第十七幕「銀の騎士と、魔女の傀儡軍」

 

 ざらざらとした空気の中、コリー・アイザックスは壁を蹴りつけ唾を吐く。


「ちくしょうが! どいつもこいつもイラつかせやがる!」


 手下のならず者どもは、それぞれ銃を手に物陰に潜んでいた。

 あの後、遠距離からの攻撃は飛んできていない。時間だけが過ぎ去り、そろそろ誰もが焦れてきた頃合いだった。


「兄貴ィ、どうする。このままじゃ埒があかねぇ」

「誘いに乗るな」


 今にも飛び出しそうなコリーを、兄のビルが遮った。

 彼らは砦の中におり、しかもまだ銃鉄兵ガンメタルを八機残している。

 こうしている限り遠距離からの攻撃も通じにくくなる、敵は彼らを引っぱり出したいと考えているはずだ。


「だからってよぉ……このまま舐められっぱなしでいられるものかよ」


 遠距離から一方的に二機を破壊されただけで、彼らはまったく反撃できていない。借りは返さなくては、面子が丸つぶれのままである。

 もとより短気なコリーは我慢の限界にあった。アントンがこの場にビルを寄越したのは、正解であったといえよう。

 とはいえビルはビルとして、黙っているのは気に食わない。


「確かにこのまま待ち続けるのも芸がないな。おい、お前たち」


 くいと帽子を上げた彼は、手下の中から数名を選びだし周辺の偵察を命じた。

 何よりもまず敵の規模を把握することが最重要だ。場合によっては、多少の被害を飲み込んで打って出ることも考えられる。


 いつ巨大な銃弾が飛んでくるかわからない恐怖の中、馬を駆る一団が砦を出た。それぞれ小さな集まりに分かれ、砦の周りを探し回る。

 上手くすれば、敵の情報を持ち帰ることができるだろう。


「ああくそ、じれったいな! これなら砦のなかで鼠を探してたほうが、よかったぜ!」


 コリーは苛立ちまぎれに手の中で拳銃を弄んだ。彼の性格からして、撃ちあっていないと落ち着かないのだ。

 手慰みに、くるくると回した銃を適当に周囲へと向ける。それは何か狙いがあっての行動ではない。しかし偶然にも、彼は銃口の先を何かが駆け抜けるのを見た。


「……?」


 油断していた。はっきりと正体がわからず、彼は身を乗り出して周囲を見回す。

 どれだけ探しても砂混じりのまだらな風景しか目に入らなかった。気のせいかと訝しむが、そのうちに明らかに動き出すものに気付く。


「おい……? 誰が動けなんて命じた!?」


 それは、城壁の陰に隠れていた銃鉄兵のうち一体であった。

 それには、警戒と待機が命じられていたはずだ。だというのに、勝手にふらふらと歩き出していた。

 いつ狙撃されるともしれない状況で、無防備に中庭の真ん中へと進み出る。

 コリーが瞠目し、ビルは眉根を傾け警戒した。何か、非常によくないことが起ころうとしている。そんな予感だけがある。


 銃鉄兵が首を巡らし、照眼アイアンサイトが明滅する。その無骨な手が腰から銃を抜き、明らかに何かに狙いを定め。


「敵がいる……いや、違う!?」


 銃が向けられた先にいたのは――味方であるはずの、ならず者たちの銃鉄兵。


 驚愕が、彼らの行動を一瞬遅らせた。制止する間もなく、巨大な拳銃が火を噴く。

 無警戒なところに攻撃を受けて、安物の凡霊アニは反応できなかった。容赦なく銃弾が突き刺さる。


 距離が近い。銃弾はその威力をいかんなく発揮し、銃鉄兵の装甲を存分に食い荒らした。衝撃で体勢がくずれ、よろめく。

 致命傷ではない、だが軽いとは決して言えない損害を受けて、ならず者の銃鉄兵は全身から異音を漏らした。

 弾倉にあるだけ撃ち放った直後、裏切りの銃鉄兵は間髪入れず駆け出していた。向かう先は砦の正門がある方向である。


 残されたならず者の銃鉄兵たちは、照眼を明滅させ戸惑いを露わとしていた。

 攻撃を仕掛けてきた機体は、ついさきほどまで確かに味方であったはずの機体だ。書籍回路ワードサーキットが激しく演算を重ねるが、この状況は凡霊にとっては荷が重い。


