第九幕「祭りの後には、宴がある」



 丈の短い草木がまばらに生えた、荒れた大地。乾いた風が吹き抜け、舞い上がった土埃を流し去ってゆく。


 その後に露わとなるのは、大地に空いた巨大な穴と、ボロボロになった巨大生物の死骸。

 ストロングホーン・スペシャルとカラミティホークによる無遠慮な火力の行使は、周囲の地形に多大な変更を強いていた。


 死を呼ぶ荒野の主とその眷属は、もういない。

 しかしこの道を通る旅人たちは、しばらく苦労が絶えないことだろう。


 静けさの戻った荒野を、小さな影が駆け抜けていった。チャイルドヒュドラほどもない小さな小さな動物、猫だ。

 下草の間を走り抜けた猫は、鉄動馬オートホースにまたがり佇む主を見つけ、足をさらに速める。

 猫は俊敏な動きで飛び上り、主――アレクサンドラの肩へと駆けあがった。上機嫌に頬を摺り寄せてくる使い魔ブラットリーの喉を撫で、彼女はその労をねぎらう。


「ご苦労だった」

「問題ない。しかし、粉みじんにしてしまったか……」


 一転して、彼女は不機嫌に口元を引き結んだ。


「必要な投資だった」

「いつもの言葉が聞けて安心する、主よ」


 銃鉄兵ガンメタルは安いものではない。むしろ、荒野で買えるものの中では一、二を争うほどに高価な代物である。

 いくらだからと言って、使い捨てなどもってのほかだ。


 そうして彼女が猫と言い合っていると、ヴィンセントがやってきた。

 彼の肩には一羽の梟がとまっている。梟は、挨拶のつもりか翼を軽く広げて。


「ごきげんよう、お馬鹿さんたち」

「躾がなっていないぞ、ヴィンセント」


 アレクサンドラジョン梟の主ヴィンセントを睨むが、彼はむしろ使い魔ドリーの言葉に深く頷く始末だった。


「ちゃんと正しく喋るよう躾けている。君たちこそ、いつもこんな馬鹿げたことをやっているのかい?」

「いつもではないな。今回は止むを得ず……そう、実入りが大きいからこそできたことだ」

「主よ……?」


 猫の首を掴んだ彼女は平然と頷いたが、恐ろしい白々しさだった。

 信じることなどできようか、何しろ苦渋の決断にしては行動が早すぎるのだ。手慣れすぎている、と言い換えてもいい。


 そもそも出会った時に、彼女は銃鉄兵を持っていなかった。――それが、全てを物語っている気がした。


「……それなりに人を見てきたが、君のようなタイプは初めて見るよ」


 もはやヴィンセントには、首を振ることしかできないのであった。


 地揺れが近づいてくるのを感じて彼らは振り返る。丘の向こうから巨大な影がやってくるのが見えた。

 バッファロー兄弟ブラザーズのストロングホーンズだ。大股な足取りで近づいてきたその客架キャビンの上から、“バッファロー”ジョーの眩しい笑顔が覗く。


「ハッハーッ! ジョン、銃鉄兵ごとぶっ放したか! いいぜぇその派手さ! おまけにいい出費だったなぁ!!」

「非効率的すぎる」


 開口一番ご挨拶なバッファロー兄弟に、アレクサンドラはますます表情を険しくする。


「くっ。外れ弾を撃たせたことを根に持っているのか」

「はっ! 俺様たちが、そんな小せぇタマかよ! なぁ、ダン!?」

「兄貴の言うとおりだ」


 しかし彼らの口元に浮かぶ笑みが、その意図を雄弁に物語っていた。


「どうあれ、おかげで決着をつけることができた……。そこは、素直に褒め称えよう」


 ヴィンセントの言葉を聞いたジョーは、はたと周囲を見回し始めた。


「おっとぉ。それで? 俺様たちの十五万ダレルはどこだ!?」

「はいあっち」


 スカウト・ボーイが指さした方向には、佇むシューティングスターと、足元に転がる巨獣の亡骸。


「ひょっほぅ! ようこそ我が愛しの十五万ダレル! 荷運びは俺様のキャリアーに任せな!」


 ジョーが指を鳴らせば、ストロングホーン・キャリアーが歩き出す。巨体相応の膂力をそなえたそれは、荷運びも十分に得意としていた。

 ストロングホーン・キャリアーの背中にある、ガンナーとの接続のための仕掛けを荷台へと転用する。彼らは協力して、ヒュドラの首が落ちないようにしっかりと括り付けていた。


