第十四話「己の前に、敵を知れ」

 クィンガーシュ山脈の山間に、寂れた村がある。

 山道に寄り添うようにしてある小さな村。かつては山向こうの砦へと通じる補給路として賑わいを見せていたが、それも今は昔のこと。

 何もなく寂れる一方だった村はしかし、時ならぬ賑わいを見せていた。


「……それで、銃鉄兵ガンメタルどもが一斉にぶっかましてよぅ! 金庫番セーフキーパーの吹っ飛ぶさまたぁなかったぜ!」

「なぁにが銀行ザ・バンクだ! あんなもんただの金鉱よぅ!!」


 村に唯一の酒場では、やんやとはやし立てながらどもが景気よく酒を空けていた。

 口から飛び出すのは自慢か罵声のみ。それよりは酒の入る量のほうがよっぽど多いくらいである。


「ヒャヒャヒャ! この仕事をやりきった我らがボス、ビル・アイザックスに、もういちど乾杯だ!!」


 そう、ならず者どもがそろってグラスを掲げる。それが向けられた先にいる、一人の男。

 装いからして粗雑で野卑なならず者どもの中にあって、彼はただ一人質のいい服装をきっちりと着こなしている。

 切れ長の目に長い金髪をたらした様は、美丈夫と表現して差し支えなかった。


 そんな“伊達者”ビルは静かにグラスを傾けていたが、周囲の声に応えてそれを持ち上げた。


「そうだ、俺たちは銀行を破った。この名声は、大陸の隅々まで轟くことだろう」

「おおおお!!」


 ならず者であっても、名声には価値がある。

 たとえ悪名だとしても、どうせならばどでかく轟かせたい。それはならず者にとって、ある種の憧れですらあった。


「ヒッハハハ! 最高だな、俺たちゃあ大陸最高の悪人だ! ついでに、銃鉄兵がひっくり返りやがるほどの金庫もあるんだからよぅ!!」

「こいつぁいい!! 金も名も、重いに越したこたぁねぇからな!!」


 ビルの言葉ひとつでならず者はさらに調子を上げ、酒場をいっそうの笑い声が飛び交った。

 それにしても自らのおこないをさっぱり隠すつもりのない賊徒どもである。その話の意味を理解できるものがこの場にいたら、いったいどうするつもりなのか。


 そんな狂騒賑やかなりし酒場の片隅で、一人のが食事をとっていた。

 干した肉をかじり固いパンをスープにつけてふやかすと、黙々と機械的に口を運んでいく。

 その同じテーブルには、の飼い猫と思しき猫がいた。こちらは、皿に盛られた何かの肉へかじりついている。

 酒場の中央を占拠するどんちゃん騒ぎは意に介せず。彼らは影のようにひっそりと食事にいそしんでいた。

 視線も向けず、ただひたすらに我関せずを貫いている。


「ったくよぉ! しみったれた村だ! ロクな酒も出せねぇのか! あるだけ全部持ってこい!」


 その間にも、ならず者どもの醜態はとどまるところを知らなかった。ついにはグラスを放り投げ皿をぶちまけ始める。

 料理が床に散らばり、踏みつけられ床を汚す。礼節マナーも何も、あったものではない。

 伊達者ビルには手下を止めるつもりはないらしく、彼らはやりたい放題であった。

 それには店主と思しき人物が渋い顔を見せていたが、そもそも彼はずっとカウンターのなかで息をひそめている。


 ならず者どもは、濃い暴力の臭いを漂わせていた。それもまさか賞金稼ぎバウンティハンターなどではない、お尋ね者ウォンテッドマンどもだ。

 下手に刃向かえば、命など簡単に唱煙の向こうに吹っ飛んでいくだろう。


 その時、騒がしい酒場に、スイングドアの軋みが響いた。

 ならず者どもが一斉に入口へと振り向く。同時に、数名の男たちが酒場へと入ってくるところであり――彼らは突然、銃を抜いた。

 連続して銃声が轟く。狙いなど適当なものだ。誰が死んだかなど、確認すればいいのだから。


 まっさきに、伊達者ビルが反応した。彼は近くのテーブルを蹴倒すと即席の盾として、その陰に飛び込む。