「クソッ、どうなってやがる! なぜ銃鉄兵が裏切るっ!? ありえねぇ、クソッ、クソォッ!!」


 コリーが、頭を掻きむしり叫んだ。他のならず者どもとて同じ気持ちであった。

 人間ならば裏切ることもある。しかし、銃鉄兵は決して主を裏切らない。凡霊には、そもそも裏切るなどと言う機能は存在しないのだから。

 だが目の前の現実は、そんな常識を葬り去った。

 賞金稼ぎバウンティハンターの襲撃、ありえざる銃鉄兵の裏切り。立て続けに起こる状況に、彼らもとてつもない混乱のただなかに陥っていたのである。


「あ、あれを見ろ!」


 そうして立ちすくんでいるのは彼らだけ。状況は、一瞬たりとて待ってはくれない。

 砦から逃げ出さんとしていた銃鉄兵が、くるりと振り返る。その向こうから、さらに二体の巨人の姿が浮かび上がっていた。

 すらりとした姿の標準的な機体と、盾を構えた大仰な機体。シューティングスターとスクトゥムだ。


「馬鹿な。本当に、裏切りだってのか……?」


 コリーは、傍らの銃鉄兵を見上げて、ぞくりと悍ましい何かを感じとった。

 まさか、ここに残る銃鉄兵までもが裏切ったならば。彼らは何もできずに全滅するほかない。動揺を通り越してガタガタと震えだす者までいる。

 そんなならず者どもの中で、“伊達者”ビルだけが涼しげな表情でいた。


「お前たち、コリーもだ。無意味に狼狽えるな。それでも銀行強盗を成し遂げた悪党か」

「ビ、ビル! だが、こんな……」


 泡を飛ばしてわめきたてるならず者を、ビルが一睨みで黙らせる。


「敵はたかが……三機。この調子だと、遠くにいるのだって多くはないだろう。俺たちが有利であることに、変わりはない」

「で、でも兄貴。また裏切る銃鉄兵が出たら、どうする」


 コリーの言葉に、ならず者どもがそろって頷いた。だがビルは、それすらも一言で切って捨てる。


「それができるのなら、最初から全部を一気に奪ってもいいはずだ。ライナス卿サー・ライナスのようにな」


 洒落た外套を砂風に晒し、ビルは全員の先頭に立った。ごく自然体で、このていど何ほどの問題でもないと見せつける。

 その頼もしい姿が、ならず者どもの動揺を鎮めた。


「恐れるな、奴らは


 ひとたび落ち着けば、次にやってくるのは怒りである。醜態をさらす羽目になった原因を、その手で葬り去らねば気が済まない。


「この借りは必ず返す。全て潰しきる」

「お前ら、あれは全て敵だ! 撃ち殺せぇ!!」


 コリーの怒号に従い、ならず者の銃鉄兵が一斉に銃を抜いた。

 銃鉄兵は主の命令に逆らわない。疑問を覚えない。躊躇わない。

 すぐさま敵味方の認識が更新される。裏切りの銃鉄兵を含めて、侵入者へと一斉に銃撃を浴びせかけた。


 銃弾が地面に、城壁に突き刺さる。砂風に土煙が混ざり、さらに視界を悪化させた。

 次の瞬間、激しい衝撃波が砂けぶる大気に穴をあける。


 はるか遠方より飛来した銃弾がならず者の銃鉄兵に襲い掛かり、その肩を破砕した。腕がもげ飛び、衝撃で地面を転がる。


「ちくしょう、やっぱり狙ってきやがるか! しかもなんてぇ精度だ!」


 この場にいる銃鉄兵は七対三と圧倒しているが、遠距離から狙う敵が侮れない。

 ならず者の銃鉄兵たちは命令に忠実に銃撃を続けるが、それで敵が倒れる気配はなかった。

 巨大な盾を持った機体が銃撃を防ぎ、その陰から残る敵が撃ち返してくる。砂混じりの空気を、飛び交う銃弾が掻き回した。


「どこだ……どこに居やがる」


 巨人同士で撃ちあっている横では、ならず者たちがそれぞれ物陰に隠れながら何かを必死に探していた。


 銃鉄兵は、この荒野で最強の兵器である。

 しかしそんな銃鉄兵にも、弱点は様々にある。そのうちの大きなひとつが、人間の指示を必要とするという点である。

 襲撃者の銃鉄兵は高い連携をこなしていた。ならば相応の距離に、鉄騎手メタルジョッキーがいるはずなのだ。


「……あそこだ! 見つけたぜぇ! ぶっ殺せぇっ!!」


 コリーが、砦の屋根の上を指して叫んだ。