 特に何か覆いをかけたわけではないので、傍から見ればヒュドラの首が剥き出しである。

 括り付けられた巨獣の生首は、知らぬものの目にはさぞかし恐ろしく不気味に映ることだろう。


「なんというか。これはもう少し、隠せないのかい?」

「なに言ってやがる。俺様たちの仕事の成果だぞ!? バーンと! ドーンと! 見せつけてやらねぇとな!!」

「それだけ箔がつく」


 ここにいる者たちはそれぞれ腕に覚えのある猛者ではあるが、それにしたって市井の者からすれば根無し草のはみ出し者たちであることに変わりはない。

 賞金稼ぎバウンティハンターなど、しょせんはゴロツキと大差ない程度の認識なのだ。だからこそ、彼らはその成果を誇示することに拘る。

 力と名誉は、ともに不可欠なものであった。


 彼らが首級を回収する横で、アレクサンドラは残るヒュドラの死骸を見て回っている。


首級くび以外は、どうする? 潰してしまったが……心塊鉄スチールコアくらいは使えるだろう」

「ほっとけ。今は時間が惜しい、首級を持ってくほうが先だろう! 十五万に比べりゃ、残りなんざはした金だ」


 まったく待ちきれず、ジョーが一同を急かす。アレクサンドラはしばしヒュドラの死骸を見つめて名残惜しそうにしていたものの、渋々諦めていた。

 そうしてヴィンセントが、全員を見回して。


「それでは諸君。凱旋するとしよう」


 ◆


 数日後。賞金稼ぎたちが宿場街まで戻ってきたところで、予想通りの大騒ぎとなった。


 何しろ彼らは、巨大なヒュドラの生首を晒しながら戻ってきたのである。

 ただでさえ特徴的な銃鉄兵がそろっているところに、出会えば死を免れないともいわれる荒野の主の首級が並ぶ。これで話題にならないわけがない。

 噂はすぐに街中を駆け巡った。


 ほどなくしてギディオン商会の主、トラヴィスがわざわざ駐機場スクラップヤードまでやってきた。もちろん、背後には不気味な警護の者たちを引き連れている。


「ははは。どうにも楽しみでございましてな。さっそく拝見させていただこうと思い、足を運んだしだいで」

「それは、こちらとしても手間が省けます。こちらへ……ジョー! 降ろしてくれ」


 興味を隠しきれない老紳士の目の前に、巨獣の生首が運ばれてくる。彼は年甲斐もなく目を輝かせ、感嘆の吐息を漏らした。


「ほほう! これは見事な……。いやはや予想よりも大きく立派だ、まったく素晴らしい! ただし少々、傷が多く見られますが……」


 アレクサンドラが景気よくふっ飛ばしたために、ヒュドラの首級も無傷とはいかなかった。

 細かな傷は数えるのも面倒なほどにあり、それでもしっかりと形を残しているのはヒュドラの頑丈さの賜物といえよう。


「ふむ、まぁ良いでしょう。これもまた、歴戦の証というもの。結構、大変に結構。報酬は提示したとおり、満額をお支払いいたしましょう」

「そうこなくっちゃあな!」

「っおおっ!! 十五万きちゃったよコレ!」


 今にもよだれをたらしそうな勢いで、賞金稼ぎたちが迫る。トラヴィスは苦笑交じりに彼らをなだめると、場所を移すことを提案した。


 そうして一行が連れだって歩き出し。

 その背後では、艶のない仮面をかぶった集団が、ヒュドラの首級を運び出していったのである。

 不審な風体の集団を眺め、街の住人も怪訝なようすで首をかしげていたが、彼らが首級と共に去るとすぐに興味を失っていった。この程度のこと、荒野では日常の出来事である――。