 すぐに手下どもがそれに倣ったが、運悪く間に合わなかった奴はその場で死のダンスを踊る羽目になった。


「くぅそったれがぁ! くたばりやがれ!!」


 直後には、ならず者どもがそろって襲撃者に対して応戦を始めた。

 あっという間に酒場は飛び交う銃弾で満ち溢れる。ちなみに店主は、ずっとカウンターの裏でしゃがみこんだままだ。


 襲撃者の銃弾がテーブルから木片を飛び散らせ、ならず者どもの銃弾は入口の壁をえぐる。

 店の中が唱煙で霞むほどの撃ち合いは、唐突に終わりを告げた。


 少しの間だけ静寂を数えてから、ならず者どもがゆっくりとテーブルの陰から顔を出した。

 襲撃者たちは、入口の周りで倒れ動かなくなっている。

 先手必勝とばかりに仕掛けた彼らだったが、ならず者どものほうがすこしばかりツイていたようだった。


「もう賞金稼ぎイヌどもが嗅ぎ付けてきたか……。酒はこれまでだ、親父に知らせにいくぞ」

「へ……へいっ!!」


 伊達者ビルは酒場をでてゆく。手下たちはそれに続き、ついでに転がっていた襲撃者の死体を蹴り飛ばした。


「せっかくの酒が台無しじゃねぇかクソがっ! おいこら店主、こいつらは片づけとけよ!!」


 彼らは憤懣やるかたない様子で、最後につばを吐き捨てるとのしのしと出ていったのだった。


 後に残ったのは、惨劇の舞台と化した酒場と沈黙のみ。

 周囲を眺め、店主が長いため息を漏らした。ならず者どもが残した爪痕は深い。

 その時、店の端っこに倒れていたテーブルが、ぐるりと動いた。


「まったく。落ち着いて食事もできないとはな」


 ならず者たちとは別に、食事をとっていただ。

 彼は一皿だけ守り抜いた食事を一気に食べ終えると、倒れたならず者のところへと向かった。

 それを足で転がすと、懐を改める。財布を抜きだすと、店主へと投げた。


「迷惑代だ。店主、私の払いもこいつらからとっておいてくれ」


 呆然としたままの店主を残し、も酒場を後にする。

 その足元では猫が呆れているかのように、にゃあとやたらと渋い声で鳴いたのであった。


 ◆


 ヴィンセントは望遠鏡をのぞき込みながら、周囲をぐるりと眺める。


「山、山、山……おあつらえ向きに険しい立地だ」

「山越えの道を封鎖する、大洋分断戦争オーシャン・ウォー時代の遺物。いや~面倒だねぇ」


 “レイジー”ハリーも自らの望遠鏡を構えながら、心の底から面倒そうにぼやいた。

 彼らは鉄動馬オートホースを走らせ、道なき道をかき分けて山を登り、今は砦の上に陣取っていた。

 入念に整備された鉄動馬は、悪路をものともしないだけの力を発揮する。

 とはいえここまで来るのは並大抵の苦労ではなかったが、それでも生身の馬を使うよりは楽であろう。


「しっかし上をとったからって、何にもならねぇなぁ」

ここは放棄されて長い。城壁だってボロボロで、見張り塔も崩れている。忍び込むのは簡単そうだな」

「それにしても山の上ってのは面倒だぜ。鉄動馬ウマならともかく、銃鉄兵デカブツを持ってくるには馬鹿正直に道を進むしかない」


 まっすぐに砦の中へと続く道だ。その先に何が待っているか、言うまでもない。


「そんなことをすれば、自慢のスクトゥムだってすぐに蜂の巣に様変わりするだろうね」

「面倒だねぇ……。面倒はいけねぇよ」


 ハリーは望遠鏡を構え直し、砦の内部を眺めまわす。

 壁に覆われた内庭には、銃鉄兵が並べられていた。


「一、二……五の……一〇。銃鉄兵だけで一〇機か。いやもうやっぱ止めちゃわない?」


 さらに銃鉄兵の周囲には歩哨役のならず者たちが、ちらほらと見える。

 入口付近は特に人数が多く詰めており、襲撃を警戒している様子が見て取れた。

 これでは彼らが忍び込んだところで、どうしようもない。相手をするには少なくとも銃鉄兵が必要だった。


 その時、ヴィンセントはある疑念を覚えて首をかしげる。


