第十三幕「犬は彷徨い巡り合う」
それから、三日後。
約束通りに、ヴィンセントとハリーは再びジョンストン
同じように扉をくぐれば、今回は最初からロミーが待ち構えている。
自信ありげに胸を張った姿を見れば、それだけで成果があったのだと知れた。
「来たね。約束通り、いいネタそろってるよ」
また同じようにヴィンセントはカウンター前の椅子に座り、ハリーは壁際で酒を呷る。
「さすが、給金都市にその名轟くジョンストン
「ええ、まず事件そのものだけど。奴らが襲ったのは、
手配書に載っていない情報を耳にし、ヴィンセントは首を傾けた。
「ここまで来てもまだ、その銀行強盗というのがいまいちピンとこないところもあるんだ。そもそもこいつらはどうやって、銀行が使っている
それは厚い装甲と強力な打撃力を兼ね備えた、荒野最強の番人たちである。
しかも金属の支配者である銀行は、そんな代物を何機も配備していたはずだった。
「それがね、どうも実に正攻法らしいのよ。大量の銃鉄兵を並べて、数で押した」
「よくぞ、全滅しなかったというところだ。そんなことが可能なのは
「力をもった愚か者ほど、始末におえないものはないってことね」
ヴィンセントは、呆れも露わにため息をつく。
しかし内心では、一足飛ばしに脅威度の評価を上げていた。強盗団は、ことによると軍に匹敵する戦力規模を持っている可能性がある。
彼らの方針はそれと直接ぶつかることではないが、それでも無視しえない危険要因だった。
考えこみ始めた彼にかまわず、ロミーの報告は続く。
「それと強盗団の中心に挙がっている、このアイザックス一家だけど。これもちょっとおかしいのよね。この事件の前はケチな稼ぎを重ねてきた、ただの小悪党だったらしいんだけど。何をどうしてか、いきなり銀行強盗よ」
ヴィンセントが顔を上げ、首をかしげた。
「おかげでたいそう名前は売れたし、賞金額も天井知らずって感じだけど。ふふ、そのうちに彼らは高い代金を支払うことになりそうね」
「そんな小悪党に、これだけの仕事ができるものか。間違いなく、もう一人登場人物がいるのだろうね」
「同感。だけどそこまではわからなかった。いるとして、用心深い奴のようね」
彼は目を細めて、腕を組む。
問題は、アイザックス一家にこれだけの力を与えたものは何か、あるいは誰かということだ。
「しかもこいつら、金庫番に圧勝してるのよね。それで中央金庫を根こそぎいった」
「……戦力が、あまり減っていないということか。思ったより厄介な話になってきたな」
新たな謎を前に、彼は少しばかり計画の修正を迫られていた。
「最後に、こいつらの向かった先ね。何せ銃鉄兵を並べているものだから、追うのはそう難しくはなかったよ。事件後に、クィンガーシュ方面に移動する銃鉄兵の集団が噂になっていたの。もちろん軍ではなくてね」
「まず当たりだろうね。しかしクィンガーシュ方面か……その先には、何がある? そもそも奴らは大所帯だ、それだけ自由が利かない。だからこそ、そちらに移動したのには何か理由があるはずだ」
地図を広げ、得た情報から経路をなぞりつつ、ヴィンセントは思考をめぐらせる。
「金は十分、銀行ひとつ分がある。しかし水は? そう、銃鉄兵を動かすには大量の水が必要になる。大所帯を維持するには、そのへんの街の井戸では無理だ。山側……水源にむかったな。おそらく川沿いに遡っている」
地図の一点で指を止め、ヴィンセントは笑みを浮かべた。
与えられた情報からの推測ではあるが、そう大きくは間違っていないはずだ。
こうして、目指す先は決まった。
「ありがとう、ロミー。いつもながら素晴らしい情報だった。これは感謝の気持ちだ、次の取材にでも役立ててくれ」
笑顔と共に、彼は懐から取り出した
情報のやり取りとは別に、彼は気前よく報酬を出す。ジョンストン個人新聞社のような情報源は、彼の仕事にとって重要であるからだ。
銀貨を手に取り転がしながら、ロミーは僅かに目を伏せた。
「征くのね。生きて帰ってきなさいよ、クリス。あなたには、まだまだいいネタを作ってもらわないといけないもの」
「そのつもりだ。強盗団壊滅の、記事も書いてもらわないといけないしね」
そうして、
彼らはその足で
預けていたシューティングスターを受け取ったヴィンセントは、ハリーもまた銃鉄兵を受け取っているのを見た。
そして彼の銃鉄兵を一目見るなり、何ともつかないうめき声をあげたのである。
「……これはいったい、なんの冗談だ? ハリー」
「そう誉めるなよ。俺の『スクトゥム』があんまり素敵なんで、ブルっちまったかい?」