 ◆


 一同は、出がけに集まった宿屋を再び訪れていた。


「さぁ、お約束の報酬です。どうぞお受け取りください」


 老紳士が腕を広げ、机に並べられた麻布の袋を差し出す。ぎっしりと中身の詰まった袋を前にして、賞金稼ぎたちはさっそく中身を改めていた。

 一袋に金貨が三十枚。それが人数分の、合わせて一五〇枚十五万ダレル

 彼らは取り決め通りに、それを山分けにする。文句は出なかった。仕上げに自らの銃鉄兵を吹っ飛ばしたことになっている、アレクサンドラからも。


「確かに。良い仕事ができたことを嬉しく思います」

「ええ。また困ったことがあれば、皆さまの腕を頼りとすることもあるかもしれません」


 最後にヴィンセントとトラヴィスが握手を交わしている間も、賞金稼ぎたちはすぐにでも飛び出さんばかりであり。

 別れの言葉もそこそこに、彼らは宿を後にする。


 それから彼らはそろって、酒場へと繰り出していた。

 報酬さえ払われれば、そこで仕事は終わりである。商人組合マーチャントギルド内ではこまごまとした事務手続きなどあるのだろうが、そんなことは与り知らぬこと。


「それでは、今日の儲けに!」


 グラスを合わせ、彼らは高らかに謳いあげた。歓声がそれに続く。

 今日の酒場は、彼らの支配下にあった。そのへんに転がっていた飲んだくれたちにも気前よく酒をふるまったものだから、店は大騒ぎになっている。


 儲けた金を使って飲み食いするのは、荒野に生きる者の神聖なる義務である。

 勝者は輝かねばならない。その輝きは、乾いた大地に生きる者たちを照らし潤すことだろう。


 潤沢に酒が振る舞われ、ひっきりなしに料理が運ばれる。店の奥にある壇上では楽士が陽気な曲を奏で、踊り子たちが愛想よく足を振り上げた。

 景気よくチップが空を飛ぶ。その出所は、すでに誰のものかわからない。


 狂騒は、夜更けまで続いた。

 途中で騒ぎを聞きつけた酒飲みどもがここぞとばかりにやってきたものだから、店の酒蔵は早々に空になっていた。

 しかもそのていどで、酔っぱらいどもは止まりはしない。

 さらに賞金稼ぎたちが景気よく金を出したものだから、大慌てで問屋から直接、酒が運ばれてくる始末であった。


 一晩の間にこの街の酒蔵は、どこもかしこもすっからかんになったことであろう。前代未聞の珍事である。

 明日になれば商人たちは安全になった街道へと繰り出して、何よりもまず酒を運ばねばならなくなること請け合いであった。



 赤ら顔で笑い続ける“バッファロー”ジョーが、十回目の冒険譚を語り終えて戻ってきた。

 彼はグラスすら持たず、酒瓶をそのままラッパ飲みしている。


「うっふぉぁ。ンッハッハッハ! ようしダン! この金でもっとすげぇ詠術弾スペルブレットを用意して、次の獲物にブチ込みにいくぞ!」

「ああ、ヒュドラには止められた。もっと威力が欲しい」


 弟のダンは静かに、しかし確かにグラスを傾け続けている。

 彼らはこの狩りで、ただでさえ壮絶な値段の弾を大盤振る舞いしたところだというのに、さらに金をかけるという。

 話を聞いたアレクサンドラが、呆れを浮かべた。


「もっと出費を抑えようとは、思わないのか?」

「思わないな! むしろ、もっとド派手な弾を作らせてみるつもりだ!! つうかてめぇが言うな!」

「しかしそろそろ、当てる相手がいなくなる」


 火力馬鹿が目指す高みは、常人とは異なる方向にあり。また奇妙な悩みを抱えて、知恵を振り絞っているのだった。


「いやぁ~いいねぇ、いいねぇ~。この重み!」


 その横ではスカウト・ボーイがケラケラと陽気に麻袋に頬ずりしている。ごわついて痛いだろうが、酔っぱらいには関係ない。


「ボーイは、その金でなにをするんだ?」

「ふっふっふ秘密~だね~」


 軽業師は、飄々とかわす。いずれ彼も、またどこかでワールウインドと共に走るのだろう。

 そうしてそれぞれに心行くまで騒ぎあった賞金稼ぎたちは、最後にグラスを掲げあった。


「またいずれ、ともに銃をとる時があらんことを」

「儲け話があれば」

「もっとすげぇ弾ぁ用意してやるぜ!!」

「当てる獲物を探さねば」

「俺がみっけてきてやろうか? ふっひひひひひ」

「ああもう、とにかく。この出会いと勝利に……乾杯!!」


 澄んだ音を鳴らして、グラスが打ちあわされたのだった。



 ひと時捩りあった賞金稼ぎの縁なれど、一夜が過ぎればすぐに解ける。

 バッファロー兄弟とスカウト・ボーイは、拍子抜けするほど軽い挨拶を残して去っていった。


 梟を肩に載せ、最後まで椅子に座ったままのヴィンセントを残し、アレクサンドラも立ち上がる。


「またいずれ、儲け話があれば誘ってくれ」

「君に声をかけたことは、正しかったと思っている。……が、またともに仕事をしたいかといえば、迷いがあるのも確かだ」

「それは、残念だ」


 彼女はさして気にした様子もない。社交辞令である。


「じゃあね、お馬鹿さんたち」

「次はその梟を焼いて食う。……では、お前たちも元気でな。ゆくぞ、ブラットリー」


 外套の下に猫をおさめ、彼女も酒場を出ていった。

 しばらく佇んでいたヴィンセントも、やがて立ち上がり、どこかへと去っていった。

 そうして、街はいつもの退屈の中へと戻りゆく――。



 砂塵舞う荒野の中を、一騎の鉄動馬オートホースが歩んでゆく。

 馬上には、外套にくるまった人影が一つ。


「まずはこれを何とかしないとな。持ち歩くには物騒だ」


 アレクサンドラは、重さを増した懐を押さえ言った。色々と粗雑な彼女であっても、大金が懐にあるとなればそれなりに気を遣うものである。

 外套の内側、麻袋とは別の場所から猫が顔を出す。


「まずは、預けに向かうのが先決か」

「ああ。次の目的地は……一番近い、給金都市メタルタウンだ」


 その間もかぼそい蒸気をたなびかせ、鉄動馬は無心に足を動かし続けていたのであった。




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