「おかしい。あの程度の銃鉄兵で、金庫番を破ったのか……?」


 ここにいるのは銀行強盗のはずだ。それも荒野にその名轟かす銀行を打ち破った、極めて凶悪な強盗団であるはず。

 だというのに、ここにある銃鉄兵はいかにも普通の戦闘用アイアンファイターだった。

 これでは金庫番が二、三機もいれば簡単に全滅させられるだろう。その程度でしかない。


「……! おい旦那、あれをみてくれ」


 ハリーの言葉に従い、考え込んでいたヴィンセントは内庭の一角に目を向けた。

 そこには乱暴に突き立てられた杭があり、さらに何人もの男が吊り下げられていた。

 両手をくくり縛り上げられたその男たちは、半死半生であるのが望遠鏡ごしにも見て取れる。


 少し離れたところに、ならず者どもの集団がいた。

 彼らはどうやら酒瓶を片手にバカ笑いをあげているようだった。声は聞こえずとも、動きを見ればわかる。


 その時、唐突にならず者どもが銃を構えた。

 ヴィンセントが息を呑んだ。銃声が轟き、くくられた男がビクりと跳ねる。

 それを見て、ならず者どもがさらに爆笑を始めた。


「わーお。ああいう風にはなりたくないねぇ…」


 ハリーは額を押さえてから天を指し、父なる太陽ケイオサスに祈りを捧げた。

 その隣で、ヴィンセントが拳を握りしめる。


「……もう、助けられないか」


 男たちは、まるで的当て遊びのように撃たれていた。

 すでに全身に銃弾を浴びていた男は、ぐったりとして動かなくなっている。明らかに、手遅れだった。

 ヴィンセントの言葉に不穏なものを感じとったハリーが、仰天して頬をひくつかせる。


「おいおい旦那? なぁに考えてるんだ? ほれ、奴らは準備万端だ。ここででしゃばるのは、賢くないぜ?」


 またひとつ、銃声が鳴り響く。それで最後まで残っていた男が、動かなくなった。

 ならず者は手を打ちあって歓声を上げ、さらに酒を進めているようだった。


「わかっている。あれは、やり方を間違えた時の僕たちだ。決して、同じ轍は踏まないようにしないといけない」


 安堵の吐息を残して、ハリーが立ち上がる。情報は得た、次の手を考えなければならない。

 ヴィンセントはしばらく望遠鏡を覗き込んでいたものの、最後に強く悔しげに砦を睨み付けてから動き出した。

 二騎の鉄動馬オートホースが、慎重に山肌を下ってゆく。


 ◆


「奴らノ様子ハ、どうダッタ」


 彼らは山を下り、山道から外れた森の中へ戻ってきていた。

 ここを仮の拠点としており、銃鉄兵を待機させてある。そうしてクレーンが、一応といった程度に番をしていた。

 問いかけを受けて、ハリーが肩をすくめる。


「いやもう銃鉄兵が山盛りで面倒ったら。それと先客がいたぜ。まぁ、もういなくなったけど」

「ククク。奴ラハ行動素早く大胆だったガ、慎重さニ欠けてイタ」


 その言葉を聞いた、ヴィンセントの視線が強まった。

 クレーンはどうやら、先行する集団の存在を知っていたようだった。彼は街で品定めをしていたのだから、それもあり得る話である。

 さらにその行動が軽率であることも承知したうえで、無視を決め込んだのだろう。


「…………そう、か」


 その時ヴィンセントは、喉まで出かかった非難の言葉を飲み込んでいた。


 賞金稼ぎは決して英雄ヒーローではない。正義の味方でもない。何かを殺し壊して金を得る、社会のはみ出し者たちである。

 賞賛を受けるのは、成功したものだけだ。

 敗者は死に、一顧だにされることもない。それが、荒野の掟である。


 ハリーやクレーンの態度は、賞金稼ぎとしてはごく当たり前のものといえた。

 ただ少し、それはヴィンセントにとって気に入らないだけ。


 目深に被った帽子の陰で決意を燃やし、彼は銃鉄兵シューティングスターを見上げた。

 そのままでは、余計なことを言いそうだったからだ。