「いや逆だ。確実に逆だよ……」
“レイジー”ハリーが所有する銃鉄兵。それは正面から見ると、まるで盾が動いているかのように見える――というよりも、盾でしかなかった。
ハリーの『スクトゥム』は、全体が隠れるほどの大型の盾を両腕にとりつけた、極端な防御偏重型の構成を持っていたのである。
「いったいこの盾で、何をするつもりなんだ」
「決まっている。この盾がありゃあ、敵の攻撃はこっちに通らない。しかぁし。こいつには銃眼が開いてるからな、こっちからは撃ち放題だ。どうだ? 素晴らしいだろう?」
「なんて適当な。……まさか、それで“
世の中、そんなに上手くゆくものでもない。しかしハリーは自信満々であった。
ヴィンセントは軽く頭を抱えるも、気を取り直す。
「少々予想外だったが、まぁなんにせよやりようはあるか。ともかく、出発しよう」
そうして、二人の賞金稼ぎは第十三給金都市を出発したのだった。
◆
道は荒野の果てまで続き、やがてクィンガーシュ山脈へと差し掛かっていった。
ここまで来れば、荒れた大地と砂に代わって木々と緑が増えてくる。道の調子は相変わらずではあるが。
銃鉄兵の
道中、彼らは宿場街に立ち寄っていた。
銃鉄兵を駐機場に預け、預かり屋の親父に手間賃を投げて水の補給を頼む。
その間、ヴィンセントは聞きこみをおこなうといってどこかへ行った。
水を補給し、ついでに簡単な整備もおこなう。
事前の調査ではそろそろ敵の居場所に近いはずであり、彼らはできるだけ万全の準備を整えて臨むつもりであった。
監督のために駐機場に残ったハリーは、いつも通り酒瓶片手に作業の様子をぼんやりと眺めている。
ついでに彼は、駐機場にある機体をなんとなく見回していった。
「……ほう? 俺たち以外にも物騒なのがいるじゃあねぇか」
そこには街で労役に使っているのであろう、
それ以外にも、明らかに
興味を覚えたハリーは、ふらふらとその機体に近づいてゆこうとして。
「ハリー! 面白い話が聞けた。相談がある、ちょっと来てくれ」
聞き込みを終えたヴィンセントに呼び止められ、振り返った。
「おっと旦那。こっちも補給があらかた終わったところだぜ」
「それはちょうどいいな、ついでに僕たちも
「そいつは賛成だ。ところでこのあたりには、どんな酒があるかねぇ?」
「……いや、食事だと。まだ飲むのか。それこそすぐに仕事だ、ほどほどにな」
「何を言ってるんだ、旦那。だから酒を入れておかないといけないんじゃないか」
微妙にかみ合わない話をかわしながら、二人は街の宿屋兼食堂へと向かう。
彼らの他に客は少なく、数名がもさもさと食事をとっていた。
同様にいつも通りのありがちな食事を掻き込みながら、ヴィンセントは聞きこみの成果を話し始める。
「ここから一山向こうに、
「ほう。えらく簡単に話が聞き出せたんだな。そっちもこないだみたく、たらしこんだのかい?」
ヒッヒッと下卑た笑いをあげるハリーに、ヴィンセントは首を横に振る。
「いいや。むしろ、向こうから話題を振ってきたくらいだよ。銀行からたらふく金をせしめたとしても、銃鉄兵は水を飲むし人は飯を食う。そんなに簡単に周りとの接触を避けられはしないんだ。そこにきて、連中はずいぶん横柄だったらしくてね。それはもう煙たがられていたよ」
「はは~ん、それで仕返しか。それはまた世知辛いねぇ。
「賞金首だろうとなかろうと、彼らは異物だ。どこにいたって、はみ出し者ははみ出し者のままさ。よし、補給を終えたらすぐにその砦を見に行こう」
その言葉を聞いて、ハリーが飲みかけの酒を噴いた。
「ブフッ! ゲホッゲホ。しょ、正気かよ旦那。いきなり突っ込むのか!?」
「それこそまさかだ、偵察だよ。本当に、目当ての連中がいるのか。いるならいるで何をしていて、どうやって倒すか。なんでもいい、最後の一手を詰めるために必要な情報を集めるんだ」
ようやく落ち着いたハリーは口元をぬぐうと、ふうむと唸った。
「“ナイト”の仕事の流儀は、大胆な決断と慎重な下調べにあり、かね。そういうことならまぁ、せいぜい調べますかねぇ」
そうして二人が話し終えたあたりのことだ。
彼らのいるテーブルの横に、一人の男が現れた。食事と会話を止め、二人はそろって顔を上げる。
「なんだ? 相席かい? 別に店は混んでいないんだ。別のテーブルを当たってくれないか」
「イイや。オマえたちに、用がアル」
その男は、実に奇妙な人物だった。
埃除けのロングコートや帽子はともかく、襤褸けた布を巻いて顔を完全に覆い隠している。そのせいか、声はくぐもっており発音が不明瞭だった。