 そこには確かに、何者かの影があった。この際、味方であるなどとは考えない。ならず者どもに、そんなところへと潜む理由はないのだから。

 彼らは怒りに駆り立てられるまま、銃の引き金を引く。


 ◆


「おっ、ありゃまずい!」


 “レイジー”ハリーが、素っ頓狂な声を上げて首を引っ込めた。

 一瞬後に、風切り音とともに多数の銃弾が浴びせかけられる。彼らが身を潜める砦の壁が、弾丸の暴風に晒され悲鳴を上げた。


「うっおおおっ!? めっちゃくちゃに撃ってきやがるな」

「そりゃあ、鉄騎手を狙うのは対銃鉄兵戦の常道だからね」

「いや旦那、そんな冷静に納得してる場合じゃねって」


 顔をあげようにも、銃弾の音はひっきりなしに続いている。撃ち返すことすらままならない。

 三人並んで、砦の屋上で日向ぼっこである。起き上がるだけで、すぐにあの世まで直行できる。


「まいったねぇ、そりゃずいぶんのは確かだけどさ」


 ハリーはぼやき、横で同じく頭を引っ込めるアレクサンドラを見やった。

 最初、彼女が敵の銃鉄兵を乗っ取ることができると言った時、彼はこいつ頭おかしいと思った。


 しかしヴィンセントはいっさい疑うことなくその提案に乗り、結果として本当に敵の銃鉄兵を奪ってみせたのである。

 おかげで銀行強盗どもは大混乱に陥っている。うまい具合にクレーンが仕掛けてくれたこともあり、力強い手ごたえを覚えたところであったのだが。


「こりゃ銃鉄兵より先に、俺たちがやばそうだ」


 彼の溜息を、突然の爆風が遮った。彼らが隠れていた壁が吹っ飛び、そろって屋上を転がるはめになる。

 パラパラと舞い散る壁の破片を掃いながら、ハリーは傍らに落ちていた帽子を掴んで頭に載せた。


詠術弾スペル・ブレットまで撃ってきやがるたぁ。いや怒ってるねぇ」

「もったいないことだ。無駄に撃つな、私に寄越せ」

「お前何言ってんの……!?」


 いまいち、アレクサンドラジョン・ダーレルの言動がつかみにくい。とりあえず神経だけは図太そうである。

 吹っ飛んだ彼らの中で、ヴィンセントは銃を手にいち早く起き上がっていた。


「ハリー! 援護を頼む。少し、数を減らす」

「これどうにかできるんですかい、旦那ぁ」

「できないことは、頼まないさ」


 ひっきりなしに銃弾の嵐は続く。こんなさなかに首を出せば、すぐに蜂の巣のできあがりだ。

 さしものハリーも盛大に渋った。するとアレクサンドラが何やらもごもごとつぶやいた後、なぜか鉄貨ダレルコインを弾いて寄越す。


「ハリーといったな。少し、まじないをかけてやろう。これで詠術弾以外は、そうそう当たらなくなるぞ」

「都合のいいこと言ってくれるじゃん。そんな簡単に当たらなくなりゃ、苦労はいらねぇっての」


 ハリーは硬貨を掴んだが、それはすぐに淡い光を放って溶けるように消えてしまった。

 彼にはその意味が理解できず、ひたすらに首をかしげる。


「まぁ、見ていろ」


 そう言い残すや、あろうことかアレクサンドラは堂々と立ち上がった。吹きつける銃弾の嵐の中に、己の身をさらす。

 唖然としたハリーが見守る中、彼女は何事もなかったかのように物陰に戻った。


「ほら。大丈夫になった、だろう?」

「ウッソだろお前!?」


 ハリーは頬をひくつかせ、自信満々のアレクサンドラと通り過ぎる銃弾とを見比べていたが、やがて足に力を籠めた。


「……ったく。あんたぁ確かに旦那の知り合いだな! イカレてやがるよ!!」


 ハリーは面倒くさがり屋ではあるが、それでも荒野に暮らす荒くれ者である。

 これだけのクソ度胸を見せられて、黙ってうずくまっていられるほどに臆病でもない。荒野に生きるならば、面子は大事なのだから。


「ええい、ままよ!!」


 弾倉にとっておきの詠術弾を籠めると、彼は立ち上がった。

 銃を突き出し、ならず者のいそうな場所に向かって適当に弾をばらまく。大雑把を通り越して狙いなどまったくつけていないが、着弾後の爆発はならず者どもに動揺を誘ったようだ。