 仕事の前に揉め事は増やさない、やり方は人それぞれ。それが、賞金稼ぎの不文律ルールなのだから。


「僕たちは、もっと賢くやるだけだ」


 それは己に言い聞かすような言葉だったが、ハリーが酒瓶片手に同意した。


「銃鉄兵も持ち込めねぇし、ならもっと楽をしねぇとな。ってーわけで狙撃主の旦那。ちょいと撃っちまってくれるかい」

「ソレで済むナラ一人でヤる。一気ニ数多くハ撃てナイ。一人、二人ノ雑魚ヲ倒してオシマイではナ」


 しれっと流したクレーンに、ハリーは溜息を洩らした。

 砦に居を構え、多数の銃鉄兵を備えた集団。砦の中は銃鉄兵以上に、ならず者どもが跋扈している。

 そんなところをこの少人数でどうにかしようというのだ、困難にもほどがある。


「……バッファロー兄弟ブラザーズがいれば、もう少し楽だったかもしれないが。無いものを嘆いても仕方がないか」

「んで、どうするよ大将」

「元々、僕たちは大勢を相手取るつもりはない。だったら、取るべき手段はひとつだ」


 ヴィンセントは、銃の代わりに一本のナイフを抜きだして見せる。


「静かに忍び込んで、静かに倒す。それだけさ」


 ◆


 その頃、砦では宴が続いていた。

 ならず者どもは、磔にした賞金稼ぎたちの遺体を眺めまわしてゲラゲラと笑い声をあげている。


 そんな馬鹿騒ぎの会場へと、異物が現れた。

 犬だ。それも鍛え上げられた猟犬である。ゆらりと歩く猟犬の姿を目に留め、ならず者たちが口を閉じる。


「……うるさいぞ、お前たち」


 猟犬の後ろに、一人の男がいた。

 ならず者の一味にしては奇妙なほどに質の良い服装。歩きふるまいにも、周囲とは一線を画す品がある。

 もうひとつ決定的に違う点を挙げれば――彼は、少々太っていた。荒事を生き己を頼むならず者としては、不自然である。


「おおっ? こりゃあライナス卿の旦那サー・ライナスじゃねぇか。あんたも一発どうだい? 間抜けたちが踊るのは、楽しいぜぇ」


 ならず者どもからお誘いを受けた彼は、吊り下げられた賞金稼ぎを見回してから、腹の底から吐き出した吐息でそれを一蹴した。


「フン、断る。馬鹿の真似をしては、私まで馬鹿になってしまいそうだ」

「なにぃ?」


 ならず者どもが、一気に色めき立つ。


「おいてめぇ、今なんつった。誰が馬鹿だってぇ?」

「聞こえなかったのか、それとも人の言葉すら理解できないのか? 貴様に決まっているだろう」


 ならず者どもは、悪罵には敏感に反応する。

 全員が腰に手を伸ばしたのを、一人の若い男が制した。彼はそのまま一人、前に進み出る。


「おいおいサー……ちょっと役に立ったからって、調子くれてんじゃあねぇぞ?」


 コリー・アイザックス。アイザックス一家のうち下の息子であり、この強盗団の頭目ボスのうち一人といえる。

 彼はライナス卿と呼んだ男の前に立ち、睨みつけた。

 取り巻きたちも、いつでも銃を抜けるように構えている。相手は一人だ。縛り付けるまでもない、囲んで撃てばそれでおしまい。

 だというのに小太りの男は馬鹿にしきった笑いを浮かべていた。猟犬は、わずかに姿勢を低くしている。


「やれやれ、躾のなっていない馬鹿は犬にも劣る」


 その一言に、ついにならず者たちが銃を抜かんとした、まさにその時である。


「いったい何をしてやがる! この馬鹿どもがっ!!」


 痛烈な怒声が、場の空気を一気に吹き飛ばした。

 さきほどまでは威勢よく威嚇していたならず者たちが、一気にうろたえ始める。


「お……親父! こいつが、俺たちのことを馬鹿にしやがってよぅ!」


 そう、コリーが訴える。

 新たに現れた大男――アイザックス一家の長、アントン・アイザックスは彼を一睨みで黙らせると、ゆっくりと首を巡らせた。