よく見れば、布が巻かれているのは頭だけではなく、指の先まですっかりと布に覆われている。
それこそ私は怪しい者です、と全身で主張しているかのような風体だった。
「オマえたちは、賞金稼ギだな。狙いハ、砦にイル連中。……銀行強盗ダ」
錆び付いたような、軋みのある声が問いかけを重ねる。
ヴィンセントとハリーは思わず顔を見合わせた。
「……さてね。近くにそんなに、物騒な連中がいるのかい?」
椅子に背もたれ、うっすらと笑みを浮かべながら見返す。
その裏で、机の下ではこっそりと銃に手を伸ばしていた。どう考えても穏やかな用事には思えなかったからだ。
「隠す必要ハない。ワタシも、同業ダ。狙いモ、オナじのな」
「ほう。そりゃ奇遇だな。それでどうした? 尻尾を巻いていなくなれってかい? そいつはできねぇ相談だなぁ」
ハリーが酒瓶をテーブルに置いた。両手を自由にしておきながら、相手の出方を伺う。
剣呑な雰囲気を増す二人であったが、その『襤褸布の男』は、意外な一言を放ってきた。
「イイや。むしろ商談にキタ。ドウダ、ワタシと組まないか」
ヴィンセントとハリーは眉を傾げ、目線で相談し合う。答えは、間もなく決まった。
「いきなりそんなことを言われて、はいよろしくと言いそうに、見えるのかい?」
「そうだぜ。仮にそうだとして、お前さんと金を分け合う理由は、ないねぇ」
実をいうと彼らも戦力があって損はない。
だからといって得体のしれない人間といきなり仕事をするほど、飢えてもいなかった。
二人の返答を聞いた襤褸布の男は軋みのような音を立てる。おそらく、笑ったのであろう。
「分けたトコロで、獲物は十分ニ多い。ソレにワタシが欲しイのは金デはナイ。倒したいヤツが、イル」
「ほうは~。だったら好きに殺りゃあいい。お前の、手でな」
「ダガ、獲物は用心ブカい。引っパリ出すニハ手順が必要ダ」
「それで、俺たちを利用したいってか! 調子良いぜ、まったく」
話にならないとばかりに、二人は立ち上がりかけた。
「アマり時間をかけると、他の奴らモ群がってクル。ソレは少々、嬉しいコトではナイ。お前タチもそうだロウ?」
「…………」
「ワタシは命を、お前タチは金を。そのタメに、協力デキるハズだ」
ゆっくりと、彼らは席に戻る。
ヴィンセントが、強い視線で襤褸布の男を睨みつけた。
「まだ、疑問はある。なぜいきなり、僕たちに声をかけた?」
「話ヲ聞かせてモラった。ココに至るマデの速サ、能力。ソノうえ慎重さもアル。手を組むニ、十分ダト判断した」
ハリーは喋る代わりに酒瓶を傾け、ヴィンセントに任せる姿勢を見せる。
そうして彼はしばし考えていたが、ややあってから問いを重ねた。
「最後の質問だ。お前に、何ができる?」
「ククク。イイだろう、見せヨウ。ついてコイ」
襤褸布の男は、そういって店を出る。
二人は払いをテーブルに投げ出すと、その後を追ったのだった。
彼らがそろって駐機場へとやってくると、そこにはすっかりと整備を終えたシューティングスターとスクトゥムの姿があった。
襤褸布の男は二機の前を素通りすると、奥にある奇妙な機体へと近づいてゆく。
「コレが、ワタシの得物」
ヴィンセントは、思わず息を呑む。
その機体は、標準的な
何より特徴的なのは、下半身がまるで馬のような形になっていることだ。
本来馬の首があるだろう部分は、中途半端に人型の上半身がくっついている。
そう、中途半端なのだ。なぜならその上半身には、あるべき部分がなく――。
「長距離狙撃用銃鉄兵、『
それも、頭部がないのである。
首なしで、半人半馬の銃鉄兵。それまで目にしたことのない奇妙極まりない機体を前に、二人は圧倒されていた。
「実力は……心配スルな、スグにわかるダロウ」
ややあってヴィンセントは気を取り直し、この怪しげな男を睨んだ。
襤褸布の奥にあるはずの瞳は見えず、その真意も不明確なまま。とはいえ、ある意味それはどうでもよいことだった。
この荒野で人が銃を取る理由など多くはない。いずれ
同じ獲物を狙っているならば、あとは使い道しだいである。
「……いいだろう。そこまでいうなら仕事に加えようじゃないか。僕はヴィンセント。そこで酒を飲んでいるのがハリーだ」
「ワタシのコトは、『クレーン』とデモ呼んでクレ。クク……ヨロシク頼む」
襤褸布に隠れて表情がよくわからなかったが、もしかしたらその時、クレーンは笑っていたのかもしれなかった。
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