 わずかに、銃弾の圧力が緩む。


「はは! ははは!! どうだ! 俺の運もなかなか、捨てたもんじゃあないだろう!!」

「よくやったハリー。あとは任せてくれたまえ」


 その隙を縫って、ヴィンセントが立ち上がった。両の手に銃を握り、一気にありったけを撃ち尽くす。

 直後、悲鳴とともにならず者どもが倒れた。

 一瞬の間に、離れた場所にいるならず者どもを正確に撃ち抜いたのだ。恐るべき腕前であった。


「ヒュー! さすがは旦那!」

「よし。このまま、とにかく掻き回すんだハリー。それとジョン! 君も撃ち返せ!」


 銃撃戦には興味なさげなようすで指先で硬貨を回していたアレクサンドラは、寝っ転がったまま答える。


「ふむ。私に、射撃の腕を期待するのか?」

「しない……だがせめて手伝ったらどうだい!?」

「銃鉄兵を乗っ取ったのにゃあ度胆をぬかれたけどよ、こいつ撃ちあいじゃ役に立たんな」


 言ったところで、当のアレクサンドラに気にした様子はなく。

 物陰で銃に弾を込め直したハリーが、再び詠術弾をばらまいた。さらにヴィンセントの銃撃が、数名のならず者を仕留める。

 数の差をものともせず、彼らはむしろならず者を追い詰めつつあった。


 ◆


 一方のならず者どもは、もはや半狂乱となっていた。

 障害物の陰に隠れてコリーは弾を込めるが、力が入りすぎ手先が震えてうまくいかない。


「ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう! 賞金稼ぎドブネズミどもがっ! お前ら、もっと良く狙えっ!」

「コリーよう。それが、当たってるはずなんだ! なのに、銃弾が逸れてやがる!」

「意味わかんねぇよ! んなわけねぇだろ!! もっとまともな言い訳をしやがれ!!」


 撃ちこむ銃弾プレーン・ブレットも、詠術弾も彼らのほうが圧倒的に数多い。

 だというのに、敵の弾は彼の手下を確実に減らし、彼らの弾は当たりそうになると直前で不自然に軌道を変え、明後日の方向へと飛んでゆく。


 銀行ザ・バンクを相手にした時でさえ、これほどまでに追いつめられることはなかった。

 コリーは悔しさに表情を歪め、もの言いたげにビルを見た。彼は、何かを決意し頷きかえす。


サーを、待つぞ」


 それはコリーにとって、うすうす理解しながらも、決して認めたくないことだった。


 敵の使う不可解な何かは、あのいけすかないライナス卿の使う力と似ている。確か、魔法使いスペル・キャスターと言ったはずだ。

 旧大陸の遺物、時代遅れの存在。魔銃使いスペル・スリンガーたちの楽園たるこの新大陸で、古ぼけた骨董品に幅を利かせられるのは、実に気に入らない。


 だが現実に、彼らはその時代遅れに頼ってこそ銀行強盗を為しえた。

 そして今再び、戦いにおいてその力を必要としている。


 ならず者たちはヴィンセントの銃撃を警戒して、うかつに頭を出せなくなっていた。賞金稼ぎたちも迂闊に動けず、銃撃戦はひとたび小康状態となる。

 銃鉄兵同士の戦いは障害物を挟んでの撃ちあいとなり、長引く気配を見せていた。



 そんなさなか。混迷深める舞台へと、いまさらのように新たな登場人物が現れる。


「……アイザックス。これはなんとしたことだ。私の銃鉄兵が、ずいぶん傷ついているではないか」

「チッ。賞金稼ぎたぁずいぶんとようで」


 小太りの腹を揺らしながら、のそりと歩いてきた一人の男。ライナス卿だ。

 彼は周囲の戦況を見て取ると、いかにも見下した笑みを浮かべる。


 その背後では、アントンがこの上なく渋い表情を浮かべていた。

 確かに強敵と思えばこそライナス卿を引っぱり出してきたのだが、それにしてもこの戦況は少々予想外だった。


 彼らに続くように、戦場に新たな足音が響く。金属の塊、重さを持つ足音の主は、銃鉄兵だ。

 アレクサンドラたちはその新たな敵戦力を目にして、警戒よりも先に強い違和感を覚えていた。その理由は、明らかに――。


「あの銃鉄兵、いったいなんだ? 蔵の奥から引っぱり出してきたような骨董品じゃないか」


 ――その姿形にあった。ガンフォールドこそつけてはいても、古臭い外見をした銃鉄兵。

 とはいえ、どのようななりであっても銃鉄兵に違いはない。彼らがどのように戦うかを考え出すのと同時に。


「フン。ベルサリウス……有象無象どもに教えてやれ、本当の戦いというものを」


 古ぼけた銃鉄兵ベルサリウスが、錬血炉ブラッドチャンバーから力を絞り出す。熔血フューズドブラッドが激しく内部を駆け巡り、急激な出力の上昇にともなって冷肺ラジエートラングから激しく蒸気を噴きだした。


