄な足掻きだ、この鼠どもを掃ったのちにじっくりと狩りだしてくれる」
戦闘用の能力でできることを、より上位の存在である銀騎士ができないわけがない。
スクトゥムの盾も、シューティングスターの剣も、ヘッドレスホースマンの狙撃すら真なる力の前には無力であった。
「なんてことだ……これが、これが銀騎士!
打つ手を失った、賞金稼ぎたちの間を戦慄が駆け抜ける。
「ふうむ。もう飽きた。死ねい」
ライナス卿は、悠々と銀騎士に命じ。慈悲なく、躊躇いなく、銃撃が始まった。
一回の斉射を経たのち、まずスクトゥムの盾が限界を迎えた。
砕け散り、頽れるスクトゥムを残し、シューティングスターが駆ける。数発程度ならくらっても動きに支障はない。最悪、相討ち覚悟だ。
しかし銀騎士は冷徹であった。
二度目の斉射は、シューティングスターの足を狙っていた。装甲が穿たれ、構造材が弾け飛び、シューティングスターは大きく体勢を崩してその場に転がる。
次の瞬間、動けなくなった二機へと、仮借ない銃弾の暴風が吹きつけた。
シューティングスターは最後のあがきと、魔力剣を構える。しかしそれも何発もの銃弾を浴びるうちに、刀身が折れ砕けた。
腕を破砕され脚は折れ、剣は折られ盾は割れ。
躯体に穿たれた穴から冷却水と熔血が漏れ飛び散る。熱く熔けた鉄が大地を焦がすほどに、銃鉄兵は力を失ってゆく。
やがて、二機の銃鉄兵が完全に、動きを止めた。
「シューティング……スターが……。そんな、こんなことが……!」
完全連動した銃鉄兵は、機械的な精密さと人の知恵、さらに獣のごとき感覚を兼ね備える。
それは
「ふうむ、憂さ晴らしにと少々遊びすぎてしまったな。まだ鼠は残っている、これ以上金を喰うまえに片を付けるとするか」
それは、圧倒的な力と引き換えに多量の金属を消費するということ。ただ、それだけだった。
己の銃鉄兵を失い、敵の機体を奪うことはままならず。賞金稼ぎたちは、全ての力を失った。
突然に訪れた、あまりにも呆気ない幕切れ。
圧倒的過ぎる力に押し流され、ハリーはおろかヴィンセントすらにわかに動けずにいる。
その時、ゆっくりと、銃鉄兵が銃口を彼らのほうへと向けた。
「まずい! 呆けている場合ではないぞ、砦に逃げ込め!!」
もっとも早く動き出したのは、正しい知識を有していたアレクサンドラであった。
彼女の叫びに我に返った二人と共に、慌てて走り出す。
三人が下へと続く階段に駆け込んだ瞬間、追いかけるように銃鉄兵たちの銃撃が始まった。
巨人が放つ銃弾は、大の大人が抱えるほどの大きさがある。
大量の
「お、おい!
それを見て、これまでは黙って控えていたアントン・アイザックスが慌てだした。
仮の宿とはいえ、ここは彼らの拠点である。なにも自らの手で破壊することはない。
「かまうものか。鼠の沸くような場所など、私が腰を据えるにふさわしくない。このまま捨ててしまえばいいことだ」
しかしライナス卿は鷹揚に、酷薄に笑っていた。ケチのついた場所など、彼の気位に見合わないのである。
「だからと言ってよう! 銃鉄兵さえ潰しちまやぁ、あとは手下に狩りださせればいいだろう!!」
「フン。貴様の手下など信用ならん。我が
にべもない返答にアントンはギリギリと歯を食いしばっていたが、何とか耐えた。
いまここで少しでもライナス卿の機嫌を損なってしまえば、隣にいる銀騎士が彼をひき肉に変えることだろう。
「……だが、クソ。手下どもを集めてくるぜ。金だって運ばなきゃならねぇ、せめて! 金庫は避けてくだせぇよ」
「そのつもりだとも。あとの瓦礫さらいくらいは、貴様らに任せるとしよう」
アントンはライナス卿のほうを振り返りもせずに、息子たちのもとへと向かったのだった。
◆
巨大な銃弾が壁を突き抜ける破壊音が、砦の隅々まで響き渡る。
石造りの壁が吹き飛ぶたびに風通しが良くなってゆき、吹き込んだ砂がさらさらと床につもっていった。