 熊のような巨漢である。顔には傷が刻まれており、眼光鋭く睨みつけられれば荒野の荒くれどもすら震えあがるほどだ。


「止めろ、お前たち。銃から手を離せ」

「でもよぉ……」


 コリーはまだ食い下がったものの、もう一睨みされたことで完全に黙りこんだ。


 それからアントンは、視線を絡まれていた側に転じた。

 ライナス卿は、コリーの姿を何か汚いものを見るように見下している。


「おう、客人。すまねぇなぁ、躾の悪い息子でよ。しかし、この稼業じゃあ舐められたらお仕舞いなんだよ。そいつは面子の問題であり、実際の仕事の問題でもある」


 力と暴力に支配された荒野において、面子を失うというのは死と同義である。面子を失うような愚か者など、誰にも相手にされなくなるからだ。


「お前さんは客人だが、そこいらを少しばかり飲み込んでもらえると、ありがてぇんだがよ。なぁ? 互いにうまくやろうじゃねぇか。前の仕事みてぇによ」

「……フン。考えておいてやる。私は、向こうで休ませてもらう。少し静かにしてくれたまえ」

「ああ、それがいい。酒は必要か? なら言ってくれ。浴びるくらいにあるからな」

「けっこうだ」


 ライナス卿はぴしゃりといい捨てると、すぐに踵を返した。

 立ち去ってゆくその後姿を睨みつけ、コリーが咆える。


「親父! なんだってあんな野郎に、でかいツラさせたままにしておくんだよ!」

「ちったぁ物覚えをよくしやがれ。銀行をヤるには、あいつの銃鉄兵が絶対に必要だったろうがよ」


 頭ふたつは高い位置から睨まれても、彼は黙らなかった。


「そんなのよぉ、ちょいと脅して主人登録マスターキーを奪っちまえばいい話じゃねぇか?」

「まったく馬鹿野郎が! そこいらの馬を奪うのとは、わけが違う。奴の得意技は魔術使いスペルキャスターにしかできねぇんだ。奪ったところで一セロンの得にもならねぇ!」


 年若いはねっかえりのコリーは、父や兄以外には従おうとしない。そこにきて、部外者が上に立っているのが気に入らないのだろう。

 その相手がさらに小馬鹿にした態度でいるとなれば、なおさらだ。アントンは、小さくため息をついた。


「別に毎回抱擁をかわせなんていわねぇ。もちつもたれつってやつだ。ちったぁ頭を回して、賢く付き合うんだよ」


 そう言ってなだめると、コリーはまだ不満げにしていたものの、なんとか引きさがっていった。

 その後ろ姿と賞金稼ぎの死体を見比べて、アントンは腕を組んで考え込む。


「とはいえだ。勝ち札を掴んだはいいが、そいつを他人に握られてるなんてなぁ、どうにも座りが良くねぇのも確かだ……」


 彼がぼさぼさとした顎鬚を撫でさすっていると、そこに新たな騒動がやってくる。

 鉄動馬に乗った一団が、砦に駆け込んできたのだ。

 敵ではない。彼は、先頭を走る男に見覚えがあった。一団は、彼のもとまでやってくる。


「今戻った、親父」

「ビルか。思ったより早かったじゃねぇか、何かあったか?」


 コリーと対照的に落ち着いたこのビルはそれゆえに父親の信頼も厚く、弟よりも数多い手下を預けられていた。

 そこでアントンは、ビルに続く手下の数が減っていることに気付く。


「賞金稼ぎが、嗅ぎ付けてきた。食事中に撃ちあいになって、少し手下をやられてしまった」


 それを聞いたアントンは、自身の背後を顎で示して見せた。


「おめぇのとこにも、賞金稼ぎか。こっちに来たなぁ、今はあのありさまだがな」


 彼の後ろには銃弾で丁寧に挽かれたパテが並べられている。それを見て、ビルは帽子の角度を直して嘆息した。


「どうする、親父。このまま放っておけば何匹でも来るぞ」

「おめぇのとこにまで来たってのなら、あまり安穏とはしていられねぇようだな」


 アントンは頷くと、険しい視線で山稜を睨みつけたのであった。

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