 直後、不可視の波動が広がる。

 まるで咆哮のように、ベルサリウスを中心として広がった波動は周囲の銃鉄兵へと伝わってゆき。

 直後、全ての銃鉄兵が例外なくビクりと跳ねた。


「くっ!?」


 アレクサンドラが、いきなり頭を押さえうずくまる。その原因は、彼女の側にはない。

 同時に、裏切りの銃鉄兵に憑依していたはずのブラットリーが、突如として機体から弾き飛ばされたのである。

 意思に反して空中へと投げ出されたブラットリーは、驚愕しながらも体を捻り、なんとか着地する。


「く、この強烈な力は……主よ、あれはまさか!?」

「そうだ、間違いない。最悪だ、こんな辺境でアレと相見えようとは!」


 アレクサンドラが驚愕に目を見開きながら、立ち上がった。

 動揺しているのは彼女だけではない。その目前で、異変が起こりつつある。


 ならず者の銃鉄兵が、一機残らず異様な力に侵食されてゆく。

 古ぼけた銃鉄兵と同じように錬血炉の鼓動を高め、ありったけの出力を開放してゆく。


「お、おい……なんだよこれ。どうなってる。あの骨董品は、いったい何をしやがった!?」


 なにかとんでもないことが起ころうとしている。詳しくはわからずとも、ハリーはそれだけは確信していた。


「あの銃鉄兵は、『銀騎士シルバーナイト』だ」

「銀騎士? 確か、噂に強力な機種だと聞いたことはあるが、そこまでなのか?」

「違う! 確かに戦闘能力も侮れないが、あれのはそんなところにはない」


 ヴィンセントは訝しむ。アレクサンドラの様子が、明らかにおかしかったからだ。それは強敵の登場に動揺しているというだけではなさそうである。

 そうして彼女は、誰に向けるでもなく珍しい饒舌さをみせた。


「銀騎士は、最初からある目的のためだけに作られた。あれは、統率者なんだ。多数の銃鉄兵アイアンファイターを従え、統率するために生み出された上位存在」


 作業用ブロンズワーカーは銅貨を、戦闘用アイアンファイターは鉄貨を動力に動く。

 同様に、それ以上の貨幣を必要とする機種も存在する。それが銀騎士シルバーナイト銀貨一〇〇ダレルを代償として必要とする、上位機種である。


 だが銀騎士は、ただ強力なだけの銃鉄兵ではない。

 それは銀貨を喰らうという劣悪な燃費と引き換えにして、ある特殊な機能を行使する。むしろその機能を支えるためにこそ、銀貨と言う高額高出力の動力源を必要としている。


「銀騎士の持つ力は、『支配ドミネーション』。あれ一機のもとに、多数の銃鉄兵が情報・認識を共有し、ひとつの存在として動く」


 彼らの視界の中、ならず者の銃鉄兵が明らかに動きを変えていた。

 照眼はぎらつき、凡霊によるどこかぼんやりとしていた動きが、急激に精度を増してゆく。

 もはや存在そのものが、明確に異なるものへと変貌しつつあった。


「銀騎士こそが、銃鉄兵と呼ばれる魔術兵器の本来の姿だ。詠術師ウィザード使い魔ファミリアの力を最大限に発揮するための鎧。詠術師が貴族として君臨した原動力。だとすると、敵はおそらく旧大陸の貴族崩れか……」


 奇妙なほどに揃った動きで、銃鉄兵たちが歩き出す。

 かつては感じなかった強烈な意思を、破壊の意思を漲らせながら、巨人の群れが行進する。

 それはただ純粋に、敵対するものを破壊しつくす力の顕現だ。


「来るぞ。かつて古き騎士の時代に生み出された、不敗無敵の戦術……あれが『魔女の傀儡軍ウィッチドールズ・ファランクス』だ!」


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