ならず者の銃鉄兵たちは、まったく景気よく銃をぶっ放している。
賞金稼ぎを燻りだすためならば、砦の被害など気にしないことにしたようだった。
「クソッ! どうなってるんだよ! 反則だろう、あんなのは!!」
「同感だ。あんなものが、この新大陸にあるなんてね」
「だがともかく、どうするんだよ旦那ぁ。クソッ、スクトゥムがやられちまった! なんてぇ大損だよ」
ヴィンセントは、シューティングスターの最期を思い出す。
これまで幾たびもともに危地を乗り越え勝利を掴んできた相棒は、何もできずに鉄屑へと変えられた。
「……逃げるしかない。銃鉄兵もなく、あんな化け物とは戦えない」
「それしかねぇか。だったら、少しでも砂風が吹いてる間に動かねぇと!」
砂に霞む風が、銃鉄兵はともかく人間などすぐに覆い隠してしまうだろう。
このままここに居てもどん詰まりであり、あとはケツをまくって逃げるしかない。
「そう、うまくゆくかな」
だが、状況はそれほど甘くはなかった。
気付けば、銃撃の音が止んでいる。さすがに砦を撃ち壊すことの無為さに、気付いたのか。
三人に安堵などない。むしろ強く嫌な予感を覚え、彼らはすぐさま走り出した。
次の瞬間、天井の崩落と共に巨大な何かが落ちてくる。鋼鉄に覆われた巨大な脚部。銃鉄兵のものだ。
「やつらは
「いくらなんでも反則すぎらぁっ!!!!」
やはり泣き言を言っている場合でもなく。彼らには、とにかく砦の奥へと走るしか選択肢がなかった。
しかしこのままでは、いずれどこかで追いつめられるのは明白である。
そうしているうちに、彼らは少し広い部屋へと出た。奥には頑丈な鉄の扉、金庫のある部屋だ。
「ここは大事な大事な金のありかだ。少なくとも、銃弾を撃ち込まれることはないだろう」
「相手がその程度には、賢いことを祈るばかりだよ」
三人は荒い息をつき、扉の前でへたり込む。
かぼそい安全であったが、今の三人にとっては何物にも代えがたいものだった。
「ようし、提案があるぜ。爆弾かなにかを持ってきて、この金庫を盾にとる。んで奴らを脅す、どうだ」
「金庫は持ち運べない。抱えて逃げ出せるわけはあるまい」
彼らには、あまりにも手札が足りなかった。もはや銃鉄兵の一体すら、突破することが困難である。
その時、アレクサンドラが顔を上げた。何かを決意し、二人へと向きなおる。
「……ひとつだけ、手がある。確実に奴らを、まとめてぶっ飛ばす方法が」
ヴィンセントとハリーは、表情を変えずに
すぐに、二人は目線で話し合う。
こいつは追いつめられて狂っちまったのか? いやそれにはまだ早くないか、じゃあどういうことだ、ひとまず聞いてから考えるとしよう――素早く意見をまとめ、ヴィンセントは振り返った。
「いくら君でも、こんな時につまらない冗談はやめてほしいな」
当たり前の反応だった。しかし当のアレクサンドラは、怒るでもなく首を横に振る。
「冗談なものか、ただの事実だ。銀騎士などより、よっぽどとびっきりの手がある」
「おいおい、言ってることがおかしいぜ。それが本当なら、なぜ最初から使わねぇ?」
疑念をたっぷりと込めた視線が、アレクサンドラを射抜く。それももっともだが、と彼女は前置きして。
「大きな代償を必要とするからだ。金が、必要になる……一〇万ダレルほど」
笑みでもなく、怒りでもなく。疑問ともいえない微妙な表情のまま、ハリーとヴィンセントは妙な具合の笑い声を漏らした。
「なんだいそれは。ジョン・ダーレル! 君が金にこだわるのはわかってたけど、時と場合くらい考えてくれ!」
「冗談ですらねぇたぁ、馬鹿にしてやがる。おい旦那ぁ、こいつにかまってる暇ぁねぇぜ」
「だが、本当にできるとすれば、どうする? 一〇万ダレルをだせば。本当に、あいつらをぶっ飛ばせるとしたら」
乾いた笑いが、止まった。
とうてい信じることなどできない。銀騎士の力は圧倒的で、それは彼らが目にした真実である。対して彼女には、言葉しかない。
しかし、ひとつだけ道理に合わない点があった。
もしもその言葉が嘘ならば、命に危機が及ぶのは彼女も同様なのだ。果たして、この状況で暢気に冗談をいうだろうか。
決断しきれないでいる二人に、アレクサンドラもだんだんと焦れ始めていた。
しかし彼らには、悩んでいる余裕などなく。
重い足音が、砦を揺らした。銃鉄兵が砦に乗り上げ、近づいてくる。天井からはパラパラと埃が舞い降り、その距離が近いことを示していた。
「悩んでいる時間はないぞ。一〇万ダレルを出すか、死ぬかだ」
「それは、本当なんだろうな? ……いや。だとしても僕たちに、賭ける以外の選択肢はないな」
ヴィンセントの言葉に、ハリーが目を見開いた。
「旦那!?」
「これが嘘なら、ここで皆そろってくたばるまでだ。そうなれば、金の心配なんてしている場合じゃないだろう。お前は、どうなんだい?」
ハリーは頭を抱えたものの、すぐさまヤケクソ気味に立ち上がる。
「ああっ! 今日は本当に厄日だな! わぁったよ! その代わり、絶対にあいつら全滅させろよ!」
「商談成立だな。いいとも、私の名において誓う」
彼女がそう言って立ち上がった瞬間、雷鳴のごとき破砕音とともに目の前の壁が吹き飛んだ。
もうもうと立ち込める埃の中に立ち尽くす、巨人の姿。銃鉄兵が、無骨で巨大な拳銃を賞金稼ぎに向ける。
あらゆるものに死を告げる暗い銃口を、アレクサンドラは堂々と睨み返した。
銃鉄兵を、銃を、死すら恐れずに、むしろ怒りをもって押し返す。
「魔女の傀儡軍。かつてお前たちは、貴族の力であり誇りだった。それがこんなところで銀行強盗などと、哀れなものだ」
彼女は、腰から一挺の銃を抜き放った。ウィットフォード家の紋章が彫刻として施された、
もう片方の手に金貨を握り、叫ぶ。
「だったらせめて貴族としての戦いで滅べ。黄金を、供に願う。我、夜明けをここに招かん!」
彼女の手の中で、金貨がぐにゃりと変形した。粘土のように歪むと、黄金の弾丸を形作る。
それをたった一発、弾倉に込めて。アレクサンドラは、天に向けて引き金を引いた。
「咆えろ、
銃自体に刻まれた
黄金の輝きが天に走り。それは、はるか上空において炸裂し、黄金の紋様を描き出した。
散らばる光は幾重にも円を描き、複雑に折り重なる。舞い散る黄金は文字と化し、図形に意味を添えた。
「な、なんだあれは。私の知らない
天空に紡ぎ出される謎の紋様の正体に気付いたものは、この場には二人しかいなかった。
その一人であるライナス卿は、目を見開き歯噛みする。
光が描くものは魔法陣であり、呪紋に他ならない。ならばこれは、この場に彼以外の詠術士がいて、しかも戦いを挑んでいるということなのだ。
そこで呪紋の内容を見て取れないなどと。あるまじき事態である――。
次の瞬間、衝撃が魔法陣を貫いた。
雲間を裂き、砂混じりの大気を吹き飛ばして、何ものかが飛来する。
それは一直線に突き進むと、中庭のど真ん中へと着弾した。
まるで
激しく吹きあがった土煙が、周囲一帯の視界を奪った。
「むぐぉっ!? なっ……ん……。こ、これがお前の切り札かよぉ! 一発一〇万ダレルの砲撃ってかぁっ!?」
「いいや、違う」
ハリーが、ヴィンセントが、ならず者やライナス卿、その
引き金を引いたアレクサンドラだけが、悠然と構えている。
「砲撃ではない……? なにかが、いる」
その時、ヴィンセントは気づいた。土煙の中から、響いてくる音に。
規則正しく低い音、例えるならば心臓の鼓動のような。それは、
土煙の
鼓動に合わせて、黄金の血が流れめぐる。
アレクサンドラが、銃を掲げ叫んだ。
「我、アレクサンドラ・ウィットフォードが命ず……。汝、
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